須藤朋美~004

 ………

 むっくり起きて時計を見る。

 いつものロードワークの時間。今日はちゃんと走れそうだ。

 しかし…

「なんちゅう夢だ…」

 麻美と朋美が向かい合って話をしているとか、ありえん。

 しかもなかなかの険悪具合。あの空気に男子は入っちゃいけない、絶対に酷い目に遭う。

 だけど二日連続で麻美の夢。昨日もそうだったが、なんか不穏な気がする…

「おい麻美」

 ………

 話を聞こうとして呼び掛けるも、返事は無い。気配も無い。

「おおい麻美!!」

 ………

 ちょっと強めに呼んでみるが、やはり反応が無い。

 どうしたもんか。気になって仕方が無いってのに。

 だが、俺の思考に関係無く、時間はどんどん経って行く。

 仕方ない、ロードワークをしてからだ。なあに、時間はたっぷりある。


「と、思っていたけど、もう放課後かよ…」

 落胆しながら校門を潜った。

 あれから、暇を見つけては麻美を呼んだのだが、まったく反応が無い。

 此処の所、出て来なかったけど、呼び出しには応えていたのにだ。

「……そうなんだよな…あんま出て来なくなったな…」

 前みたいに頻繁に出て来ていないが、呼ぶと出てくるし、要所要所で進言もするから、つい錯覚してしまった。

 枷は外れた。俺が黒幕を確信したから。それだけで成仏した?

 いやいや、まだ成仏はしていない筈だ。俺が朋美との鎖を完全に断ち切った時こそ、成仏できると言っていたし。

 要するに、成仏条件にまだ半分。半端な状態だ。

 なにか胸騒ぎがする…

 そう思った時。

――呼んだ?

 後ろから背中に、手のひらの温もり感じた。

 振り返り、安堵して息を漏らすが、当の麻美さんは呆れ顔だった。

――こんな所で呼び出すとか、独り言言って気でも違ったとか思われたいの?

 相変わらずの毒舌。だが俺が呼んだのは此処じゃない。学校だ。お前が出て来るのが遅いだけだ。

 だが、独り言云々はごもっとも。なので、極力小声で話す。

「お前どうしたんだよ?この頃あんま出てこねーな?」

――そりゃ幽霊だし。幽霊は夜出るもんでしょ?

「夜も出て来ないじゃねーか?」

――だって隆のプライベートな時間、年頃の女子にはマズいっしょ?見られるのが好きなら話は別だけど

 以前は見ていたじゃねーか!!と、思わず突っ込みそうになった。

 コホンと一つ咳払いをする。

「一応気を遣ってくれていたのか」

――いや、単に眠いから、面倒だっただけ

「お前幽霊だろうが!!眠いとかどんだけなんだ!!」

 流石に突っ込んでしまった。

 下校途中の生徒が驚いて俺を見る。

 俺は顔を真っ赤にして俯いた。

「……お前、朋美の所行った?」

 仕切り直しとばかりに話題を変える。つか、これが聞きたかったんだが。

――うん。行っているよ。つか、前も一緒に朋美の部屋に入ったじゃん

 そうだったか。証拠の物色をしに行ったんだったな。

 だったらいい…のか?

「じゃあ朋美と話とかしたのか?」

――私が朋美と?大っ嫌いなのにわざわざ話に行くの?

 それを言われると、そうかな…俺も嫌いな奴とは話もしたくないしな。

 だったら、あれは本当に単なる夢だったのか?

――そんな事より、ちゃんと勉強しなきゃ駄目だよ?期末で赤点とか取ったら洒落にならないよ?

「そうだな。だけど何回もやったテストだろ?」

――油断してもいい程の頭だっけ?

 ジト目で咎められた。

 残念頭は健在だ。ちゃんと勉強しなきゃ、確かに駄目だろうな。

――今はテストに集中しなよ。朋美はテストが終わるまでは何にもできないから

 ……何か違和感が…何だろうな…?

 だがまあ、何もしてこないのであれば、安心はできるか。

「解った。兎に角勉強だな」

――そうそう。いちいち女子とイチャコラしなくていいから、今は勉強ね

 いつイチャコラしたんだ!!と、突っ込みたかったが、出来なかった。

 心当たりが多々あったからだ。

――じゃ、真っ直ぐ帰って勉強してね。

「おう…って、あれ?」

 俺の返事を待たずに消えた麻美。

 随分あっさりしているんだな。もうちょっと話したかったのに。


 この日から勉強が捗った。

 麻美の言う通り、朋美が何もしてこなかったからだ。

 正確には出来なかった。

 インフルエンザにかかってしまったらしく、床に伏せているらしかった。ソースはさとちゃん。

 病気なら、それもただの風邪じゃないインフルエンザなら、外出も儘ならんだろうし、何より動くのも辛いだろう。

 麻美はこの事を知っていたんだな。だったらそう言ってくれたら良かったのに。

 その事を問おうとしたが、何度呼び掛けても返事が無かった。幽霊でも忙しい事あるんだろうな。

 まあ、そんな訳でテストも終了。後は結果待ち。

 結果次第では打ち上げに相当するクリパに参加はできなくなるが、まあ、大丈夫だろう。

 俺よりヒロの方が心配かもしれん。

 机にへばりついて「う~ん、う~ん」と唸っていたしな。


 帰り道。たまたま一緒になった国枝君と並んで帰る。

 国枝君は頭もいいから、期末の結果なんて気にしないんだろうなあと、羨ましい視線を投げながら歩いた。

「……どうしたんだい緒方君?さっきから見つめて…」

 眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げながら、軽く頬を染めた。

……国枝君って、アッチ系じゃないよな?

