第2話 俺のスキルを紹介する!
おなかいっぱいになった俺は自室に戻りシャワーを浴びた。この宿屋には自室にトイレと風呂がついていて、元いた世界にある高級ホテルのような作りになっていた。だが一泊の値段はそんなに高くはなく、今回の報酬の一割程度しかしない。ジャイアントコシビロを十一体討伐した報酬が二二〇〇〇ホロ。そしてその一割だからこの宿屋は一泊二二〇〇ホロである。説明が遅れたがこの世界の通貨はホロと言って、一ホロ=一円という計算だ。
俺は濡れた髪を拭いて乾かすとベッドに倒れこむようにダイブした。
ちょっと今日は頑張りすぎたな。体の節々が痛い。
俺はちょっとした充実感に身を委ねながら目を閉じ、眠りへと堕ちて行った――
目が覚めるとすでに朝を迎えていた。いつもより起きる時間が三時間も遅くなってしまった。もう昼時に近い。
うーん、今日はクエストに行くのは諦めて街をブラブラと歩くとするか。
身支度をして階段を降りると、少しではあったがすでに客が入っていた。
「あらタクトさん。今日は遅いんですね」
皿を洗っていたエルハちゃんがこちらに気付いて話しかけてきた。口が裂けても寝坊したなんて言えない。
「今日は街で買い物でもしようかと思ってね」
よし、とっさに思いついて言ったことだが結構理にかなった嘘だなこれは。
一瞬エルハちゃんはキョトンとした表情をしたが、すぐに笑顔になった。
「そうですか。いってらっしゃい!」
若干心が痛くなりつつも、扉を開けて外に出た。人の行き来が盛んなこの通りはこの街のメインストリートになっている。街の中心を北から南まで繋げている一直線の道のため、迷子になったらこの大きな通りに出るといいだろう。この街には武器屋、防具屋、魔道具屋などが立ち並んでいるが、最も利用されているのがスキル屋である。スキル屋とは名前の通り、スキルを覚えることができる場所である。人によって覚えられるスキルは違うのだが、たまに他の人が使ったスキルを一度でも目にすればその技術を盗んで自分の物にすることができるというスキルを発現する人もいるらしい。いわゆる天才肌というやつだ。
ちなみに俺が覚えているスキルは今のところ三つある。
まず一つ目のスキル名は【揺るがぬ
二つ目のスキル名は【
そして三つ目のスキルなのだが……スキル名は【死の瘴気】と言う。ちなみにこのスキルはいまだに一度も使ったことはない。ヴァルジオの件もあるというのに、このスキルまで使うとなるとさすがにまずい。このスキルは範囲技で、約一分間【死の瘴気】の範囲内に居続けると死に至らしめるというスキルだ。もちろん俺が敵と認識した相手にしか効果は及ばないし、敵は見破り系のスキルを使わない限り、瘴気を察知することはできない。別に俺は勇者じゃないからこのスキルを持っていても大丈夫なんだろうが、万が一誰かがこのスキルを使うところを見てさらに怯えられ、数少なくなってしまった交友関係すらも一切絶たれてしまうという事態だけは極力避けたい。ちなみにこれは確信を持って言えるのだが、このスキルが発現した理由は餅を喉に詰まらせて死んだから。正直死因としてはかなり恥ずかしい部類に入るのだが、まさかそれが原因で異世界で強力なスキルを得られるとはなんとも複雑な気持ちである。
ちなみにこの世界のスキルというものは直接口に出して唱えなくても頭の中で思い浮かべさえすれば、すぐに発動することが出来る。
さてここまで俺が習得しているスキルを紹介したが、正直汎用性が高いのは【揺るがぬ体軸】だけと言っても過言ではない。ヴァルジオの一振りには力も必要だし体力もいるから自身強化スキルがありがたいことには変わりない。
俺はスキル屋の看板の前で数秒立ち止まって見ていたが、まだ新しいスキルは発現していないためこの場をあとにすることにした。
メインストリートは何度も通っているが、時々細い路地裏へと続く道がある。特に目的もなくぶらついているだけだし、せっかくだからあまり行かない場所とかに寄り道していくか。そんな軽い気持ちで路地裏の道に入った。光が差し込むことはなくじめっとした空気が漂う。ちょっと道を外れただけでこんなにも閑静になるのか。俺はそんなことを思いながらとぼとぼ歩いていた。
