須藤朋美~003

 まあ、色々問題はあるが、信憑性のある言い訳も用意できた。

 なので、漸く帰路に着く。女子三人とヒロを連れてだが。

 女子三人はコンビニに立ち寄り、色々と買い込み、キャッキャと騒ぎ、なんだか楽しそうだった。

 つーか、なんだったら、三人だけで春日さん家にでも泊まって遊べばいいのに。

 なんだっけ、パジャマパーティ?それやればいいんだよ。仲良しなんだから。

 そしていよいよ俺の家に近付く。

「なあ、本当に泊まるの?」

 無駄だと解りつつも聞いてみる。

「「「うん」」」

 また見事にハモった。揺るがないようだ。

「だが、一応ながら、家にも親がいるんだぞ?」

「ご心配なく」

 そう言ってスマホを出す槙原さん。。メールか。あて先は…親父!?

 えっと…みんなで期末テストの勉強会やってて、気が付いたら終電無くなってしまいました。つきましては、図々しいお願いですが、お家に泊めてもらえないでしょうか?……だと!?

 唖然とする俺に、そのメールの返信を見せる。

 モチロン大歓迎ですYO!!いやあ、女の子がいる華やかだよね!!オジサンカンゲキ!!

「なんだこのアホな返事は!?YOってなんだ!?なんだ俺の親!?」

 我が父ながら馬鹿すぎる!!もしかして俺よりも末期なのかも知れない…!!

 先頭を歩いていたヒロの足が止まる。

 なんだ?と、肩越しから前を見ると、人影があった。電柱の裏に身を潜めて、俺の家の方を見ている人影が。

「…あれ、朋美か?」

「だろうな。予想的中だ」

 笑いながら言うヒロ。左程怒っている様子も無いが、俺もそんなに怒りが湧いて来ない。女子三人がいるから、歯止めが掛かっているんだろう。

「ふうん…やっぱりか」

 ニヤリと笑って、楠木さんがヒロを通りこして、ずんずん歩く。

「お、おい…」

 止める間もなく、潜んでいる朋美の肩を叩いた楠木さん。

 朋美はびょん!!と身体を浮かせた。ビックリしたようだ。

「な、なななななな!?」

「こんばんは須藤朋美さん。こんな夜遅くなにやってんの?」

 にやにやと、とてもフレンドリーには見えない笑みを作りながら話し掛ける。

 おい。俺達がぶん殴るの阻止する為に来たんじゃねーのかよ?

 怪訝な目で槙原さんを見ると、一つ頷き、槙原さんも行った。

 楠木さんと同じような、蔑むような笑みを作って。

「やほー。奇遇だねえ須藤さん。なに?期末テストの勉強の息抜きか何か?」

「え!?ああ、うん。そうそう!!喉渇いちゃって、ジュースでも買おうかなってね」

 自販機は自分家の前にあるだろうに、つまらん言い訳を。

 俺もヒロもイラッとした。

「そっか。私達もねえ、勉強会の帰りなんだよ」

「へ、へえ~?って、アンタ達家こっちじゃないでしょ!?」

 そのツッコミに答えたのは楠木さんだった。挑発全開の笑顔で。

「ホントはね、私ん家で勉強していたんだよ。隆君とふたりでね」

 違うだろ。勉強は図書館、楠木さん家に行ったのは二度目の晩飯の為っ!!

