第19話 エリスタの戦い(10)

 もうなんか俺がついていけるレベルではない気がした。強化スキルで敏捷に極振りしたとしても、あの高速突きを全て避けきれる自信はない。というかきっぱりと無理と断言する。

 あと一つだけ言わせてもらいたいことがある。シャルが大きな薔薇を発現させ、ガトリングガンのように花弁を魔弾としてアレクに向けて撃っているのは百も承知している。だが位置関係を思い返してみてほしい。俺から見たら真正面にいるのはアレクでその更に後ろにいるのがシャルとゼルギスさんという位置関係になっている。実際、アレクが俺の方に振り向いたことでシャルに背を見せる形となり、攻撃を開始した。だが待ってほしい。アレクはあくまで自分に被弾しそうな魔弾だけを突き落としているのであり、その他の魔弾はアレクの横や上をすり抜けていく。するとすり抜けた魔弾の行き着く先はどこだろう。そう、俺だ。残念なことに俺の魔力はまだ回復していない。だから【揺るがぬ体軸】も使えない。


「ちょ、あぶっ……あぶなっ! うごぁぁぁ……っ!」


 案の定というか必然というか……回避行動を取ったところで生身の状態ではすべてを避けきることなど出来るはずもなく、ものの見事に魔弾が腹部にクリーンヒットした。鎧のおかげで魔弾は貫通することはなかったが、まるでゴム弾を至近距離で撃たれたくらいの衝撃を受け、危うく味方の誤爆で死ぬとこだった。


「うぐぅぉぉぉ……っ!」


 尋常じゃない痛みが腹部に襲いかかってきた瞬間、俺は立ってなどいられなかった。言ってしまえば全力で股間を蹴り上げられた時のような身動き一つ取れずその場にうずくまる感覚。男に生まれてきて一番嫌だなと思ったことはなんですかと問われれば、迷わず股間を強打した時の痛みを感じることと答えるだろう。

 いかん、しばらく動けんぞ。せめてシャルがあの魔弾を撃ち終わるまでに回復しなければ。

 アレクは苦も無くあの怒涛の勢いで飛んでくる魔弾を正確に、より速くフォーダルを突き出して応戦している。その動きはまるで旋律をまとめる指揮者のように優雅なものだった。

 しばらくすると、あれだけ轟音を轟かせていた一帯に静寂が戻った。シャルのスキル効果が切れたのだ。対するアレクは見事に無傷でやり過ごし「ふう……」とため息をつくのが見えた。周りには赤い花弁がひらひらと舞い、地に着くなり砂が風に攫われるように消えていった。


「大したスキルですね……ですがボクは貴方の弱点や癖をすでに把握している。今のスキルを見る限り、貴方……力を完全には制御出来ていませんね? もしも完全に制御できていれば、ボクの後ろでうずくまっている彼には当たりませんもんね?」

「ぐっ……こ、これは計画の内よ! あいつに当てたのもワザとだし!」


 おいこらふざけんな。言ってることが無茶苦茶すぎるだろ。なんだ計画って。そしてなんで計画の中に俺にワザと当てるっていう意味のない内容が含まれてるんだよ!


「なんと……彼に当てたのは計画だったのですか!?」


 ああそうだったー! この子そういう子だったー! いやいや普通勇者との戦いってこう……もっとシリアスな感じになるんじゃないの!? 今までの戦いかなりシリアスな雰囲気が漂ってた気がするんだけど!

 待て待て俺、気を引き締め直せ。もう慢心はしないと誓っただろう。こんな雰囲気だけどゼルギスさんの左腕は持ってかれてるんだから十分シリアスじゃないか。

 だんだん腹部の痛みも治まってきたし、もう立ち上がることはできる。


「へへっ……アレク……お前はもう俺たちの計画通りに動いている」

「う、嘘です! ボクが敵の策にハマるなどあり得ません! 苦し紛れの言い訳でしょう!」


 勇者アレク。生まれながらにして授かった類稀なる剣術と、特別な能力を宿した剣フォーダルの組み合わせの前では敵はいないと評された勇者。だがそんな勇者にも欠点があった。

 ものすごく騙されやすい性格であるということだ。

 アレク達は知能の低い魔物ばかりや賊と戦ってきた。故にただ討伐するだけでいい敵とは言葉を交わす必要もない。アレクの欠点についてパーティである三人は知っているのであろうが、人と交渉するときはエレナあたりが代人として立つため、今まで人々にアレクの欠点を知られることがなかったのだ。

