7


「近藤さん。今分かっている事、改めて教えてもらってもいいですか?」

 凛海寮を出て数十分が経った頃、覆面パトカーの後部座席に座っていた白峰が窓の外を見つめながら、唐突にそう言った。

 パトカーに乗ってからずっと一言も喋らなかったので、推理を外してよほどショックを受けていたのかと思っていたが、そういうわけではなさそうだ。

 こういう説明はいつも若林が担当なのだが、彼は今、車の運転をしている。

 面倒くさいが、仕方ない。

 近藤は若林から手帳を拝借し、読み上げた。

「……まず被害者の名前は木下友恵、十八歳の高校生だ。死因は左胸を刺された事による失血性ショックで、音楽室でその死体は最初に見つかった。

 死体を発見したのは、木下友恵と同じクラスの高校生の松本和樹、中川弘、山井健人、安藤香澄の四人で、木下友恵とはいつも一緒にいたらしく、仲も良かったそうだ。

 最初に四人が肝試しといってあの第二校舎を探索中に音楽室で、木下友恵の死体を発見した。そして安藤が取り乱したのを見て中川が一度戸を閉めた。十分程度経った時に松本がギィッという音を聞いて再び戸を開けたら音楽室から木下友恵の死体が消えていたらしい。その間、誰も音楽室へは入ってないし、出てきてもないそうだ。窓の鍵は錆びていて開かなかった。つまりあの部屋は完全に密室だったと言える」

「……密室」

 小さく白峰が呟く。

 近藤は、長々と話すのは案外疲れるものだと実感しながら続ける。

「それから四人の高校生は、再び校内を捜索し始めた。松本と中川は二階を、山井と安藤は一階の捜索を行ったらしい。

 一階も二階も、特別変わった所は無かったらしいが、松本が二階で布を被った女の姿を見たと言うんだ。音楽室の方から倉庫の方へと廊下を歩いていたらしい。そして倉庫から死体が出てきたというわけだ」

「……それは本当に女性だったんですか?」

「あぁ。松本が言うには胸が大きかったと」

 そこで近藤は、改めて高校生四人の証言を白峰に聞かせた。

 聞いた事は些細な部分まで全て伝えたが、そのせいで少し時間がかかってしまった。

「……」

 近藤が話し終えると、白峰は眠るかのようにゆっくりと目を閉じた。

 何か、頭の中で推理をしているのだろうか。

「木下友恵さんは、誰かに恨まれたりしていたんすかね?」

 運転席から若林が口を挟んだ。

「ストーカー被害に遭っていたらしいからな。もしかしたらストーカーによる殺人なのかもしれない」

 近藤は言いながらも、納得がいかない様子で腕を組んだ。

 そのストーカーが犯人だとして、そいつは一体どうやって密室から木下友恵を消したのか。

 白峰の言った床下には、犯人の痕跡は残っていなかった。それどころか木下友恵の血痕すら残されていない。

 ということは、あの死体を消す方法はまだ別にあるということだ。

 そんな事を考えているうちに車は古びた木造校舎の前に着いていた。

 開かれていたイベントも終わり、小学校全体を黄色いテープが囲っていた。

「ここで何を調べるつもりなんだ?」

 車を降りながら近藤が白峰に尋ねると、彼はゆったりとした動きで車を降りて「色々ですかね」とはぐらかすように言って、黄色いテープをくぐり抜けていった。




 再び訪れた第二校舎は相変わらずの廃れ具合だった。

 廊下には昨日は無かったはずのいくつかの穴が出来ていた。おそらく捜査員の誰かが作ったのだろう。

 白峰は校舎の中に入ると、じっくりと見回すように視線を彷徨わせる。

 その様子を近くの捜査員たちは怪訝そうに眺めていた。

 まぁ警察関係者じゃない若い男がいきなり現場に現れれば誰だってそんな反応をするだろうが。

「あまり目立つ事はするなよ」

 近藤は一応そう釘を刺しておいた。

 白峰も苦笑いを浮かべて小さく頷く。

「分かってますよ。僕は現場を見たいだけですから」

 そう言って白峰は階段とは逆の方へ歩いていった。

 二階へ上がるんじゃないのか?