 しかし、その言葉で、朋美も漸く俺達を視認した。

 最初はヒロを見て『げっ!!』と言う嫌な顔。

 次は春日さんを見て『えっ!?』と言う驚いた顔。

 最後に俺を見て『あちゃ~ぁ…』と言う、やっちゃったような顔で。

 ヒロに向けられた『げっ!!』的な視線がかなり気に食わなかったのか、吐き捨てるように言う。

「ホントはな、俺は家でぬくぬくしていたんだ。どっかの馬鹿が隆を襲ったって連絡がなけりゃな!!」

 ピシッと音が聞こえそうな程に、一気に凍り付く朋美。

「おう須藤、お前なんか心当たりはねえのかよ!?」

 かなりの無茶振り。だが、犯人を知っているようで、単に怒りに身を任せているようで、かなり読みにくい。

「し、知らない…」

 豪快に目を反らす。これ絶対知っている素振り。もう阿部に聞いて知っているけど。

「まあ、そんな訳でね。愛しのダーリンがそんな状況なら、駆け付けない訳が無いでしょ?」

 わざとらしい程あざとい。槙原さんの言葉に、朋美がグラングラントと揺れているのが解る。

 春日さんと楠木さんは、何故か口を尖らせて槙原さんを睨んでいるが。

「そ、そう。そりゃあ心配だよね」

「あ!?心配な訳ねえだろ!!こいつに勝てるのは俺くらいだ!!」

 怒号に近いヒロの声。またまた朋美は身を縮こまらせた。

「大沢、ちょっと声デカい。夜だし、近所迷惑だよ」

「あ?お、おう…」

 楠木さんに注意されて、思い出したように冷静になった。

「へ、へえ?そ、それでみんなで隆を送って来たって訳?」

「うん。だけど、もう電車ないからさ。みんなでお泊りする事になったんだけどね」

 テヘペロっと槙原さん。朋美は一気に紅潮した。

「は、はあ!?隆の家にアンタたちが!?」

「そうだよ。もうおじさんにも許可取ってあるし。欲を言えば大沢と春日ちゃん、遥香がいなきゃなって思うけど」

「楠木、俺はお前等が隆ん家に泊まるって駄々捏ねて、隆を困らせているから仕方なくだが…」

 ヒロの台詞は聞こえてはいないだろう。

 楠木さんの台詞の途中から、拳を握り、震え出したのだから。

「そ、そんなの、許される事じゃない…」

 わなわな震えて朋美が言う。

「許すも許さねえも、お前には関係ねえ話だ」

 吐き捨てるように言うヒロ。

 顔を上げて反論しようとした朋美に、射殺すような目で続きを言った。

「俺が許さねえのは、隆を襲ったカス共だ!!そう思うよな!?須藤!!」

 再び俯く。誤魔化そうとかは考えないんだな。ヒロがガチギレして、怖いからだろうが。

「隆!!返り討ちにした時になんか聞いたか!?」

 突然振られて驚く。

 え?言っちゃっていいの?マジ?言いたいし、今報復したいんだけど?

