一年の冬~002

「いや、なんか助かった…」

 木村の後を追うように、歩きながら呟く。

「あいつうぜえからな。海浜でも若干浮いているようだ」

 そうなんだ。じゃあ女子10人とかは風呂敷広げただけか?

「だがまあ、あんなツラだ。女受けはいい」

 やっぱいいんだ…

 と、いきなりくるんと俺の方を向く。

「どうする?どっか入るか?」

「…用事の内容は?」

「須藤組の件だ」

 じゃあやっぱ内緒話か…

「あのファミレスに行こうか?さっきコーヒー代出して貰ったから、奢ってやるぞ?」

「あのだんまりメガネに会いたいだけじゃねぇのか?」

 含み笑いの木村。なんかムカつく。

「だが、お前から奢って貰うのも悪くねえ。そこ行くか」

 しまった。高い物頼まれたりしないだろうな?

 そこにびくつきながら、俺はあのファミレスを目指して歩いた。

 木村の後ろに着いて。

 木村は俺と並んで歩いているのを、西高の生徒にあんま見られたくないらしいから、せめてもの心遣いだった。

 ファミレスに着いた頃には、腹が減って仕方が無い状態だった。結構遠回りで歩いたからな。先述の通り、西高の生徒に会わないように移動したから、こうなったんだろうが。

「丁度腹も減ったな」

「お前、それ目的で歩いた訳じゃねーよな!?」

 奢りだからと目いっぱい腹空かして、高いもん食う腹じゃないだろうな?

「お前は馬鹿か?ここは飯食う所だろう?だんまりメガネとイチャつくのは、家に帰ってからにしろ」

「お、お前イチャつくとか…あっ!?」

 俺の言い訳(?)も聞かずに、勝手に店内に入った木村。

 くそ…だから西高の奴は気に入らねーんだ。

 慌てて後を追う。

「いらっしゃいませ~」

 女子特有の甘い声でお出迎えされて、さっきの西高云々の件が頭から飛んだ。

 やっぱこのメイドコスは良い。

 これが春日さんだったら尚更だ。

 既に木村がメイドコスの店員さんに、マニュアル接待を受けていた。

「お二人でよろしかったですか~?」

「見りゃ解るだろ」

「喫煙席と禁煙席が御座いますが、どちらがよろしいですか~?」

「あ?学生に喫煙席薦めんのかこの店は?」

「あ…じゃあ禁煙席で?

「通報しねえんなら喫煙席でもいいぜ」

「禁煙席ですね!!」

「おい、そりゃあ通報するって事か?あ?」

 なんか活き活きしてんなあ。やっぱ西高は駄目だ。

「おい、それくらいにしろ」

「あ?ああ。まあ、どの席でもいい。どうせ煙草なんて吸えないからな」

 俺を見ながらニヤリと。

 いや、俺的には、お前が煙草吸おうがマリファナ吸おうがどうでもいいんだが…

 いやいや、俺に被害が生じないのが前提だ。巻き込まないならどうでもいいって事だ。

 席に案内され、座る。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼び」

「解った」

 最後まで言わせず、店員さんを追い払う木村。

 愛想笑いの儘素直に去った。

「お前、ちょっとアレだぞ?」

「いいんだよ。初めて来た訳じゃねえんだから」

 どうやら木村はマニュアル接客を良く思っていないらしい。

 そりゃ、行く度に同じ事言われたらイラッとする事もあるだろうが、あっちだって仕事だし、いちいち初見だなんだと覚えている筈も無い。

「お前もうファミレスとかジャンクフード屋にくんな」

「あ?そんなもん俺の勝手だろ?」

 まあ、そう言われたら返す言葉も無いが…

「もういいから、早く注文しろ」

「あ?まあなあ…まったく…ホントに碌なもんがねえな…」

 げんなりしながらもミックスグリルを頼む木村。ファミレスで高クオリティーを望むのはやめろ。

 ついでにだが、俺も同じものを注文した。

 ついでに注文したドリンクバーでコーヒーを淹れてくる。

 木村も同じものを淹れていた。

「真似すんな」

「他に飲むもんねえんだよ」

 まあ、コーラとかオレンジジュースとか紅茶ってツラでもないしな…

 仕方ない。真似されたのは我慢してやろう。

 席に戻り、一口啜って少し間を置く。

「で、内緒話って?」

 間は置いたよ?ちゃんと。15秒くらい。

「いきなりだな。まあいいが。例の佐伯殺しに実行犯、そいつ刑務所の中で死んだってよ」

「死んだ…?病気か事故か何かで?」

「同じ刑務所に服役していた奴に殺された。とよ」

 殺された…?刑務所内で?そんな事があるのか?

