第24話 エリスタの戦い(終)
その後は怒涛の展開だった。エルハちゃんに回復してもらった俺はすぐにシャルの転移魔法で戦場へと戻った。だが連合軍側のエースとも言える勇者のパーティが全滅したことにより敵の士気は低下。敗色濃厚と見た連合軍側の多数は蜘蛛の子を散らすように散開していき、中には自分の命欲しさに降伏をしてくる者もいた。こうなってしまってはもはや連合軍に俺たちを止める術はなく、エリスタになだれ込んだ後に領主の屋敷を包囲し、そして制圧した。
「ひっ……ひぃぃぃっ! い、命だけは……命だけはぁぁぁっ!」
宝石が豪華に散りばめられた装束を身に纏った小太りの領主は、尻もちをついて物凄く怯えていた。
こういう悪人に関してはゲームと変わりないのな……。
「いますぐこの街から出ていけ。そうすれば殺しはしない」
俺は出来るだけ怖い顔をして領主を睨みつけた。もちろん、本物の殺気も込めてだ。
「ひぃぃぃぃぃっ!」
領主は足をもつれさせながら俺の横をすり抜けていき、部屋から姿を消した。
――これですべてが終わった。
それを実感した瞬間、急に体の力が抜けていき、俺の視界がだんだんと暗くなっていくのを感じた。長時間に及んだこの戦いをほぼ休憩なしで戦い抜いたことによる疲労感を抑えていたものが、安堵という感情によって一気に溢れ出してきたのだ。
俺は体が倒れていくのを感じながら、意識を失った――。
――柔らかい。
暗闇の中で最初に思ったのがそれだった。
なんだこの暗さは……ってああ、目を瞑ってるから暗いのか。なんか額も冷たい感覚があるし何が起こっているんだ。
俺はパチリと目を開いた。まず目に入ったのが小さな白いテーブル。その上には氷水の入った透明なボウルが置いてある。
何だこの部屋は……そしてなんで俺の顔は寝ころんで横を向いた状態と同じ向きなんだ……。それにさっきから顔に当たるこの柔らかさはいったい――。
「あ、タクトさん。おはようございます」
「うぉう!? エルハちゃん!? お、おはよう?」
突然視界の中に誰かの顔が出てきてビックリしたが、それは俺の顔を覗き込んできたエルハちゃんだった。
ちょっと整理をしようか。まず俺は横になって寝ているだろー。で、エルハちゃんが上から覗き込んできただろー。そして俺の顔には何か柔らかいモノが当たってるだろー……膝枕だこれぇっ!
男ならば一度は経験してみたいシチュエーションではなかろうか。
この太ももの感触がダイレクトに伝ってくるこの感覚がものすごくたまら――
「じゃなぁぁぁぁぁい!」
「あっ」
俺はエルハちゃんの膝枕から逃げるように勢いよく起き上がった。
危ない危ない、思わず欲望に忠実になるところだった。しかしこれでエルハちゃんに迷惑をかけ――なんでちょっと悲しそうな顔をしてるの? なんでそんなうるうるした目でもう一度寝ろと言わんばかりに膝をポンポン叩いてるの? もしかしてエルハちゃんも案外乗り気……?
据え膳食わねばなんとやら……いやなんか意味が違うような気がするけど、お互い同意の下ならもう一回膝枕しても問題ないよな? な? な!? と、いうことでお邪魔しまーす!