 恐る恐る槙原さんに目を向けると、すんごい微かに首を横に振った。

「え?あ、ああ。いつも通りやり過ぎた感はあるが、何も聞いていない。つか、聞く耳持っていないから」

 朋美はあからさまにホッとして息を吐いた。

 まあ、いつもの俺は、命乞いも言い訳も聞かないので、信憑性は段違いだろう。

 ところで、もうマジに休みたいんだが。

 俺はわざとらしく、大きな溜息と付く。

「俺、もう休みたいんだけど」

 ああ。と、朋美を抜かした全員が頷いた。

 コンビニで結構な時間を費やして、時計の針は明日を差そうとしている。

「……明日も学校あるしね…」

 俺の袖をついっと引っ張り、歩き出す春日さん。

 今まで目立った事をしていないのに、この行動は目を見張る物があったようで、朋美も思わず立ち塞がった。

「……なんですか?」

「…あ、アンタも泊まるの?」

 コックリ頷き、肯定。

「……じゃあ」

 そして躱して通り過ぎた。眼中に無さそうに。

「待…!!」

 腕を取る朋美だが、その腕は春日さんじゃない。俺でも無い。最後尾にいたヒロの腕だ。

「あ?なんだ?」

「……べ、別に…」

 簡単にその腕を離す。

 同時に俺達は歩き出した。

 朋美には全く目もくれずに。

 漸く家に着いた訳だが、部屋に入るなりヒロがベッドに倒れ込んだ。

「あああ~…マジぶん殴りてぇ…」

 ゴロゴロ転がり、苛立ちをアピった。

「俺もだ。顔見るだけで腹が立って仕方が無い」

 俺も枕をボスボスと叩いて八つ当たり。

「枕ボロボロになっちゃうよ?」

 全く遠慮なしに部屋に入ってくる女子の一人、楠木さんが、早速テレビを付けながら言う。

 春日さんは、コンビニで買い込んだ、飲み物やらお菓子やらをテーブルに広げているし。

 槙原さんは、カーテンをちょこっと開けて、外の様子を見ているし。

「いるいる。あの子また見張っているよ。警察に通報してみようか?」

 なかなか面白い案だ。多分直ぐに解放されるだろうが。親父の権力的な何かで。

「それはそうと、俺マジにもう休みたいんだが」

「うん。そうしなよ」

 槙原さんがさも当然のように言うが、そうしたいのは山々なんだが、君達はどうすんの?朝まで菓子食ってジュース飲んでるの?

 春日さんなんか、ナントカロールケーキ食べているし。寝るんだよね?

「隆が言いたいのは、布団出したいって意味なんだよ。菓子広げるなって事」

 げんなりしてヒロが言う。ヒロも疲労がパネエようだ。

「……え、でも…もうプルトップも開けちゃったし…」

「そうね。食べ終わるまで待っててよ」

 そうか。もうジュース開けちゃったかー。だけどな?

「いつ食い終わるんだ?」

「そうだね、二時間くらい?」

 ……深夜に布団出せってか?今でも充分遅いのに?

「アホか。お前等は朝まで爆睡でいいかも知れないが、俺と隆はロードワークとかあるんだよ。冷蔵庫借りてジュースとか入れて来いよ。袋菓子は輪ゴムかなんかで口閉じろ」

 ヒロの分際で正論とは…疲れたからおかしくなったのか?

「……生洋菓子は?」

「それは今直ぐ食え」

 頷き、無言でパクつく春日さん。

 小動物のようで和むが、明日の為に早く完食して欲しい。

 漸く食べ終わり、これで布団が出せると腰を上げた。

「あ、歯磨きしたいから洗面所貸して?」

「……着替えもしたい…」

「いいよ。だけど静かにな」

 夜遅いからな。親父やお袋が起きたら、面倒臭い事になりそうだ。

 少なくとも、早朝ロードワークは諦めなきゃならんような状態になってしまう。

 女子達は、は~い。と返事をして一階に降りた。

 軽く溜め息を付いて、押入れから布団を引っ張り出す。

「俺は?」

「お前は俺の隣で我慢してくれ」

 そりゃそうだと、ヒロも布団を引っ張り出すのを手伝う。

「しかし、よく布団なんかあったよな」

「ああ。俺は友達が少ないから部屋に友達呼ばないだろう。押入れも物置くらいにしか使わないだろう。って事で、無理やり入れられたんだよ」

「なんつーか、まあその通りだよな」

 実際押入れなんか使った事は無いし、別に布団預かるくらいはどうって事は無いし。

 つうか、お前も泊まる特に使っているだろうに。

 だが、まさかこんな状況でもう一組使う事になるとは思わなかったが。

「おい隆、布団二組しかねえぞ?」

「仲良く三人で使って貰うしかないだろ。つか、俺の部屋にそんなに布団引けない」

「そりゃそうだ。二組あっただけでも上出来だな」

 正にその通りだ。

 予備の布団は確かにまだあるが、それは親父とお袋の寝室の隣にある。

 こんな夜更けにガタガタうるせえ真似はできない。

「あ、枕はねえんだな」

「枕が欲しいんなら俺の貸すよ。お前も別にいらないだろ?」

「あったらあったでいいが、別にこだわりはねえな」

 ヒロは楽でいい。女子達だったらこうはいかん。一応俺も気を遣うのだ。

 そうこうしている内に戻って来た女子達。

 お礼をいいながら、ぽすんと布団に正座して輪になった。

 きょろきょろと見回す女子達。何か足りないのだろうか?

