二年の夏~002

 兎に角、夏休みの前にある期末テストをクリアしないと、夏休みが潰れてしまう。

 俺の頭のリハビリもだいぶ進んで、滅多な事じゃ赤点は無いとは思うが、やはり気を引き締めて取り掛からなければならない。

 俺はヒロをチラリと見ながら問うた。

「お前、赤点は無いだろうな?」

「塾辞めちゃったからな…成績はどんどん下降しているが、流石の赤は無い…と思う…」

 最後の方が、声が小っちゃくなったが…

 こいつ、塾通いしていた時ですら、クラス平均だったからな…

「まあ…解んないところがあったら、教えるから…」

「お前にそれを言われる日が来る事になるとはな…」

 本当にげんなりしているヒロだが、俺は毎日少しの時間でも勉強してんだ。

 それでお前より下なら、脳外科に行くレベルだろ。

「んじゃ早速、期末に出そうなところ、教えろ」

 なんつー上から教えを乞おうとしているんだ、この男は?

 ちょっとムカッとした。

「波崎さんに教えて貰え!!」

「優は今日遅番なんだよ」

「明日でもいいじゃねーか?」

「……だから、優は今日遅いんだよ」

 一体何を言いたいのだろうか?

 考える俺に焦れたヒロ。

「だから、今日俺は暇なんだよ。たまには羽根伸ばしたいじゃねえか?」

「……ああ、遊びに出たいって事?だったらみんなで…」

「言っておくが、女子は呼ぶなよ。浮気認定されちゃ、洒落にならない事になる」

 そんな男が海でナンパ計画するのか?

 彼女ができてからいろいろ行動が制限されているんだろうが、それにしても冒険し過ぎじゃねーか。

 まあ、こいつは案外ヘタレだから、ナンパは出来ないだろうけどな。


 昼休みも終わり、授業も終わる。

 で、今日も何時ものように、三人娘からの下校デートのお誘いが。

 いつもなら素直に頷くが、今日はヒロとの先約がある。なので、丁重に断った。超胸が痛い。

 寂しそうな目を向けられながら「解った」と言われる辛さ。

 しかも三人とも。俺マジでこの中から一人選べるのか?

 うわ…想像しただけで胸が苦しい…

「どうしたんだい?のた打ち回って?」

 その状況を不思議そうに見ていた国枝君。

 勿論なんでも無いと言って誤魔化す。

「そうかい?じゃあ行こうか。大沢君も焦れているよ」

「ああ、うん」

 俺は国枝君と一緒に、ヒロが待つ教室前のドアに向かった。

 つか、そんな近距離でわざわざ待つなよ。

 どこに行くのか解らないから、待ってくれた方がいいのは間違いないけども。

 教室から出ると、蟹江君も誰かを待っているように、ドアの横に立っていた。

「あれ?蟹江君誰かを待っているの?」

「いや、大沢に誘われて、お前等を待っていたんだが…」

 なんと!!蟹江君にも声を掛けていたのか!!

