二年の夏~003

 お好み焼きが完成し、フーフー言いながら食べている木村。食いながらでも話は出来るので、切り込んで行った。

「おい木村、メールでも言ったんだが…」

 お好みを運ぶ箸が止まり、チラリと俺に目を向け、そして再び口に運びながら言う。

「眞鍋の事だな。家出だ、拉致されたとか騒がれているな」

「ああ。お前はどっちだと思う?」

「……正直何とも言えないな。追い込まれれば簡単に家出するような奴だが、ほとぼりが冷めた頃にはちゃっかり戻って来るような奴でもある。だが、そんなに金は持ってねえ筈だ。拉致に関しては笑い飛ばすような話だろうが、例の須藤組のチンピラが眞鍋と接触した目撃談もある。だが、そっちもウチのモンが遠目で見ただけらしいから、信憑性に欠ける」

 今度こそ箸を置き、俺に向き直る木村。

「お前はどっちだと思っているんだ?俺から話を聞きたがるって事は…」

「……俺は…」

 拉致だと思っているのか?家出だと思っているのか?

 正直家出だと思いたい気持ちの方が大きいが、それは思いたいだけだ。

 だが、軽はずみな事は言えない。

 言ったらそうなってしまうようで…少しは希望を持ちたい。

 黙ったまま腕を組んでいると――

「お前に惚れている女…あいつ等はどうだ?あいつ等に何か変わった事はあるか?」

「変わった事?」

「それこそ、拉致られるんなら、あの女達だろ?」

 ちょっと考えて首を横に振る。

「槙原さんの親戚が警察らしいんで、何かあったらそっちが動くようだから、余程じゃなきゃ手は出して来ないと思う」

 まあ、それも槙原さんのハッタリだが。だが、効果はある筈だ。

 このハッタリは他言無用だから、申し訳ないが木村にも話せないが。

「ふうん、そうか。なら安心か…」

 安心どころか心強いよ。

 情けない話だが、俺は彼女達に守られている。

「ぶっちゃけ、眞鍋が拉致られようが、家出だろうが、正直言って俺達には関係ない。どっちにせよ親が警察に捜索願を出しているから、何かの形で見つかるだろう」

 何かの形って…死体?

 ……拉致なら可能性があるが…

「俺は須藤がそこまでするか?とも思うがな」

 そりゃ、俺だってそう思うし、思いたいが、前例があるからな…

 二つとも事故だが、少なくとも、俺自身は、朋美が麻美と佐伯を殺したと思っている。

 これが拉致だったとして、何かしらの事故で命を落としたとしたら、間違いなく殺人だろう。

 末端のチンピラに罪を着せようとするだろうが。佐伯の時みたいに。

「何にせよ、これ以上首を突っ込むな。警察沙汰になっちまったんだ。俺達が出来る事は何もない」

 確かにそうだ。俺達がおかしい事をして、警察の仕事を増やすかも知れないし。

「兎に角、何か解ったら教えてくれ。拉致でも家出でも」

 木村は頷いて約束してくれた。それだけでも有り難い。

 少し安心した俺は、次の疑問を木村に向ける。

「そういやキャンプだけど、俺が来ればお前も来るって、どう言う事?」

「ん?ああ、それか。お前が来れば、あの女共も来るだろ?」

 楠木さんと春日さんと槙原さんの事だな。

「ああ。つか、コテージ手配したのは槙原さんだし」

「そうなると、俺は若干だが解放される」

 実に嬉しそうな木村。え?こいつ黒木さんの事、そんなに思って無いのか?

