13
廃校で起きた事件の解決から二日が経った。
既に大学は夏休みに入り、大学構内には静けさが漂っている。
湊はサークル活動を終えると、真っ先に正門を出て凛海荘へ向かった。
殺人的な暑さの中でも真っ直ぐに家に帰らない理由はただ一つ、白峰に会いに行くためだ。
最近、かなりの頻度で彼の部屋を訪ねている気がするが、仕方がない。
今は、彼に訊きたい事が山ほどある。ひかりはじっと待つと言っていたが、やはり一度気になってしまえば放っておくことは難しい。それに彼の事だから訊かなければ何も言ってはくれないだろう。今回の事件の事も、そして透明な瞳も、三年前の事件の事も。
慣れた様子で、入口の自動ドアを抜けてそのまま流れるようにエントランスを抜けて行こうとして不意に呼び止められた。
「ちょっと待ちなさい」
「あっ……」
しまった。忘れていた。
壁に付いている小さな窓からこちらを覗くおばあさんに気付いて湊は肩を落とした。
この時間はまだ管理人さんがいるんだった。
「今日は一人なんだね。言っとくけど女の子は立ち入り禁止だよ」
管理人のおばあさんは呆れたような口調でそう告げる。前は刑事さんの力で何とか通れたが一人ではどうしようもない。
「ですよね。すみません」
今回は諦めるしかない。湊は一言謝ってから踵を返して寮を出て行こうとした所で、再びおばあさんが呼び止めた。
「そもそも今は白峰くんはいないよ。さっき出て行ったからね」
「えっ?」
足を止めて湊は振り返る。
出て行ったって大学内では見かけなかった。もしかして入れ違いになった?
「顔はよく見えなかったけどなんか暗い感じだったよ。まぁ顔が見えないのはいつもの事だけどね」
けらけらと笑いながらおばあさんが言う。
「他には……例えば何か言ってたりしませんでしたか?」
「他? あー、確か電話してたね。それで、なんかスマホが無かった、とか、猫がどうとかって言ってた気がするよ」
駄目だ。全然分からない。
湊は愛想笑いを返しながら外へ出た。
そのまま大学へと戻り図書館へと向かう。中に入るのと同時に心地よい冷風が体を包み込んだ。
もしかしたらここにいるのかも。
そう思い、一階から三階まで見て回ったがその姿はどこにもなかった。
──いったい、どこへ行ったのだろう。
湊にはその答えは見当もつかなかった。
その頃、古びた音楽室に一人の少女がいた。
重さに耐えきれなかったのか、ピアノの足が床の板を突き抜けている。
この部屋に来るのはこれで三度目になる。
「突然お呼び出てしてすみません。どうしてもお訊きしたい事がありまして」
背後からそう声をかけられた。振り向くとそこには白髪の青年が立っていた。
前髪が長く、顔の半分は隠れてしまっていて表情は分からない。
確か名前は白峰だったか。
彼に初めて出会ったのは二日前だ。その時は刑事と共に現れてその明晰な頭脳で一つの事件を解決してみせた。
「別に。暇だったし」
素っ気なくそう返すと、白峰はくすりと笑った。
この男に呼び出された理由なら心当たりがある。
「訊きたい事って何? この部屋暑いから早く出たいんだけど」
急かすように私が言えば、白峰は笑みを引っ込めてこちらを見返した。
隠れた瞳は見えないけど、射抜くような視線は感じる。
「訊きたいのは木下さんのストーカーについてです」
ほら、やっぱり。
苦笑して私は目線を白峰から逸らした。
「単刀直入に訊きます。木下さんのストーカーは中川さんですね?」
そう訊く白峰の声には確信があるようだった。
「そうよ。どうして分かったの?」
私は頷いてから問いかけた。
「あなたが中川さんに送ったメッセージです。あの文章には『駅前でストーカーに追われてる』と書いてありました。しかし、その文だけを見て駅前の本屋にいるなんて普通は思わない。それなのになぜ分かったのか? それは彼自身が木下さんのストーカーだったからです。だから彼が駆けつけた時にはストーカーと思われた人物はいなくなっていたのです」
あぁ、少し甘く見ていたか。
あの文を見てそこに気付くとは、なかなかの洞察力だ。
「それが分かってるなら、なんで私を呼び出したの?」
私は強気にそう返す。
「……ここからは僕の憶測に過ぎません」
白峰は躊躇うようにそう切り出してからゆっくりと語り始めた。
「僕が気になったのは、何故あなたが中川さんにメッセージを送ったのか──です。他の皆さんには木下さん本人から助けを求めるメッセージが届いていました。あなたが送らずとも中川さんは駆けつけるのでは、と思わなかったのか? そう考えて僕は一つの仮説を立てました。もしかしたらストーカーの正体をあなたは知っていたのではないか。知っていてわざと連絡したのではないか、と。
中川さんは以前から木下さんに好意を向けていたらしいですね。その好意が彼をストーカーへと変えたのでは、と思いました。中川さんは木下さんの事をまるで恋人のように話してましたからね。同じクラスの人なら気付く事もあったでしょう。
さて、ここで疑問が出てきます。そんなに好意を抱いていた相手をどうして殺害してしまったのか?