「そうだったのか。じゃあ吉田君も?」

「ああ、吉田は用事あるってさ」

 そうなのか。それは残念だ。

「赤坂君は?」

 言った途端、全員が微妙な顔になる。

「いや、赤坂はな…」と、ヒロ。

「別にいいんだけどさ、なんつーか、その…」と、歯切れの悪い蟹江君。

「えっと、この次機械あったら、って事になったんだ」

 国枝君は嘘をついている。証拠にテンパって『機会』と『機械』を間違っている。

 ……誰も気付かない間違いだな。ヒロも蟹江君も普通に聞いていて頷いているし。

 まあ、野暮な事は言わないでおこう。きっとヒロ達にも事情があるのだろう。

 さて、野郎同士で遊びに出るか。

 てくてくと歩きながら、どこに行くんだ?と思い、ヒロに聞いてみた。

「おいヒロ、どこに行くつもりだ?」

「ああ、まだ決まってねえな。取り敢えず西白浜に出よう」

「なんだ?行き当たりばったりだな?」

 呆れながら言うと、逆にはあ?ってな表情で返される。

「普通だろ?なぁ、蟹江?」

 頷く蟹江君。蟹江君が頷くんなら、これは普通な事なのか…俺ってこんな経験あんま無いからな…

「まあ、定番でゲーセンとか?」

 蟹江君の追記である。ゲーセンか。金あんま持ってねーんだよなあ…

「決まってないなら、新しく出来たマンガ喫茶に行かないかい?西高生がうろついているみたいだけどさ」

 おお、国枝君、ナイス提案だ。マンキツなら、ドリンク飲み放題で、かなり寛げる。

「マンキツか。それもいいかな。そうするか」

 蟹江君の一声でマンキツに決まった。

 俺達は若干テンションを上げて電車に乗った。

 電車で五駅。もうこの描写いいだろ。

 その駅に降り立った俺達だが、その新しくできたマンキツって、どこにあるんだ?

「国枝君、場所解かる?」

「駅付近らしいから、歩いていれば見つかると思うけど…」

 そうなのか?でも、工事していた所なんか、見かけた事無いけれど。

 ともあれ、そんな訳で、てくてくと駅前を散策。

 だが…見つからない!!

「国枝、もしかして場所違うんじゃないか?」

 俺が申し訳なくて聞けなかった事を、蟹江君が聞いてくれた。

「うん…そうかも知れないね。ごめん」

「いやいや、いいよ」

 恐縮する国枝君だが、俺達は気にしない。

 ただ遊びに出ただけだし、マンキツに拘っている訳じゃない。

「そうなると、どうするかだな」

 ヒロがキョロキョロと周りを見る。遊べそうなところを探しているんだろう。

「……お?面白い奴見つけたぜ」

 ヒロが小道に入って行く。一体何を見つけたんだ?

 暫く待っていると、ブレザーを着た男子高校生の首根っこを捕まえながら戻って来た。

 この制服、海浜の生徒か?

「大沢、誰だそいつ?」

 蟹江君が疑問を呈する。

「ああ、俺が塾に通っていた頃の知り合いだよ」

 海浜の生徒は超恐々しながら、頭を下げた。

「おいヒロ、こういうのは…」

 ヒロ的には意識していないんだろうが、知らない他校の生徒に囲まれたら、怖いだろうが。

「さっきちょこっと聞いたら、こいつ、あの眞鍋の事知っているんだとよ」

 眞鍋君の同級生か?だけどなあ…

「大沢君、今更海浜の彼の事なんかどうでもいいじゃないか。それに、その彼は無関係だろう?」

「無関係になっちゃったってのが正しいな」

 意味が解らん…

 首を捻る俺達。その時海浜の生徒が口を開く。

「あの…真鍋の事なら、本当に知らないんです。どこに行ったのかも誰も解らないんですよ」

 ………

 何やら不穏な空気を感じる…

 それは蟹江君や国枝君も同様だった。

 国枝君が前に出る。

「ちょっと話だけでも聞かせてくれないかい?」

 持ち上げた眼鏡がキランと光ったのは気のせいか、演出か。

「待て待て。だったらこんな道端じゃなくてどこかに入ろうぜ。絶対カツアゲしているように見られるって」

 蟹江君の提案に従う。この状況、どう見ても弱い者虐めだし。

 俺はできるだけ低姿勢で、彼にお願いしてみた。

「そんな訳で、どこか腰を落ち着かせて話せる所に移動してくれませんか?勿論、お茶代は俺が持ちますんで」

 俺の低姿勢に素で驚いた彼は、軽く頷いた。

「じ、じゃあ、あそこに喫茶店がありますけど…」

 指差した先を見る。

 その喫茶店は、確か西高生のたむろ場だったような気がする。

「あそこは西高の糞共の行きつけだった筈ですが、大丈夫ですか?何ならぶち砕いて…」

「いやいやいやいや!!もっと平和的な所にしましょう!!そ、そうだ!!もうちょっと行った先に、コスプレが可愛いファミレスが…」

「あ~…あそこ、このウニ野郎の彼女がバイトしているんですよ。内緒で遊びに出たんで、見つかると半殺しの目に遭うそうなんで…」

「別に内緒じゃねえし、半殺しにも遭わねえよ!!」

 うるせーな。いいじゃねえかどうでも。寧ろ半殺しの目に遭えば面白いじゃないか。

 俺は蟹江君に助けを求めた。

「蟹江君、この辺りで、平和的に話できる所、知らない?」

「え~?どこでもいいように思えるんだが…お前が色んな学校にちょっかい出すから、そうなったんだろ」

 まあ、その通りだ。ぐうの音も出ない。

 それにしても、蟹江君とこんな会話が出来る方が嬉しかったりする。

 過去ではまったく会話しなかったし。

「う~ん…ちょっと歩くけど…」

 どうする?と言う目を向けて来たので、いいよ、と頷く。

「えーっと、海浜のお前もいいか?」

「あ、はい」

 素直に頷く海浜の生徒さん。つか、名前!!