 いらぬ心配は置いて行き、思った事をそのまま喋った。

「いや、国枝君は期末の結果を気にしなくてもいいんだろうなあ、って思って」

「僕も気にはするよ。成績が落ちたら、冬休みどころじゃ無くなるからね」

 はあ…頭いい人には、それなりの苦労があるんだなあ…

 俺みたいに最悪赤点逃れりゃいい。ってもんじゃないんだろう。

「でも、どんな結果になっても、クリパには参加するから大丈夫だよ」

 そんなにクリパが楽しみなのか。まあ、俺も楽しみだって言えば楽しみだが。

「俺も赤点は逃れただろうから、後は朋美からどう逃れるかが課題だな」

「須藤さんかい?彼女、期末テストを受けなかったから、少なくともクリスマスの日は補習な筈だよ」

 驚いて足を止めた。

 インフルエンザが治らなかったのか?最低でも期末は受けると思ったのに?

「なんか彼女、休んでいる最中に、無理やり外出して悪化したようだよ」

「外出!?インフルなのに!?」

 頷く国枝君。

「里中さんが言うには、街に買い物しに出たらしいよ」

「買い物?食いもんか?」

「解らないけど…多分買い物は言い訳じゃないかな」

「何でそう思うんだ?」

「誰かに会いに行ったらしい。槙原さんが情報網からそれを拾ったんだよ」

 槙原さんパネエ!!なんだ情報網って!?

 いや、それよりも、インフルを押してまで会いに行った奴って、一体誰だ?

「あんまり気にしない方がいいよ。どう転ぶか、もう直ぐ解るんだから」

「それは朋美がクリパに来る、って事か?それなら、もう打つ手が無いだろ」

 情報漏えいを防ぐ為、会場は誰も知らない。当日メールで知らせるようにした。

 人数は増やす事は無い。その人数で会場を借りたのだから、万が一朋美が来ても御引取りを願うしかない。

 更に期末を受けなかったんだ。当日は学校で補習確定。

 もう打つ手が無いように見える。

「須藤さんの執念は異常だよ。狂気と言っていい。だから本当に当日まで油断できないよ」

 珍しく、と言う訳でも無いが、国枝君が神妙な面持ちで言った。

 俺には解らんが、なんか穴でもあるのか?

 槙原さんも、油断すんなと再三忠告してくるし。

 だから俺は軽く溜め息を付いて頷く。

 もう俺にはどうしようもない。だって解らないんだから、手の打ちようが無いのだ。

 だから解る人に頼るしかない。頼ったからには言う事を聞かねばならない。

 だが、気にすんなと言われた口で油断すんなと言われたら、俺の脳は許容範囲を超える。

 だから一体どうしろと!?と思うのだ。

 だが、国枝君も槙原さんも、一生懸命頑張って俺に知恵をくれるし、考えてくれているのも解る。

 だから『よく解らない』しか俺には無い。歯がゆいが、本当にそれしかない。

 俺が渋い顔でそう考えていると、不意に国枝君が話題を変えた。

「そう言えば緒方君、交換用のプレゼントは買ったかい?」

「うん。誰に当たるか解んないから、無難なヤツにした。国枝君は?」

「僕もそうだよ。意外とみんなそうだったりしてね」

 その可能性は有り得る。

 誰に当たるか解らないプレゼント交換。可も無く不可も無く、女子でも男子でも使える物なんて限られてくるだろう。

 つか、全員そう空気を読むとも限らないが。所謂受け狙い的なアレで。

 