 怪訝な顔をしていたようで、木村が追記する。

「勘違いすんなよ。綾子の事はそこそこ本気だ。ただなあ…束縛し過ぎるんだよ。あいつ」

 黒木さんは綾子って言うのか。実は始めて知った。あ、書類で見たっけか。

「え?でも、お前仲間とツーリング行くって…」

「ああ、ありゃ嘘だ」

「嘘!?」

「一人で行くつもりだったが、ついて来るとか言い出したから、そりゃ不味いって事でな」

 くっくっと笑う木村。なんか良く解らんが、木村なりに、大事にしているってのは何となく解った。

「でも、確かに結構な人数になっちゃったが、結局は黒木さんも来るんだぞ?確かに他の女子の手前、べったりは無いと思うが…」

「それでもお前と大沢は来るんだろ?だったら幾分マシだ」

 これは完璧に意味解らんな。

 果てしなく首を捻る。

「解んねえか。俺も実は良く解んねえんだよ」

「何だそりゃ」

「つか、男はお前と大沢と?」

「あと国枝君だ」

「ああ、あの眼鏡か。だったらいいか」

「なんで国枝君だったらいいんだよ?」

「他の男どもは俺を怖がるからな。空気悪くしちゃ、申し訳ねえだろ」

 ああ、そういう事か。

 その気持ちは解るな。俺も怖がられていたから。

 こいつも意外と孤独だったのかもしれないな。

 そう思うと、途端に親しみを抱くなぁ。

「女子のメンツは?多ければ多い程、俺が自由になれる可能性があるから、結構重要なんだよ」

 俺は指を折って数える。

「ええと…楠木さんと春日さんと槙原さんと…黒木さんに川岸さん、あと波崎さんか」

「六人…こりゃ男子は女子の会話には入っていけねえな?な?な?」

 何か必死だな。余程束縛されているんだろうな…

「国枝君はそうかもしれないけど、ヒロは関係ないと思うぞ?」

「いや!!そんな事はねえ!!男子は男子同士で別行動にした方がいい!!」

「そ、そうなの?」

「お前もたまには、あの三人から解放されてえだろ?な?な?」

 うわ、マジ必死だこいつ。若干引くわ。縋りつく勢いだし。

「つ、つっても、別に付き合っている訳じゃないし…」

 仰け反りながら、そう答える。一応フリーだし。だからお前より自由あるし。

 そう考えると、ヒロと木村は真逆だな。それはなんか面白い。


 その後少し話をして、木村と別れて家に帰る。

 途中春日さんのバイト先に顔出そうかな、とも考えたが、やめた。仕事の邪魔をしちゃいけない。

 キャンプは楽しみだが、先ずは期末テストだ。ここで追試とかになったら、洒落にならない。

 なので、帰ってから直ぐに机に向かう。

 参考書片手に予習、復習。

 勉強も毎日やっていると日課になって、サボると何か気持ち悪くなる。ロードワークもそうだ。

 習慣にする事が大切だ。継続は力成り、だな。

 と、言っても、やはり行き詰る事がある。主に解んなくなった時とか。

 その時は、無理はせずに休憩を取るのが俺のスタイルだ。

 と、言う訳で、参考書を閉じて伸びる。椅子に全身を預けて。解んない問題が出たからだ。

「あ~…今日も勉強したなあ…30分も」

 30分は短いが、これは自分に対するご褒美的なアレだ。言い訳とも言うが。

――30分で休憩とか、やる気無いんじゃない?

「うわビックリした!!」

 いきなり目の前に現れた麻美に驚いて、椅子をひっくり返して倒れた。

 結構ハードに身体を打ってしまった。痛い。

――ちょ!!大丈夫!?

 心配そうに俺の顔を覗き込む麻。

 気のせいか、久し振りに会った(?)せいか、顔色が悪いような気がする。つか、幽霊の顔色がいい訳がないか。

「大丈夫だが、久し振り過ぎるだろ麻美。呼んでも出て来なくなったし、一体どうしたんだ?」

――それは幽霊的な事情だよ。

 得意顔で答える麻美。無い胸を張ってまで。なんで威張ってんのこいつ?

 ともあれ、幽霊的な事情なら仕方ないか。どんな事情なのかは全く解らんが。

――それより隆、今度キャンプ行くんでしょ?

 顔を近付け、人差し指をピンと伸ばす。俺の顔目掛けて。

「よく知っているな。その通りだ。」

 人差し指に目を突かれちゃ堪らんので、若干仰け反りながら、そう答えた。

 つか、知っていて当たり前か。麻美は一応俺に憑いている訳だし。

――それはチャンスだよ隆。このチャンスを生かして、あの三人の内誰か選んでよ

 いきなりだな。いや、そうでもないか。

「チャンスってか、常に気にはしてんだよ。でもなあ…全員好きなんだよなあ…」

――まさかハーレムエンドなんて、都合いいオチ夢見てないよね?

 ジト目の麻美。マジで軽蔑しているような感じだ。

「流石にそれは考えてねーよアホ。現時点じゃ選べないって事だよ」

――それ、かなり前から言っているよね?

 そうだが、だってそうなんだもん。三人ともいい子過ぎて、俺には勿体無いんだもん。

「逆に聞くが、今現在あの三人の好感度はどうなっているんだ?」

――好感度って…ギャルゲーじゃあるまいし…

 だが麻美は暫く考え込む。

――隆が知らない所で、あの三人が隆の為に頑張っている事は知らないよね?

 何それ?俺が知らない所なら、知っている方がおかしいだろう?