もう一度エルハちゃんの太ももに顔を埋めようとした、その時だった。
「タクトー! 起きてるー!?」
「どわっしょぉぉぉぉぉい!?」
いきなり開いたドアの音に俺の心臓は跳ね上がり、まるで体中を巡る血液の速度があがったのかと錯覚するほど鼓動が速くなっていた。
「……何か悪い物でも食べたの?」
冷や汗を流しつつ視線の泳いでいる俺を見てちょっと引き気味のシャル。
「悪い物は食べてない……むしろ良いモノだった」
「ふうん……まああんたが悪い物を食べようが構わないんだけど」
「おいこら」
「それよりもゼルギスがあんたに話があるって。重要なことらしいから急ぎで」
ゼルギスさんが俺に話したいこと? いったいなんだろう……くそう、もう一回膝枕できる機会を逃したのは血涙を流してもおかしくないほどの悔しさが残るが、まあ一回でも味わえたからいいか。
「分かった。すぐ行く」
俺は急いでゼルギスさんがいる部屋へと足を運んだ。ドアをノックし入ると、片腕に包帯をしたゼルギスさんがイスに座っていた。
「おう、来たか。まあ立ち話もなんだ。お主も座れ」
言われた通り、俺もイスに座るとゼルギスさんは神妙な顔をしながら話を切り出した。
「タクト……お主は黒いパンツを……どう思う?」
「……はい?」
パンツって言ったか今? いやいやさすがに聞き間違いだよな……超ダンディな真顔でパンツがどうとか言うはずがない。
「えっと、今なんと?」
「お主は黒いパンツをどう思う?」
あー! 俺の聞き間違いじゃなかったー! ダンディな顔してパンツって言うギャップにどうツッコミを入れていいのか分からなーい!
「いやどう思うも何も……どうしたんですか急に」
「いやそれがな。昨日の勇者アレクとの戦いでシャル様は飛びながら戦っておっただろ? その時チラッと下着が見えてしまったのだ。もちろん見るつもりはなかったぞ? シャル様もお年頃だからああいう下着を身に着けるのはまあ分からんでもない。だがワシとしては節度を持ったもう少し控えめな下着を穿いた方が良いのではないかと思ってな……」
「はあ……」
……父親か! え、何、重要な話ってこのことなの? 急ぎの話ってシャルのパンツはもう少し控えめなのがいいのではないかという議論?
「いや、俺はあのままでも良いと思います」
俺は俺で何言ってんだ。何二人して真面目な顔でイスに座ってんだ。誰かが聞いてるかもしれないし、こんなくだらない話は早急にやめるべきだ。
「チラリズムで見えるのは白が一番ですが、あからさまに見せられたとしても妖艶に見える黒もなかなか捨てがたいと思います」
「だがシャル様はワシから見ればまだ子供……今から非行に走られては困る」
「大丈夫です、俺が見張っときますんで」
いやだから何の話をしてるんだ。なんで頭ではくだらないって思ってんのに口からは次々と言葉が射出されんの? もしかして【孤独の切望】を使用したことによる弊害? もしそうなら今後このスキルを使用するのめっちゃ躊躇うんだけど。違うよね、誰か違うって言って欲しい。
「まあお主がそこまで言うなら……」
ゼルギスさん、さっき俺チラリズムうんぬん言ってたけどそんな奴に任せて大丈夫なのかい。いや見張るのは確かだけども。
とにかく、これは重要な話ではない。……需要のある話ではあるが。
「じゃあ俺はこれで」
「待て待て。まだ重要な話をしていない」
「えっ、今のパンツ議論がそうじゃなかったんですか?」
「いやいや、それを重要な話と称してお主を呼んだとしたら、ワシがただの変態みたいじゃないか」
正直そう思ってましたすいません。
だがパンツが重要な話ではないのだとしたら、いったいなんだと言うのだろう。再びゼルギスさんが真顔になる。
「実はお主に頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「うむ、このエリスタを正式に解放するための解放宣言を民衆の前で行いたいと思っている。我々がここを占拠してから、民衆は何をされるのか不安で仕方がないだろう。その不安を解消するためにも一刻も早く解放宣言をしなければならない。そしてお主を呼んだのは他でもない、お主の口から解放宣言をしてもらいたい」
「あっ、はい……ええええええええっ!?」
先ほどとは違い、あまりにも重要な話だったことに思わず面を食らった。何よりも俺が街の人々の前で演説をしなければならないことに俺は動転した。
誰かー! 俺に大勢の人前で話せる勇気をくださいー!
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