 俺は若干の嘘くささを感じた儘、木村の続きを待った。

 特に勿体ぶらずに木村が続ける。事務的に。機械的に。

「ああ言う連中はメンツがどうのとかで簡単に喧嘩すんだ。口論の末にカッとなって殺した」

「しかし…刑務所じゃ武器とか無いだろ?どうやって…」

「武器ならある。野球のバットとか工具とか。素手なら首を絞めて殺したとか。聞いた話じゃ事故を装って、らしいが」

 それは…なかなか物騒でショッキングな話だが…

「それが内緒話か?糞が糞を殺しただけだろ?多少繋がり、しかも俺の方は全く知らない事になっている佐伯殺しが刑務所で殺されたとか、正直言ってどうでもいいんだけど…」

 しかも事故ならローカルニュースにもならないレベルじゃないか?

「殺したのが須藤組の奴だと言ったら?」

 ギクリとした…

 そうなったら多少話が違うかも知れない…

 木村は特に勿体ぶらずに話を続けた。

「つっても佐伯を殺した野郎と同じ、破門させた奴らしいが、兎に角作業中に釘抜きのバールで頭かち割ったらしい」

 かち割ったんなら、事故を装えないじゃないか?モロ殺すつもりだっただろ?

 それを口に出す前に…

「なんだっけ…なんかに釘だかネジだかが刺さっていて、それを抜く為にバールが必要で、だけど刺さっている物が不安定だったから押さえる奴が必要で、それに抜擢されたのが新人の佐伯を殺した奴だったとか」

 まあ出来過ぎだよな。と、多少温くなったコーヒーを一気に煽った。

 確かに出来過ぎだ…

 事故もそうだが、同じ刑務所に須藤組を破門になった奴がいるって事も…

「何が言いたいかってぇとだ」

 無い頭を回転させていた俺に木村が続けた。

「娘が雇った事を、口を割る前に、前々に破門した奴を、刑務所に服役させるように仕向けた。つう事だ。権力と金を使ってな」

 その読み通りなら…

 娘も狂っているが、親も狂っている事になる…

「おいおい、んな顔すんな」

「……そんなに酷い顔していたのか…」

 木村に言われるまで、自分の表情が解らなかった。

 鏡を見るまでも無い、眉根を寄せ、頬を硬直させ、顔色は土色…過去によくあった俺の表情だ。

「……でも、朋美の親父はそんなに酷い人とは思えないんだが…ガキの頃よく遊んで貰ったし、今でも世間話はするし…」

 そう。俺にとっては、人の良さそうなオッチャンだ。その印象は今も変わらない。

「お前、甘ぇな。須藤の親父はやくざだぜ?それも、権力も持った暴力団組長だ」

 それを言われると…いや、指摘されるまで考えもしなかった…

 俺の大っ嫌いな糞の最たる存在…

 そりゃそうだった。娘の同級生に、ホントの顔を見せる筈が無い。

 その気になれば、こんな事でも平気でする。朋美の親父だ。まさしく。

「おまたせしました~。ミックスグリル二つです」

 真剣に話していた緊張感をぶち壊すオーダー搬入。

「来たぜ緒方。まず食おう」

「おう…って、春日さん?」

 持って来た店員さんは春日さんだった。

 微笑を溢して微かに頷く。やっぱかわええ…

「うん?だんまりメガネか?メガネ掛けてねえと全然解んねえな」

 木村には営業スマイル全開で応えるのだった。

「おい、お前春日さんをからかうんじゃねえよ」

「解っているよ。そんなくだらねえ事で、お前とやり合いたくねえ」

 仏頂面でチキンを切る木村。

 一応ながら、俺とは事を構えたくないようで安心はした。

 去り際、春日さんが耳元でボソッと言う。

「……今日はもう直ぐで終わりなの…」

「あ、じゃあ待ってていい?」

 軽く頬を染めてコックリ頷き、足早に去って行く。

「……お前、だんまりと巨乳と楠木…どれが本命だ?」

「いきなり…でもないか。前にも聞かれたような。今は考えてないって言わなかったっけ?」

「そんな事も言っていたか…で、どれが本命なんだ?」

 なんだこいつ?言った事を否定かよ?

