第9話 魔王軍としての初陣
「伝令! エリスタ近郊に駐在していた第十魔軍隊と勇者アレクのパーティ及びエリスタのギルド連合軍が砦で衝突! 至急援軍をとのこと!」
朝からやけに城内が騒がしいと思っていたが、どうやら魔王軍の部隊と勇者のパーティ率いるギルド連合軍が正面衝突したらしい。エリスタという街の名前は俺も知っていたが、確か雲を突き抜けるほどの大樹の下に創られた街だったはずだ。エリスタの名産品、大樹の樹皮は驚くほどの柔軟性を持っており、バネの代わりにもなると言われているくらい折れずに曲がるらしい。自然の街とも言われていてとても神秘的な街並みらしいが、その裏では領主が商品の流通の抑制をしていて質のよいものは自分の懐に納めてしまう典型的な悪徳領主という噂を聞いたことがある。
それに目を付けたダスティア様は、その領主をエリスタから追い出せないものかと街の近郊に部隊を派遣させ、砦を建てて様子見させていたのである。悪徳領主から街を解放したとなれば、我々は敵同士ではなく人と魔物が共存できる道を一緒に歩んでいきたいという意見を聞いてもらえるかもしれないのだ。
だがさすがは領主。情報を掴むのが早かったようですぐに大金をはたいて勇者御一行とエリスタの下で結成されたギルドをすべて雇い、こちらに差し向けてきた。
……っていう状況らしいしなーんか嫌な予感がするなー。ここからエリスタまでの距離って徒歩で三日くらいかかりそうだしだいぶ遠いよなー。転移でも出来ない限りすぐに援軍には行けないよなー。
予想通り、そう思ってから時間を待たずにダスティア様から謁見の間に呼び出された。
「タクトさん、あの領主を追い払うことが私たちの目標を成し遂げるための第一歩なのは分かってくれるわよね? すでに一軍を派遣済みだけど、正直間に合いそうもないの。同じ人間を相手に戦えという命令がどれだけ辛いことなのかは私も重々承知してる。でもここで負けたら私たちがエリスタを襲いに来たという誤解だけが残って怨恨を作ることになってしまう。それだけはどうしても避けたいの」
俺の覚悟ならダスティア様に言われる前からとうに決まっている。今ここで逃げても人間と戦うという事実が先延ばしになるだけだ。
「分かってます。早速向こうにいる軍と合流してきます」
俺は急いで愛用の鎧を着た。瘴気によって黒く染まってしまったが性能に影響はない。鎧がちょうどいい感じにフィットしたところで壁にかけてあったヴァルジオを背中に携えて部屋を出た。するとそこには杖を持ったエルハちゃんと高級そうでオシャレな赤い傘を持ったシャルが待っていた。
シャルはいつもと変わらない服装だが、エルハちゃんは首から腹部にかけた部分が白色で腕や足が黄緑色のフード付き軽装型バトルスーツを着ていた。さらに顔がばれないように目の部分にパピヨンマスク的なものを装備している。
準備は整った。
俺たちは手を繋ぎ合い、シャルの転移魔法でその場をあとにした。
「ゼルギス様、前線が押されているようです!」
「ぬう、今すぐワシが前線に出向きたいがそれでは統率が取れなくなってしまう……」
互いの軍がぶつかり合っている音を砦の上で遠くに聞きながら心を痛める男がいた。彼はワーウルフのゼルギスと言って第十魔軍隊を率いる魔王軍幹部の一人である。彼は満月の夜のみ狼人間になるわけではなく、任意で変身したり解いたりできる。力、知能、統率力すべてに秀でたまさに理想の将である。
「前線にいる第一部隊に伝えよ、徐々に後退せよと。第二部隊と第六部隊は迂回し、相手の後方を突き敵の支援部隊を潰せ! 第三部隊と第七部隊は看破されたときのためにいつでも支援できるように準備しろ!」
「承知しました!」
伝達役の魔物が消え、ゼルギスは頭を抱える。
「勇者アレクか。勇者の中でもかなり厄介な者があの街に滞在していたとはな……」
戦いはまだまだ終わりそうにない――。