 さて、クリパ当日だ。

 雪が降る寒空の中、俺は一人電車に揺られていた。

 行先はいつものってか、中心部がそこなだけだから、必然的にそうなるのだが、五つ先の駅前だ。

 ここのカラオケ屋がクリパ会場。つまり、俺は期末で赤点を免れたのだ。

 つか、クラス平均よりも上の出来だった。

 勉強はするもんだなあと、しみじみ思ったもんだ。

 懸念されたヒロはクラス平均よりも下。だが赤点は無い。

 幹事の(名前だけだが)蟹江君と吉田君もバッチリ。国枝君はクラストップ。

 他の人も、少なくとも白浜の生徒も赤点は無い。なので、全員がクリパに参加できる。

 かなり注意して監視していた朋美は、終業式が終わると同時に補習行き。つまりクリパに参加はできない。時間的にも無理だ。

 なので、今日は大手を振って楽しめると言うものだ。

 駅前に到着。直ぐそこのカラオケ店が会場だ。

 入店し、店員さんにその旨を伝える。

 案内されたのは入り口からほど近い、一番大きな部屋だ。

 ドアを開けると、もう結構集まっていたが、なんか雰囲気が暗い。いや、重苦しい。

 なんだ?と思って部屋を見渡すと、木村が不機嫌な顔で、ソファーに踏ん反り返って座っていた。

 木村を怖がってんのかと、瞬時に理解する。

 俺は木村の隣に腰を下ろした。途端に安堵の空気が部屋内に充満した。

 万が一木村が暴れても、俺がいるからなんとかなると、皆判断したのだろう。さえずりに近いながらも談笑が始まった。

 俺も仏頂面の木村と会話すべく、話を振る。

「よう木村。メリクリだな。なんだ?機嫌悪そうだな?」

「機嫌も悪くなるさ。真鍋の野郎、ドタキャンしやがった。俺の顔を潰しやがって…」

 真鍋…君か。確か海浜の生徒だったな。

 海浜の生徒は、このクリパでは真鍋君だけだ。

 居心地の悪さを予期して、土壇場でキャンセルしたんだろうな。

 一応宥めるように、木村に言う。

「仕方ないだろ。外せない用事が出来たかも知れないんだからさ」

「だったら一言あってもいいと思わねえか?メールで『今日行けなくなりました』で終わり。電話しても留守電、メールしても返事無し。全くふざけやがって…」

 そりゃ、お前が怖いから話したくないんだと思うぞ。

 そう言いたいが言えない。俺もその経験があったからだ。

 其の儘暫し木村と話す。

 そうこうしている間に、続々と参加者が集まって来た。

 黒木さんと川岸さんは一緒に来たみたいだ。そして二人同時に軽く溜め息を付いた。

 なんだ?と思って聞き耳を立てる。

「はあ…やっぱそれなりの男しか来てないわ…」

「仕方ないよくろっきー。クリスマスの日にあぶれた野郎共なんだよ?こんなもんだって」

 ……聞かなきゃ良かった…

 もしかして、他の女子達もそう思っているのだろうか?

 蟹江君や吉田君も中身は一級品なんだが…

 赤坂君は…まあ…うん…

 ヒロと波崎さんも一緒に来たようだ。

 波崎さんの荷物を大事そうに抱えて、後ろから付いて来ているヒロに、何か涙を誘う。

「大沢もだらしねえな。女の荷物持ちなんてよ」

「そう言うなよ。ヒロなりに頑張っているんだから」

 そう。頑張っている。悲しい程に。

 今度は楠木さんがクラスメイトを連れて入って来た。

 俺の顔を見て笑って、隣の木村の顔を見て舌打ちした。

 そして俺だけに手を振って、空いているソファーに友達と腰掛けた。木村を露骨に無視した感じで。

「……俺があいつを嫌う理由は解ると思うが、あいつに嫌われる理由が解らねえ…」

「ま、まあまあ…嫌ってはいないだろ?多分…」

 どっちかって言うと、会いたくないに部類されると思うが、それも何だかなあ…

 そこは自業自得だって、楠木さんも解っているだろうに。

 春日さんも、学祭で友達になった女子と二人でやってきた。

 友達もメガネっ子だった。まあ、今は春日さんは眼鏡を外しているが。

「……あのダンマリ、やっぱ違うな…」

 木村が感心したように唸る。

「うん?何が?」

「素顔晒しただけで、この中で頭一つ飛び抜けた。あのファミレスで見た時は営業だったから、ただツラがいいとしか思わなかったけどな」

 ふ~ん…よく解らんが、春日さんは可愛いって事だな。

 まあ、俺は知っていたがな!!

「…なにドヤ顔してんだ?」

「え?別に?」

 ヤバい。何かしらの表情が出ていたようだ。

 頬をパンパンと叩いて鎮める。

 それから少しして、会場がおお~っ、と、どよめいた。

 槙原さんがミニスカサンタコスで現れたのだ。

 コートを脱ぐ、更にどよめきが大きくなった。

 胸元がパックリ開いたサンタコスだった。爆乳と言う武器を余す所なく使っている。

「あのおっぱいすげえな」

「おっぱいとか言うな生生しい」

「ツラも良いし、あの胸だ。付き合えば天国だぜ?」

 木村が何故か槙原さんを勧めてくる。

 いや、いいんだが、今はまだだ。全てが片付いたら。それでも、どう転ぶか解らないが。

「え~っと…まだ一人来てないな?」

 蟹江君が良く通る声で言う。皆に確認を促しているのだ。

 俺も人数を数える。

 急に欠席した真鍋君を除き、全員来ているように見えるが…

 欠席の場合は、幹事にメールか何かで伝える事になっている。

 これも朋美が紛れ込まないよう、細工した結果だ。

「全員来ているんじゃない?」

 まさか木村に言わせる事も出来ないので、俺が代わりに言った。

「いや、もう一人来る筈なんだが…」

 木村が舌打ちをする。

「あの野郎、ドタキャンだけじゃ無く、欠席も知らせてねえのか」

「どうもそうみたいだな…」

 真鍋君の欠席の旨を伝えるべく、立ち上がった。

 その時、ドアが静かに開く。

 流れで全員その方向を見た。

 ガタガタッ!!と数人が立ち上がった。

 ヒロ、国枝君、槙原さん、春日さん、楠木さん、黒木さん、波崎さん。俺は元より立っていたが、座っていれば、俺も思わず立ち上がっただろう。

「ごめんね。ちょっと遅れちゃった」

 はにかみながら息を弾ませ、入って来たのは、参加を阻止するべく策を労した相手、朋美だった……!!

 思わず木村を見た。

 木村は首を横に振る。知らないと言う意味だ。

「アンタ…なんで!?」

 声に出したのは楠木さん。槙原さんは楠木さんに一瞬遅れて言う。

「言ったよね?代理は認めないって。欠席した人がいるなら、それで終わりだって」

 朋美がそれに冷たい笑顔を以て答える。

「いや、私は海浜の男子から是非代わってくれって頼まれたから、仕方なく来ただけだよ?」

 ……真鍋君か?何かしたのかこいつ!?

