透明探偵

藍澤 廉

プロローグ

プロローグ



 雨が嫌いだった──。

 空が大泣きをして、降り注ぐその涙に打たれてしまえば、自然にこちらの気分も落ち込んでしまうし、何よりも雨の日は忘れ去りたい“あの日”の記憶を呼び起こしてしまう。それが一番辛かった。間違いなく、その日が人生で一番恐ろしく、最低な日だったと言える。

 けれど、そんな雨の日も今では少しだけ好きになれた。その理由はとある人に出会えたからである。



 一ノ瀬いちのせみなとは扉の前で深呼吸をした。

 自身の通う“凛海りんかい大学”から徒歩二分の位置にある学生寮の一階の一番右端の部屋、『107号室』のプレートが目の前にある。辺りをきょろきょろと警戒しながら湊は再び深呼吸した。

 湊は、ここからもう少し離れた所のアパートで一人暮らしをしているので、本来なら学生寮には用は無い。しかも今、湊がいるのは男子寮の方だ。男子寮に女子が入る事は基本的に禁じられているので、ここにいる事自体が問題なのだが、それでもここへ来てしまうのだからどうしようもない。少し雨に濡れて乱れた髪の毛を整え、手鏡で自分の顔を確認する。

 ──よし、大丈夫。

 意を決して湊は扉をノックした。

白峰しらみねさん? いらっしゃいますか?」

 小さめの声でそう尋ねる。

 数秒して、鍵が外される音が聞こえて扉が開かれた。

「……一ノ瀬さんでしたか」

 中から出て来たのは美しい純白の髪の男だった。

 女性かと思うくらいに細い体に白い肌。前髪は目を隠すように伸ばされていて表情をうかがい知る事は出来ないが、それでも整った顔立ちだと判断するには十分過ぎる。

 たとえリスクが高くても湊がこの部屋を訪れる理由は彼だ。

「早く入ってください」

 そううながされて、湊は「失礼します」と部屋へ上り込んだ。

 十畳ほどの広さのこの部屋は必要最低限のものしか置いてなく、男子大学生の部屋としては少し寂しい気はするが、湊は好きだった。

「今日はどうしたんですか? こんな雨の日に」

 部屋の端に置いてあるベッドに腰掛けながら彼はそう問いかけてきた。

「雨だから来たんです」

 湊がそう返すと、彼は怪訝そうに首を傾げた。

「あなたと初めて会った時も雨でしたから」

「……あぁ。そう言えばそうでしたね」

 そう言って笑う彼の髪の毛が少し揺れて、その中に潜む瞳が微かに見えた。

 何もかも見透みすかすような綺麗な瞳。

 彼の名前は白峰総司そうじ

 少しだけ特別なこの人と初めて会ったのは丁度一ヶ月前、その日も今日みたいな雨の日の事だった──。

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