9
翌日、湊と白峰は再び第二校舎の音楽室にいた。
昨日、自宅を訪れた白峰は、唐突に密室の謎が解けたと言っていた。「逆だ」とも。内容は全く分からないのだが、白峰は最後に容疑者は四人とだけ告げて「また明日」と帰っていった。
何が何だか分からないまま放置されたが、それでも彼が事件解決にまた一歩近づいたのだ、という事は理解出来た。
それが自分の事のように嬉しくなり、結果その日の勉強は
テストを終えて講義室を出ると、既にそこには白峰が待っていた。
──どうして白峰さんがここにいるんだろう?
理由を尋ねると、「謎を解くヒントを貰いましたからね。真相を一緒に明らかにしに行きましょう」と彼は笑って言った。
そうして白峰と二人で第二校舎まで赴いたというわけである。
学校には立ち入り禁止の黄色いテープが貼られていたのだが、白峰は何食わぬ顔でそれをくぐり抜ける。
──え、いいの?
当然、湊は困惑したが、白峰はどんどん先へ行くので選択肢は付いて行くしかない。
第二校舎の中へと入ると、中には数人の捜査員の方々がいた。
流石にこれは追い出されるのでは、と心配したが、捜査員は白峰の事を気にする事なく、捜査を続けている。白峰はそのまま殺人現場である音楽室へと入った。
明らかにおかしいのだが、湊は気にしない事にした。
おそらく、あらかじめ近藤さんが何か言っておいてくれたのだろう。
スマホで現在の時間を確認する。
時刻は午前十一時。約束の時間だ。
「遅刻はしなかったようだな」
不意に引き戸が開けられて、近藤が顔を出した。
その表情はどこか疲れているようだった。
「どうも。それで、皆さんは連れて来てくれましたか?」
「……あぁ」
小さく近藤は頷くと、部屋の外にいる誰かに対して音楽室へ入るように促した。
それに続いて四人の男女が姿を現した。
その四人は白峰と湊の姿を見るなり、怪訝そうに眉をひそめる。
この人たちが、第一発見者なのだろうか。見たところ全員、高校生くらいのようだが。
「初めましてですね。僕は白峰と言います」
白峰は深々と頭を下げて自己紹介をした。
「先に言っておきますが、僕は警察ではありません。ただの普通の大学生です」
顔を上げて白峰がそう言うと、四人の高校生の困惑はさらに深まった。
「なんでただの大学生がこんなところにいるんだ?」
茶髪の男がそう言った。その疑問は最もである。
ただの大学生が殺人現場にいるなんて普通は考えられない。
「何故かと言われれば、あなた方にお訊きしたい事があったからです」
あっけらかんと白峰はそう言って一人を指差した。指の先にいたのは茶髪の男だった。
「では、まずはあなたからですね。松本さん」
「えっ」
名指しされて、松本は目を見開いた。
なんでこいつは俺の名前を知ってるんだ? と表情が語っている。
「申し訳ありませんが、松本さん以外の方は一旦外で待機していただきたいのですが……」
白峰が小さく頭を下げると、若林が残った三人を外へと誘導していく。
音楽室には、松本という男だけが残された。
警戒するような目つきで白峰をじっと眺めている。
「あなたに訊きたい事は三点ほどです。気を楽にしてください」
白峰は柔らかい口調でそう言った。
ほんの少し、松本の警戒が弱くなったような気がした。
「まず、事件当日の事を思い出してください。あなたはこの音楽室で一番最初に木下友恵さんの死体を目撃した。これは間違いありませんね?」
「……あ、あぁ」
「その時の時間って覚えていたりしますか?」
「時間?……確か十一時より前だった。音楽室開ける前に携帯見て、そん時は十時五十分くらいだったと思う」
白峰の質問に戸惑い気味に松本は回答していく。