「あ、君の名前は?」

「あ、そっか。田沼っていいます」

 ここで漸く自己紹介タイム。

 俺とヒロの事は知っていたので(ヒロは元同じ塾だが、俺は単に悪目立ちで有名なのだ)蟹江君と国枝君も名乗って終了。

 う~ん。他校との交流もなかなかいいもんだ。これを交流と言ってもいいのかは、さておいて。

 蟹江君を先頭に少し歩く。

 少し。少し。少し…

「おい蟹江」

「なんだ大沢」

「もう30分も歩いているんだが」

「ああ、もうちょっとだな」

 そうか、もうちょっとか。

 もうちょっと歩く。もうちょっと歩く。もうちょっと歩く…

「おい蟹江」

「なんだ大沢」

「あれから15分経っているんだが」

「ああそうか。もうゲフンゲフン!!…分」

「ちょっと待て。なんでそこで咳き込む?」

「喉がちょっとな」

 そうか、それは大変だな。お大事に。

 ゲフンゲフン。ゲフンゲフン。ゲフンゲフン…

「おい蟹江!!あれから15分歩きっぱなしなんだがなあ!!」

「着いたぞ」

「………おう…」

 怒りのやり場に困っているヒロ。間抜けだが、気持ちは解る。

 だけどここは?

「お好み焼き屋。お好み駄目だったら、天むすとかもあるぞ」

 いやいやいやいや。お好み焼き大好きですよ!!なんなら天むすも好きです!!

 俺達は張り切って店の暖簾を潜った。

 ソースの香ばしい香りが鼻腔を擽る!!

 早速空いている席に座る。難しい話は後だ。このソースの焦げる匂いがそうさせている。

「俺豚玉。お前等は?」

 常連さんらしい蟹江君は、既に心が決まっているようだ。

 だが待ってほしい。俺達は初めてなのだ。もうちょっとメニューを見る時間をくれ。

「あ、僕イカ玉で」

「田沼君もう決まったの!?」

「ええ。『おたふく』では、イカ玉かミックスって決まっていますんで」

 むう、その口調、田沼君も常連さんなのか…

「じゃあ僕はモダン焼き」

「国枝くうん!?」

「え?変かな?焼きそばも好きなんだけど…」

 いや、変じゃない。だからメニュー見る時間頂戴!!

「あ、俺ミックス」

 ヒロまで!?こいつ、こんな店に来るようなキャラじゃないだろ!!一緒に来る友達もいないだろ!!

 く!!どうする!?俺のせいで、みんなのお好み焼きが遅れる…!!

 刻一刻と過ぎて行く時間…この妙なプレッシャー…

 俺は居た堪れなくなって、思いついた商品を口にした。

「…………天むすで…」

 だって仕方ないじゃないか!!さっき蟹江君が『天むすもある』って言ったんだから!!

 鉄板の上で、じゅうじゅうとお好みが焼ける。

 隣の田沼君がソースを塗ると、ぶわあああああっ、と香ばしい匂いが立ち込めた。

「おお、いい匂いだな。やっぱお好み焼きはこの匂いがいいんだよな」

 蟹江君に激しく同意だ。だが、俺の天むすからは香ばしい匂いはしない。

「この生地が焼ける音もいいんだよね」

 国枝君に激しく同意だ。だが、俺の天むすからは生地が焼ける音はしない。

「マヨネーズで字とか書けるしな。遊び心も忘れちゃいけないよな」

 ヒロに激しく同意だ。だが、俺の天むすではマヨネーズで文字は書けない。

「最後に青海苔掛けるのもいいですよね。この鉄板からぶあっと零れるとこなんか、何か贅沢ですし」

 田辺君に激しく同意だ。だが、俺の天むすは既に焼き海苔がコーティングされているので、鉄板には零れない。

 ちくしょう!!なんで天むすなんか頼んじゃったんだ!!

