第15話 エリスタの戦い(6)
太陽はすでに傾き始め、だんだんと日の入りへと近づいていた。
シャルが助けてくれた後、エルハちゃんも心配そうな表情を浮かべながら駆け寄ってきて回復スキルをかけてくれた。合流した俺たちはお互いを守るように足並みの揃わない敵陣に向かって破竹の勢いで攻め上がった。空がオレンジ色に染まり始めた頃、連合軍の後ろに構えているエリスタの街はもう目と鼻の先にまで迫っていた。
俺たちがここに到着したのが昼前だったからあれからすでに四、五時間ほど経っている。戦況はこちらが完全に押しているのだが、一つだけ気になることがあった。その気になることというのが後方を突くために迂回した二部隊の行方だった。俺たちが着いた時にはすでにゼルギスさんが指示を出していたのだが、いまだに二部隊の姿が見えない。これだけの時間が経ったというのに部隊が姿を見せない理由を考えた結果、俺の頭には一つの結論しか浮かばなかった。
――勇者アレクの妨害。
一部隊の人数は約一〇〇人で構成されているが、その一〇〇人を相手に足止めをできるのは相当な強者でなければならない。相当な強者――つまり勇者。
アレクの実力であれば一〇〇人の足止め……いや、殲滅など容易いことだろう。おそらく、連合軍の両サイドから隠密に後方を突く予定だった二部隊は、まず一部隊がアレクに先回りされ奇襲を受けて敗北。そしてもう一部隊も、連合軍の後方すんでのところで勇者アレクとバッタリ出会い交戦。そして敗北を喫した。
つまり主戦場にアレクの姿がなかったのは、大局を見て奇襲部隊を潰すためだったのだと俺は確信した。そして俺はさらにふと気づいたことがある。後方を突く予定だった二部隊の通ってきたルートは今、部隊も配置されていないガラ空きの状態であると。
しまった! そういうことか!
「シャル! お前は部隊の後方に今すぐ戻れ!」
「はっ!? あんた何言ってんの!?」
そりゃ急に後方に戻れなんて言われたらそんな反応をするのは当然のことだ。だが詳しい説明をしている場合ではなかった。
「おそらくアレクはすでに魔王軍の後方に回ってる! ヤツの姿が戦場に見えなかったのは俺たちの後ろを取るためだ!」
「はあ!? それホントでしょうね!?」
「嘘じゃない! 奴は間違いなく連合軍の後方を奇襲する予定だったこちらの部隊を殲滅した! いまだにその部隊が姿を見せていないのが証拠だ! そしてその部隊が通ってきた場所には今俺たちの部隊はいない!」
シャルもようやく理解したのかピクリと体がはねた。すぐさま無言で翼を広げると体を翻しながら地を蹴り、ものすごい速さで魔王軍の後方へと飛び去って行った。
「タクトさん、前方を見てください!」
エルハちゃんが唐突に叫ぶ。俺たちに立ちふさがるように二人の人物が待ち構えていた。一人は褐色の肌に艶やかな黒髪を纏ったダークエルフ、もう一人は小柄な身長で両手で杖を握りしめるように持つエルフの子。間違いない、勇者のパーティに所属するエレナとイルだ。
「くっ、シャルがいなくなった途端鉢会うとか運がないなんてもんじゃないぞ……!」
出会ってしまったからにはネガティブになっている場合ではない。右手にヴァルジオを、左手にスタンロッドを携えて構えた。だが俺が戦闘態勢に入るのを見ても、エレナとイルは武器を構えなかった。代わりにエレナの口が動いたのが見えた。
「魔王軍に加担するヒューマンよ、お前に問おう。何故そちら側にいる? 何故エリスタを襲う?」
予想外の展開としか言いようがなかった。俺だって話し合いで解決するのであればそちらの道を選ぶが、人と魔物の間に大きな亀裂がある時点で話し合いという夢幻を望むこと自体無駄なことだと思っていた。だがまさか向こうからこちらの思惑を尋ねてくるとは、俺にとっては嬉しい誤算だ。
