第34話 紫瞳の暗君
「え、
レツィンが宝琴に弟君の話を振ってみると、相手は微妙な顔つきになった。
「…そのこと、他では言わないほうがいいわよ」
「何故?」
宝琴はあわてて周囲を見回し、レツィンを回廊の隅に引っ張っていった。そして、声を落として、
「確かにお気の毒な方だけれども、王にも慈聖太妃様にも
「趙翼様?」
レツィンは急き込んで聞き直した。
「顕錬様づきの筆頭護衛武官だった方よ、知っているの?」
「…御本人は存じ上げないけれど、御子息とは光山府で一緒だったの」
「趙翼様は剣術の遣い手としても有名で、日に夜をついで顕錬様をお守りしていた忠臣だったのに…」
敏の父親の処刑にはそうした事情が絡んでいたのか――。
レツィンは得心すると同時に、趙翼と敏の親子に対し、様々な思いが込み上げてきた。
――敏のお父様は、何があっても王弟君を守り抜こうとなさっていたに違いない。だから敏のことが歯がゆく、物足りなく思っていらしたのかもしれない。でも、たとえ武芸は一歩及ばずとも、敏は敏のやり方で、立派に役目を果たせたであろうに…。
「それにしても、紫の瞳がどうして邪眼なのかしら、あんなにお綺麗なのに」
半ば独り言のようにレツィンが疑問を口にすると、宝琴が呆れた声を出した。
「綺麗?あの色が?」
「宝琴も邪眼だと思うの?」
「うーん……弟君には失礼だけれども、あの眼で見られると身体がすくむの。正直に言って、怖いわ」
「それは、こちらが最初から『邪眼』だと思い込んでいるからじゃないの?それに、宝琴は白烏の妃神様には拝礼するし、ラゴ族の私とも仲良くできるのに、邪眼は駄目なの?」
痛いところを突かれた宝琴は苦笑した。
「それはそれ、これはこれ、よ」
「だって、開国の君も白烏の妃神も、紫の瞳をお持ちでしょう?それに、この国では身分を問わず、まれに
「…それは、今まで『紫瞳の国君』は三人いらしたけれども、いずれも暗君として名を残したのよ。それで、紫瞳を持った国君を立てるには抵抗が強く、そうした公子は
「そんなの…」
紫瞳の国君が暗君であるというのは、たまたま三人そういう王が出ただけで、偶然の一致ではないか――そう反論しようとして、レツィンは黙り込んだ。
たった三人であっても、それは「法則」を作るのに十分な数なのだ。彼女は気づいていた。たとえ「偶々」起こったことでも、人がそう見たい方向に見てしまえば、それは一つの法則になってしまうことを。そして、それが異端や侮蔑の根源ともなり得ることを。
質問攻めが止んだことにほっとしたのか、宝琴は「太妃様の上着を取りに行くところだったから」と手を振り、レツィンからさっさと逃げ出していった。
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