第20話 エリスタの戦い(11)
特に合図があったわけではなかった。少し強い風が吹いたと同時にアレクの姿はすぐ俺の目の前まで来ていた。
「ちぃっ!」
小手調べと言わんばかりに切っ先を突き出して俺に襲いかかる。咄嗟にヴァルジオの刀身でいなし、フォーダルの切っ先はその刀身を流れるようにずれ俺の顔の横を掠める。すかさず仕舞っていたスタンロッドを掴み、アレクに向かって振りかざした。アレクは身を捩じるように一回転して回避すると同時に、回転によって速度のついたフォーダルを横から切りつけるように薙いだ。咄嗟に頭を屈めることによってフォーダルは俺の上を空振りしていったが、俺の回避の仕方を予測していたのかアレクはすかさず頭を屈めた俺の脳天に向かってフォーダルを突き出す。アレクの速さほどではないがすでに迎撃の用意もしていたことも功を奏し、すかさずスタンロッドをフォーダルに向けて振り上げて弾き、切っ先の軌道をずらすことに成功した。
気を抜けば死を免れない一つ一つの攻撃になんとか対応できてはいるが、守るのが精一杯で攻撃に転じる機会がほとんどない。俺のヴァルジオは言ってしまえば量産されているような普通の剣と同じフォルムだ。対してアレクの扱うフォーダルはレイピアのような細剣であるから、重さによる体力消耗の量や剣撃の速さもあちらの方が有利である。
「タクト! 頑張って避けなさいよ!」
突然、空からシャルの声が聞こえた。見上げるとアレクの後ろで傘の先端をこちらに向けて赤い光を集約させているシャルが目に入った。
「えっ、ちょ、おま……えええええっ!?」
俺が一瞬で理解したのは、シャルが俺の至近距離にいるアレクに向かって【血染めの鎮魂華】を再びぶっ放そうとしていることだった。
あいつはアレクに指摘されたことを聞いてなかったのか? そのスキルまだ完全に制御できてないんだろ? そんなもん使われたらまた俺に死亡フラグ立っちゃうじゃん。いやもう立ってるのか。
「だぁちくしょうっ!」
俺はすぐにその場から飛び退き、アレクとの距離を取った……はずだったのだが。
「どうせなら一緒にあのスキルを受けてみましょう。ねえ……タ・ク・トさん?」
「なっ!?」
後ろに飛び退いた俺についてくるようにアレクも挑発的な言葉を投げかけながらこちらに飛び込んできた。
こいつ、俺を巻き込むつもりか!?
無情にも空中にはすでに大きな薔薇が咲いており、そこから射出された魔弾がこちらに向かって飛んできていた。
俺は左足を前に出し右足を後ろに引き、迎撃の態勢を取る。対するアレクも俺の横に並ぶと、同じように迎撃の態勢を取る。この場面だけ見るともはや誰が味方で誰が敵なのか分からなくなる。俺は出来るだけ被弾しないようにヴァルジオを盾にするように構え、スタンロッドで弾く作戦を決行する。だが、思いのほかシャルがあのスキルを制御できているのか、それともたまたまなのか俺の方には思ったより魔弾は飛んで来ない。だが俺の隣では先ほどと同じように優雅な剣捌きで次々とシャルの魔弾を突き落としている。
俺の方にも魔弾が飛んで来ているとはいえ、この状況ならアレクに攻撃できるのは? いやだがそれは……さっき自分で「戦場において卑怯なんてものは存在しない」と言ったばかりではあるが、例えそれで勝ったとしてアレクに俺たちの覚悟を指し示すことは出来るのだろうか。俺がアレクの立場だったらそんな手で勝たれても納得はしないだろう。いや、この戦いはあくまでエリスタを解放するためなのだから卑怯などとは言ってられないのは確かだ。あとは俺がそれを許せるかどうかなのだが……やはり許せない。正面から戦ってアレクに打ち勝たなければいけない気がする。
そう考えながらシャルの魔弾を必死に迎撃し、なんとかその場をしのいだ。
何故俺は味方と戦っているんだ。