中川さんはこう証言してるそうです。『友恵に好きな奴が出来た。裏切られたような気持ちになって、殺したくなった』のだと。酷く自分勝手な動機ですね」
白峰は一旦そこで話を切ってこちらの様子を窺う。
私は不敵に笑って見せると、微かに彼の表情が強張った。
「……今回の事件、この音楽室でのトリックには木下さんの協力が必要です。それにタイミングについても連絡を取り合わなければ成功させるのは難しいでしょう。つまり、犯人は木下さんと連絡を取り合っていたんです。では、どうやって? 答えは簡単です。中川さんはずっとスマホをいじっていたのですからスマホで連絡していたのでしょう。これはあくまでも僕の想像ですが、恐らく木下さんはここで皆さんにドッキリか何かを仕掛けるとでも言われて協力していたと思います。まずは音楽室で木下さんが死体を演じ、仕掛け人である中川さんが教室の扉を閉めたら、床下へと隠れて、一瞬で姿を消したように見せ皆さんを驚かせる──まぁ、だいたいこんな筋書きだと思います。そしてそのドッキリ計画を中川さんは殺害のトリックとして使ったという訳です」
「へぇ、なるほどね。で、それが何なの?」
「確かにこれなら辻褄も合うのですが、不思議な事に逮捕した時に中川さんはスマホを持っていなかったらしいのです」
私は小さく舌打ちをした。
あの馬鹿、詰めが甘いのよ。
「さらに、山井さんが中川さんが猫のイラストが入ったスマホケースを使ってるのを見たらしいです。それを、僕は別の人のスマホで見ました。それを思い出した時に思ったのです。中川さんは誰か別の人の、例えば木下さんと仲の良い人のスマホを使って連絡を取り合っていたのではないか? 本当のドッキリの仕掛け人は中川さんではなく、その別の誰かだったのではないか? その方が警戒心も薄れると思いますしね。だから中川さんはわざわざ手袋をはめて、指紋を付けないようにスマホを操作していたのではないか──と」
私は思わず拍手をしようかと思った。凄い推理力だ。
あれだけの情報でここまで辿り着く人間はそうそういないだろう。
「……つまり、猫のイラストの入ったスマホケースを使っていたあなたが裏で事件の糸を引いていたのではないか、と考えました。どうですか? 安藤香澄さん」
白峰は冷たい口調でそう結論づけた。
そこでようやく私は彼に拍手を送った。
「凄い。大正解」
笑いながらそう答えると、白峰は気持ちを切り替えるように息を吐いた。
「確実な証拠はありませんので、これではあなたを警察には連れて行けません。ですが、あなたのやった事も罪には違いありません」
「私は中川の恋路を応援しただけ。友恵に好きな子が出来たって伝えて、今回の案を持ち出しただけで、あとはあいつが勝手に実行したの」
吐き捨てるように私が言うと、白峰は何も言わずに音楽室を出て行こうとした。
「私は悪くないでしょ。何もかも中川のせいなんだから」
両手を広げてアピールする私の言葉を無視して白峰は出口へ向かう。そして扉を開けて一歩足を踏み出したところで一瞬こちらを見た。
「確かに、あなたに唆されて中川さんが暴走した──事件はそれで終わりかもしれません」
それから白峰は教室から出て行くのと同時に、囁くような声で言った。
「……だけど、山井さんは多分そんなあなたの姿は見たくないと思いますけどね」
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