 そう思って聞いてみる。

「なんか足りない?布団は申し訳ないけど、三人で使って。枕なら俺のを使っていいよ」

「あ、いやいや」

 槙原さんがかぶりを振る。

「隆君はどこに寝るのかな、って」

「自分のベッドだ!!」

 楠木さんが嫌そうな顔をした。

「え?じゃあ大沢が布団?遥香と春日ちゃん可哀想…」

「俺も隆のベッドだ!!つか何だ!?可哀想って!?」

 今度は春日さんが怪訝そうな顔をした。

「……まさか大沢君…隆君を…?」

「ふざけんな!!俺は優一筋だ!!つか、俺にそんな趣味は無い!!」

 もう深夜だと言うのにカオスだった。

 マジで寝たい俺の要求は、どうでもいいようだった。

 何だかんだと、漸く大人しくなったのはもう三時。

 絶対ロードワークできねえ!!

 目も冴えてしまって、眠れなくなった。

 ふと、カーテンを少し捲る。

 冬の寒空、雪が降ってないのが幸いしたのか、朋美がまだ俺の部屋を見ていた。

 すげーな…なんで俺にそこまで固執する?

 単純に怖いと思う反面、感動さえ覚えるが、ぶっちゃけ気持ち悪い。

 あるのは恋愛感情じゃないんだろうな。なんつーか、所有物みたいな?