迎撃し終えたあとに浮かんだ気持ちはただその一言だった。
「おいこらシャルゥ! お前ふざけんなよぉぉぉっ!?」
「う、うるさいわね! いいでしょ結果的に当たってないんだから!」
「結果的にアレクにも当たってないだろうがぁぁぁぁぁっ!」
そう、相変わらず俺の隣に構えているアレクはまたもやシャルの魔弾を全て迎撃し、無被弾でやり過ごした。俺が肩で息をしているというのに、こいつは爽やかな表情で凛々しく突っ立っている。あのバカ娘のせいで体力を物凄く持ってかれたが、魔力は使用してないし少しだけ蓄えることができた。
「ふう……精度は微調整したようですが、まだまだ改良が必要そうですね」
「きぃーっ! むかつく! むかつくわ!」
空中で地団駄を踏んで悔しがるシャルに対し、アレクのこの余裕の表情である。
しかし、それを見かねてか誰かの渋い声がシャルの足元から聞こえた。
「シャル様、ここはワシにお任せを」
第十魔軍隊を率いる大将にして魔王軍幹部の一人である軍将――ゼルギスさんだった。左腕を無くし、止血のために着ていた服の一部を破り腕を縛っている。顔に付いた血と汗により表情が一段と優れないように見える。
「魔王軍幹部の一人、ワーウルフのゼルギス……ですか」
アレクの雰囲気がまた変わった。それもそのはず。ゆっくりとこちらに近づいてくるゼルギスさんの姿が人間から狼人間へと変貌していたからだ。体長は二メートルほどだろうか。ゼルギスさんの全身の筋肉が徐々に膨れ上がっていき、茶色の毛に覆われた姿へと変わる。顔も狼のようにぎらついた目に長い鼻になり、着ていた服も体の変化により破けていく。止血していた腕も体の変化により血しぶきをあげていたが、ゼルギスさんはお構いなしといった様子だ。
「この姿になったはいいものの、やはり片腕がないのは少々厳しいか……ワシがこう言うのもなんだが、お主も手伝ってくれ」
お主とは俺の事である。了承の意味も込めて俺はすぐさま隣にいるアレクに体の正面を向け、ヴァルジオとスタンロッドを構える。
「いいでしょう、いくら魔王軍幹部とはいえ手負いでは二人がかりでもボクに勝てませんよ」
「ぬかせ。たとえ片腕でも利き腕さえ残っていればワシの一撃は十二分にお見舞いできる」
見たところゼルギスさんは武器を持っていないようだが、よく見ると何も持っていない手の爪はすべて長くまるで鎌のように鋭利な形をしていた。なるほど、あれが武器か。
そういえば俺も新しいスキルを発現したけど、その効果がいったいなんなのか使ってみないと分からないんだよな。
発現したスキルは本来スキル屋で習得していないと使用することはできないが、前にも言ったように習得してなくても五パーセントの確率で発動することがある。その確率はだいたいソーシャルゲームの課金ガチャの最高レア度を引くのと同じくらいだから高いのか低いのか曖昧なところではある。とりあえずやばそうな状況だし一か八か発動してみるか。
「……」
……何も起こらない。まあ課金ガチャを単発で回してるようなもんだし仕方ないっちゃあ仕方ない。あわよくばこの新スキルが打開策になればと期待したのだが、世の中そんなに甘くはなかった。無駄に大事な魔力を消費しただけで終わってしまった。
こうなったら実力で挑むしかない。幸い、ゼルギスさんというなんとも心強い味方がいるし、俺自身の力もアレクに通じないわけではない。元冒険者が魔王軍幹部と共に勇者に挑むなんて、ゲームじゃそうそうない設定だろうしなんか燃えてきた。
「勇者アレクよ! ワシの渾身の一撃……受けてみよ!」
ゼルギスさんがアレクに向かって走り出したと同時に俺も地を蹴りアレクに飛びかかった。
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