「須藤さん、君は確か補習の筈だったんじゃないかな?」

 国枝君が疑問を呈した。

「補習なんて追試さえクリアすれば、出なくていいんだよ?」

「いつ追試があったって言うんだい?」

「今日。先生方にちょっと無理言ってね」

 言いながらずんずん俺に向かって近付く朋美。

 そして俺と木村の間に無理やり座る。

 立って見下ろしている形の俺。その俺を見上げて言った。

「ごめんね隆、遅れちゃった。追試ちょっと手間取っちゃってね」

 全く笑っていない目を向けながら、棒読みの台詞のように言う…

 その表情に背筋が凍りついた…

 この女には何を言っても無駄だ。

 そう確信した。目的の為なら何だってする。

 中学の時もそうだったじゃないか。繰り返した日々もそうだったじゃないか。

 だったらぶち砕いて、永久にサヨナラした方が…

 拳を握り固める俺。その時、木村が朋美の襟を掴み、強引に自分の方に振り向かせた。

 一瞬怯えた表情をする朋美。

「おい。どうやって真鍋の枠を取った?」

「え、えっと、それはお願いして…」

 目を逸らし、身体を硬直させながらも答えた。

「どんなお願いをした?」

「ふ、普通に…」

「普通に?普通に何だ!?」

「………」

 答えない。いや、多分答えられない。

 嫌な事ばかりが頭の中を駆け巡った…

 麻美を殺した。佐伯も殺した。俺に刺客まで向けた。

 真鍋君にも、もしかしたら…?