「お前はどうなんだよ?クリパに来る女子の殆どは、彼氏ゲットの為だぞ?いいのか?」

「俺は女には困ってねえ。本命がいないだけで、遊ぶ女はいっぱいいるさ」

「いやだから、遊びじゃなく、本命目当ての女子が来るってんだよ」

「お前の知り合いとは遊ばねえから安心しろ」

 ……なんか話が噛み合わないような…

 よく解らんが信じていいのか?つか、何を信じると言うのだ?

 自分で言って、よく解らなくなってきた。

 ミックスグリルを堪能し、再びコーヒーを淹れ直して食後の休憩。

「さっきの続きだがな」

 俺のカップを持つ手が止まる。

「巨乳はネットか何かで須藤を叩くつもりのようだが、あんな親父だ。最悪消されるとも限らない」

「……まさか、と言えない所がな…」

 やりかねんと、本気で思ってしまう。

 朋美がちょっと泣きついたら…いや、もう二人も殺したから、おかしな動きはしないと思うが…

 いやいや、刑務所で服役中の佐伯殺しを殺したところをみると…

もう訳解らん…

「巨乳に自重するように言え。もっとも、今は表立っての動きは見えないけどな」

「あ、うん。確か様子見の段階だったと思う」

 色々証拠固めの最中ともいえるが。

 とにかく、今は槙原さんは、朋美とはガチでやり合っていない。

「で、だ。さっきから誰が本命だ?と聞いているのはな、いっそ誰かと付き合っちまって、須藤って女を振っちまったらどうだ?って事だ」

 それは…どうなる?

 確か前々は、誰かといい感じになったら死んでしまって、繰り返しの始まり…

 今度死んだら次は無いって所まで、追い込まれている。

 今の状態で誰かを選んだら…

「……駄目だ…どうなるか解らない…俺一人ならまだ諦めもつくが、他の人を巻き添えにする可能性もあるし…」

 先が全く読めないのが、こんなに不安だったとは…

「じゃあやっぱ最初のプランで押し通すか?確か須藤の悪事を暴いて、お前から遠ざけてから誰かを選ぶ…だっけか?」

「選ぶとか…俺ってホントに、そんな大層な人間じゃないんだけどな…」

 何様だって話だ。

 このままの関係が心地よいとも思っているしな…

 なんか…色々と最低だな俺…

 木村がカップを置き、俺を見据える。

「まあ、おかしく関わってしまったんだ。俺も最後まで付き合うが、お前もちゃんと考えとけ」

「考えるって…何を?」

「色々だよ」

 考えているけど、解んねえんだよ…

 俺は馬鹿だからな…みんなに頼りっぱなしだ。

 勿論木村にも…

「おいおい…そんな思いつめたツラすんな。それよりデザートだ。このワッフル頼むぞ?」

「お前ワッフルってキャラじゃねーだろ」

 笑いながら返した。

 木村にまで気を遣わせたな…

 ならばと、俺はテーブルを叩く。

「よし木村!!好きなもん注文しろ!!全部奢ってやる!!」

「初めっからそのつもりだ。だがワッフルはやっぱいらねえか」

 だろうな。

 じゃあキャラに見合ったビールでも注文してやろうか。未成年だからノンアルコールになっちゃうけどな。

 取り敢えずそれで納得してくれ。


 暫くして木村と別れて、俺は一人で店の入り口付近で春日さんを待つ。

 もう直ぐ冬だ。夏の暑さもキツかったが、冬の寒さもキツイ…

 この寒空の中、外で待つのはいささか辛い…

 大人しく店内で待ってれば良かった。実際何回か待った事あったし。

「……おまたせ…」

「うわビックリした!!」

 文字通り飛び跳ねた。

 春日さんが悪戯に微笑んでいる。

「……待たせちゃったね…」

「いや、今来たとこ」

 クスクスと笑う。

「……さっきまでお店にいたよ?」

「あれは俺のドッペルゲンガーだ」

「……ちょっと洒落になんないかも…隆くんの場合は…」

 なんだっけ?見たら死ぬだっけか?

