第22話 エリスタの戦い(13)

 おそらく俺がここで走り出して、息も絶え絶えになっているアレクにヴァルジオを振るったところで当たりはしないだろう。何故なら勇者と呼ばれる所以にもなっている、人知を超えたどうすることも出来ない不思議な力が勇者を守るように干渉してくるからだ。だが、それでも俺は走った。当たらないと分かっていながらも走らなければいけない理由が俺にはあった。

 俺たちの目的をなんとしても成し遂げようとする覚悟をアレクに正面からぶつけて倒さなければならない。ただそれだけが俺の体を突き動かしていた。

 俺はステップを踏むように歩幅を調整し、ヴァルジオの届く範囲まで踏み込むとその腕を振り下ろした。やはり予想通り、アレクは息を荒げながらも横に飛び退くことで斬撃を紙一重のところで躱す。……いや、正確にはアレクが躱したというよりも何か見えない不思議な流れに流されるように俺の斬撃がアレクを避けた感触だった。

 俺が振りかざした斬撃が何にも当たることなく地面に突き刺さったと同時に、アレクの後方からゼルギスさんがすかさず襲い掛かる。だがその攻撃も、前方に飛び込んで身を躱したアレクの背中を掻っ切るか否やのギリギリのところで回避される。……いや、今のも何か見えないモノがアレクの背中を押して助けたようにも見えた。

 待てよ……あれはまさか……パッシブスキルか!?

 パッシブスキル。攻撃スキルや支援スキルとは違い、任意で発動するスキルではなく常時発動した状態のスキルである。アレクがパッシブスキルを持っているという噂は聞いたことがない。だが、あの不思議な力の正体と結び付けられる物はそれ以外に思いつかない。スキル名は分からないが、十中八九パッシブスキルであることに間違いはないだろう。


「ホントに負けイベントじゃねえだろうな……っ!」


 もはや冗談の域ではなくなっていた。類稀なる剣術、特殊能力持ちの剣フォーダル、スキルや攻撃を一時的に無力化するスキル、挙句の果てには生半可な攻撃では一切当てることが出来ないパッシブスキル持ち。無理ゲーどころか詰みゲーと言っても過言ではない。一つだけ違うのは、これがゲームの世界の話などではなく現実に起こっている話だということである。命を失えば死ぬ。命が吹き返すスキルなどこの世界には存在しない。

 こう考えている間にもゼルギスさんは片腕を無くしながらも怒涛の攻めでアレクを追い詰めている。しかしゼルギスさんもその怒涛の攻めの代償に、失った片腕から大量の血が流れ出している。止血していた布が変貌によって破けてしまったのが原因だが、あのままではゼルギスさん自身も危険な状態に陥っていくだろう。シャルも空を飛びながら魔弾を発射しているが、ことごとく避けられたり迎撃で突き落とされたりしている。

 三対一という圧倒的有利な立場にいながら力はほぼ同等。ゼルギスさんは手負いの状態、俺は今までの戦いで魔力が底をついているが物理的な面では問題なく戦えている。シャルも先ほどの戦場でイル相手に派手な攻撃の応酬をやりあっていたが、それでもまだ魔力は有り余っているだろう。この状態でアレクと同等だという事実が俺の心を鮮やかに撃ち抜きに来ている。

 考えろ俺。ヴァルジオの特殊能力は使えないが、スタンロッドは使えるし、スキルはまだ使ってないから無力化はされない。とはいえまだ魔力が回復してないからスキルが使えるようになるまであと五分くらいといったところか。しかし五分はあまりにも長すぎる。よってスキルにも頼ることが出来ないと考えた方がいい。となると残った手段は――


「スタンロッドのみ……」


 アレクの間合いに潜り込み、スタンロッドの電流を叩き込む。それしか方法は残っていないが、いったいどうやって攻撃を当てろと言うのだろう。アレク自身も手負いの身となっているとはいえ、フォーダルから繰り出される剣撃の速さは衰えていないし、なにより攻撃しようとすると謎のパッシブスキルによって受け流されてしまう。

 あの風のような流れはいったい――いや待てよ……どうして俺はあの流れが急に見えるようになったんだ? 最初にアレクと対峙した時はアレクを纏うように舞うあの流れは確かに見えなかったぞ。そのあとのヴァルジオの斬撃とフォーダルのぶつかり合いの時も見えなかった。だが、今は確かにアレクを纏う謎の流れが見える。俺はその流れに目を凝らすと、徐々にその流れが姿を変えていくのを見た。全身白のベールに包まれ、長い髪をなびかせて慈愛の瞳でアレクを見守る女性。まるで女神のように神秘的で見た者が思わず膝をついてしまうようなオーラを身に纏っていた。

 あれは……なんだ……っ!?

 女性はアレクと一緒に戦っていた。ゼルギスさんの攻撃を受けながらシャルの攻撃をも受け止めることが出来ていたのはあの女性のおかげだったのか。要はゼルギスさんの攻撃を女性が受け流すことによってアレクの手を少しでも空くように手助けをし、その間にアレクがシャルの魔弾を突き落としていたのだ。

 始めから三対一ではなく三対二だったということか。だが俺が見るにアレクはどうやらあの女性に守られているという自覚がないようだった。もしかしたら俺にしか見えていない、つまり守護霊と似たようなモノなのかもしれない。しかしどうして今更あれが見えるようになったのだろう。今までの行動を振り返ってもただがむしゃらにアレクに挑んで行ってただけだし、別段変わったことは何もやって――


「……あっ」


 ……そういえば一つだけ思い当たることがあった。俺がアレクに向かってヴァルジオの斬撃を放つ前に課金ガチャを回すような感覚で発現したスキルを発動しようとした。あの時は何も起こらなかったから発動に失敗したものとばかり思っていたが、実際はそうではなかったのかもしれない。このスキルはおそらく発動してから徐々に効果が出始める段階を踏むスキルなのである。その証拠に先ほど周りの動きが滑らかに動いているような感覚になったが、あれはこのスキルの効果で反射神経の向上による物だと思われる。本来、反射神経というのは脳に伝達が行くよりも早く筋肉が反応することを指すがこのスキルの場合は少し違うようで、目で見た物に対して反射の速度と同等の速さで脳に伝達し、同じ速度で意識して反応することができるようだ。つまり、反射の時に起こるような不意の迅速な動きを任意で行えるようになったということである。目で見た物に対して迅速な反応ができるというのは、言い換えるなら素早いパンチが飛んで来てもその動きがスローモーションに見え、じっくりと観察した上で回避できるということだ。

 故に通常の人では見ることや捉えることのできない物もこの目では見ることが出来るし捉えることも出来てしまうという結論に俺は至った。そして発動して初めて分かるスキル名に俺は思わず涙を流してしまいそうになった。




孤独こどく切望せつぼう




 それが長い間、ぼっち生活を送っていた俺に授けられた新たなスキルの名だった。これはおそらく人に怖がられたくないという思いで人の目を気にしながら過ごしていた時の経験から生まれたものだろう。他人の突き刺すような視線に敏感になっていた頃の暗い思い出が反射神経向上スキルという形で具現化してしまうとは皮肉にもほどがある。しかし、これで反撃の目処は十分に立った。

 陽はすでに沈み、辺りは顔を出した月のほのかな灯りで妖しく照らされているだけだった――。

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