第21話 エリスタの戦い(12)
「はあああああっ!」
勢いを込めた言葉と共に俺はアレクに向かってヴァルジオを振り下ろす。だが単調なその攻撃はいとも容易く躱されてしまい、空を切る。しかしこれは俺の予想した展開で、アレクはフォーダルの武器の特徴から必ず避けるだろうと踏んでいた。これだけ勢いのつけた剣撃をあの細剣で受け止めようものならかなりの力が必要だし、何より刀身が折れる可能性があるからだ。俺はヴァルジオから一瞬だけ手を離し、すぐさま逆手で柄を持ち直すと避けたアレクに向かって切っ先を突きつける。俺がそんなデタラメな攻撃を繰り出すとは予想していなかったアレクは少し驚いた表情を浮かべ、持っていたフォーダルで下からヴァルジオの刀身を弾いた。この逆手持ちは、通常このような剣では絶対に使わない戦法だし、しかも片手で持っていたため制御があまり利かない状態で、更にそこにフォーダルの振り上げによる過剰な力が加わったことにより、力のない突きはいとも簡単に弾かれてしまったのだ。
だが今の攻撃で時間稼ぎと相手の行動に制限をかけることが出来た。アレクの後ろからゼルギスさんが飛び上がり、鋭い爪を態勢の整っていないアレクに向かって振りかざした。
「……ふぅっ!」
アレクは瞬時に左手を地面に付けると、息を吐くと同時に左手と足に力を入れてまるで猫が不意打ちを食らった時のように後ろに飛び退いてゼルギスさんの攻撃を躱した。
だがここで相手に休ませる暇を与えてはいけない。俺はヴァルジオを通常の持ち方に戻し、アレクを追った。
【対象:アレク。斬対象:アレクのみ】
追いかけながら頭の中でヴァルジオに伝達し、黒い瘴気が放たれるのを待った。全力で勝ちに行くにはもうこれしかない。アレクとの距離は十メートルほどあるが、ヴァルジオの特殊能力の前では距離など関係ない。
「おらあああああっ!」
俺はアレクに向かって全力でヴァルジオを振り切った。衝撃波にも似た風のうねりを感じながら、ヴァルジオの見えない斬撃をアレクは直感で感じ取り、すぐさまフォーダルを突き出して切っ先で受け止めようとする。だが、アレクが思っている以上に威力を持った斬撃はジリジリとアレクの踏ん張りを利かせている両足を後退させていく。ヴァルジオの斬撃とフォーダルの切っ先が交錯している場所は激しく火花を散らし、地面が抉り取られていた。あまりの衝撃のぶつかり合いに渦巻く風がお互いの体に吹きすさび、目を開けているのもやっとというほどだ。
「な、なんですかこの攻撃は……っ!」
おそらくアレクは今まで色々な人や魔物と戦ってきたが、見えない斬撃を繰り出す相手とは出会ったことがなかったのだろう。まあ実際この特殊能力のことを知っているのはクーラの街の人達だけで、他の街の人には『クーラには悪魔がいる』という噂しか流れてないのだからそりゃあ知らないで当然だ。いくら俺自身の弱点をサーチしたとしても、ヴァルジオのことまでは把握できなかったとなればこちらにかなりのアドバンテージがある。ただ、そのアドバンテージもこの斬撃によってアレクに特殊能力の存在を知られてしまったからには、おそらくフォーダルの特殊能力でヴァルジオもサーチできるようになったはずだ。なんとしてもこの斬撃でアレクを戦闘不能にさせなければ。
「よくやったわタクト! あとはあたしに任せなさい!」
吹きすさぶ風でまともに目を開けられないが、俺の頭上から聞こえた声の主に視線を向けた。
――黒パンツか。
いやちがーう! 見るとこそこじゃなーい! 俺にラッキースケベスキルなんてないから! もうホント集中力切れるからやめて!
