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湊は自分の耳を疑った。いきなりあなたが犯人だなんて言われたら誰だってそうなるだろう。
「えっ、ちょっと待ってよ。どうして湊が犯人になるの? あり得ないでしょ!」
今まで黙っていた真紀が近藤に詰め寄る。
近藤は鬱陶しそうに顔をしかめると、背後に立つ若い刑事に何かを要求した。若い刑事は頷くと、懐からビニールに入った封筒を取り出した。
「これは、武田さんが落ちたと思われる所に置いてあったものだ。ご丁寧にビニールに入れられてな」
近藤がそれを手に取りながら説明する。やや口調が荒くなっているのはこちらを犯人だと決めつけているからだろうか。
「我々は最初、これを遺書だと思っていた」
「……違うんですか?」
湊が問いかけると、近藤は大きく頷いた。
「あぁ。これは遺書なんかではなく、君に宛てられた手紙だった」
「え?」
予想外の返答に湊は素っ頓狂な声を上げた。
さっき会った時には、そんな物渡されていない。
「中を読み上げても良いかね?」
近藤がビニールから封筒を取り出して、そう尋ねてきた。
湊は小さく頷く。
近藤は封筒の中から一枚の紙を出すと、それを若い刑事に渡して「読み上げろ」と言った。
「『一ノ瀬湊さん。俺は君の事が好きです。何度振られても、この気持ちは変わりませんでした。これからも、多分ずっと君の事が好きです』これが全文です」
淡々と若い刑事が音読する。
隣で真紀が小さく「おぉー」と感嘆の声を上がるのが聞こえた。
「……武田君」
湊はポツリと彼の名前を呼んだ。
どうして、私なの? もっと他にも良い人なんて沢山居るでしょう?
そういえば今まで一度も訊いた事が無かった。武田君はどうして私の事をそこまで好きでいてくれるのか。私のどこを好きになってくれたのか。
その答えを聞くことはもう叶わない。
後悔が胸の中に溢れ出てくる。少し泣きそうになった。
「……ここからはあくまで私の想像だが」
しゃがれた声が湊の意識を現実に引き戻した。
そうだった。私は今、刑事に疑われている。
「君は今日、武田さんに呼び出されてこの手紙を渡された。だが、君は何度振っても好意を向け続ける武田さんの事が鬱陶しくなった。だから彼を屋上から突き落とし、自殺したように偽装した。彼の好意から解放されようとしたんだ。違うかな?」
そう訊いてくる近藤の声には、相手を威圧するような力があった。
だが、それに慄いてはいられなかった。彼の好意が鬱陶しいから殺しただなんて、いくらなんだと酷い決めつけだ。
「違います。その手紙も今初めて見ました。私は武田君を突き落としてません!」
湊は声を荒げながら否定した。
そんな理由で人を殺すなんてあり得ない。
湊の返答に近藤は面倒くさそうにため息を吐いた。
「では、誰が突き落としたと言うんだね?」
「それを調べるのが警察の仕事ですよね」
皮肉交じりにそう返せば、近藤の顔が分かりやすく歪んだ。
「それに、どうして突き落とされたって決めつけているんですか? 自殺の可能性もあるんじゃないですか?」
湊がそう言うと、近藤はずいっと一歩前に出て湊に近付く。
その瞬間、あの日の光景と重なって湊は身を引く。だが、近藤は更に前のめりになる。
「転落した武田の顔や手足には擦り傷などが付いてたんだ。つまり抵抗した証だ。そして武田は後頭部に致命傷となる傷があった。これは後ろ向きのまま屋上から落ちたという事だ。これで突き落とされてないと何故言える?」
近藤が指を立てながらそう早口で捲し立てる。
湊は情報を頭の中で整理していく。
武田は後ろ向きのまま屋上から転落した。
武田の体には抵抗したような傷がある。
武田は湊宛のラブレターを持っていた。
そして、靴は履いていなかった。
ふと、湊は疑問を抱いた。
「……屋上に三冊の本ってありませんでしたか?」
湊の質問に近藤は怪訝そうに「無かった」と答えた。
「さてと、詳しいことは署で聞きますから...同行してくれませんかね?」
近藤は腕時計に視線を向けながらそう言った。
「それって任意ですか? でしたらお断りします。もう話す事は無いですから」
何も知らないのだから署まで行っても意味が無い。
湊が断ると、近藤は小さく舌打ちした。
「……そう言わずにお願いしますよ」
近藤はそう言って湊の肩に手を置いた。
全身がゾワっと粟立つ。あの男の手が、声が、フラッシュバックして目の前が真っ暗になる。
「いやぁっ!」
思わず悲鳴を上げて湊はその手を振り払った。
近藤は一瞬呆然としたが、すぐにニヤリと笑った。
「これは公務執行妨害という事でいいか」
そう呟いて、近藤が湊の手を取ろうとする。
「──僕もその人は犯人じゃないと思いますよ」
その時、どこからかそんな声が響いた。
湊は辺りを見回すと、近くの本棚から一人の男が出てきて、息を呑んだ。
すらっとしたモデルのような体型で、歩くだけでも絵になるくらい優美な雰囲気を纏っている。そして何より、その人の髪の毛は透き通るような純白だった。
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