「ねえ須藤さん。このクリパ、入場者決まっているんだよね。その枠を奪って入っても、御開きになるだけなんだよね」

 槙原さんが朋美に詰め寄る。

 幹事は確かに蟹江君と吉田君だが、段取りのほぼ全てを担当したのは槙原さんだ。当然ルールも槙原さんが決めた。

「御開きにしたけりゃすれば?私は隆と過ごせれば、こんな馬鹿な集まりに参加しなくてもいいんだし」

 挑発的に笑いながら答えた。対して槙原さんは神妙に頷いた。

「枠を奪った事は否定しないんだ」

 笑顔の儘固まる朋美。更に槙原さんが続ける。

「佐伯さんの時みたいに車で轢いた?」

「私は佐伯を殺せって頼んだんじゃない!!ちょっと怪我させてって頼んだだけよ!!私は悪くない!!」

 逆ギレだったが、一気に顔色が変わる。真っ青になったのだ。

 それはそうだろう。『佐伯の事件』の自白を、こんな公衆の面前でしたのだから。

「……まさかお前…真鍋に何かしやがったのか…?」

 押し殺すような低い声。木村は返答次第ではマジ切れするだろう。

「……お金で買ったのよ」

 ごそごそとカバンを弄り、中から一枚の紙切れを出して木村に見せた。

「……これは領収書か?」

「そう。金で枠売りましたって証明書ね。私が買ってあげたのよ」

 言い方が如何にも朋美らしかった。

 真鍋君が悪いように聞こえる。買ったのはお前で、話持ち掛けたのもお前だろうが。

「完全に同意だって事は解ったでしょ?」

「……………」

 押し黙る木村。騙してもいないし、取引としても成立されている。何を言っても勝ち目が無い…

「……緒方、どうする?始めちゃっていいか?」

 結構な沈黙の後、蟹江君が恐る恐る切り出した。

「ああ、うん。始めちゃって。さあ、じゃんじゃん騒ぐわよ!!」

 事もあろうに、GOサインを出したのは朋美だった。

 周りがおかしな雰囲気になっているにも関わらず。

「ねえ隆、早く座んなよ?乾杯できないじゃん」

 朋美がぐいぐい俺の袖を引っ張って座らせようとする。

 たまらず楠木さんが割って入った。

「あんたねえ!!遥香も言っていたけど、御開きになるかどうかの瀬戸際だっての!!」

「あんた馬鹿?ここにはあんたの友達だけじゃない、他校の子もいるんだよ?簡単に中止にしちゃ、申し訳が立たないんじゃない?」

「……だからこのタイミングで来た、って訳?」

「どうでもいいでしょ、そんな事。ね?隆」

 絡みついて来る朋美。

 気持ち悪い。胸糞悪い。何なんだ?この女は?マジいい加減にしておけよ…

 俺は持っていた交換用のプレゼントを木村に押し付けた。

「お、おい緒方…」

「悪いが用事を思い出した。参加費の払い戻しはいいから」

 力任せに腕を振り解き、退出する俺。

 イライラとムカムカで胸がいっぱいで、他の人達に配慮が足りなかったが、あのままじゃ、完璧にぶち砕いてしまう。

 流石にそんな状況、他の人達に見せる訳にはいかない…


 まだ夕方だが、冬空のおかげで暗い。どんよりと暗い。

 苛立ちも暗さに紛れ込むかも知れない。

 そんな希望は空しかった。

 止まらないムカムカ。この状態はマジヤバい。誰かに因縁付けられたら、絶対にやり過ぎる。

「おい!!」

 後ろから呼び止められるも、振り向けない。

 向いた直後に拳が飛びそうだ。

「おい!!隆!!」

 名前で呼ばれて、漸く足を止められた。

 良かった、誰かが因縁付けた訳じゃなかったんだ。

 安心して振り向く。

 ヒロと波崎さんが、息を切らせて後を追ってくれたのか。

「ひでえツラしてんなあ、お前」

 冗談交じりでヒロが言う。

 だが、それは気を遣って、冗談っぽく言っているだけだ。

 実際酷い顔になっているんだろうから。

「…お前こそどうした?折角のクリパだろ?」

「あん?俺は元々優と二人っきりで過ごしたかったんだよ。だけど優が…」

「そうそう。私が参加したいって言ったから、我慢してくれたんだよね。みんなで騒げる機会、あんま無くなるだろうからさ」

 確かに。そんな機会は限られてくるだろうな。

 ヒロをいつまでも我慢させられない。甘えていられないだろう。

 そう考えたら、他校の生徒と騒ぐ機会は、もう無いかもな。

「ってもお前、会場に戻る気も無いし、俺も戻りたくねえし。さて、どうするか…」

 苦笑する俺。気を遣ってくれるのは有り難いが。

「いいよ。二人でどこかに遊びに行けよ。俺におかしな気、回すなよ」

「で、でも、遥香も楠木さんも春日ちゃんも動けないし…ほら、今日は友達を招待したから…」

 そりゃ、招待した友達をほっといて、俺に付いて来る事はできないだろ。

 同じ理由で国枝君達も然りだ。

「それより木村だな。あいつも帰ったかな?」

 木村は事もあろうに朋美の隣。つか、朋美が勝手に割り込んできただけだが。

 まさかあいつ、朋美をぶん殴らないよな?知っている筈だよな?朋美が須藤組の娘だって事は。

 ちょっとだけ不安が過ぎる。ちょっとだけ。

「さあな。だけど木村は心配ないだろ。あいつ、なんだかんだ言って冷静な奴だからな」

 まあ、ヒロの評した通りだ。

 あんなナリしてて冷静とか、どんなキャラだと突っ込みたいが。

「そうだな。じゃああっちは心配ないな。俺も心配ない。だから気を回さなくていいよ」

 こんな日に俺なんかを心配してくれるのは有り難いが、それ以上に申し訳ない。

 他はどうか知らんが、日本のクリスマスはカップルの日なんだから。

 俺は足早で二人から遠ざかった。

 ヒロと波崎さんが何か言っていたが、それを振り切って。


 帰ってからベッドにゴロン。

 何も考えたくない。ただムカつき過ぎて疲れた。

 瞼が俺の意思通りに重くなる。

 さっきからメールだの電話だのとスマホが騒いでいるが、電源を切った為にもう音は聞こえない。聞きたくない。

 そのまま俺は眠りに落ちる――


「いや~、今日は参ったよねえ」

 また夢を見ているようだ。

 麻美が頭を掻きながら零している。

 テーブルを挟んで神妙な顔をしているのは…川岸さんだった。

「……とても参っているようには見えないけど?」

「…あ、バレた?うん、そうだね。狙い通りかな?」

 狙い通り?朋美が乱入してきたのが?

 夢だろうけど、気になる…

「ね、何であの子を放置したの?あなた、ずっと見張っていた筈じゃない?」

「うん。そうだね。ぎっしーにはちゃんと言っとかなきゃね。あれは朋美の異常さをみんなに知って貰いたかったから放置したんだよ。隆の味方をしてくれるようにね。自白は思わぬ収穫だったけど」

 ケタケタ笑う麻美。成程、あれで朋美がどんな奴か、あの場にいた全員が認識できた筈。蟹江君や吉田君も、朋美の参加を防ぐ為にいろいろ制約した事を理解しただろう。

 だが、川岸さんは険しい表情で麻美を見据えている。

「確かにあの子の異常性が広まったわ。それに佐伯さんだっけ?その自白もタナボタかもしれない。だけどそれじゃあ…」

「ストップ!!」

 麻美が川岸さんの前に手のひらを向ける。

「いいんだ。だからぎっしーにお願いしたんじゃん」

 それは頼っている安心しきった笑顔。

 麻美が川岸さんに、こんな顔を見せるとは…

「……それはそうだけど、でも、ちょっとでもいい条件で…」

「今更だよ。今回巻き戻った事だって、ほんとギリギリだったんだよ?罪には罰をだよ」

 一体何の話をしている?巻き戻りはラストチャンス。それは聞いたが、罪とか罰とか一体?

「ぎっしーには辛い役割頼んじゃったけど、ぎっしーしかいないの。国枝君は霊感が強いだけ」

「それは解っているよ。もう自力じゃ無理だって自分で言ったから、私が引き受けた。そこはいいよ。だけどこれ以上重くする事は無いでしょ?」

「いいんだって。隆がこの先大丈夫になるなら、なんだっていい」

 じっと麻美の顔を見て、やがて大きな溜息を付く川岸さん。

「……解った。その覚悟も痛い程解ったよ。だけどそれ以上強くなると、私じゃ無理になっちゃうからね?」

「うん。そこら辺も気を付けているつもり。ごめんね心配させちゃって」

 麻美が川岸さんに頭を下げた。テーブルにおでこが付く程に。

 そしてそのまま小さく…いや、遠くなっていく…

 虚無に呑み込まれていくように、どんどん遠く、小さくなっていく…


 ………

 朝か…

 がしがしと頭を掻く。

 またおかしな対談?の夢だ。

 これで三度目。何かの警告なら気にはなるが、麻美は何も言って来ないし、川岸さんも忠告めいた事は言って来ない。

 朋美は…まあ、話する気が無いからどうでもいいが。

「やっぱ単なる夢かなあ…」

 一応麻美を問い質してみようか?