 俺もお好み焼きたかったのに!!

 歯軋り宜しくな俺。そんな俺の天むすを、田沼君がじっと見る。

「緒方君、ここの天むすは最強に美味しいんですよ。しまったな、僕もそっちにすれば良かった」

 表情を読み取る限り、本気で残念そうだ。

 と、言う事は、俺勝ち組?

 改めて天むすを見てみる。

 二個で500円という高額なおにぎりだが、その中身は天ぷらなのは、揺るがない。天ぷらじゃなきゃ『天』むすの意味が無いからな。

 一つは尻尾が飛び出ている事がら容易に解る。エビ天だ。

 だが、もう一つの方は、米に守られて中身が見えない。

 丁度みんなのお好みが焼きあがり、箸を割ったので、俺は中身不明の天むすに齧り付いた。

 む!?この醤油を絡めた衣!!既に味付け済みか!!衣だけでも香ばしくて旨い!!

 そして衣の中は鶏肉?そうか、これは『鶏天』か!!

 鶏天はここいらじゃ珍しい。鶏天を知らない地域もあるくらい、意外とマイナーな食べ物だ。

 旨い!!こりゃマジで旨いぞ!!

 一気に食べ尽くす俺!!

 蟹江君がいいなあ…と呟いたのが聞こえた。

 そうだろう、そうだろう。俺くらいのグルメになると、真の美味しい物を瞬時に嗅ぎ分ける事が可能なんだ。

 俺は勝ち誇った顔で言う。

「蟹江君も頼めばいいじゃないか」

「う~ん…食いたいけど、追加はなあ…」

 だったら初めから天むすを頼めば良かったのだ。

 小麦粉と長芋の焼き物なんか頼まずに。

 さて、もう一つのエビ天の方は…

 おおう!!こっちは塩か!!天ぷらを塩で戴くとは、通だな!!

 いや!!旨い旨い!!感動物の旨さだ!!

 俺はこれまた一気に齧り付いた。

 国枝君が、僕もそれにしたら良かったな。と、後悔したのが聞こえたが、人生後悔ばかりだ。気にする事は無い。

 次は天むすを頼めばいいのだ。次がある事は、実は幸福な事なのだ。

 だいたいみんなが食い終わる頃、ヒロが口を開いた。

「田沼、あの野郎の事、話してくれよ」

 お好み焼きを口に運ぶ途中だった田沼君だが、その動きをピタッと止める。

 そして箸を鉄板に置き、姿勢を正した。

「そうですね。お好みもこうして御馳走して貰ったし」

 うん。多分俺のオゴリだよ。それ。

「えっと、皆さんは眞鍋の事をどれだけご存じですか?」

 振られてちょっと考える。

 俺以外は面識が無い筈だ。ただ、参加チケを第三者に売った馬鹿程度の認識しかない。

 だから俺が代表して話す事にした。

「そうだな。お調子者で適当?」

 頷く田沼君。

「大体そんな感じですね。友達と呼べる人は存在しないかもです。少なくとも海浜には」

 そうなのか?女子の友達は多いみたいな事を言っていたが。

 まあ、自分が友達だと思っていても、向こうにそんな気が無いとの事は、よくある事だろうが…

「眞鍋は西高に友達がいるんです。一方的にくっ付いているようでしたが」

「ああ、木村もそんな事言っていたなあ」

 腐れ縁だから相手をしているみたいな言い方だった。

「女子もウザがっていますが、露骨に無視まではしてない状態ですね。男子は話し掛けられたら応える程度で。その西高の人の事をやたら出して来るんで、完全無視はできないんですよ」