 確かに俺の場合は、マジ洒落にならないな。

 なんか不吉さを感じ、話題を変える。

「じゃあ春日さん、どっか寄ってく?」

「……隆君はもう晩御飯食べたんじゃ?」

 そうだった。それをモロにライブで見られていたんだった。

 だけど春日さんは晩飯食ってない訳だからな。

 その旨を伝えようとすると、紙袋を俺の前に伸ばした。

「……お店の子が…彼氏と…食べろって…」

 もう真っ赤っ赤である。

 かなり恥ずかしかったんだろうなあと、容易に想像出来るほど。

「お店の子の差し入れ?でも俺ミックスグリル食べたよ?」

「……サンドイッチだから…ちょっと摘まむくらいは大丈夫でしょ。って…」

 いや、勿論大丈夫だが。

 思春期の育ち盛りの腹ペコを舐めんなよ。

 もう腹ペコでは無いけれど。

「んじゃ、どっかで食べようか?あ、でも外は寒いかな…」

 夏場なら兎も角、今の時期はキツイ。

 どうしたもんかと思案していると、超か細い声で、春日さんが言う。

「……ウチ…来る?」

 心臓が跳ね上がった。

 過去には春日さんのアパートで刺殺されたもんなー。

 その前に、童貞喪失と言うイベントがあったけど、ちっとも感動的ではなかったし。

「……だめ?」

 …………………

 そんな上目使いで見られたら…しかも、メガネでハッキリと見えないはずの瞳が潤んで見えたら…

「いやいや。いいよ」

 と、言ってしまうじゃないか!!

「……うん…」

 春日さん、真っ赤っ赤である。

 もう刺殺されてもいい!!と思う程、可愛すぎだ。

 だけどまさか刺殺は無いだろ。春日さんの知られたくない事はもう知っているし、バッドエンドは回避している筈だ。

 そんな訳で、超遠い春日さんのアパートまで、バスで向かう。

 過去何度か行った事があるので、春日さんと並んで歩いても楽勝に着くのだ。

「……まったく迷わないね…」

「だから言ったじゃないか」

 意地悪されたので意地悪く言いかえした。

 実は春日さん、脇道に俺を誘導しようと、何度か試みていたのだ。それを俺が悉く防いだ。

「……やっぱりホントだったんだ…私に刺されて殺されたって…」

 しょんぼりする春日さん。

 確かめたかったんだろう。俺の話が本当かどうかを。

 信じていない訳じゃ無いけど、確証が欲しかったんだろうな。

 この場合はどう言ったらいいんだろう?

 殺した事実に胸を痛めているけど、自分は殺していないから、あれ?って感じで、戸惑っている春日さんに、どう言ったらいいんだ?

 いくら考えても答えは出ない。

 知恵熱が出そうになりそうだったが、その前に春日さんのアパート前に到着した。

 春日さんがドアノブに鍵を差し込むと、ガチャリと、少し鈍い音の後に、ドアが内側に開いた。

「……どうぞ」

「あ、お邪魔します」

 靴を脱いでいる最中、クスクスと春日さん。

「……ちっともお邪魔じゃないよ。何なら住んでもいいよ?」

 それは…嬉しいお誘いだが。

「……あ…でもそうなると、ベッドちょっと狭いよね…?シングルだし…思い切ってダブルベッド買おうかな…」

「ちょっと待て。飛躍し過ぎだ。つか、まだ返事もしてないだろ」

「……え?ダブルじゃなくていいの?そりゃ、シングルなら狭いけど、その分密着できるから私は嬉しいけど、身体辛くならない?」

「いや、ダブルとかシングルの話じゃねーだろ」

「……セミダブルがいいって事?」

 駄目だ。なんか知らんが、ベッドの話題から抜け出せる気配が無い。

 このまま突き進むと、ホントにベッド買いそうな勢いだ。

 なので、俺は春日さんの手を引いて、春日さんを部屋に入れた。

 春日さんのアパートなのに、俺がエスコートするとか、意味不明過ぎるが。

 恥ずかしそうに言う春日さんだが、此処でも過去との相違を発見できた事に驚いた。

 過去の春日さんの部屋の中は、テレビと机がある程度でとても殺風景、女子の部屋とは思えなかったのに、白いソファーやテーブル。その上に花瓶。ぬいぐるみ等…

 女子女子している程じゃないが、格段に華やかになっていた。

 ぼーっとしている俺に、どうしたの?と聞いてくる。

「いや…前は殺風景だった部屋なのに、今回は華やかだな、と思って…」

「……そう…過去は殺風景だったんだ…テレビと机程度しかなかった?」

 頷く俺。

「……夏までは…そうだったよ。隆くんが本屋さんで参考書取ってくれるまでは…そうだったの…」

「じゃあそれから色々揃えたんだ。なんでまた?」

「……さあ…解んないけど…なんか必要になるなぁって…ホントに解んないけど…」

 …俺を部屋に呼ぶ時の為に華やかにした?

