第25話 エリスタ解放宣言
大勢の人の前で演説をするのはいつぶりだろうか……と考えてはみたものの、これまでの人生においてそういう機会が一切なかったことを思い出し、一人愕然とする。
生徒会の奴らとか凄かったんだなー……。
俺は今、領主の館の玄関前に広がる大きな庭に立っていた。そして俺の前には数えきれないほどの群衆が立ち並び、不安な表情でただ俺だけを見ている。そう、結局俺はゼルギスさんからのお願いに首を横に振ることが出来ず、しぶしぶ承諾してしまったのだ。
「お主であればワシが演説するよりも民衆の警戒心は薄れるであろう。何、自分から素性を明かす必要はないが、民衆がお主の見た目を見ればヒューマンだということは容易に分かるだろう」
いや、ゼルギスさんの人間の時の姿でも十分いけると思うんですけど……と言い返したくなったが、その言葉は呑みこんだ。
いざ大勢の人の前に立つとなるとやはり緊張が全身を駆け巡るようでなんだかとても落ち着かない。こういう時は人という字を手のひらに書いて呑むといいとよく言うがあれは全然効かない。何故ならここに立つ前にちゃんと呑みこんだというのに緊張が止まらないからだ。
やばい、緊張しすぎて膀胱にダイレクトアタックしてきた。
さすがにこの歳になって大勢の人の前で漏らすなんて自殺ものだし、何よりド変態の烙印を押されて世間から一生消えない歴史として語り継がれるだろう。
「あー、えー……こ、この度はお集まりいただき誠にありがとうございます……?」
やばい、うろ覚えの敬語で話したけどこれで大丈夫なのか!? あ、なんか皆ヒソヒソ話始めてる! うわなんか間違えたかな!? めっちゃ恥ずかしいんだけど!
「あ、あの……いや、えっと……本日はお日柄もよく――」
いや全然関係ないこと喋ってるよー俺ー! 披露宴? 披露宴なのこれ!? 誰の披露宴だこれ!
いかん、かなり動揺してるせいで皆の視線が疑心となって俺に突き刺さってくる。俺は涙目になりながら先ほどゼルギスさんとの打ち合わせで渡された紙を取り出し広げた。
「えー……この街エリスタで悪事を働いていた領主は我々魔王軍の手により追放した。えー、我々がこの街を制圧したことで不安な気持ちが募っているであろうが、貴方方に決して危害を加えるつもりはない。我々はただ、この世界の在り方を変えたい。どちらかが勝利し、どちらかが敗北するのでなく、貴方方と我々の間で上下関係のない、平等な立場で共に歩んでいく世界を創り上げたいと我々は本気で思っている。故に貧民にさえ重税を課し、さらには物品の流通を制限し、我が物としていた悪質領主からエリスタを、すなわち貴方方を解放するよう魔王様が直々に命令を下した。よって領主がいなくなった今、我々は今ここにエリスタ解放宣言をする! 貴方方は自由だ!」
紙に書いてあったことを読み上げただけだが、それでも思わず疲れによるため息が出てしまった。顔をあげると皆色々な表情を浮かべていた。困惑する者、笑顔を浮かべる者、疑心に満ちている者、泣いている者……エリスタを領主から解放するという任務は無事達成することができた。だが、今のこの状況を見て、俺は自分の言葉で何かを伝えたくなった。紙に書いてあることではなく、自分自身が思ったことを皆に。
「えーっと……ここからは俺の勝手な意見なんですけど、まず始めにこの戦いにおいて少なからず死傷者は出ました。どちらの軍か問わずに。それが親友や家族であれば恨むのも当然です。それに関しては申し訳ないと言う他ありません。ですが、憎しみが憎しみを生んでいるのはそもそもこの世界が対立の図式を昔から示しているからです。皆さん、今の世界は本当に正しいのでしょうか? 勇者とは名ばかりの穀潰しが皆さんの税で何の苦労もなく暮らしているこの世界が本当に正しいのでしょうか? 我々魔王軍の言うことなんて信じることはまだ出来ないでしょうが、一つだけ言いたいのは俺は元冒険者でそちら側にいた人間です! 今は訳あってこっち側にいますが……どちらにも身を置いた存在として言えるのはこの世界は間違っているということです」
