第23話 エリスタの戦い(14)
「ぬう、さすがは勇者……ワシの攻撃をことごとく躱すとは!」
「くぅ……っ!」
片腕となったゼルギスさんはそれでも強かった。アレクを追い詰めながらもフォーダルから繰り出される連続突きを見事に避けている。だがゼルギスさんは知らない。攻撃をことごとく躱されている理由がアレクの守護霊によるものだと。月の灯りに照らされた女性はそれはもう美しかった。まるで光を振りまくような滑らかな動きでアレクを守っている。
見とれている場合ではないのだが、視線が自然と釘付けになってしまうのだ。美しい女性に目を惹かれてしまうのは、どの世界においても避けられない男の性なのかもしれない。だがあの守護霊が見えるのは俺だけだ。俺がアレを倒さなければアレクには攻撃が届かない。
「ならばこれなら……どうだっ!」
ゼルギスさんが叫ぶと同時にハウリングにも似た甲高い音が辺りを包み込んだ。空気から伝わる振動が足元から髪の毛の先まで、体のすべてを震わせる。
「うぐっ!?」
アレクは思わず両手で耳を塞ぐ。俺はゼルギスさんとの距離があったおかげで耳がキーンとする程度で済んだが、近距離にいるアレクにとっては耳がキーンとする程度では絶対に済まないだろう。それでもアレクはゼルギスさんを近づけまいとフォーダルから連続突きを繰り出す。
「ぬうっ! これでもまだダメか!」
ゼルギスさんはアレクの間合いに入ろうとしたが、あの連続突きを避けるのが精一杯で攻撃に転じることが出来ない。両腕があればあるいはイケたかもしれないが、その考えはもはや意味を成さない。
仕方ない、覚悟を決めるか。
俺はその場で火力の高い【炎宴】を発動させた。手のひらに生まれた小さな炎はあっという間に大きな火の玉となり、やがて龍を象って俺の腕に巻きついた。
「ゼルギスさん、下がってください!」
「ぬうっ!? 分かった!」
俺はゼルギスさんが飛び退いたのを確認すると同時に、いまだに耳を押さえてながら迎撃しているアレクに向かって炎の龍を飛ばした。大きな口を開けた龍は飢えた獣のようにただひたすらアレクに襲い掛かることだけを考えた。
「くっ……まだ耳が……っ!」
アレクは先ほどのハウリングのせいで思考が正常に働かないのか、炎の龍が食いちぎらんとばかりに大きな口を開けて迫って来ているというのに態勢を整えられていない。どう見てもアレクの反応が鈍っている。確かにあのハウリングは、近くにいなかった俺でも脳が揺さぶられたような気持ち悪さに襲われたから至近距離で食らったとなれば怯むのは無理もない。
すると、怯んだアレクの代わりに守護霊がアレクの前に立ったかと思いきや、両手を大きく広げたではないか。
まさか、俺の【炎宴】を食い止めるつもりなのか……!?
滾るような赤い龍と静の流れを纏う守護霊。正反対の二つがぶつかりあった瞬間、目の前でビッグバンが起きたのかと錯覚するような衝撃が発生し、強烈な風が吹きすさぶと同時に俺の体は後ろへ吹き飛ばされていた。
「いっ……っ!」
立ち並んでいた木に思い切り背中をぶつけた痛みが全身を駆け巡り、内側からのた打ち回るように俺の体に苦しみを与える。
シャルにぶん殴られた時より痛ぇ……っ!