 考え過ぎか?いや…しかし…

 だけど、そうだったらいいな。と本心で思い、ずっと部屋を見ていた…

「……座って?今お茶煎れるから…」

「あ、うん。って、ちょっと待ったああああああああー!!!」

 右手を美しく伸ばし、春日さんに向って飛び込むように突っ込む。

 ビクッと身を強張らせ、ゆっくりと俺を見る春日さん。

「……な、なに?」

「コーヒーあるかな?」

「……う、うん、あるよ。じゃあカフェオレにする?」

「参考までに、ミルクの他、何を入れるつもりだ?」

「……蜂蜜と角砂糖7個は普通だよ?」

 キョトンとして答える。いや、その顔はすんげえ可愛けれども。

 やっぱり春日さんは超甘党。最早甘党の域を超えているが。

「俺はブラックでお願いしたい」

「……え?それじゃ美味しくないよ?」

 またまたキョトンとされる。

 甘いイコール美味しいと言う訳でもないだろうに。つか、俺はファミレスでブラックしか飲んでいないの、知っている筈だが。

 ともあれ、温くなるから、とか、ミルクは苦手とか、かなり苦しい言い訳をして、どうにかブラックにして貰った。

 ヤバかったぜ。甘々過ぎるからな、春日さんの飲み物は。

 額に滲んだ汗を拭い、安堵した。

「……お湯沸くまでテレビでも見てて」

「いや、春日さんの後ろ姿見ている方がいい」

 ちっちゃくて可愛い春日さんの全身がビクンと硬直した。

 この小動物的な所も実に可愛い。

 お、視線を感じるのか、微かに震え出したぞ。

 俯いてしまった。やかん危ないよ。ちゃんと見てー。

 と、いきなり顔を上げて、両手をグーに握って頷いているぞ?

 なんだ?って!!

「ちょっと待ったああああああー!!!なんで脱ぐんだ!?服直せ!!」

 そう、春日さんはいきなりブラウスを脱ぎ出したのだ。

 冬で良かった!!夏ならダイレクトにブラだったが、インナー着用の為、刺激が半減されたのだ。

「……え?あの…隆君…その…思春期だし…男の子だし…」

 モジモジと顔真っ赤にしながら、それでも恥ずかしいのか、両腕で胸を庇っている。

 つか、いつの間にかメガネも外しているがな。

「いや、確かに男だし、思春期だが、それなりに理性はあるぞ?」

「……だ、だから、無理しなくていいと言うか…我慢しなくていいと言うか…」

 おぅ…まさか貞操の危機を感じるとは、思いもよらなかったぜ…

「と、とにかく服着ろ。まだ早いから」

「……まだ…って事は…あと20分くらい後?」

「それも早すぎだろ!!つかお湯!!沸いている!!沸騰している!!」

 やかんがピーって鳴いた。放置はやばい。

 流石に春日さんもガスを止めた。

 で、再び俺の方を向いて…

「……スカートも脱いだ方がいい?」

「着替えて来い!!制服から部屋着に!!」

 スカートなんか脱がれたら、間違いなく理性が吹っ飛ぶわ。

 俺はやや強引に襖を開けて、隣の寝室に春日さんを押し込んだ。

 隣の部屋から、ごそごそと着替える音がする…

 この音だけでも、思春期には充分なオカズになる事を知らんのかな…

 妄想がどんどん膨らんでいくのを知らんのかな?