「なるほど。その後皆さんが駆けつけて安藤さんが悲鳴を上げて中川さんが戸を閉めた。そしてその十分後に戸を開けたら死体が消えていた。これも間違いないですか?」
「その通りだ」
松本の返答に白峰は満足げに頷いて、再び口を開く。
「その後、松本さんは布を被った女性を見たと言いましたね。それは大体何時頃ですかね?」
「え?えーっと、確か、十一時十五分を過ぎたぐらいだったかな」
「……おい、今更そんな事を確認してどうするんだ」
近藤がうんざりしたように言った。
警察からしたら、既に聞いた事なのだろう。
「それは後々お話ししますから、今は我慢してください」
白峰は近藤にそう言って、もう一度松本の方を向いた。
「それでは、木下友恵さんに付きまとっていたストーカーについて、何かご存知ありませんか?」
「ストーカー?」
松本が唸りながら俯いた。それから少しして、「あっ」と顔を上げる。
「そう言えば、一週間ぐらい前にストーカーがどうたらこうたらって聞いたな。駅前の本屋でストーカーにつけられてるって木下から連絡が来たから」
「なんだと?」
近藤が片眉を上げた。
駅前の本屋は湊の記憶にも残っていた。
駅を出てすぐのところにある小さな書店だ。
「本当ですか?」
「あぁ。今見せてやるよ」
松本はそう言ってスマホを操作する。その後、画面をこちらへ見せてきた。
そこには木下友恵からのメッセージが映し出されていた。
『助けて。今、ストーカーに追われてる。駅前の本屋にいる。来れるなら来て』
日付は一週間前の午後四時二十二分だった。
「他の奴らのとこにも同じようなメッセージが届いたらしいぜ。んで、ちょうど近くにいた中川が合流して何も無かったって言ってたな」
「……そうですか。ありがとうございます」
「ん? もう終わりか?」
「ええ。大変参考になりました」
白峰が頭を下げると、少し不満げに口を尖らせて松本は部屋の外へ出て行った。
「では次ですね」
白峰は軽い口調で言う。対して近藤の表情は既に憔悴しきっしていた。
「……何者なんですか、あんたは」
次に入って来た中川も警戒心強めで、指の爪を噛みながら白峰を睨みつけていた。
「先ほども言った通り、ただの大学生ですよ」
はぐらかすように──いや、実際間違ってはいないのだけれど──白峰はそう言って話を終わらせた。
「あなたにもお訊きしたい事がいくつかありましてね。まぁすぐ終わらせますから、安心してください」
「はぁ……」
「では最初に、あなたは木下友恵さんの死体を発見した後、安藤さんの悲鳴を聞き、あなたが音楽室の戸を閉めた。間違いありませんか?」
「はい。やっぱりああいうのを見るのは女の子にはキツイだろうと思って」
「ですね。良い判断だったと思いますよ」
愛想よく会話をする白峰に、少しずつ中川の警戒も解けていく。
「それで大体十分ほど後に戸を開けたら、木下さんはいなくなっていた。これも間違いないですね?」
「はい。確かに部屋から消えてました」
「その後、中川さんは松本さんと二階の探索だったんですよね? 布を被った女性の姿を見ましたか?」
「あぁ、松本が見たってやつですね。残念ながら、俺は見てないです」
「……見てない?」
「はい。その時は男子トイレの個室調べてたんで外は見てなかったんです」
白峰は「そうですか」と小さく呟いて、僅かに視線を落とした。
「……では最後に、木下さんのストーカーについて何か知ってる事はありませんか?」
白峰の質問に、中川はあからさまに顔色を変えた。
それまでほとんど無表情に近い顔が、一転して怒りを孕んだものに変わる。
「……それが誰かまでは知りません。けれど友恵が苦しんでた事は知ってます」
怒りを押し殺したように、中川は静かに言った。
「松本さんから一週間ほど前に木下さんがストーカーに追われていたらしいです。そしてあなたが助けたと」