あの時は五メートルほど宙を飛んでいたが、今回は優に二十メートルは吹き飛ばされただろう。骨が折れているかもしれないが、死ななかっただけマシだと考えた方がいいか。
「タクト! 大丈夫!?」
「……大丈夫に見えるなら……お前は真正のバカだな……」
「ななな……なんですってぇ!?」
相変わらずシャルをからかうのは面白いが、今はそんなことをしている場合ではない。木に叩きつけられた痛みでうつ伏せの状態から起き上がることが出来ないが、なんとか顔だけは上げることが出来る。
「アレクはどうなった……?」
「何か見えない力に守られていたのは見えたけど、そのあとに大きな爆発が起きたからどうなったかはあたしにも分からないわ」
このように近距離で【炎宴】を使用すると、対象にぶつかった衝撃で俺自身にも被害が及ぶため、あまり使用したくなかったのだがこれもアレクを追い詰めるための一つの決断だった。
ゼルギスさん大丈夫かな……あの腕じゃ受け身すら取れないんじゃ……あとで謝っとこう。
【炎宴】による熱を帯びた土煙が辺りに充満し、息をするたびに土や砂が口と鼻に入ってくる。あの守護霊がアレクを守っていたが、仮にも俺の高火力のスキルを直接ぶつけたのだ。
これで無傷でピンピンしてたら俺は自分に自信がなくなって絶対泣くからな。フリじゃないぞ! 男でも泣くときは泣くんだからな! っていうかさっきから土煙が目にも入ってきてすでに涙を流しているんだけども。シャルのその翼で土煙払ってくれないかなー……。
俺のそんな切なる思いがシャルに届くわけもなく、風が土煙を攫ってくれるのを待つしかない。体の節々に痛みが走るが、ついでにこの痛みも攫ってくれないものかと淡い願いを抱く。
それから数十秒後、土煙が晴れ始め、状況が分かるようになった。
――アレクが立っている。
「おいおい、マジかよ……」
ただそこに守護霊の姿はなかった。アレクを守ると言う使命を全うし、そして見事にあの窮地から救いあげた。それがアレクがあそこに立っている証拠だ。対する俺は、相変わらずうつ伏せになったまま状況の悪さに握りこぶしを作ることしかできなかった。
勇者が生まれながらにして授かる才能がつくづく羨ましい。ぶつかり合って初めて恨めしいとさえ思えたその力が俺にもあればシャルもエルハちゃんも守れるのに――。
「ボ、ボク……は……まだ……」
ゆっくり、ゆっくりとアレクは歩き始めた。ボロボロになった装備は焦げて黒くなり、片腕を抱えながら足を引きずるように、ゆっくりと前へ歩を進める。その執念を危険と察知したシャルはすぐさま俺の前に立つと、迎撃の態勢を取る。
「誰、より……も……つよ、く……な……」
また強い風が吹いた。同時にアレクの体が風に押され前のめりになり――そして倒れた。
……勝った……のか?
アレクが起き上がる様子はない。あの守護霊もいまだに姿を現さない。
「おーい……アレクくーん……?」
「……」
返事がない、ただの屍――になってもらっては困る!
「シャル! エルハちゃんを呼んで来てくれ!」
「えっ!? わ、分かった!」
ここでアレクに死なれては困る。まずはエリスタの街の人達と友好関係を築くのを目的としたエリスタ解放戦だというのに、連合軍側の象徴である勇者を殺めてしまっては友好関係を築く云々の話ではなくなってしまう。
「あいたたた……タクト、お主大丈夫か?」
ゼルギスさんが頭をさすりながら心配そうな表情で俺の下まで歩いてきてくれた。
「見ての通り、大丈夫じゃないです……ゼルギスさんの方こそ、無事だったんですね」
「こう見えて体は頑丈な方でな。片腕を失ったくらいじゃ死なんさ」
ゼルギスさんはすでに普通の人間の姿に戻っていた。狼人間に変貌した時に着ていた服やらズボンやらがはち切れたせいで大事なところ以外はほぼ裸になっている。
アニメとかでもよくあったけど、大事なところの布だけは破けないってそこだけ相当頑丈に作られてるのかな。今度俺も大事なところの布は絶対に弾け飛ばないのか試してみよう。もし弾け飛んだらモザイク必須だな。
どうでもいいことを考えていること数分、シャルがエルハちゃんを抱えて空からやってきた。
「タクトさん! ひどいケガ……っ!」
「俺より先にあそこに倒れてるアレクを回復してあげて」
「ちょっとタクト!? どういうつもり!?」
「どういうつもりも何も、お前はこの戦いの真意を忘れたのか? ダスティア様は共存の道を歩みたいと言ってたんだぞ。それなのに向こう側の象徴である勇者を殺してどうする。そんなことしたら俺たちの言うことに聞く耳を持たないどころか恨みを買うだけだ」
「うっ……た、確かにそうだけど……」
こいつはたまに突っ走るところがあるのが玉に瑕だな。言い返ればおバカさんなのだが、これを本人に言うのはやめておこう。仮にも魔王の娘だし、俺が灰になる可能性もあるしな。
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