 カラ


 襖を開ける軽い音がした。当然振り向く。

「ぶほおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 まだコーヒーを飲んでないのに噴き出した。

「なんでバスタオル一枚い!?」

「……だ、だって裸は恥ずかしぃ…いっぱい傷とか痣あるし…で…電気消してくれるんなら…いいよ?」

「だから部屋着に着替えろ!!これ以上挑発するなら、本気で知らんぞ!!」

 春日さんの瞳が怪しく光った。

「……知らないって…い、いいんだよ?隆君なら…」

「もう帰るって事だ!!」

 春日さんは、見た事の無い俊敏な動きで寝室に戻った。

 そして、ごそごそと着替えている音。


 ……カラ


 さっきより遠慮がちに襖が開く。

 今度はちゃんとスエットを着ていた。物凄く不満そうな顔をしながら。

「…………………」

 だんまりである。元々無口なのに、だんまりである。

 口元がへの字になっている。御不満のようだ。

「…………………」

 沈黙である。突っ立っていて、お茶を煎れる雰囲気すらない。

「あの春日さん?」

「…………………」

 メガネを外した春日さんは超絶可愛い。だが、抗議の瞳で、めっさ怖い顔となっていた。

「あの、春日さん?」

「……頑張ったのに…」

「うん?」

「……頑張って勇気だしたのに…お父さんにだって、ホントは嫌だったけど…独りになりたくないから頑張ったのに…」

 う………

 この台詞は刺殺フラグ?

 過去に刺されて殺された時の台詞が、今回も蘇ったとは…!!

 どうする?結構ヤバいんじゃねーか?この状況…

 心臓が尋常じゃない程鼓動し、息も荒くなってきた…

「……頑張ったけど、結局お父さんはいなくなっちゃったし…お母さんも…」

 咎めるような目…過去に刺殺された時に戻ったような気分だ。

 麻美は…いない…気配が無い。

 くそ…助言無しかよ…だったら素直に突き進むしかねえじゃねーか。

 残念頭に細かいやり取りなんて、元々不可能だ!!真っ向から挑んでやる!!

「頑張った結果が今なんだろ?じゃあ間違っていたって事だ」

 ビクッと身を強張らせて、伏し目になった。そんな春日さんに畳み掛けるように言う。

「間違っていた事が解っているならやめろ。こんな事しなくても、時期が来たら選ぶ事になるんだから。結果春日さんじゃないかも知れないが、それで離れる事には絶対にならない」

 なんか上から言っているようだが、元々この約束だ。

 俺はただ、約束の再確認をしているだけに過ぎない。

「……だって…美咲ちゃんか遥香ちゃんが選ばれたら…私また…一人ぼっちになっちゃう…」

「だから、そうなっても一人にならないって言っているだろ。楠木さんや槙原さんだけじゃない、波崎さんもいる。ヒロもいる。国枝君だって。春日さんには友達がいる。当然俺もそうなる」

 まあ、俺の場合は、春日さんが良かったらだけど。

「……だって…私そんなに話してない…だから友達と思われてないかもだし…」

 俯き、自信無さそうに、消え入りそうな声で言う。

 それが妙に腹が立った。

「そんな事があるか!!現に『美咲ちゃん、遥香ちゃん』って言っているだろが!!」

 なんで二人から友達認定されて、今まで以上に沢山話しているのに、自分で勝手に距離を置いてんだ!!逆に二人に失礼だろうが!!

 眼鏡を外した春日さんと目が合った。

 パチクリと、驚いたように俺を見上げている。

 …かわええ…

 じゃねえよ!!なんで見惚れているんだ俺ええええええええええ!!

 せっかくかっこいい事言っているのに、自分でオチつけてどうすんだ俺えええええええええ!!

 頭を抱えて悶えていると、不意に俺に問うてきた。

「……昔の私…どうだったの?」

 いや、今は悶えるので、いっぱいいっぱいなんだが…

 聞き逃されたと判断したか、もう一度質問をしてくる春日さん。

「……隆君は何回も高校生をやり直していたんだよね?その時の私と今の私…どう違うの?」

「どうって…春日さんは春日さんだろ?違わないよ。強いて言うなら、周りに沢山の人がいるって所かな?今までの春日さんの傍にいたのは、俺だけだったし…」

 そう。言うならば環境が違うって事か。

 前の春日さんは、一人で昼飯食って、一人でバイトしていた。

 今は必ず誰かと昼食を取っているし、バイト先でサンドイッチも貰えている。

「……それって隆くんから見たら凄い事?」

「俺に聞くより、自分自身が一番解っている表情ですが…」

 春日さんは相変わらず俺を見上げていたが、目からは涙が零れていて、しかし口尻ははっきりと持ち上がっていた。

 嬉しいんだ。自分が思っていたよりも、孤独じゃ無かったと解って。

 だけど…この状況でも俺は単純にかわええ…と思ってしまった。

 マジ最低だろ、俺えええええええええ!!

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