 自分の物みたいな感覚なんだろう。物凄い迷惑だが。

 やっぱり、いっそのこと一発ぶん殴ってやればいいような。

 つか、麻美の枷は外れたんだから、成仏させる為には『お前が黒幕だ!!』って言えば…証拠固めなきゃシラ切られるか…

「ああ~もう…地道に証拠固めするしかねーのかよ…」

 ふてくされて布団に潜り込む。

 一体いつになったら全て終わるんだろう、との不安に駆られながら、俺は漸く眠りについた…


 夢を見た。

 真っ白な空間に向かい合って、椅子に座っている女子二人。

 一人は麻美。相変わらずガキっぽい顔をしている。

 その正面には、何回か会った事がある女子、川岸さんだ。

 珍しい、つか、おかしな組み合わせだが、夢だからな。

 麻美と川岸さんが会話しているのを、聞き耳を立てる俺。なんつーか、非常に恰好悪いが、夢だから。普段は聞き耳立てる事なんか絶対にしないし。

多分。

 ともあれ、この会話に、夢の中の俺は興味を持っているようだ。気配を消して会話に全神経を集中している。

「……そう、緒方君、遂に真実に辿り着いたんだ」

「遅いくらいだよ。あんなにヒントあげているんだから。ホント、馬鹿で困っちゃうんだよね~」

 ケラケラ笑う麻美。対して川岸さんは暗い。

 なんだ一体?今の所、俺が馬鹿にされているくらいしか解らないが…

「じゃあもう直ぐ…?」

「いや…朋美が完全に離れてくれない限りはねえ…隆単独ならもう殴っちゃって、今頃海の中か山の中かな?」

「物騒だね、緒方君」

「馬鹿だからね」

 キャッキャと笑うのは麻美。やはり川岸さんは暗い顔の儘だ。

「でも…そうなるとどうなるの?」

「ん~…まだ余裕あるから頑張れるよ。そっちは?」

「私はいつでも…でも余裕って言っても、そんなに持つ訳じゃ無いでしょう?」

「まあね。でも頑張るよ。一年くらいは大丈夫かな?」

「それってかなりギリギリじゃない?」

「まあね」

「あと一年で片付けられると思う?」

「片付いて貰わなくちゃ困るよ。でも、きっと大丈夫。今回は全員が味方だからね。かなり諸刃の剣っぽいけど」

「言い得て妙だけど…その通りだよね。緒方君、ちゃんとフォローできるかな?」

「さあ…こればかりは…今の儘じゃちょっと不味いような気はするけど、どうにもなんないよ。助けが無いと、隆の寿命が縮むだけだから」

「さっきの海の中か山の中ってヤツね。そうだよねえ…」

 神妙になる麻美と川岸さん。

 せっかくの夢なんだから、もうちょっと楽しそうに話して欲しいもんだ。

 嘆息し、再び会話に集中した。

「ところで緒方君は…気付いているの?」

「いやあ~…何回も高校生繰り返しても、ここまで来るのにこんなに掛かった訳じゃん?そんな奴が気付くと思う?」

「……ごめん。思わない」

 漸く川岸さんが笑ったが、力の無い笑顔。作り笑い的な感じだ。

「少しはおかしいとか思わないもんかねえ?」

「麻美さん、なんかシグナル送ってる?」

「送っているよ。でもこの様さ」

「鈍いと言うか、何と言うか…」

 川岸さんは、眉間に人差し指を当てて、頭痛を堪える仕草をした。

「でも、それはそれでいいんだ」

「え?」

「だって、それはどうしようもない事だからさ。たまにぎっしーが、こうやって話し相手になってくれるだけで、かなり救われているし」

「でも…私は…最終的には…」

 更に暗い表情になる川岸さん。

 つか、気になる。最後まで言えよ……


 …………


 瞼が開く。

 上体を起こし、スマホを開いて時間を見た。

「………ロードワークは無理だな…」

 無理も無い。昨日、ってか今日、三時まで起きていたしな。夢見も悪かったし。

 …悪かった?

 なんで麻美と川岸さんの会話が、夢見が悪いんだ?なんでそう思う?

「……いや、気のせいだな。俺が勝手に見た夢なんだし」

 そう。ただの夢。事実夢で聞き耳を立てていた俺は、そんなに深刻じゃなかったじゃないか。

 夢、と知っていたからだが、あの組み合わせが、そもそも有り得ないからだろ。

 そんな事より、もう直ぐ期末テストだ。そっちの方を頑張らなきゃ…

 気も身体も重かったが、強引にベッドから降りてヒロを叩き起こした。

 無理やり、努めて明るく…


 朝飯はそりゃもう賑やかだった。親父曰く、華やかだったか。

 女子達はキャッキャしていたが、俺とヒロは妙に焦っていた。日課のロードワークが出来なかったからだ。

 なので、朝飯を終えると同時に走り出す。

 つもりだったが…

「まさか、か弱い女の子を置いて、二人で走って行こうとか思ってないよね?」

 それを言われて押し黙る。

 そうだ。今朝は何かと勝手が悪い。うわ、どうしよう?