しばらくきょろきょろしながら狭い道を歩いていたが、ふと視線を前に向けると黒いフードに身を包み、顔を隠した謎の人物が行く手を阻んだ。
「こんにちはお兄さん。迷子かしら?」
黒いフードと光が差し込まないこの場所のせいで表情は読み取れないが、八重歯がチラリと見えた。そして声を聞く限り若い女性なのは間違いない。身長は俺より少し低いくらいか。
「迷子ってわけじゃないんだけど」
こんな誰もいない場所で全身真っ黒の服装で顔まで隠しているのはどう見ても怪しい。どうする、逃げるか。
迷っている俺を見て女性はクスっと笑った。
「大丈夫だよお兄さん。あたしは占い師なの。怪しい者じゃないわ」
いやいや占い師ってめっちゃ怪しいじゃん。テレビで何回も見たけど全部嘘だと思ったもん。なんかまた笑ってるし。
「お兄さん、一度占ってみない? 気分がいいからタダで占ってあげるわよ?」
いやいや占い師の次はタダですか。タダほど高い物はないってよく言うじゃん。やべえよ、詐欺のオンパレードに遭遇してる気分だよ。いやでも待てよ? もし詐欺だったらこんな人気のない場所で客寄せなんかするか? もしかしたら良心的な子かもしれない。よし、信じてみよう。俺は他と違って詐欺には絶対引っかからないタイプだからな。
「じゃあ占ってもらおうかな」
占い師の女性はまたもクスっと笑いながら扉を開けてくれた。中はロウソクの火だけで灯されており、中央に小さなテーブルがあってその上に水晶玉が置かれていた。想像していた通りの中の様子だ。俺は用意されていたイスに腰をかけて女性が反対側に座るのを待った。
「さあ、何を占ってほしい?」
「えっ、うーん……どうしようかな」
占ってもらうとは言ったものの、肝心の占いの内容を考えるのを忘れていた。数秒の沈黙が部屋を満たしたが、女性の声ですぐにその沈黙は破られた。
「あん・・・コホン。貴方の今後について占ってあげましょうか? 例えばこれから何をすればいいのか、とか」
今「あんた」って言いかけた? 聞き間違いだよね? しかし今後についてか。街の人達には怯えられてるし、いつまでも女将さん達の世話になるのも申し訳ないよなあ。よし、占ってもらおう。
「じゃあそれでお願いします」
女性は待ってましたと言わんばかりに両手を水晶玉に掲げて覗き込んだ。俺も覗いてみるが、見えるのはロウソクの灯りで反射して映る俺の顔だけ。だが向かいに座っている女性は大げさに顔をしかめた。
「な、なんと!? 今から魔王を倒しにいけ!?」
「はっ!?」
俺は自分の耳を疑った。
嘘だろ!? 魔王を倒すなんて勇者のやることだろ! 俺は勇者じゃないし、そもそも魔王を倒そうなんて思ったこともねえよ!?
「魔王は今風邪をひいてます」
「風邪ぇっ!? 魔王って風邪ひくの!? 嘘でしょ!?」
「嘘じゃありません。実際に魔王がベッドで寝込んでいる姿が見えるのです。こんな状態の時に冒険者に攻められたらすぐに倒されてしまうでしょう」
嘘だろ魔王、嘘だと言ってくれ。もっとこう……常に玉座でふんぞり返って勇者が来るのを待っていてくれよ。なんだベッドで寝込んでるって。城にたどり着いて部屋に入ったら冒険者がお見舞いに来たみたいになるじゃねえか。
と、おもむろに女性が立ち上がって俺の手を握りしめた。
「あたし転移魔法が使えるの」
「ん? あっ、はい」
なぜ今それをカミングアウトしたのか俺には分からないし、手を握られている理由もよく分からない。だが次の瞬間、視界に映る景色が変わったのだけは分かった。広い部屋の真ん中には西洋にあるような天蓋付きの大きな赤いベッドがあり、地面一帯にも赤い絨毯が敷かれている。部屋を照らしている仄かな光がベッドの中に誰かがいるということを教えてくれた。目を凝らして見てみると、辛そうに咳をして横たわっている女性がいた。耳の後ろから角が頭上に向かって左右一つずつ生えていて、髪は燃えるような赤色。こちらに気付いたのか鋭く黄色い瞳を俺に向けた。ここは間違いなく先ほどの占いの館ではない。さらに言うなれば女性が占っていた魔王の現状と目の前にいる妖艶な女性の現状が一致している。と、いうことはつまり――
「ま、魔王だァー!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます