魔王に騙されて悪堕ちしたんですが!

ライファイ

第1話 明けたら死んでた

  この世界はいたって普通だ。色々な街、種族、モンスター、そして勇者や魔王だっている。俺はそんな普通の世界で生きている。

 今日もいつもと同じようにベッドから身を起こし、ボサボサになった髪を鏡の前で整える。俺の名前はタクト。自分で外見のことを言うのはなんだが、そこそこイケてると思う。サラッとした茶色の髪は毎日シャンプーを二回もして清潔感を保っている。そしてこの澄んだ黒い瞳に少し高い鼻。自慢ではないが、女性の方から何回か食事に誘われたことだってある……奥手な俺はそのたびに断ってきたが。ちなみに年齢は十八歳だ。

 身支度を整えて準備が出来次第、俺は一人でモンスター狩りに出かけている。この世界のパーティの人数に制限はない。パーティの人数が多くなればギルドとして昇華される。だが俺は……一人だ。

 いや別にパーティを組みたくないってわけじゃないんだよ? むしろ誰かパーティを組んでほしい。だって一人は寂しいんだもん。

 そう思ってはいるものの誰ともパーティを組まない……いや、組めない理由はただ一つ。俺が持っている剣【ヴァルジオ】のせいだ。幅十センチほどの真っ直ぐな黒い刀身に、柄の部分には黒い翼のような装飾が施されている。この剣はうっかりで手に入れてしまったというかなんというか……。

 かなり前のことになるが、かつて封印された呪術師が目覚めようとしているという報を受けてその呪術師を討伐するクエストが発令された。当時からそれなりに剣術は心得てたし、何よりギルドにも参加していた。早速そのギルドで呪術師が封印されている場所へと行ったんだが、どうやら封印が弱まっている原因は呪術師を中心として刺さっている四つの剣の老朽化のせいだったらしい。鍛冶専門の人がその剣を直して事態は収拾した……はずだったんだが。

 なんせ鎧を着て登山したもんだから、疲れちゃって思わず剣の一つにもたれ掛かっちゃったんだよね。で、そのせいで剣が抜けちゃって。しかも最悪なことに呪術師が目覚めちゃって。なんとかやっつけたんだけど、そのあとギルド全員にこっぴどく責められてギルドを離脱。結果ぼっちになったってわけだ。誰にも言ってないけどあの時は死にもの狂いだったから思わずその剣を持って帰ってきちゃったんだよね。そう、その持ち帰った剣こそがヴァルジオだったというわけ。じゃあなぜ持ち帰ったことを誰にも言ってないのにぼっちなのかって? その理由は俺自身も当初はビックリしたんだが、この剣の持っている特殊能力がありえないほどの強さを持っていたのさ。


「お、ちょうどモンスターが現れたな」


 うっそうと茂る木々の間から転がりながら出てきたのは大人の身長と同じくらい大きなダンゴムシ。ジャイアントコシビロだ。あいつの得意技は巨体を活かして転がってくることだ。

 しかし、俺のヴァルジオは相手が仕掛けてくる前に倒すことができる。それを今から証明する。

 敵を認識したジャイアントコシビロは再び丸くなろうと動作に入る。その間に俺はヴァルジオに脳内で言葉を伝達する。


【対象:ジャイアントコシビロ。斬対象:対象のみ】


 そう伝えるとヴァルジオは少し遅れて黒い瘴気を纏った。これが伝達できた合図だ。俺はグッとヴァルジオを握りしめ直し、まだかなりの距離があるジャイアントコシビロに向かって剣を振るった。普通ならば刀身が届くはずがない。そう、普通ならば。

 だが次の瞬間、ジャイアントコシビロの丸くなった体が上下真っ二つになった。ドシャッという音と共にジャイアントコシビロだった物が崩れ落ちる。

 そう、これがヴァルジオの特殊能力【無距離絶斬むきょりぜつざん】である。

 まず対象となる敵を設定する。これは対象の名称でもいいし、俺が目で見て認識した者やこちらに敵意を向けた者など、アバウトな設定をイメージするだけでもいい。そして斬対象というのが非常に重要なことになるのだが、これは簡潔に言うなら斬る範囲である。例えば、この斬対象を【すべて】と設定すれば、俺と設定した対象までの距離の間にある物がすべて斬られるのだ。今はジャイアントコシビロという対象のみを設定したため、このうっそうと茂った森が斬撃によって伐採されることはなかったのである。