「俺が魔王軍にいる理由は……その……ま、魔王がこの世界の在り方を変えようと必死に頑張っているからだ!」
うーん、やっぱ魔王軍に身を置いている本当の理由が恥ずかしすぎてそこらへんは口が裂けても言えないな。
だが、代わりとして言った答えも嘘偽りではなく本心であるのだから質問に対してのちゃんとした回答になっている。とはいえ、これだけの回答では向こう側が納得する材料にはなっていない。だから俺はエレナからの二つ目の質問『エリスタに来た目的』にもしっかりと答えを言い放った。
「俺たちはエリスタを悪徳領主から解放しに来た! 決して人々に危害を加えるためにここに来たんじゃない!」
これも嘘偽りなどではなく、ダスティア様が悪徳領主からの解放命令を俺たちに下したのだ。まあ魔王が人々を救いたいと思っていると連合軍側に伝えたところで鼻で笑われるかふざけるなと怒りを向けてくるのが自明のことであろう。それでも相手に伝えることの重要性は、例えその内容があり得ない物だったとしても何も伝えないよりかは確実にマシと言える。
少なくとも俺の目の前にいるエレナは信じられないといった表情を浮かべてはいるが、俺の言葉をすべて否定するような表情を浮かべているわけでもない。
「信じてくれ! 悪徳領主さえいなくなればエリスタは平和に――」
「……なると思っているのか?」
俺の言葉はエレナによって遮られ、そして否定にも似た言葉を突きつけられた。
「確かにあの領主の噂は良くないものばかりだ。私も人の体を舐めまわすようなあいつの目は嫌いだ。それでもエリスタはあの領主の管理下で街として機能している。私が何を言いたいかお前に分かるか?」
俺を試すように視線がこちらに向けられる。
分かってる、分かってるさ。領主のいなくなった街が混乱に陥ることくらい。何千という人々の不安が募る中、俺たち魔王軍がエリスタを解放すると言ったところで街の人々は、魔王軍に対して生まれながらにして植え付けられた無意識な偏見により日々怯えながら暮らす可能性だってあるということだ。でも俺たちの話を街の人々に聞いてもらえるようにするためには今はエリスタを占拠し、悪徳領主から解放するしか道はないのだ。
「分かってる……分かってる上で俺たちはエリスタを解放しなきゃいけない」
「そうか、それがお前の答えか。ならばここからは別のやり方で語り合おう」
エレナの周りの雰囲気がガラリと変わる。冷たいような、それでいて熱を秘めているような……言葉には言い表せない威圧感に自然と冷や汗が流れ始める。
「タクトさん、今度は私も戦います」
「エルハちゃん、でも……」
「私も覚悟を決めてここにいるんです。だから私にもお手伝いをさせてください」
あの威圧感を前にしても、エルハちゃんは強い意思を秘めた眼差しで俺を見ていた。その眼差しは俺の内側にそり立っていた恐怖という壁をいとも容易く破壊してしまった。
そうだ、俺は今一人じゃない。俺がヴァルジオを手にした日以降、俺の周りから人々は遠ざかって行った。あの時の俺自身、一人でも問題ない、そう思うようになっていった。だが今は違う。所属している立場が稀有なところを除いては、他愛ない話を楽しく話したり、笑いあったり泣きあったり出来る仲間がいる。
今までの俺にはなかった強さが今ここに俺を立たせている。
体の内側から感じたこともない力が湧いてくる。この現象に似たものを前に感じたことがある。スキルが発現した時に体の内側から暖かな風が吹くように力がみなぎってくるような、そんな感覚に似ていた。だがあくまで似ているのであって、今回のは確実に違った。その時以上の力が湧いてくるのだ。
俺は何か特別な新しいスキルを発現したことを咄嗟に理解した。
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