転移魔法を使った俺たちが最初に見たのは砦の上で部下の魔物に何かを指示しているワーウルフの姿だった。指示を伝え終えたのか部下の魔物は瞬時に消えてしまったが、ワーウルフは頭を抱えているようだった。しかしこちらの気配にすぐに気づいたのか素早く振り向いてきた。彫が深くダンディな顎鬚を携えた顔がすぐさまギョッとした顔に変わる。
「シャ、シャル様!? なぜここにおられるのですか!?」
「久しぶりねゼルギス。でも今は無駄話をしてる場合じゃないわ」
いつになく真面目なシャルの姿を見たが、なんか背筋がゾワッとした。いや、恐怖とか畏怖とかではなくてただ単になんか気持ち悪く感じただけなんだが。
「はっ、申し訳ありません」
片膝をついて謝罪するワーウルフ。
確かゼルギス……だっけ? いやゼルギス様になるのか? 俺の魔王軍での立ち位置がよく分からん。とりあえずゼルギスさんでいいか。なんかダンディなイケメンだし。
勝手に呼び名を決めたところで本題に入る。
「あの、それで戦況は?」
片膝をついたままのゼルギスさんに歩み寄りながら問う。
「お主は……もしや噂のタクトか。ふーむ、なるほど……確かに……いや、今はいらぬ考えにうつつを抜かしている場合ではないな」
途中で言葉を濁したのがこちらとしてはモヤモヤするがゼルギスさんの言っている通り、今はこの戦いに集中して勝利しなければならない。
「戦況は我々が押されている。向こうの戦力は勇者アレクのパーティとエリスタのギルド総動員でかなりの総力だ。そこで敵をかく乱させるため、後方を突いて支援部隊を潰そうとしている最中だ」
なるほど、先ほど見たのはその伝令を伝えていた時だったのか。
しかし相手は赤髪の勇者アレクか、こいつは厄介だな。俺の知っている情報だとアレクの持っている武器は【フォーダル】と言う細剣で、敵と認識した者の癖や弱点を一瞬で見抜けるという代物のはずだ。アレク自身の身体能力も飛び抜けたものだし、生まれながらの剣術才能にチート的な剣の組み合わせはまさに鬼に金棒ならぬ勇者に(こちらが)絶望といったところか。
しかも、脅威なのは何もアレクだけはない。アレクのパーティには他に三人所属しているがこいつらも結構厄介なのである。
一人目はヒューマンのタリオ。彼のこんがりと焼けて鍛え上げられた肉体はまさに思春期の男子の理想そのものだろう。武器は自分の体ほどある大きな斧を屈強な腕力でぶん回すらしい。
二人目はダークエルフのエレナ。褐色の肌に長い黒髪を一つに結って肩の前におろしている。彼女の武器はエリスタの大樹の樹皮で造られた弓で、スキルを使わなくても何百メートルと離れた的を射ることができる。ちなみに目を瞑って射ても結果は変わらないらしい。
そして三人目がエルフのイル。そう、彼女はエルハちゃんと同郷である。扱う武器は杖で、小柄な体ではあるがその身に秘めた魔力は底が見えず、彼女が使うスキルはどれも一瞬で敵を跡形もなく屠るらしい。
簡単に説明したが、どいつもこいつも一筋縄でいかないのがちゃんと伝わっただろうか。まあ勇者のパーティだしこのくらいのメンツが集まるのは当然と言っちゃ当然だが。
とりあえずエルハちゃんとイルをはち会わせるのはマズイな。いくら素顔を隠しているとはいえ同郷の者だ。気配を察知されればバレる可能性だって十分にある。
エルハちゃんは回復スキルを持ってるし、後方で目立たないように援護してもらう役割にまわってもらおう。
先ほどから並々ならぬ覇気をゼルギスさんから押し付けられるように感じているが、この人がアレクと戦ってくれれば楽になるんだけどなあ。
「とりあえず俺たちも前線に出てみます。もし勇者一行とぶち当たったときは援護お願いします」
「分かった。お主たちの邪魔にならぬよう援護しろと伝えておく。本当はワシが行きたいのだが、そうすることができんのでな」
「大将ですもんね」
他愛ない言葉を交わして少しだけお互いの頬が緩んだ。緊張感の中にあっても心に余裕を持たせておかなくてはならない。
俺は緩んだ頬をキュッと引き締め直し、シャルの転移魔法で戦火の中へと飛びこんでいった。
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