 だが、それは聞く価値がある。

 俺は黙って続きを促した。

――これは想像できると思うけど、槙原さんは色々な技を駆使して情報を集めている

 頷く俺。言わなくても、それは解る。

――楠木さんも情報集めている。過去に遊んだ男や、昔の仲間とかから

 そうなのか?それは知らなかったな。だけど木村や槙原さんが掴めていない情報も集まりそうだ。

――春日さんはバイト先で常に聞き耳立てているし。バイト仲間からも、さりげなく聞いたりしているし

 マジか?春日さんまでそこまで?

――さあ、以上を踏まえて、誰が一番好感度高いでしょうか?

 両手を広げて、誰ですかと問う麻美だが………

「ますます決められる訳ねえだろ!!」

 もう好感度云々のレベルじゃ無い!!一蓮托生の高みまで達しているじゃないか!!これで誰か一人決めろとか酷過ぎる!!

 麻美が不意に優しく笑う。仕方無いなぁと、困った弟に向けるような笑顔だった。

――だからもう隆の気持ちしかないんだよ。みんな好きとか我が儘言ってちゃ、女の子達が可哀想だよ?

 解っているし、ケジメも付けなきゃいけないのも知っている。

「……キャンプで真剣に考えてみるよ。また違った顔が見られるかも知れないし」

――そうだね。それがいいよ。時間もあまり無いし

 時間が無い…確か秋までとか何とか…

「なあ、麻美」

――ごめん。そろそろ消えなきゃ。前みたいに頻繁に出て来られなくなっちゃったけど、たまに顔出すから

 何か言いたかったが言えなかった。

 麻美の寂しげな笑顔が俺に向けられたから。

 だから俺はただ頷いた。

 また出て来る。

 今はこの言葉を信じる。

 いや、感覚的には、その言葉に縋っている。

 麻美との距離が、いや、境界が確実に離されているのを、俺は何と無くだが感じていたから。

 麻美との会話を終え、しばらくボーッとしていた。

 何か考えていたようにも思うし、何も考えていなかったようにも思う。

「っと、いかんいかん。勉強の途中だった」

 再びシャーペンの芯をカチカチと出すが、そのタイミングでメールが入った。

 時間もまた中途半端な、寝るには早いし、かと言って遊びに出るには遅過ぎる時間。

 この時間は意外と誰からも連絡が入らない。

 珍しいな、と思いつつもスマホを開いた。

「これまた珍しい!!川岸さんからだ!!」

 メアド交換して結構経つが、確か2、3回やり取りしただけだったと思った。

 何の用事だろう?そう思いながらメールを開いた。

「ん?んんん?」

 内容は『電話して』だった。確かにケー番も交換したが、電話で話した事は無い。

 誰かと間違っているんじゃないか?間違いなら、それはそれで教えなくちゃならない。

 俺は躊躇しながら川岸さんの番号にコールした。

 滅茶苦茶緊張するな。あんま話した事が無い他校の女子。緊張するなと言う方がおかしいか。

 2コール目に『もしもし』と川岸さんが出た。

「あ、緒方」

『知ってる。コールしてって頼んだの、こっちだし。名前画面に出るし』

 そ、そうだよね。つー事は、俺宛のメールで間違いは無いって事か。

 しかし、あんま話した事がない相手に、一体何の用事だろう?

 用件を聞こうと口を開き掛けたが、それよりも早く川岸さんが要件を切り出した。

『夏休みにキャンプ行くよね?その時誰か選べない?』

 思わず聞き返す。さっき麻美と話した事と重複しているが、別の事かも知れないからだ。

「えっと、誰か選べって?」

『緒方君に好き好き光線出している三人だよ。あの三人の中から選べないって言うなら、私でもいいけど』

 最後の言葉にドキッとするも、川岸さんまで急かすのか?

 うんざりしながら、だが、なるべく声に出さないよう心掛けながら言う。

「あの、そう言う事はもっと慎重に考えた方がいいと思うんだよね。少なくとも他 人にどうの言われて考える事じゃないと思うけど」

『イラッとするのは解るけど、兎に角時間が無いの。頑張って秋までしか。なるべく早くした方がいいのよ』

 また秋までか…

 その秋を過ぎたら、一体どうなるって言うんだ?

 麻美も秋まで、と言っていた。秋になったらどうなる?

