第4話 官服の少年

 弦朗君げんろうくんいみな顕秀けんしゅうといい、先王の弟である光山玉泉君こうざんぎょくせんくんのただ一人の男子である。

 

 「光山」とは直系王族を表す称号すなわち「山号さんごう」の一つであり、また山号を賜った王族は「山房さんぼう」と呼ばれる、独立した府を構えるのが慣例だった。

 だが父の玉泉君は弦朗君が十三歳のときに没し、ごく若くして山号を継いだ弦朗君は、祖母である明徳太妃めいとくたいひの庇護を受けつつ、山房を営んでいた。そこには家族および長く光山府に仕える家令はじめいくたりかの家属かぞくに加え、王宮に出仕する前の見習いとして預かった貴族の子弟も住み込んでいる。


 弦朗君がレツィン等を伴い、帰邸すべく王宮を出ようとしたとき、馬を引いて近づいてきた若者がいる。浅葱色の官服に身を包み、やや小柄だが垢ぬけた雰囲気の、はしっこそうな眼と、鋭角的なおとがいを持った男だった。弦朗君と二、三言葉を交わしているその様子からも、男が弦朗君に一応の敬意を払いながらも、親しい関係であることが知られた。


「こんなときに出迎えご苦労だね。……レツィン、この子は柳承徳りゅうしょうとくといって、烏翠うすいでも有数の貴族の次男坊だ。私とも遠縁に当たる。我が府によく出入りする男だから、覚えておくといい。既に王宮に出仕して官位を持ち、いまは私の部下となっているが、周りと揉め事ばかり起こしていて…」

「そんな紹介の仕方はやめてくださいよ、長々としていて、しかも恥ずかしい」


 無礼にもふくれっ面で上司の言葉をさえぎった柳承徳は、レツィンを一瞥いちべつして大げさに眉を上げた。

「こちらの方は?もしかしてラゴ族の?」

 レツィンが自己紹介して頭を下げたところ、承徳は「ふうん」と軽い声を出した。


「…『あいつ』が果たして何ということやら」


 ――あいつ?

 首をひねるレツィンをよそに、承徳は調子をがらりと変えて弦朗君に問いただした。まるで青天が驟雨しゅううに一転したかのようで、しかも思いつめた表情である。


「それで――鄭要明ていようめい様はいかがなりました?王宮では誰も私に顛末を教えてくれぬばかりか、書記の控室に一日じゅう閉じ込められて訳もわからず…」

 弦朗君も部下につられたのか、顔に一筋の影が落ちた。静かな声音に苦さと悲しみが込められているように、レツィンは思った。


「…この子が太妃様の御前で鎮魂の舞を舞った。それが私の答えだ」


 その言葉を聞くが早いが、承徳は上司の馬の手綱を放り出し、王宮の正門に向かって駆け出していた。その背後から弦朗君の声が追いかける。

「これ!王宮でそんなに早く走ってはいけないよ!…東の市に行くのはいいが、夜は私のところに顔を出しなさい。…」

 言うことをまるで聞かぬ部下の後ろ姿を見送り、弦朗君はふうっと大きく息をついた。


「……柳の坊ちゃまも気の毒に。せめて鄭のお嬢様とお会いできると良いけれども」

 そう言ったトルグも眉間に皺を寄せている。

「トルグ、もしかして処刑に行き会ったか?」

「ええ、サウレリ坊ちゃまとレツィンお嬢さんを王宮にお連れするときに」

「そうか――」

 弦朗君はレツィンに対し、悲しそうな笑顔を浮かべた。

「この国、この都に着いて初めて目にするのがそのようなものだったとは、何とも気の毒だね。びっくりしただろう」

「いえ……ええ、とても」レツィンは正直に答えた。


「処刑の場に、女の子がいたろう?いや、実は私もその子には会ったことがないのだが、鄭要明の娘で、承徳の幼馴染だそうだ。柳家と、このたび粛清された鄭家は交誼があったはずだが、承徳も哀れな――」

「…あの女の子はどうなるんですか?」

 レツィンは父親の死骸の前で呆然と座っていた少女を思い出しながら、遠慮がちに問うたが、弦朗君は首を横に振るだけだった。単にわからぬだけか、正確にその行く末を予測できるがゆえか――。


 だが、レツィンの新しい主君は気を取り直したのか口元に微笑みが戻り、レツィンの肩口をぽんぽんと叩いた。

「さあ、このようなところで時間をつぶしていても仕方がない。一刻も早く帰ってそなたの旅の埃を落とし、夕餉にしよう。果たして烏翠の食はラゴの客人たちの口に合うかな?」

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