「えぇ。四時過ぎくらいだったかな。安藤から連絡が来たんです。どうやら友恵がストーカーに追われてるって。それでたまたま近くにいた俺が駆けつけたんです」
「その時ストーカーの姿は見ましたか?」
「いいえ。逃げたのか、俺が合流してからは姿を現さなかったです。……あの時捕まえとけば、友恵は死なずにすんだのに」
中川はそう言って、近くの壁に拳を叩きつけた。
「言っとくけど、私は犯人じゃないから」
次に入ってきた香澄は明らかに不機嫌だった。
腕を組んで、うんざりしたような顔をしている。
「すみません。事件解決の為にはどうしてもあなたのお話が聞きたいのです」
白峰は丁寧に頭を下げながらそう言う。
すると、それを聞いた香澄が鼻で笑う。
「事件解決って、普通の大学生に解けるんですか?」
小馬鹿にするように香澄が笑いながら言う。
湊は内心ムッとしたが、自分が抗議しても意味は無いだろう。何も言わずに黙っておいた。
「もうほとんど解けてますよ」
白峰は軽い口調でそう返してから質問を始めた。
「あなたにお訊きしたいのは大きく分けて二つほどです。まずは倉庫で木下さんの死体を発見したのは安藤さんだと聞きました。これは間違いないですか?」
「……そうよ」
香澄は不服そうにしながらもしっかり質問には答えてくれるらしい。
「よく思い出して欲しいのですが、その倉庫内で何かおかしな事とかってありませんでしたか?」
白峰がそう問いかけると、香澄は首を傾げた。
「おかしな事?」
「そうです。……例えば、血まみれの布か何かが落ちてたりとか」
血まみれの布? それのどこがおかしいのか。
湊が頭をひねっていると、香澄が「あっ!」と声を上げた。
「あった! 最初に倉庫で友恵を見つけた時、その倉庫の奥の方に血まみれのハンカチみたいなのが落ちてた」
「そうですか。では次に、木下さんはいつも駅前の本屋に行ってたんですか?」
「駅前の……本屋?」
香澄が首を傾げた。
「一週間前に木下さんがその本屋でストーカーにつけられていたと皆さんにメッセージが来たと思うのですが」
そこまで言って、ようやく合点がいったように香澄は手を叩いた。
「あぁ、あれかぁ。そうそう、いきなりメッセージ来たからビックリしちゃった」
「そして、あなたが中川さんに連絡した」
「そうよ。あ、これこれ」
香澄はそう言うと、猫のイラストが入ったスマホ取り出して軽く操作してから画面をこちらに向けた。
そこには中川へ送られたメッセージが映し出されていた。
『友恵が今、駅前でストーカーに追われてるってさ。助けに行けば? 好感度上げるチャンスじゃん?』
時刻や日付も中川の証言と一致した。
「……なるほど」
白峰は少し考えるように顎に手を当てて小さく言った。
最後に山井が部屋に入ってきた。
忙しなく瞳が揺れている。動揺してるのが分かる。
「山井さんですね。あなたにもいくつか確認したい事があります」
白峰は単刀直入にそう切り出した。山井も焦ったように頷く。
「まず、あなたは一階の探索している時に、音楽室の真下の家庭科室を調べましたよね? その時何か上で物音しませんでしたか?」
白峰がそう訊くと、山井は信じられないといったように目を大きく見開いた。
「えっ、何で、分かるんですか⁉」
「やはりそうでしたか。その音を聞いたのは何時頃ですか?」
「えっ? えっと、あれは……」
山井は記憶を辿るように目を瞑り、そしてすぐに目を開けた。
「確か、十一時十分ぐらいです。部屋を出る時に松本から『幽霊を見た』って連絡が来たので、それより少し前に音を聞きました」
山井の返答に白峰は満足げに頷いた。
「なるほど。これでいくつか線になりましたね。では、最後です。あなたは木下さんがストーカーの被害に遭っている事を知っていましたか?」