 考える俺だが、電話向こうの川岸さんは、考える暇を与えてくれない。

『選べないって言うなら、さっきも言ったけど私でもいいよ。暫定的に。秋を越えたら別れてもいいし』

 こうなれば、会話しながらの思考しかない。

「川岸さんでもいいって、そんな気持ちで付き合える訳ないだろ。大体暫定って何だよ?秋を過ぎたら一体どうなるのさ?」

『……それは…まだちょっと言えないけど…』

  声のトーンが落ちてきた。つか、そこまで強要するなら、訳を言ってくれなかったら納得できない。

 畳み掛けるように言う。

「訳を話してよ。どうやっても納得出来る筈無いだろ?」

『訳を話したら納得して今直ぐ誰か選ぶの?出来る?』

 そう言われたら、出来る訳がないと答えるしかない。

 どう転んでも、こういうのは強要されるもんじゃないと思うからだ。

 だから素直に答えようとしだが、直ぐに川岸さんの方から独り言のような言葉で語られた。

『そっか…逆に訳を話した方が、緒方君は無理やりにでも誰かと付き合うかもしれない…』

 それは何とも…

 だが、話してくれるのなら有り難い。

 俺は黙って続きを待った。

 やや考えたのだろう。そして電話向こうから、川岸さんの息を吐く音が聞こえた。

『緒方君、今彼女は……って………』

 ん?なんだ?やたら雑音が…

「何だって?よく聞こえない。雑音が酷いぞ?」

『………かる………るしかない。私に…………もう強くな……………………』

  雑音が酷い。激しくなっている。

『………………きま……………ショニシテッテ…』

 ん?最後の方…川岸さんと違う人の声に聞こえたが…

 俺は集中して電話に耳を傾けた。

『…………れ?おが……タカ……』

 緒方隆って言ったか今?

 確かに俺は緒方隆だが、まさかフルネームで呼ぶ訳は無い。

「聞こえないって!!雑音酷い!!」

『…………ヤクソクシタヨネエエ!?ナイショニシテッテイッタヨネエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!』

 うわビックリした!!いきなり大声とか、鼓膜ヤバいだろ!!

 だが、多分向こうも雑音が酷かったんだろう。声も大きくなるってもんだ。

「もしもし?何か約束したっけ?」

『…………え?ひゆ…………………ゃない!!無理し……………………ナイデヨオオオオオオ!!!……………から手遅れに………カラデショオオオオオオオ!!!!!!!」

 なんだなんだ!?川岸さんの他に誰かいるのか?

 よく聞き取れないが、声が二人のような気がするが…

『………!!…………!!!~………~~~~!!』

  何か揉めているような感じだ。つか、誰と揉めているんだ?兄弟とかいたっけ?

「おーい、もしもーし?誰かと揉めているなら一旦切るけど?」

『キッテ!!切らないで!!』

 どっちだよ。つか、もう一人の方の声…聞いた事あるような…川岸さん繋がりなら国枝君か黒木さん?国枝君じゃないよな。女子っぽい声質だし。じゃあ黒木さんかな?でも、黒木さん、こんな感じで喋る子じゃないよなあ…

 もう一度呼び掛ける。

「取り込んでいるようなら、後で掛け直すけど?」

『大丈夫だから!!ソウシテ!!あーもう!!ちょっと黙っててよ!!』

 う~ん…もう一人の方は電話を終わらせたいようだな。だけど川岸さんと話していたからなあ…

『ちょっと黙って!!臨兵闘者……………落ち着いた?解った、言わない。ちょっと黙ってて。はい、緒方君おまたせ』

「お待たせってか、ちょっと待て。何か呪文唱えてなかったか?」

『うん?気のせいじゃない?』

 絶対気のせいじゃねーよ!!こえーよ普通に!!

「誰か傍にいるのか?だったら改めて掛け直すけど」

 つか、切りたい。怖すぎる。

『ん~ん。いないよ』

「誰かと会話していただろうが!!」

『ああ、あれ独り言』

 独り言!?随分壮大な独り言だな!!それはそれで怖いぞ!!

 川岸さんはゴホンと咳払いして――

『で、誰か選ぶって話だけど』

「強引にリセットしようとするな!!誰がいるんだ!!」

『私としては、春日さんがお薦めかな?小動物みたいで可愛いし』

 聞いちゃいねえ!!春日さんの可愛さなんか知っているよ!!何回高校生やり直したと思っているんだ!!何回刺殺されたと思っているんだ!!

 ……刺殺は可愛いカテゴリーじゃないな。ただ、春日さんを他の人よりも知っているだけか。

『あー、でも、男子としては槙原さんの方が好み?おっぱい大きいし、脚も綺麗だし』

 槙原さんをおっぱいと脚だけで語るな!!もっと可愛い所もあるんだよ!!話して一番楽しいし!!

