第16話 エリスタの戦い(7)
少しの静寂の中でわずかに暖かい風が頬を撫でるように流れ去っていく。そして俺はその風に身を任せるようにエレナとイルに向かって駆け出した。エレナは弓を、イルは杖を構える。エレナの射撃の速さは脅威というレベルを超えた実力ということは考える必要などないほどに理解している。イルも脅威とはいえ、先ほどのシャルの攻撃を全て受け止めていたからかなりの疲労感が蓄積されているのは間違いない。エルハちゃんをあいつらに会わせるわけにはいかないとあれだけ自分に言い聞かせていたのにまさかこんな事態になるとは自分の情けなさに嫌気が差す。しかしこうなっては仕方ない。おそらくエルハちゃんの正体もすでに感づかれているだろうし、もはや正体を隠すなどと悠長なことは言わずにイルの相手はエルハちゃんに任せるしかこの状況を打破する方法はない。
俺自身新しいスキルが発現したとはいえ、本来スキルというのは発現したところで使用することはできず、スキル屋に行ってそのスキルを修得しなければならない。稀に発現した瞬間から使用できることがあるがそれが出来るのは五パーセントくらいの確率だ。いざとなればその五パーセントに賭けるしかないが、今は全力を持って戦うしかない。
俺は【揺るがぬ体軸】を足だけに発動させ、エレナの射撃性能と渡りあえるように敏捷性を最大限まで引き上げた。早速駆けだした俺に向かってエレナが弓を引き、イルが閃光魔法を複数撃ちだした。俺の額めがけて寸分違わず飛んできた矢をヴァルジオで弾き、空中から襲いかかってきた閃光魔法を地を片足ずつ蹴り、左右に身を揺らすようにして着弾ギリギリのところで避ける。
「私がタクトさんを守る……!」
エルハちゃんが後方で空に向かって持っていた杖を両手で掲げた。すると空に黄緑色の雲が無数に現れ、渦を巻きながら集結した。大きな塊となった雲の中が一瞬ピカッと光ったかと思いきやそれらはすぐに姿を現した。
数多の小粒の石がまるで流れ星とも呼べるような弾丸となってエレナとイルに向かって降り注いだのだ。
これが彼女が現段階で保有している最後のスキル【
その攻撃にエレナは俺から空中へと弓の向きを変え、空へと矢を放つ。彼女が保有するスキル【一矢爆葬】を用いることで、周りの弾丸も誘爆によって巻き込める。
その隙をついて俺は風に乗るように距離を縮め、スタンロッドをエレナの腹部に向かって突き出した。
――ガキィン!
突き出したスタンロッドが何か硬い物に当たった時と同じ音をあげ、止まった。ぶつかったスタンロッドの先を中心に波紋を広げていくそれは透明の壁のような物を呈しており、エレナをドーム状に覆っていた。
間違いない、これはイルのスキル【
迂闊だった。その情報を前もって知っていながら警戒を怠っていた。
俺は急いで後ろに飛び退いた。空中から襲いかかる弾丸に対し、今もエレナは矢を番えては放っている。どうやらあの防御壁は中からの攻撃は通るらしい。なんとも便利なスキルだ。
いや、関心している場合じゃなかった。これじゃ一方的にやられるだけじゃないか。エルハちゃんのスキルでエレナの方は手こずっているとはいえ、その隣にいるイルのスキルが厄介すぎる。確かあの子が保有しているスキルはあと二つあるはずだ。一つは【百の願い】と言って、先刻シャルの魔弾に対抗するように撃ちこんだ無数の閃光魔法を発現させるスキルである。そしてもう一つが【
エレナはエルハちゃんの発動した【堕星の一撃】を全て撃ち落とすと空を見上げたまま一つの溜息をついた。同時にエレナの周りを覆っていた防御壁が消える。
「見事だ。さすがの私も焦りを覚えたぞ」
その割にはまだエレナには余裕の表情が残っているように見える。
ダメだ、このままだとジリ貧になるどころかこちらが徐々に追い詰められていく未来しか見えない。スタンロッドが使えなくなった今、ヴァルジオを使うしかない。俺はスタンロッドを仕舞いヴァルジオを両手で持ち構えた。
【対象:エレナ、イル。斬対象:対象の武器】
一呼吸のあとヴァルジオが黒い瘴気を纏い静かに振られるときを待った。あの二人の武器さえ取り上げてしまえばこちらが優勢になる。
対するエレナとイルはヴァルジオが黒い瘴気を纏ったのを見て何かを察知したのか無駄な動きを見せずに防御態勢へと身を構える。
「いっけええええええええ!」
渾身を込めた一撃を横払いで放った。少し遅れるように俺の周りの風が吹きあがるように暴れ始め、土埃をあげて意思を持つようにエレナとイルに襲いかかった。さすがは勇者のパーティと言うべきかイルが咄嗟に防御壁を張りヴァルジオの見えない斬撃を受け止める。しかし何らかの方法で防御してくると予想していた俺は焦ることなくあの防御壁に向かって追撃をした。
空いている左手を前に翳すと、手首の周りに小さな炎が発現する。それは見る見る内に龍のようにとぐろを巻いた炎へと変わっていった。そう、あまりにも威力が高すぎて普段は滅多に使うことのない俺のスキル【炎宴】を発動させた。あの防御壁は攻撃を吸収し、触れた物の能力を一時的に無力化する壁であるが、言い返せば吸収できないほどの攻撃を浴びせて尚且つ一度使用すれば消えるスキルをぶつければ問題はないということだ。
都合よくそういうスキルを持っててよかったな俺。
ヴァルジオの一撃もなかなかの威力があると俺は誇示しているが、それ以上に【炎宴】の方が純粋な威力であれば負けることはない。俺は左手に纏っている炎の螺旋を振りかぶるように飛ばした。炎は螺旋を描くようにイルの防御壁に飛んでいき、その手前で大きな赤い龍をなって噛みついた。右からのヴァルジオの斬撃、真正面から【炎宴】の直撃を受けた防御壁は波紋を広げつつもなんとか耐えている状態だった。
「くっ……うぅ……!」
防御壁は発動した後も集中しなければすぐに崩壊する。そのため防御壁の中で必死に壊されないようにイルが杖を前に出し二つの猛攻から耐え忍んでいる。だがその隣でキラリと光るものが見えた。俺はそれが何かを瞬時に理解すると左へと飛び退く。
「くそっ、この私が二回も外しただと……っ!?」
危なかった……そういえば内側からの攻撃は貫通するんだったな。エレナが弓を構えた姿がチラリと見えたから良かったものの危うく自分のスキルでエレナの攻撃が見えずに死んでいたところだったぞ。
俺は自分の悪運の良さに若干有難みを感じつつとエルハちゃんに向かって叫んだ。
「エルハちゃん、【堕星の一撃】だ!」
「はい!」
エルハちゃんはすかさず杖を両手で掲げると、スキルを発動させた。空に数多の黄緑色の雲が現れて寄せ合うように集まり渦巻くと一つの大きな雲となった。そして稲光と共に流星のように小粒の石が次々と降り注ぎ始める。
「ダメ、です……エレナさん……さすがのイルも……これ以上、の……被弾、は……耐えられないのです……っ!」
「くっ、アレを使うしかないか……っ!」
唐突にエレナが上を向き矢を番えることなく弓だけを引いた。
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