「仕方ねえ…ランニングは諦めた。学校行ったら柔軟するか」

「まあ…何もしないよりはマシか…」

 げんなりして門を開ける。

「お?久しぶりのコンビニ袋!」

 手に取って、くしゃくしゃにして、家に戻ってゴミ箱に放る。

 その様子を見た槙原さん。わざとらしいくらいの大声で、独り言を言った。

「まったく迷惑だよねえ。もし、これが気を引くための作戦なら、全く逆効果だと思うの!!」

 乗って来たのは楠木さん。

「だよねえ!!どんな意図かは解らないけど、単に気持ち悪いだけだよねえ!!これ捨てた奴が誰か知れたら、絶対その人を軽蔑するよね!!」

 まるで近くに朋美がいる事を前提とした、聞こえるように言っている、良く通る声だった。

「隆」

 肩をつついて来るヒロ。続いて微かに後ろを指差す。

 俺の位置からは見えないが、そっちの方から視線を感じた。

「朋美か?」

「他に誰がいるってんだ」

 朝っぱらからストーキングとか、恐れ入る。その情熱を他に回して欲しい。

 またまた通る声で俺に言ってくる槙原さん。

「ねえ、もしも私達が襲われでもしたら、どうする?」

 これは朋美に聞かせろ、って事か?ならば乗るしかない。

「勿論ぶち砕く!!そして誰かがやらせているようなら、口を割るまで追い詰める!!そしてそいつもぶち砕く!!」

 槙原さんは満足そうに頷き、チラリと後ろを振り返った。

 茂みがざわっと動く。

 この糞寒い中、そんな所から様子を窺ってるのかよ。

 ただ呆れた。おかげで朝から疲労しまくった。


 学校に着くなり、机に伏した。

 ヒロもだ。思った以上に疲労したたんだろう。大体にして、寝た時間が遅すぎる。

「おはよう緒方君。今日はみんなで登校したんだね」

「おはよう国枝君。実はな」

 カクカクシカジカと、昨日の出来事を説明する。

「……そうか…ラスボスまで辿り着いたんだね。でもその後が…」

「まあ…槙原さん達も善意でやってくれたんだから、あまり無碍にはできないしな…」

 プッと噴き出す国枝君。

「善意とはちょっと違うよ。緒方君の敵は自分の敵みたいなヤツさ」

「それでも、有り難いっちゃ有り難いんだが…」

 正直ぶん殴ったらかなりヤバい事になるし、居てくれて助かったのは事実だ。

「あ、そうそう。これも疲労の原因の一つだと思うけど…」

 俺は今朝方見た夢を国枝君に伝えた。

「……川岸さんが?」

「うん。ただの夢だろうけど、なんか気になってさ…」

 言うと、国枝君が目を細めて俺の後ろを見た。

 何度か微かに頷いで、たまにキッと奥歯を噛んで。

「どうした?麻美か?」

「…うん。まあ…あまり気にする事でも無いよ。取り敢えず今はね」

 今?じゃあ後々気にしなきゃいけないのか?

「おいおい、脅しっこ無しだぜ国枝君」

「いや。僕が言いたいのは、今は須藤さんに集中してって事だよ」

 そうか。そういう事なら納得だ。

「あ、予鈴が鳴ったね。また後で」

 自分の席に戻る国枝君を目で追う。

 なんか…様子がおかしかったような…?

 だが、今はそれを確かめている暇は無い。

 もうほんの少しで、ホームルームが始まってしまうからだ。


 眠い目を擦りながら、どうにか放課後まで頑張れた。

 早く帰って少し寝よう。期末の勉強はその後にしよう。

 カバンを担いで足早に校舎から出た。

 途中、声を掛けられ、足を止めて振り返る。

「は、速い!!もうちょっとゆっくり歩いてっ!!」

 朋美が息を切らせて追って来たのだ。

 顔に出そうだった、嫌そうな表情を無理やり鎮めて、だが待つ事はせずに歩き出す。

「だからっ!!ちょっと待ってってば!!」

 追い付いた朋美は、俺の肩に手を掛けて息を整えた。つうか、馴れ馴れしいぞ…

「……何か用か?」

「え!?あ、ああ、うん。期末テストの勉強はできているかなあ、って思って」

 お前が訳の分からん刺客を送って来なけりゃ、捗っていただろうな。と言いたかったが、そこは堪えた。

「ああ…まあボチボチだな」

「そう?じゃあ私が解らない所、教えてあげようか?」

 今ボチボチっつったよな?何でお前に教わる事になるんだ?