「麻美」

 ………

 返事は無い。気配も無い。この所そうだ。話もあまり出来ていない。

「麻美!!」

 今度は強く呼んでみた。

 ………

――なに?

「うわビックリした!!」

 ベッドから飛び起きた。

 麻美が後ろの壁から出て来て、俺に抱き付いてきたからだ。

――呼んでおいて、それ酷くない?

 プンスカ怒っている麻美さん。

「ば、馬鹿!!お前それやめろ!!ホラー映画の悪霊みたいじゃんか!!」

 バクバク言っている心臓を押さえながら文句を言う。

――ちょっとした冗談でしょ?ゴーストジョークだよ

「なんだその新手のジョークは?まあいいや。お前今まで何していたの?」

 直球で聞く訳にもいかない。取り敢えず探りだ。

――今までって、普通にふよふよしていたよ?幽霊だし

 だよな。幽霊だしな。それ以外何が出来るってんだ。

「お前カテゴリー何なの?」

――カテゴリーって?

「ほら、地縛霊とか浮遊霊とかあるだろ」

――そう言われてみれば、何なんだろうね?今度調べてみるよ

 ……う~ん…聞きたい事はそんな事じゃ無いんだが、なんて言っていいか解らんな…

 困って頭をガシガシ掻くが、麻美の方は眉をひそめて、怪訝な顔だった。

――何なの?こんな朝っぱらから、カテゴリーの事聞きたくて呼んだ訳?

 ついに少しキレた麻美。幽霊を怒らせて祟られちゃ堪らん。

 ならば、もう思い切って聞こう。

「お前、川岸さんと話しているの?」

――はあ?何を今更?前々から話しているじゃん?国枝君とも何度も話しているよ?

 ……そうだな。

 う~ん…聞きたい事とちょっとズレてるな…

「お前、俺に内緒で川岸さんと会ってる?」

――どうやって?

「え~と…夢?」

――隆が見た夢の事まで責任負えないんだけど…

 え~…そう言われると、何も返せないんだがなあ…

 だが、やっぱただの夢なのか?

 麻美が俺に対して隠し事をする理由が無いしな。

――そんな朝っぱらからアホの子丸出しな事言ってないで、早く顔洗って走ってきたら?昨日の事で女子達から何回かメールとか電話とか来ていたみたいだし、そのフォローもしなきゃね

 ああ、そうだな。日課のロードワークもそうだが、実質ホスト役の俺が早々に退席した事も侘びないとなあ…

 あの後蟹江君と吉田君どうしたかな…悪い事しちゃったなあ…

「お前の言う通りだ。俺は昨日のお詫び行脚もしなければならん。忙しかったんだった」

――行脚までは必要無いと思うけど…メールとか電話とかで充分だと思うけど…

 確かに行脚まではいらんな。直接詫びに来いと言われなければだが。

 気を取り直して、顔を洗って着替えてロードワークに出る。

 早朝から朋美に出くわす可能性もあるが、どっちにしても避けては通れない。

 出くわしたらそれなりの対処をするだけだ。

 具体的にはぶち砕くとか。


 しかし、朋美は姿を見せなかった。

 多少の肩透かし感もあったが、会わなかったのならそれに越した事は無い。

 シャワーを浴び、朝飯を食って、スマホをチェックする。

 ……アホみたいな数の着信とメール…

 ヒロ、国枝君、蟹江君、吉田君、木村もか…女子は楠木さん、春日さん、槙原さん、黒木さん…

 朋美からの着信が一番多いが、これは無視するとして、他の人にはちゃんと詫び入れとかなきゃな…

 メールじゃ何なので、電話で詫びを入れよう。

 事情がよく解っていない、蟹江君と吉田君から先に電話をした。

 特に怒ってはいなかったが、あの状況を目の当たりにした二人は俺に同情しながらも、最後にやはり文句を言ってくれた。

 事情を説明してくれたら、ちゃんと対応するから、ちゃんと言え。

 もう涙が出そうになった。この優しさが辛い!!

 だってちゃんと事情を言ったら巻き込み確定になってしまう。だからスマンとしか言えなかった。

 国枝君はしきりに心配してくれた。

 大丈夫?と、何度も繰り返して聞いてくれた。

 大丈夫じゃないが、大丈夫としか返せなかった。

 木村はやはり文句から入った。

 お前ばっか先に帰りやがって!!と、グチグチ言ってきたが、その言葉には怒りは無かった。

 朋美をどうした?と聞いた所、ぶっ飛ばそうとしたら女子が一人、止めに入って仕方なしに拳を収めたそうだ。

 木村を止めた胆力のある女子、興味あるな。

 最後はヒロだ。

『おう…お前どうだ?ムカつき過ぎて、頭おかしくなってねえか?』

「いや、まあ大丈夫」

『大丈夫な訳ねえだろ』

 流石は親友。実に解っていらっしゃる。

 だが、大分マシになったのは事実。

 あのおかしな夢のおかげで、ムカつき具合がかなり減少されたのだった。

「お前はあの後どうした?」

 波崎さんと二人で、俺を追って出てきた筈だ。

 戻ったのか、それとも二人で其の儘抜け出したか。

『一応戻って様子見に行ったが、なんかみんなシラケてな』

 そりゃそうだろうな。楽しみにしていた人達には、迷惑を掛けた。

『だから須藤だけ置いて別に移動して騒いだ。盛り上がったぞ?お前にも何度も連絡したんだが、スマホ放置していただろ?』

 なんてこった!!あのメールや電話は、別の場所に移動した事のお知らせも混ざっていたのか!!