「どういう事?」

「自分がお願いすれば、西高の人が仕返ししてくれる、みたいな事を、やたら周りに吹聴していたんですよ。下手に無視して恨みを買ったら洒落にならないからです」

「木村はそんなくだらない事でいちいち出て来ないよ。あいつそんなに暇じゃないし、結構いい奴だよ?」

「解っていますよ。でも、怖がる気持ちも解るでしょう?」

 まあ、確かに。ハッタリだと思っていても、もしかしたら、と言う気持ちもあるだろう。

 意図したのか、ただかの誇張なのかは知らないが、その事によってハブられる事が無かったのか。

 それにしても、西高怖がられ過ぎだろ。

 どんだけ周りに迷惑かける存在なんだ。

「そんな訳で、眞鍋の事は誰も知らない、と言うか、関わりたくないんです」

 ふむ。成程。

「だから眞鍋が失踪した事も知らないんです。僕だけじゃない、誰も知らないと思いますよ?」

 ん?失踪?

「え!?真鍋君家出したの!?」

 初耳だ!!そしてマジで驚いた!!

 固まっている俺にヒロが言う。

「いなくなった事には間違いじゃないが、家出か、事件に巻き込まれたのかは、まだ解ってない。だからこいつに聞こうと思ったんだが…」

 困った感じだった。もうちょっと情報を引っ張りたかったんだろうな。

「だけど、家出じゃないならなんで?」

「これは単なる噂ですけど…」

 身を乗り出し、内緒話をするように、みんなを手招きで中心に集めた。

 当然俺達も顔を突き合わせる。

「……眞鍋は家出じゃなくて、誰かに恨みを買って拉致されたらしいです」

 ……何とも穏やかじゃない噂だな…

 それだけ恨みを買っているって事の裏返しでもあるか…

 だが、それは流石にないだろう。誰がそこまでするのか。

 全員がそう思ったらしく、口元に笑みを浮かべて顔を見合わせる。

「まあ、無いな」

「だよね。眞鍋君がどれだけ嫌われていたとしても、そこまでする価値がある人じゃないだろうね」

 国枝君も同じ見解か。つか、全員同じ見解だった。

 言った田沼君も、はは、と笑う。

「そうですよね。僕もそこまでは無いかと思います。噂の出所も解らないですし」

 誰かが面白おかしく吹聴したんだな。まあ、家出より拉致の方がインパクトも大きいからな。

「ははは、全く、どんな噂だよ。拉致って事は、一般人じゃ絶対無理だろ」

「ははは。ですよね。暴力団とか、そんな職業じゃないととても…」

 俺の笑い声が止まる。

 暴力団?誰かに恨みを買った?

 物凄い嫌な予感が、胸中で蠢いていた…


 それから田沼君も交えて遊んだ(俺のアドレスも一つ増えた。嬉しい)が、お好み焼き屋で聞いた話が、耳から離れない。

 拉致…恨みを買った…

 誰に恨みを買った?聞いた話じゃ、結構な人から買っているような感じだったが、拉致までするとなると、限られてくる。

 西高の馬鹿が衝動的にやったか?可能性はある。基本的に糞だし。

 ベッドの中でごろごろ転がり、考えるもしっくりこない。つか、本当に拉致なのかすら怪しい。そっちの可能性の方が遥かに低いだろう。

 ふと、時計に目を向ける。

 十一時…

 明日は普通に学校だ。朝もロードワークやら何やらで忙しい。

 土曜日だったら動けたのに。

 動く?どう動く?誰かに相談するのか?

 その誰かって誰?眞鍋君は基本友達がいないだろうから、眞鍋君の情報を引っ張れる人は、少なくとも俺の周りには…

 いた…

 俺は一本メールを打った。土曜日の午後過ぎに会いたい、と。

 そして土曜日。

 指定された駅前の喫茶店に入り、マズイブレンドを注文して待った。

 ドアが開く度に其方を見るが、お目当ての奴じゃない。西高の糞が群れで入ってくるのだ。

 舌打ちして視線を戻すと、うざったい糞共は「なに見てんだこらあ!!」と、アホ丸出しで威嚇してくる。

 なので、一発ぶん殴って追い払う。一発ぶん殴る前に俺だと気付いた奴は、速攻で退散する。

 その繰り返しを数回。いい加減イラついてきたぞ。

 つか、何でこんな糞溜を指定すんだよ!!

 あんまりイライラして、糞マズイブレンドを飲み干してしまったじゃねーか。こんな喫茶店で追加を頼む気ねーぞ?