この世界は間違っている。具体的に何が間違っているのか言えと問われれば言葉に詰まるが、今の世界が正しいと言える考えは一切持ち合わせていない。それが魔王軍に身を置いて分かったことだった。
「ですから皆さんも今後は気軽に話しかけてきてください。俺達は敵同士じゃないんです。この街からそれを発信していきましょう!」
かなり一方的な要求とも言えるが、徐々にでも構わない。エリスタの人達と俺たちが仲良くなれるなら我慢強く待つことも辞さない。ここからが俺達の第一歩となるのだ――。
「――と、いうことでお主が新しい領主としてここを治めてほしい」
「はい、私は父とは違うということを皆さんに証明するためにも一生懸命やらせていただきます」
領主の一室でゼルギスさんと若い男性が向かい合ってテーブルを囲んでいた。彼はシンラルという名で、あの領主の一人息子である。傲慢で貪欲な父の行いに心を痛めながらも、父であるという理由から長い間刃向かえずにいた。そんな折、魔王軍がエリスタを解放しにやってきて父である前領主を追い出したため、シンラルは魔王軍に感謝していた。そんな彼ならエリスタを我が物顔で支配することはないだろうということで、新しい領主として選ばれたのである。
「お主の父が隠し持っていた財宝についてなのだが、これは貧困に喘いでいる者たちに施しても構わないだろうか」
「構いません。この街の生活水準が上がり、豊かになるのなら喜んで差し出しましょう」
あの悪徳領主の息子とは思えないような、とても誠実な対応だった。
それから数日後、公約通り前領主が隠し持っていた財宝を金に換え、貧困に喘ぐ者たちに配った。そしてそのことを知ったエリスタの民衆は魔王軍を見る目が変わりつつあった。恐怖という対象から徐々に警戒が解かれ、一週間後には皆魔王軍に対する疑心もなくなり、心の平和が訪れていた。
「ああ……普通に街を歩ける幸せ……」
「タクトさんの隣を歩ける幸せ……」
「あたし特に何もなし」
俺達三人はエリスタの街を観光していた。大樹の下に創られたこの街は、自然が豊かで商品として売られている物の多くはその大樹の皮を加工した物で色々な便利グッズが売られている。例えば、どれだけ曲げても折れない性質を利用してコンパクトに作られた座椅子。また、柔軟なしなり具合から筒状に加工して物入れなんかにも出来る。まあこの世界にも変な方向に発想力が働く人がいるのか、そのしなりを利用した股間強打マシーンまであるのはさすがと言ったところか。
街に並んだ建物はすべて木造で、これも大樹の素材を使った丈夫な家だ。日本にあるような昔ながらの木造建築ではなく、ウッドハウスに似た見た目をしている。もちろん中に入れば武器やら防具やら魔道具などが売られている。
まず俺達が向かったのはスキル屋。俺が発現したスキル【孤独の切望】はあの時運良く発動したものの、これからも運に任せて発動させるわけにはいかないし、ちゃんとスキル屋で習得していつでも使用できるようにした。
そして次に足を運んだのが鍛冶屋。この前の戦闘でボロボロになった俺の鎧を直してもらうためだ。瘴気を纏っているとはいえ、基本的に通常の鎧とは大差ないし鍛冶屋でも直せるだろう。鍛冶職人は俺の鎧を見て少し眉をヒクつかせたが、すぐに請け負ってくれた。
「平和っていいな……」
「そうですね。貧困に喘いでいる人達に施しをして以来、街の人達の私達を見る目が変わりましたから歩きやすくなりましたね」
「あたし甘い物が食べたいんだけどー」
こいつ……自分のことしか考えてない……とはいえ、シャルには借りがあるんだよなー……。
俺はしまっていた財布を取り出し、中身があるかどうか確認すると甘味処へとしぶしぶ足を運んで行った。
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