「ストーカー……と言うことは、やっぱり木下はストーカーに殺されたんですか?」
「まだ確信はありませんが……その可能性が高いとみています」
白峰がそう言うのを聞いて、湊はようやく納得出来た。
だからさっきからストーカーについて詳しく話を訊いているのだ。
「そうなんですか?」
山井は驚いたように言う。
「まだ断定は出来てませんけどね。それで、ストーカーの被害に遭ってたのは知ってしましたか?」
白峰が再び問いかける。山井は小さく頷いた。
「知ってました。木下から直接相談されましたから。つい一週間前もストーカーにつけられてたって言ってましたし」
白峰が「そうですか」と呟いて、近藤の方を見た。
どうやら話はこれで終わりのようだ。
若林が案内をして山井が音楽室を出て行こうとした時、不意に白峰が「あっ」と声を上げた。
「すみません山井さん、最後にもう一つだけ」
白峰はそう言って、山井の元へ駆け寄って耳元で何かを囁いた。
山井はその何かを聞いて、何度も頷いた。
「そうですか。ありがとうございます」
白峰はお礼を告げて、こちらへと戻ってくる。
「近藤さん。確認したい事があります」
山井が部屋を出て行くのと同時に白峰はそう言った。
怪訝そうに近藤は眉をひそめる。
「その前に山井に何を訊いたんだ?」
近藤の問いかけは湊の疑問と同じものだった。
私もそれが気になっていた。こっそり耳打ちするなんて、気にならない訳がない。
「あぁ。事件の前と後で何か変わった人はいませんか、と訊いたんです」
淡々とした口調で白峰はそう返す。
「いたのか?」
「えぇ。で、確認したい事なのですが……」
「まだ何かあるのか?」
「音楽室の扉と倉庫の扉に付いていた指紋は調べましたよね? 誰の指紋が残ってましたか?」
「指紋? ……若林、教えてやれ」
近藤は扉の近くに立っている若林に質問を丸投げした。
苦笑いで若林は手帳を開く。
「えっと、まず音楽室の扉に付いていた指紋は亡くなった木下さんと、松本さん、そして山井さんのものです」
「その指紋は外側と内側どちらに付いてましたか?」
白峰が問いかける。
「えっ? えー、木下さんの指紋はどっちにも。松本さんは外側、山井さんは内側に付いてました」
「なるほど。それで倉庫の方は?」
「倉庫の方には全員の指紋が付いてました」
「全員……」
白峰が俯いた。
そしてしばらくぶつぶつと何かを呟いている。きっと彼の頭の中ではものすごいスピードで推理が繰り広げられているのだろう。
「……もう一つ、確認したい事があります」
俯いた状態のまま、白峰がポツリと呟いた。
「何だ?」
「床下で何かが動いた時に下の階に音が響いたりしますか?」
「音?」
近藤が怪訝そうに眉をひそめる。
「あ、そういえば聞こえましたね。木の軋むような音を下の階にいる時に聞きました」
若林が思い出したように言った。
「……そうですか」
白峰は素っ気なく返して、再び思考の世界に旅立つ。
誰も何も言わずに白峰の事を見守る。しばらくして白峰はゆっくりと顔を上げた。
「何か分かりましたか?」
湊が問いかけると、白峰はこちらを向き、口元に笑みを浮かべた。
「ようやく謎が全て透明になりました」
「えっ⁉ じゃあ……」
湊が驚きの声を上げると白峰は小さく頷いて近藤の方に視線を移す。
「近藤さん。もう一度皆さんをこの部屋へ集めてください。皆さんも答えが気になってると思いますからね」
白峰がそう指示を出す。すると近藤は呆気にとられたような表情になった。
「もしかして……」
「はい」
白峰は一拍置いてから、力強く言った。
「犯人が分かりました」
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