 カランカラン、とドアが開く。

 今度こそは!!と気合を入れて凝視する。

「……なに見てんだこらぁ!!」

 深い溜息を付いて、そいつの胸座を掴み上げた。

「お?おお?や、やるのかコラァ!!こっちは五人だぞ、おお!?」

 五人だろうが十人だろうが、知った事か糞が。

 俺は一発ぶん殴るべく、拳を振り上げた。

「お、お前、俺達は西高…」

「あ?俺は白浜だ!!」

 勝手に喧嘩売って来て、勝手にビビッて学校名を出す糞に、俺も学校名を出した。

 しかし、白浜の名前を出してもビビる筈は無いが。

「白浜…?まさか緒方…!!」

 がたがた震え出す糞。白浜の名前も捨てたもんじゃねーな。殆ど俺の悪名だろうけど。

 その時、ずっと見ていた糞の仲間が間に入る。

「ち、ちょっと待て!!ウチの木村とお前は協定を結んだ筈だよな!?互いに手を出さないって!!」

「向って来るなら関係無いとも言ったがな?」

 木村本人が止めに入るんなら仕方ないが、木村の名前出して止めようとか、どんだけクズなんだこいつ?

 まあいいや。取り敢えず一発ぶち入よう。

 振り翳した拳を、胸座を掴んでいた糞に叩きこもうとしたその時――

「その辺にしとけ、緒方」

 俺は軽い溜息を付いた。

 待ち合わせた本人が、漸く来たのだ。

 糞を解放し、待ち合わせた奴を睨んだ。

「おせーぞ木村。つか、ここ指定すんなよ!!お前んトコの馬鹿野郎共に何回も絡まれたんだぞ!!」

 木村は悪びれた感も無く、まあまあと言って俺を宥めた。

 そして糞共に蹴りを入れた。

 吃驚して黙ってしまった。蹴られた糞は蹲ってピクピクしている。それ程強い蹴りを、仲間に入れんのかよ?

「誰彼構わず喧嘩吹っかけんなっつっただろうが?俺を舐めてんのか?」

「き、木村君…その…そ、そいつがガンくれて来て…げふっ!!」

 言い訳をした糞の脇腹に蹴りを入れて黙らせた。

 なんつうバイオレンスな奴だ。怖いぞちょっと。

「こいつは目つきが悪いだけだっつったろうが?聞いてなかったのか?その耳は飾りかよ?」

 耳を掴み、そのまま床に叩きつけた。

 うおー…耳千切れるだろ。つか、力じゃなきゃ、この糞共は従わないんだろうな…

 やっぱ糞は駄目だな。話して解らんのなら、家畜より劣るわ。

 その後も蹴ったり殴ったりで、糞共をボコボコにする木村。

 店のマスターも知らん顔だ。すげー店だな、ここ。

 ある意味感心し、腕を組みながらその光景を見る。

「き、木村君…もう…」

 糞の一人が土下座した。

「俺に謝ってどうすんだ?あ?」

 言った途端、全員が俺に向かって土下座する。

「「「すいませんでした!!」」」

 かたかた震えながらの土下座だ。つか、困った。どうすりゃいいのコレ?

 俺だったら、土下座しようがなんだろうが、関係なく追い込んでボロ雑巾にする所だが、やったのは木村だしなあ。

 木村をチラ見した所、軽く頷いた。これで勘弁してくれ、と言っているらしい。

「解ったから土下座をやめて失せろ」

 糞共は速攻で土下座解除して、店から飛び出た。

 逃げ出したと言った方が正しいか。

 椅子が散乱している。制裁した影響だが、構わず俺が陣取っていた席に座る木村。

 俺も座り直して言う。

「お前やり過ぎだろ?店も滅茶苦茶にしやがって」

「お前にだけは言われたくねえな」

 そりゃそうだな。俺もっと酷いからな。

「……注文しねーの?」

「こんなマズイ茶店の茶なんて飲むかよ」

「お前が指定したんだろうが!!」

 マズイと解っているんなら、別の店を指定しろよ!!