 近藤と若林は疑問を抱きながらも付いていくと、白峰は家庭科室の中へと入っていった。

「この部屋に何かあるのか」

 近藤も中へ入ると白峰は何故だか天井を眺めていた。

 天井に何かあるのかと一瞬思って理解した。

 この上には音楽室がある。

「二階にも捜査員の方々はいますよね?」

 白峰は天井を見上げたままそう問いかけてきた。

「あぁ。何か物証が無いか、血眼になって探してるだろう」

 それがいったいどうしたというのか。

 白峰はしばらく黙り込んでから「あっ」と口を開いた。

「床下は探してますか?」

「いや、昨日の捜査で隅々まで調べて何も無いと分かったから今日はほとんど手を付けてない筈だ」

「そうですか。なるほど」

 近藤の答えに白峰は一人納得したように頷くと家庭科室を出て行ってしまった。

「……勝手な奴だ」

 憎々しげに吐き出して、近藤も部屋を出る。

 白峰は既に階段の方へと歩いていた。

「おい、勝手に動くな」

「あっ、近藤さん!そこは」

 白峰に駆け寄ろうと踏み出した足がバキっという音と共にストンと落ちる。バランスを崩したうえに、勢いは止まらず近藤は前のめりに倒れた。

 忘れていた。ここは古びた木造校舎なのだ。

 勢いよく足を出せばその勢いで腐った木の床が抜ける可能性は高い。

 痛みを堪えて近藤が立ち上がると、背後から押し殺した笑い声が聞こえてきた。

「……若林。お前、後で覚えとけよ」

 低く唸るような声で近藤が言うと、若林は途端に顔を青ざめさせた。

「えっ!?いや、あの」

 なんとか言い訳しようとする若林を無視して、近藤は大股で歩き白峰の背中を追いかけた。そして階段に上る手前で追いつくことが出来た。

「待て。勝手に動くな」

 白峰の肩を掴み、近藤が忠告すると白峰はゆっくりと振り返って小さく口元に笑みを浮かべた。

「言われなくても床に穴はあけませんから」

「そうじゃない!」

 最悪だ。こいつにも見られていたのか。

 屈辱に顔をしかめさせていると、白峰はそんな事はどうでもいいのかさっさと階段を上っていった。

 近藤は舌打ちしてその後を追う。

 二階へ上がると、白峰は倉庫の中の様子を窺っているようだった。

 近藤も同じように中を覗く。

 木下友恵が項垂れていた所にはマットが積み重なっていてそこに赤い染みが出来ている。

 そしてその赤は床の木にも広がっていた。

 部屋に窓の類のものは無く、未だに血の匂いがこの部屋の中に留まっている。

「近藤さん。木下さんの遺体って発見された時どういう状況でした?」

 不意に白峰がそう訊いてきた。

「別におかしなところは無かったぞ。左胸をナイフで一突き。血は左胸からまっすぐスカートの所まで流れていた。遺体の側に生徒手帳が落ちていて、それで被害者の特定が出来た」

「その生徒手帳に血は付着してました?」

「いや、全く付いてなかったな」

「……変ですね」

 小さな声で、白峰が呟いた。

 近藤は眉をひそめる。近くにいた捜査員にもどうやら聞こえていたようで、同じような顔をしていた。

「何が変なんですか?」

 いつの間にか追いついていた若林がそう尋ねた。

「犯人の行動がです。最初に木下さんを音楽室で殺害して、その死体を高校生に見られた後、密室から死体を消して、この倉庫へと移動させた。そして死体の側には身分が明らかになる生徒手帳が落ちていた。変だと思いませんか?」

 白峰は淡々とした口調で言ったが、近藤には分からなかった。

 どこか変な所はあるだろうか。

「そもそも犯人はどうやって密室から死体を消したんでしょうね」

 若林が言うと、白峰は横に首を振った。

「若林さん。この事件で一番重要なのはそこではありません」

「えっ?」

「あの密室から死体を消す方法ならいくつかありますよ。けれどそれはそんなに大切な事じゃありません。この事件で一番重要なのは、、です」

 白峰は左手の人差し指を立てながら静かにそう言った。




「それのどこが変なんだ?死体を見られて焦ったから移動させたんだろう?」

 近藤は首を傾げてそう言う。

「……確かに死体を見られて焦ったから、というのはありえます。しかし、そうなるといくつかの矛盾が生じます」

 白峰は言いながら、廊下を歩いていき音楽室の前で止まる。

「まず、四人の高校生たちは音楽室の戸を開けて木下さんの遺体を発見した。それを見て安藤さんが悲鳴を上げて、中川さんが戸を閉めた。そして十分程経ってから再び開けたら遺体は消えていた。そうですよね?」

「あぁ。それがどうした?」

「窓には鍵がかかっていて、扉の前にはずっと高校生たちがいた。つまり、誰も部屋の中へ入ったり出たり出来なかったわけです。その状態で遺体を消失させられたのなら犯人はずっと部屋の中にいたのだと考えられます。そして短い時間の間に何かしらの方法で木下さんの遺体を隠した。ここまではいいですか?」

 白峰が問いかける。

「それしか考えられないな」

 近藤は大きく頷いた。同時に周りからざわざわと声がした。

 どうやら捜査員も突然現れた青年に興味があったらしい。

「ここで一つ疑問が出てきます」

 人の目を気にする様子もなく、白峰はいつものように語る。

「密室から死体を消失させる事が出来たんです。そして誰も部屋から出てないなら死体の隠し場所も当然音楽室の中という事です。床に付いていただろう血痕を拭き取って元から死体が無かったように偽装までしたんです。現に高校生たちはその工作によって木下さんの遺体は幽霊だったと思い込んだ。つまり、死体を見られたくなかったのであれば犯人の目的はそこで達成されているんです。

 それなのに何故わざわざ見つかるリスクを冒してまで死体を倉庫まで移動させたんでしょうか?」

 ようやく白峰の言わんとしてる事が分かった。

 そういえばそうだ。あの密室から死体を消失させただけで充分だった筈なのだ。

 それなのに、犯人はその遺体を倉庫に移動させた。何故だろうか。

「気になる点は他にもあります。例えば、音楽室の血痕は拭き取られているのに、倉庫には堂々と血痕は残されていました。しかも安藤さんの話では倉庫の扉は少し開いていた、更にわざわざ遺体の側に生徒手帳まで置いていってるのです。一度は何も無かったように偽装してるのに、倉庫では発見されるのを待ち望んでいたかのようです。不自然じゃありませんか?」

「そう言われれば……確かに」

 若林が同意を示した。

 改めて指摘されれば、確かに不自然な事が多い。

「何故犯人は倉庫へと遺体を移動させたのか。これが分かれば一気に真相に近付けると思います」

 白峰はそこで言葉を切った。

「何か分かったのか?」

 近藤が訊くと、白峰は小さくため息を吐いて両手を上げた。

「残念ながら、どこの誰が何のためにやったのか皆目検討もつきません。正直お手上げですね」

 白峰は力なくそれだけ言うと、一人で勝手に階段を降りていった。


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