 ギルドを離脱したあとも、別のパーティに入れてもらったことがあるのだが、それを他の冒険者の前でうっかり発動させてしまったためそのパーティは恐怖のあまり逃げ帰っていった。人間の性というかなんというかそのことがあっという間に街中に知れ渡り、こうしてぼっちの完成となったのである。

 とりあえず数日分の生活金を調達するため、その後もクエスト対象のジャイアントコシビロを十体ほど倒して街へと撤収した。

 さっそくクエスト受注所兼換金所となっている総合ギルド所という場所へと足を運ぶ。ちなみにクエスト結果に不正がないように冒険者カードというものを一人一枚手渡されている。冒険者カードには「○○は○○を倒した」という風にログとしてこれまで行ってきた出来事が記憶されている。このカードはどんな不正をも見通し、さらにこのカード自体に不正な改造を施すことができないという魔法のカードだ。俺は受付のお姉さんに冒険者カードを差し出す。


「はい、最近畑を荒らしているジャイアントコシビロを十一体討伐ですね。ではこちらが報酬となります」


 受付のお姉さんは誰に対しても普通に接してくれて嬉しい。俺の数少ない癒しと言っても過言ではないだろう。俺は報酬を受け取る。

 うーん、腹が減ったしご飯でも食べよう。

 陽が落ちて暗くなった時間帯にやってきたが、飯屋は予想通り人でごった返していた。

 なんとか席を見つけてそこに座る。


「おかえりなさいタクトさん。今日もいつものやつですか?」


 俺の姿を見るなり笑顔で話しかけてきたこの子はエルハちゃんと言って、十六歳のエルフの子である。肩にかかる長さの金髪にカチューシャをして青い瞳でこちらを見てくる。この子もあの事件のあとも変わりなく接してきてくれる。ありがたいことだよホント。


「そうだね、いつもので頼むよ」


 いつもの、というのは梅入りのおにぎりのことである。

 いや別に貧乏ってわけじゃないよ? なんかこう、シンプルイズベスト的な? しょうがないじゃんだって俺――




 日本生まれなんだもん。




 そう、俺はもともとこの世界の住人ではない。ゲームとか漫画の世界の設定ではよくあることじゃん? ああいう系のものには俺も惹かれたね。でもまさか実際に自分が体験できるとは思わないよね。高校一年生の時に正月に餅が喉に詰まって死にそうになった時「マジか!?」って思ったもん。結果死んだんだけど。で、それから目が覚めた時ビックリしたよね。ここどこ?ってさ。何が何やら分からず焦ってたんだけどそんな俺に話しかけてくれたのがあのエルハちゃんだった。最初は耳が尖っててビックリしたんだけど、他にも道ですれ違う時に色々な種族を見て、ああ、なるほど。ってなった。

 そして連れてこられたのがここ【ミリアンバー】だった。ここは一階が飯屋になっていて二階が宿屋になっている。ここに来たばかりの俺に泊まるところなんてなかったし、事情を説明してしばらくのあいだ住まわせてもらうことになった。

 それからはとにかく剣術の練習をした。漫画やゲームではこのような異世界に来たら冒険者になってお金を稼がないといけないという暗黙のルールがある。幸いというべきか子供の頃から暇さえあればチャンバラごっこをやっていたため、剣の扱いについては上々の出来だった。女将さんは稼げるようになったらでいいから、と言ってお金を取らずにここに置いてくれていた。だからお金を稼げるようになってからはここに来た初日からギルドに入って初めてお金を稼ぐことができた日までの約一年間分のお金をすべて払い、感謝の意を込めて他の飯屋ではご飯を食べずに毎回ここミリアンバーで飲食している。まあ頼んでいるのはほぼ梅おにぎりだが。ちなみに梅おにぎりという品は当初この飯屋にはなかったのだが、俺が提案して品目に入れてもらうことになった。

 とにかく、そういった経緯があるからかここの女将さんや働いているウエイトレスの子なんかは、俺のあの噂が流れても気にせずいつものように接してくれているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る