くそっ、黒パンツが目に焼き付いて離れないがあのパンツからしてシャルか。決して俺は悪くない。真上にいるシャルが悪い。ああいや、それよりもパンツ……じゃなくて戦闘に集中だ。なんとかアレクを押してはいるが決定打にはなっていない。
だがこの荒れ狂う風に乗って赤い花びらが舞っているのが見えた。おそらく頭上でシャルが再び【血染めの鎮魂華】を発動したのだろう。次の瞬間には俺の耳を聞こえなくするほどの轟音が轟いた。
「くっ……ううぅぅぅ……っ!」
さすがのアレクも俺の斬撃を受け止めながらシャルの魔弾を避けきるのは不可能だろう。あいつに残された選択はどちらかの攻撃をまともにくらうか、どちらの攻撃もまともにくらうかの二択だ。
「一旦後ろに下がるしか……っ!」
「おっと、ワシもいることをお忘れかな?」
「なっ!?」
この強風の中、ゼルギスさんはいつの間にかアレクの後方を取り、避けさすまいと退路を塞いでいた。すでにアレクの目の前にまでシャルの魔弾が襲いかかっていた。
「くぅっ……ボクはっ……ボクはぁぁぁぁぁっ!」
追い込まれたアレクが大きな叫び声をあげたかと思いきや、俺の視界は真っ白に包まれた。決して全滅したわけでもないし、純白なパンツが飛んできて顔に貼り付いたわけでもない。ただ、目の前にいたアレクを中心に光が発生したのだ。吹きすさぶ風と眩い光によって、俺は完全に目を閉ざした。
――数秒ほど経っただろうか。耳を思わず塞いでしまうような轟音はすっかり聞こえなくなり、不気味なほどの静寂が辺りを包んでいた。
一体何が起こったんだ?
俺は状況を理解しようとゆっくりと目を開けた。さまざまな攻撃の交錯により地面は深く抉れ、そこに生えていた草花は跡形もなく消し飛び無くなっていた。先ほどとは違う穏やかな風が巻き上がった土煙を静かに運び去っていく。その土煙の中から姿を現したアレクは息を乱しながらもしっかりと二本の脚で立っていた。
唐突に俺の心を満たしたのは得も言われぬ焦燥感。確実に退路を断ち、全力とも言える俺の一撃とシャルの魔弾連射の一斉攻撃をもってしても、尚倒れぬ相手に俺はただただ呆然とし、そして心の中でアレクに賞賛を送った。
「……っ! ……はぁ、はぁ……ボ、ボクは勇者だっ……父上に、誰にもナメられない勇者、にっ……なれとっ、言われた……勇者だ……っ!」
装備している鎧や首に巻いたマフラーのような物もすでにボロボロの状態となっている。土煙で汚れた顔はまだあどけなさが残るも、その瞳には確かな熱を感じた。その熱によって俺の体が熱気に曝されていると錯覚するほどにだ。
【
くそ、こうなることを避けるために早々にケリをつけようと思ってたのに、勇者相手だとやはり生まれながらにして授かった運命力に負けてしまうのか……。
前にも話したが、勇者というのは運命に導かれてその軌跡を辿っていく。目に見えないそれが引き起こすさまざまな可能性を予測することなど、宇宙の星の数を言い当てることくらい不可能なことだ。
これがもしゲームだったら俺は迷わずこう思うだろう。
――負けイベントかな?
ゲームに登場する魔王軍幹部たちがことごとく勇者に負ける理由が分かった気がする。――いや、出来ることなら一生分かりたくなかったのだが。
「タクト! 何をボーっとしておる! こやつを倒すなら今しかないぞ!」
俺はゼルギスさんからの呼びかけにハッと我に返った。
そうだ、見るからにアレクは疲弊している。ヴァルジオの特殊能力は封印されてしまったが、俺にはまだ残された手は十分にある。それに何やら先ほどから少しずつ視界が鮮明になっているような気がする。いや、鮮明になっているというか少しずつ周りのモノがなめらかに動いていっているような感覚と言った方が正しいか。これが何なのかはよく分からないが、俺はこの違和感を振り払うようにスタンロッドとヴァルジオを両手に走り出した。
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