 糞面倒な顔をしてしまう。そう言う表情は、表に出さないようにしていた筈なのに。

「…いや、なんとかなっている。だから気にすんな」

 これだけ何とか言って、やはり足早になった。

「そ、そう!?この頃隆成績上げているから、そうかもね」

「そうか?だがやっぱ勉強はしたいからな。じゃあな」

 振り切るつもりで踏み出すが、腕を掴まれ、停止した。

「……なんだよ?」

「い、いや…あの、クリパの事なんだけど…」

「ああ、やるだろ。普通に」

 お前が送った刺客は返り討ちにしたしな。と言いたかったが堪えた。こいつ相手にどれだけ我慢すればいいのか?本気で嫌になってくる。

「そ、そうだよね。で、枠が無いって聞いたけど、空き出た?」

「出てないな。もう人数は決まった」

「う、うん。例え空き出てももう入れないって聞いたけどさ、私もその日…暇って言うか…」

「お前も友達集めてクリパやればいいだろ」

「……………」

「ちょっと急いでいるんだ。じゃあな」

 掴まれた腕を振り解き、今度こそ足早に歩く。

 後ろは決して振り向かない。

 万が一、泣いていたら、俺の心が折れてしまうかも知れない。そうなったら、俺は俺自身をぶち砕く事になる。


 また夢を見た。

 昨日と同じ、真っ白な何も無い空間で、テーブルを挟んで会話している女子。

 一人は麻美。もう一人は……なんと朋美だった。

 麻美が愉快そうに見下ろし、朋美が下から睨み付けている構図。何と言うか…怖い。

「……アンタはいつもいつも私の邪魔ばかり…そんなに私が気に入らないの!?」

「うん。気に入らないよ。気に入る要素何もないじゃない。つか、好かれているつもり?バッカじゃない?」

 昨日とは違って嘲笑うような感じの麻美。何つーか…らしくないような…

「そりゃあの時はホントに悪かったと思うけど、アンタもう死んだんだよ!?」

「死んだってか殺されたんだよね。アンタにさ」

「……」

 押し黙る朋美だが、此方にも言い分はあると、突っ掛る。

「そもそもアンタが空気読まずに屋上に来たから!!死んだのは自業自得でしょ!?」

「まあね。それを言われると弱いな。つか、何興奮してんのよ?折角久し振りに会ったんだから、もっと仲良く話そうよ?」

 ケラケラ、ケラケラと。

 こんな悪意がある麻美を見たのは初めてだ。

 恐怖を感じ、身震いする。

「……アンタが出てきた時は驚いたけど、成程って思ったよ。私と隆の邪魔をするのは、アンタしかいないからね」

「う~ん…私は邪魔した覚えはないんだけどなあ。隆が死んじゃう運命を変えようとしただけだから」

「?」

「まあ、アンタとこうやって話が出来るようになったのも、隆が知っちゃったからだけどね。いや、認めちゃったからなんだよね。中学時代にアンタが何したのかを。それまで、隆は心の底ではアンタを多少信じていたけど、もう無理」

「!?アンタ…隆にバラしたの!?だからこの所隆は私に冷たかったのね!!」

 掴みかかる朋美だか、麻美は軽く避けて躱した。

「バラしてないって。隆が辿り着いただけ。だからもう無駄。アンタの望む通りにはならない」

 一瞬固まったが、朋美は高笑いしてそれを否定して。

「あははははははは!!いやいや、そう思うのは勝手だよ?だって私はまだ生きている!!死んだアンタに出来ない事が、私には出来るから!!」

「確かにね。だけど死んだ私にも出来る事はあるんだよ。例えばアンタをクリパに参加させないようにするとかね」

「クリパ!?そんなもの!!要するに空きが出たらいいんでしょ!!そんなモン、なんとでもなるわよ!!」

「できるの?アンタに?」

「まだ一週間もあるのよ!?それまでに手は考えるわよ!!アンタが不幸な事故に遭った時のようにね!!」

「ふうん…面白いね。やってみなよ?」

「勿論よ!!アンタは大人しくくたばった儘でいなさいよ!!」

 あははははははは!!あはははっはははっはは!!はははははははっははははっはっはははああっはははっはは!!!!!!!

 二人の不快な笑い声が重なる。

 俺は思わず目を瞑り、耳を塞いだ…………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る