第24話 踏青
弦朗君は家令と図って、レツィン、敏、そして承徳を踏青に送り出してくれたが、レツィンは前夜から楽しみのあまり寝不足となった。昔から、何か楽しいことや大切な行事が待っている前はそうなのだ。
それでも当日は朝早くから厨房で立ち働き、野遊びの食事を用意して籠に詰めた。同じく敏も邸内の清掃を手伝いながら、実家からやってくる承徳を待った。
「いや、ご両人とも待たせて申し訳ない。夜明けとともに
承徳は約束の刻限を大幅に遅れて、こんな言葉とともに光山府に現れた。
「承徳、罰当たりなことを言うものじゃない」
「そんなこと言っても敏、あんな調子じゃ、最後の人間が礼拝するまでに踏青が終わってしまうよ」
口を尖らせた承徳に、レツィンがくすくす笑ってとりなした。
「でも、それだけご子孫が多くて家門が繁栄していることだから、喜ぶべきじゃない?…あれ、ということは途中で抜けてきたの?墓参は?
承徳はひらひらと手を振った。
「兄貴がいるからいいよ、俺が抜けたってどうってこともない。それより今日の昼食は何かな」
籠の蓋に伸びようとする彼の手を、レツィンはぴしゃりと叩いた。
「お行儀が悪いわね、後の楽しみよ」
「で、今日はまずどこに行くんだい?」
敏は何も言わなかったが、レツィンが代わりに答えた。
「敏のお母さまのお墓よ、それから
風はまだぴりりと冷たさを含むが、色とりどりの服装で大路を歩く人々は春の日差しに照らされ、
「承徳、何だお前の服は。どこの
「駄目か?この日のために用意したんだけどなあ」
敏のほうはいつもと変わらぬ地味な服装で、両手に二つの籠を下げている。一つはレツィンがこしらえた昼食、そしていま一つは墓参の供え物である。
「…まったく、荷の一つくらい持ってくれてもいいのに」
そんな調子だから、職務でも周囲と上手くいかないのに決まっている――敏がぶつぶつ言うのもまるで無視して、承徳はただ猫じゃらしを片手に鼻歌を歌うばかりである。レツィンでさえ、小さめの
都の南門を出て二十華里(注3)ばかり行った小高い丘に、敏の母の墓はあった。ふつうこの国の人々は火葬を用いるが、この墓の
「…母子、
「同輩にも恵まれ」の下りで、承徳とレツィンはくすぐったそうな表情をして互いを見た。
「うちの爺さん婆さんたちと同じくらい長い」と承徳が評した礼拝が終わると、敏は振り返って遠慮がちに二人に拝礼を頼んできた。
「家中の者ではないけれども、いいの?」
承徳は珍しく神妙になって拝礼し、次はレツィンの番である。
――敏の母上様、私はいま彼に勉学を習っていますが、彼の教え方はとても上手です。また、光山府のお勤めも一生懸命にこなしているので、出仕後も必ずや彼自身の言葉のごとく働くでしょう。ですから、ご安心ください。
レツィンは土中のひとに向かって語りかけたが、前までは、敏に対してこのような優しい気持ちになれるとは夢にも思わなかった。
***
注1「清明」…二十四節気の第五にあたる。
注2「伶人」…俳優。倡優。
注3「華里」…中国での里程。時代によって異なるが、本作では1里約500mとお考えいただきたく。
注4「幽明」…現世とあの世。
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