 軽く後悔するが、そうなると朋美はどうなった?

『須藤?知らねえよ。だってあいつは、お前がいないんならついて来る筈ねえだろ』

 そりゃそうだ。朋美の狙いはあくまでも俺。俺がいないのなら、嫌っているであろう楠木さん達と行動を共にする筈も無い。

 それ以前に朋美は招かれざる客。わざわざ誘う筈も無い。

 少しばかりの後悔を噛みしめて、暫くヒロと話をして電話を終える。

 さて、次は女子か…物凄く気が重いが、仕方が無い。

 最初は黒木さんに掛けようと数コールしたが、出ない。

 仕方ないのでメールで済ませる。

 ……次の三人は、メールでは済ませられんのだろうな…

 軽い溜息を付いて、楠木さんにコールしようとしたが、それよりも早く、俺のスマホが鳴った。

 槙原さんだ。

「もしもし」

『おはよう』

「おはようございます」

 お辞儀をして挨拶した。向こうからは見えないが。俺的に恐縮の意味を込めたのだ。

『少しは落ち着いた?』

「かなり落ち着いたよ。昨日は…」

 詫びを入れようとしたが、槙原さんがそれを遮って先に喋った。

『じゃ、今日のお昼にあのファミレスに集合ね』

「え?マジで?」

『マジもマジ。大マジさ。じゃあねー』

 用件、と言うか、呼び出しで速攻で電話を切られた。

 まあ、解ったけど…

 この後、楠木さんと春日さんにも電話したが、留守電だった。

 多分、あのファミレスに全員集合なんだろうなあ。と、多少憂鬱になる。

 どんなに責められても仕方ないが、流石に三人一斉攻撃はキツイかな…

 項垂れて電車に揺られ、件のファミレスに到着。だが、足がなかなか前に出ない。

「どしたの?早く入んなよ?」

「いや、なんか怖くてさ…」

「怖い?どうして?」

「だって昨日クリパ参加しないで帰っちゃったし…って、楠木さん!?」

 飛び跳ねた俺。いつの間に楠木さんが俺の後ろに!?

 だが楠木さんは、特に怒っていない様子で首を振る。

「須藤の乱入は流石の遥香も読めなかったみたいだしね。あれは仕方ないよ。でも、その後電話に出なかったのは、ちょっとムカつくかな?」

 いや、それもごもっともデス。

 取り敢えず店内に入る前に平謝りをした。

「解ったから!!恥ずかしいから早く入って!!」

 グイグイ背中を押されて、半ば無理やり入店させられた。

 いつものメイドコスの店員さん(春日さん曰く、ほぼバイトだそうだ)が温かく迎えてくれて、あんま人目の届かない、奥まった席に案内される。

「結構空いているのに、変だな…」

「春日ちゃんが気を利かせてくれたんじゃない?多分須藤の話だと思うし」

 つまりはやはりと言うか、楠木さんも春日さんも、槙原さんに呼び出されたのか。

 国枝君達も来るのかな?

 時計に目を向けると、約束の時間までまだ間がある。

「結構早く着いちゃったんだな…」

「隆君、なんかテンパっていたからね。時間見る余裕も無かったんじゃない?」

 いや~…そのとおりデスネ。

「そのおかげで、ちょっとデート気分味わっているけど」

「ははは…」

 嬉しい事を言ってくれたが、渇いた笑いしか出なかった。

 なんつーか、自分の精神の未熟さに呆れたっつーか…

 取り敢えず腰を降ろす。

「注文は…まだの方がいいよな?」

「ドリンクくらいはいいんじゃない?」

 そう言ってドリンクバー二つを注文する楠木さん。

「コーヒーでいい?」

「うん。あ、いや、俺が持って来るよ」

 しかし、聞かずにドリンクに走って行ってしまった。

 え~…?なんだろう?この後ろめたさは?

 そわそわしながら待っていると、楠木さんは速攻で帰って来た。手にはコーヒーと紅茶。

「はい」

「あ。う、うん。ありがとう」

 受け取って一口。

 何か妙にほろ苦い。

 全く気のせいだろうけど。

 少しお喋りしたが、全く頭に入って来なかった。

 愛想笑いしながら、うんうんと相槌を打つのみ。

「隆君、どこか調子悪いの?」

 言われて気が付く。

 どこが、と言う訳じゃ無いが、なんか怠い。風邪引く一歩前って感じだ。

 だが、俺は首を振って否定する。大した事は無いとの判断から。

「そう?どことなく顔色も悪いようだけど…」

「いや、大丈夫大丈夫」

「だったらいいけど…あ、来た!!」

 楠木さんが向いた方に目をやると、春日さんが槙原さんと一緒に、此方に向かってくるのが目に入った。

 制服じゃないから、今日はバイト休みか。休みの日にわざわざ来てくれたのか。

 ちょっと感動する。

 そしてもう一人、二人の後ろに控えながら付いてきたのは、川岸さん。これは珍しい。

「隆君やほー」

「……」

 テンション高めの槙原さんとは対照的に、無言でただお辞儀をする春日さん。

「こんにちは槙原さん、春日さん。あと、川岸さんも」

「こんにちは緒方君……この前より少し痩せた?」

 そうかな?引き締まった…って訳でも無いな。

「体重は変わらないから、気のせいじゃない?」

「そう?それならいいけど…」

 よくない、と言う顔をしながら座る川岸さん。

 何だ?何かあるのか?

