第20話 青黛楼の客
「そういえば、承徳はどうした?」
弦朗君から敏に下問があったのは、その日の
「はっ…」
問われた敏も困った顔をした。彼は振り返ってレツィンを見たが、彼女も小さく首を横に振るしかない。
「居場所もわからないのか……参ったな、用事があるから呼んでおいたのに」
実のところ、承徳はこのごろ
――やはり、
レツィンは実のところ、傲慢でお気楽な坊ちゃんと陰口をたたかれる承徳が、決して嫌いではなかった。レツィンに対しては「無関心」を宣言していても、そのざっくりした彼の付き合い方はむしろ気楽だった。
「あれも柳の家では異端児だからな」とは、敏の承徳に対する評であったが、それが事実だとすれば、レツィンも烏翠では異端児ゆえに、異端児同士で気が合うということだろうか。
とはいえ、「事情」を汲んで承徳の「
そこへトルグがやってきて、主君に対して言いにくそうに切り出した。
「あのう、柳の若様のことですが――」
「居所がわかったのかい?」
弦朗君は思わず立ち上がって訊いた。
「ええ、分かったことは分かったのですが…」
トルグがこのように、歯にものの挟まった言い方をするのは滅多にないことであった。
「どこに?」
「あの――
「妓楼に!?」
弦朗君はもちろん、敏もレツィンも驚きの声を上げた。
「…何故そんなことになっている?」
トルグはますます困った顔をした。
「…処刑された鄭様のお嬢さんがそこの女将に引き取られたのですよ。それで…」
「…承徳のやつ、迷惑をかけて」
主君の前にもかかわらず、敏は小さく舌打ちをした。
「私が連れ戻してきます。いくら何でも、出仕して日も浅い名家の子息がやけを起こして妓楼で狼藉なんて、恥さらしもいいところだ。柳家だけではなく、我が府の名誉にも傷がつく、まったく冗談じゃない」
「本当に連れて帰ってこられるかい?」
溜息混じりに弦朗君が聞いた。
「ええ。引きずってでも――もしあいつが妓楼の柱にしがみついているようだったら、その腕を斬り落としてでも、必ずここに連れてきます」
怒り心頭の敏を前に、主君は「ん…」と言ったきりしばらく返事をしなかったが、やがてレツィンを見た。
「では敏、そなたの申し出を許すことにするが、一つだけ条件をつけよう。彼女も一緒に連れて行きなさい」
これには言われた当人だけではなく、敏もトルグも呆然とさせられた。
「…主君、恐れながら、堅気の女子を妓楼などとは危のうございます。これが知られたら、それこそ
しかし、トルグの反対にも動じない弦朗君であった。
「それは百も承知だ。でもねえ、まず承徳のことを考えると、いわゆる『堅気の女子』それも自分を見知った女性に、妓楼での醜態を見られたら、さすがに彼も恥じ入るだろう。それに『あらゆるものを見ておきなさい』ってことさ、たとえ妓楼であってもね。まあ、敏がいるのだし、我が府の使いとして行くのだから、滅多なことにはならないだろう」
主君の口調は穏やかだが反論を許さないものであり、そこでレツィンは気が付いた。つまり、主君は敏の手前、口にこそ出さなかったが、万一にも敏と承徳の間で流血沙汰になりかけたら、それを止める役回りを自分に期待しているらしいことを。
――つまり、私に「力仕事」をせよ、とのことね。
レツィンは「承りました」と答え、敏とともに拝跪した。
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