 俺自身、超がつくほど嘘が下手なのは過去のことからも明らかであるが、そんな俺の嘘でさえ真に受けるアレクは真の純粋な心の持ち主なのだろう。ここで畳み掛けてしまえば戦わずして勝利できる可能性は十分にある。


「じゃあお前は俺が『痛む演技』をしていたことに気付いたか?」

「なっ……!? 痛む……演技っ!?」

「えっ、あれ痛む演技だったの?」


 おい、お前まで俺の嘘に引っかかってどうする! いかん、今のシャルの発言でアレクが「え、貴方は知っていたのでは?」みたいな顔してるじゃないか!

 実際は死ぬほど痛かったが、ここはクールな表情を装わないといけない。ただ説き伏せる相手が二人になったのがとても面倒だが。


「二人共演技すら見抜けないとは俺の演技力も捨てたもんじゃないな」


 マジで痛みに耐えてたから迫真の演技に見えるのは当たり前だ。俺はそれを顔に出さないように慎重に言葉を続けた。


「さて、勇者アレクよ。お前は既に俺たちの計画の上で踊る人形だ。だが、いったん休戦して俺たちの話を聞いてくれれば解放してやる」

「くぅ……卑怯ですよ……っ!」


 なんだこのとてつもなく扱いやすい勇者は。ホントにこれが噂に聞く勇者アレクなのか疑問に思えてくるが、赤髪に青い瞳、何よりフォーダルを持っているから間違いなくアレクではある。でもなんか仲間がいないと……ポンコツすぎないか。今までの話の流れからして俺が支離滅裂な嘘をついているのは誰が聞いても明らかなはずなのに、アレクどころかシャルまで頭の上に?マークが浮かんでそうな表情でこちらを見ている。

 お前が計画とかテキトーなこと言ったから乗ってやってんのに……!

 いやもうこの際、あいつは無視しよう。口さえ挟まれなければアレクに嘘だとはバレない。とにかく今はこちらの話を聞いてもらうことが優先だ。


「戦場において卑怯なんてものは存在しない。さあ、俺の話を聞くか、聞かないか……どっちだ?」

「……分かりました。話を聞きましょう」


 よし、これでこちらの事情をアレクに説明することができる。俺はエレナに言った時と同じように、俺たちがエリスタを堕落した勇者や悪徳領主から解放しようとしていること、人と魔物が平等に共存できる世界を創ることを目的として戦っていること等、こちらの意志を全て伝えた。

 アレクは魔王軍である俺の口からそんな言葉が飛び出るとは思っていなかったようで、少しだけ動揺していたがすぐに冷静さを取り戻した。


「魔王軍が……本気でやろうとしているんですか……?」

「本気だ。エリスタを解放し、人と魔物の平等共存宣言を民衆の前で掲げることが目的に向けての最初の足掛かりになる」


 すでに太陽は地平線に沈みかけ、辺りは薄らと黒い帳が下りかかっている。少し冷えた風が足元を流れていき、砂煙を立てる。


「確かに理には適ってはいます。あんなに美しい街並みでも、見えないところでは重税のせいで貧困に飢えている人はたくさんいます……ですがボクは勇者です。勇者であるボクが『そうですか、ではエリスタを制圧してください』なんて言えると思いますか?」

「……言えないな」


 当たり前の事だった。俺たちの目的をアレクに話したことろで何かが変わるわけがなかった。いや、もしかしたら少しだけ何かが変わると信じていたのかもしれない。信じていたからこそ俺たちのことを理解してもらいたかった。


「……もし、本気でそれを成し遂げたいと言うのなら、その覚悟をボクに全力でぶつけてください。ボクを倒すことができればおそらくエリスタは陥落するでしょう。遠慮はいりません。全員でかかってきてください」


 アレクの青い瞳の中に映る俺はいったいどんな表情をしていたのだろうか。戦慄、呆然、困惑、陰鬱、驚愕……すべてがグチャグチャに混ぜ合わさったような表情だったのかもしれない。

 少し遅れてアレクの言葉の意味を理解した俺は、ヴァルジオを強く握り直した。


「やっぱこうなるのか……っ!」


 なんとしても回避したかった勇者アレクとの交戦。だが無情にもアレクとの最終決戦の火蓋を切られてしまった。

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