 そう言えば、麻美と話していたのは川岸さんだったな。俺の勝手な夢でだけど。

 これで全員揃ったらしい。

 取り敢えずクリパの報告をと、槙原さんが口を開く。

「隆君が帰った後、須藤は直ぐに後を追って出て行ったんだよ。でも、あの子インフルエンザで休んでいたでしょ?まだ治りきってなかったみたいで、立ち眩みして動かなくなったんだよ」

「へえ…そんな事が…」

 なんだよ。具合が悪かったら、大人しくしていればいいのに。

「で、私が念の為に押さえていた別のカラオケ屋さんに移動したんだけど、須藤はそのまま放置して来ちゃった」

「……誰かが移動するか聞いていたけど、須藤さん、隆君がいないなら意味ないとか言ってたって」

 成程。槙原さんは放置したが、心優しい誰かが朋美を気遣ったと言う事か。

 さっき楠木さんから聞いたのと一致するな。

「木村がさー。須藤にキレちゃってさー。黒木さんが必死に宥めてくれたんだよね。悪い事しちゃったかなー…」

「大丈夫。くろっきーは今日のメールで、彼氏出来ましたとか言って画像送って来たから、機嫌はいいよ」

 全員が前のめりになって川岸さんのスマホを覗いた。

 そこには、黒木さんが腕を絡ませて、少し不機嫌な木村と一緒に写っていた!!

 流石に驚いた!!

 アワアワしながら、川岸さんに確認する。

「か、川岸さん、こ、これマジ?」

 頷く川岸さん。

「マジもマジ。大マジ」

 なんて奴だ!!女には不自由してないとか言いながら、ちゃっかり勝ち組のポジションとか!!

 無意識でコールする。勿論相手は木村だ。

『なんだ?緒方?』

「死ね!!」

 それだけ言って、直ぐ電話を切った。

「なんで緒方君が怒っているの?」

 不思議そうに訊ねて来た川岸さん。

「怒っている訳じゃ無い。羨ましいだけだ」

「羨ましいって…緒方君には、三人も女子が好意を寄せてくれているでしょ?」

 言われて三人を見ると、全員が俺をジト目で見ていた。

 コホンと一つ、咳払い。

「いや、なんだ、木村よくやったなあ、と」

「緒方君もちゃんとよくやらないと!!」

 凄い真剣な目で叱られた。

 切実っぽいが、何をちゃんとやれと言うのだ?

 何かヤバそうなので、強引に話を変える。

「しかし、朋美がインフルをぶり返すとは…」

「ただそれだけだと思っているの!?」

 いつもよりも強く言う川岸さん。

 俺だけじゃない、楠木さんも春日さんも槙原さんも、唖然とした。

「え?えっと…じゃあ…ただぶり返した訳じゃ無いと?」

「……もういい!!」

 川岸さんは、遂に怒ってしまって口を閉ざす。

 え?俺なんか悪い事言ったかな?

 探りを入れるべく、三人に視線を泳がせるも、全員が首を横に振る。

 何なんだ一体?なにか気に障った事があるなら、謝罪したいんだが…

 しかし、それから川岸さんが口を開く事は無かった…

 表情でマジに怒っていたのは解ったが…

 何かおかしな空気になり、これ以上話が出来ないと判断した槙原さんは、早々にお開きにした。

 川岸さんの退席が早かった。自分の分の会計を勝手に行い、足早に外に出る。

 それを俺は追いかけた。

 だが、川岸さんは人混みに紛れて、完全に見えなくなっていた。

「……何なんだよ…」

 凄い疲労感が俺を襲う。

 この感覚は、繰り返してきた一年の夏や一年の秋、二年の春の死ぬ数日前に少し似ている…

「ど、どうしちゃったんだろうね?川岸さん」

 心配して速攻で追ってきた楠木さんも困惑していた。

「……なにかイライラしているみたい」

「そうだね。後で頃合いを見て連絡してみるよ。で、この後どうする?」

 槙原さんがこの後のプランを聞いてくるも、この空気じゃ仕切り直しとはいかないだろう。

「…今日は帰るよ」

「……私もこの後バイトだから…」

「そっか。じゃあ私達でどっか行く?」

 楠木さんの顔を見ながら槙原さんが誘う。

「そうだね。家に居ても暇だし」

 楠木さんが了承したようだ。

 じゃあ、と、俺達はその場で別れた。

 妙な胸騒ぎを抱えて不安になり、それを払拭するべく身体を動かそう。

 俺は家には帰らずに、ジムに向かった。

 会長や先輩達からオーバーワークだと叱られても、俺は身体を休めなかった。

 無我夢中でサンドバックを叩き、執拗にシャドーを繰り返した。

 終わった頃には、シャワーを浴びる事も出来ずに、暫くぶっ倒れていた程だ。

「隆、無茶し過ぎだ。なんかあったのか?」

 青木先輩が水の入ったペットボトルを俺に渡して訊ねて来た。

 それを一気に煽る。ドロドロに疲れ切った身体の隅々に行き渡ったような感覚を覚える。

「……いや、何も無いっすよ」

「そうは思えなかったが…言いたくないならいいさ。気が向いたら教えてくれ」

 愛想笑しながら頷く。

 まさか、正体不明の不安に駆られて身体を動かしまくった。なんて言えない。

 それに、こんなに疲れたんだ。今日はぐっすり眠れるだろう。

 おかしな夢なんか見る事も無く…

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