『楠木さんは、どっちかって言うとお友達の方がいいんじゃないかな?彼女、結構サバサバしているから』

 楠木さんと一番多く付き合っていたんだよ!!まあ、利用されていただけだが…だ、だけど女子力一番高いし、バランスが丁度いい…って、何言ってんだ俺は!!

「あのね、話したと思うけど、信じるかはどうかは、確かに川岸さん次第なんだけど、俺は何回も高校生をやり直しているんだよ。その情報ははっきり言って今更だよ」

『新鮮味が無いと?』

「え?そう言う意味じゃないんだが…」

『じゃあ私でもいいじゃん。暫定的に』

「さっきから気になっていたんだが、暫定的って何だ!?秋を過ぎたら別れてもいいみたいな言い方だが?」

『うん。まあ、深く考えずに』

 考えるだろうが!!ここで考えないなら、どんなアホだ!!

『別に私じゃなくてもいいんだ』

 うん?いきなり何言ってんの?

「いや、川岸さんが駄目って訳じゃ無くて、俺は…」

 あの三人が好きだ。と言う前に――

『キャンプで誰か適当な女子をナンパして、既成事実を作っちゃえばいいのか…』

「怖い事企んでんじゃねーよ!!女子連れてナンパできるか!!」

 いや、しないけども!!したら、俺は絶対あの三人に殺される!!もう繰り返しは出来ないってのに!!

『うん?いや、大沢君と、木村君と、くにゅ枝君の四人でしてくればいいじゃん?ちゃんと誤魔化してあげるし』

「ヒロも木村も彼女持ちなんだが…つか、木村の彼女は川岸さんの友達だろ!?」

 黒木さんを裏切るのか!!たかが秋まで待てないからって!!

 …秋まで待てない?

 秋まで待てないから、無茶振りをしている?

 ……秋に一体何がある?それを聞かなきゃ始まらないような…

 さっきから何回も聞こうとしているが、俺は改めて訊ねた。

「秋を過ぎたらどうなる?」

『…………』

 沈黙。余程マズい事が起こるようだな…

 生唾を飲む音が向こうに聞こえたのか、川岸さんが明るい声で言った。

『ちょーっと厄介になっちゃうかな?あははは』

 厄介…何がどう厄介になる?

「厄介になったらどうなる?」

『質問し過ぎ。私のパンツの色でも聞いた方が健全だよ?』

「そっちの方が不健全だろ!!」

 変態のイタ電かよ!!そもそもパンツの色に興味は…うん…

『因みに水色と白の縞々でござい』

「聞いてねえええええええ!!」

 ちょっと得した感がパネエけども!!

 つか、こんな下ネタ言う仲だったか?槙原さんと楠木さん以外に、こんなキャラが!?

『まあまあ。キャンプ楽しみだね。じゃね』

「おい!!ちょっとま…」

 ……止める間も無く、電話が切れた。向こうから一方的に。

 何なんだ一体?麻美も川岸さんも、急かせやがって…

  ……いや、暗に国枝君も急かしていたような…秋になる前に…秋になったら…

 どうなる?涼しくなるな。

 じゃねえよ!!何なんだは俺はよ!!

 自己嫌悪と苛立ちで、髪をワシャワシャと掻いた。

 ……秋になったらどうなるのか解らないが、何かマズい事が起こるんだろう。

 それを回避するには、俺が誰かとくっ付く?

「……意味解らん…」

 マジで意味不明だ。俺が誰かとくっ付いてメリットがあるのは、麻美が少し安心する程度だろ?

 いや、麻美を確かに安心はさせたいけども!!

 つか、麻美を安心させたいって気持ちが確かにあるのなら、キャンプで誰かと付き合う事を目標にしてもいいのか?

 そんな理由で一人選んでいいのか?

 ……いいんだ…よな?

 いずれ誰かを選ばなきゃならないんだ。このキャンプで少し気合を入れても問題は無い。麻美云々を抜きにしても。

 そうだな…こんな機会がなきゃ、卒業までズルズル行きそうだし。

 そのためには、期末で赤点を取らないようにしないとな…

 改めて机に向き直す。

 随分長い息抜きだったが、ある意味別の課題ができてキッツキツになってしまった感がある。

 だが、仕方ない。俺は何回も繰り返して来たんだ。

 ちゃんと前を向く為に、溜まりに溜まった課題を、一つ一つ片付けて行かなきゃならない。

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