「じゃあ出て別の所行くか?」

「本当に待ち合わせだけに利用したのか…」

 ものスゲー迷惑な野郎だ。

 だが、別の店に行く事には同感だ。

 ブレンドのお金を払い、店を出る。

 木村は水すら飲んじゃいなかったが、気にしてはいけない。

 てくてく大通りを二人並んで歩く。

 西高の糞共が、木村を見ては頭を下げたり、こそこそ隠れたりしているのが目立つ。

「お前、学校で相当滅茶苦茶やっているだろ」

「そうでもねえ。ふざけた奴をシメていたら、そうなっただけだ」

 そうなのか。それにしちゃ、連中の怯え具合がハンパないような気がするが。

「つか、滅茶苦茶はお前だろ。俺が協定結ばなきゃ、ウチはまだまだ被害があったぞ」

「だってムカつくんだもん。お前ん所の糞共は」

 俺だって手当たり次第ぶち砕いている訳じゃ無い。

 たまたま弱い者虐めをしている奴をぶち砕いたら、西高生が大半だっただけだ。

「ま、お前がこんな感じで躾ときゃ、俺も平和なんだからな。頑張って糞共を纏めとけ」

「躾ねえ…まあ、そうなるか」

 と、言う感じで談笑しながら歩いた先は、つい最近知ったお好み焼きの店だった。

 俺は感動の呻き声を漏らす。

「なんだ?知ってんのかこの店?」

「知っているも何も、つい最近知ったばかりだよ」

 ふーん。と、特に感想を述べる事無く、木村が暖簾を潜る。当然俺も続く。

 この前は座席だったが、今回は二人だったので、テーブル席に案内された。

 席に着くなり、木村が注文した。

「ミックス」

「おい!!俺まだ選んでねーぞ!?」

「別に急かしてねえからゆっくり選べばいいだろ。ああ、ここは天むすもうまいぞ」

 天むすは確かに旨かったが、もういいわ。

 今日こそは俺も鉄板でじゅうじゅう言わせたい!!

 メニューをわくわくしながら眺めていると、店員さんがニコニコしながら俺の注文を待っているのがチラチラと視界に映った。

 き、気まずい!!木村が空気読まずに注文したせいで、待たせた羽目になってしまったじゃねーか!!

 ダラダラと汗が滴り落ちる。

 この気まずい雰囲気を何とか打開しようと、早く注文を決めなくちゃと気ばかりが逸る。

 チラッと店員さんを見る。ニコニコして注文を待っている。木村は生欠伸全開だ。

 どっちも早くしろ!!と、俺を咎めているようだ。

 どうする?どうする?どうする?

「先に飲み物を持って来てもらうか。俺は烏龍茶だ」

 うおー!!飲み物まで木村に先越されたー!!

 お前ちょっとは待てよ!!俺はビギナーなんだよ!!

 このお好み焼き屋だけじゃない。こんな風に外に出歩いて飯食うとか、あんました事無いんだよ!!

 つか、ヒロ以外と出歩いた事もあんま無いのに、なんでお前と仲良くお好み食わなきゃなんないんだ?

「あの、お客様?」

 うっ、店員さんが、不審な眼差しを向け始めて来た!!

 もしかして、お金持ってないとか思われているのか?

 悩んで焦って思考が全く正常じゃなくなっていた。なので、つい思い立った注文を口にしてしまった…

「やっぱお好み焼きはミックスだな」

 注文した物が届き、じゅうじゅうと焼きながら木村が言う。

「………」

「どうした?食ってもいいんだぞ?別に俺を待たなくてもいいんだ」

 一応気を遣って言ってくれたのは解っている。

 だが、俺の沈黙はそんな意味合いじゃない。

 木村が焼いている最中でも俺が食べられるって事は、既に完成された食べ物だからだ。

「律儀に待っている、ってのか?天むすは温かいうちに食った方がいいと思うが」

 そう。俺は再び天むすを頼んでしまったのだ。

 今日こそは俺も鉄板でじゅうじゅうやりたかったのに!!

 涙目になりながら齧り付く。

 ちくしょう!!うまい!!くやしい!!

「天むすうまそうだな…俺もそれにした方が良かったかな…」

 その台詞!!お前も言うのか!!

 だったら天むす頼めよ!!そのミックスとトレードしろよ!!

 そう思うも口にはしない。言葉に出したら、悲しさが増すからだ。


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