第17話 エリスタの戦い(8)

 あの構えは……まさか!

 エレナは矢を番えていない弓を引き空に向けて放った。すると眩い光を放ったかと思いきや、共に現れたのは矢を象り、黒く大きな雷を纏ったオーラだった。その矢は次々と降り注いでくる小粒の石を一網打尽に吹き飛ばし、空を覆っていた黄緑色の雲をも霧散させた。

 あれはエレナのスキル【黒雷貫閃こくらいかんせん】だ。その一撃は今見た通り、威力は絶大で人に向けて放てば跡形もなく消し去ってしまうだろう。だが、あのスキルは通常のスキルとは違って魔力残量の四分の三を使用して発動するスキルだと聞いたことがある。もちろん、魔力残量に余裕がある状態であればあるほど大きさも威力も増す。そして今放たれた黒い矢はかなりの大きさで、威力もエルハちゃんのスキルを跡形もなく吹き飛ばすほどの勢いだった。故に今の一撃で使用された魔力消費量は尋常ではないということだ。

 その証拠に矢を放ったエレナは息を切らしながらその場に膝をついている。同時にヴァルジオの斬撃と【炎宴】の爆発を受け止めていたイルもなんとか耐えしのぎ、役目を終えたと言わんばかりに防御壁がスッと消えた。

 なんとかあの防御壁を剥ぐことは出来たが、もう俺にスキルを発動するための魔力は残っていない。相打ち……いや、魔力残量の差でいえば向こうが有利か。スタンロッドが再び使えるようになるまでおそらくあと二、三分といったところだが、このような状況での二、三分ほど長く感じるものはない。

 エルハちゃんの【癒精の双子】は、体の傷を癒やしてくれるが魔力が回復するわけではないため頼ることはできない。かといって自然回復を待とうものなら優に五時間はかかるだろう。


「エルハちゃん、回復スキルをお願いできるかな」

「任せてください!」


 この状況ではとにかく体だけは満足に動かせなければならない。

 数秒経つと双子の妖精が俺の体をグルグルと周り始め、傷を見つける度にその手を触れ傷を癒していく。


「すいませんエレナさん……もう回復スキルが使えないほど魔力がないのです……」

「いや、いい。そんなに傷ついてはいないからな。むしろ先ほどはよく耐えてくれた」


 エレナは息を整えながら立ち上がると俺の方を見た。


「率直に聞こう。お前は勇者か?」


 ん? んんん? 今のはもしかして俺に言ったのか? いやそんなわけ……めっちゃこっち見てるから俺に言ったんだよな間違いなく。


「俺は勇者なんて大それたモンじゃない。ただの冒険者だよ……じゃなくてだったんだよ」


 修正する意味はないが、念のために自分の立場を理解しとかないとな。しかし、エレナはどうして俺を勇者なんて疑うのだろう。確かに俺が保有しているスキルはこの世界に存在する全ての人が習得することはできない特別なスキルだ。なんせ餅を喉に詰まらせて死んだこととそのあとに火葬されたことが原因で発現したスキルなのだから。ああ、でも異世界転生者でなければ習得できないスキルを持っているのだから勇者と勘違いされても仕方のないことか。勇者は何かしら特別な出会いをしたり特別な能力を授かったりして運命に導かれるらしいからな。俺の状況もそれと似たような物だが、まず俺は元々この世界の住人ではないし、ヴァルジオを持ち帰ったのもただの偶然だし。


「だいたい勇者が魔王軍に加担するとかそれこそあっちゃダメでしょうよ」


 今までプレイしてきたゲーム内での話だが。


「どうかな。堕落した勇者を見て失望する者もいるのは確かだ。他の勇者も例外ではない。お前の先ほどの話を聞く限り、魔王は人々を助けようとしているのだろう。もしお前の言うことが本当で、失望した者がその話を聞いたならばどちらが正義でどちらが悪と捉えるかな」


 堕落した勇者の蛮行はよく聞く。そもそも勇者の子孫がこの世界に多すぎるせいというのもある。ゲームでは主人公と結ばれるのはたった一人だが、それは物語を後腐れなく〆るための演出だ。実際は違う。勇者の血を絶やさないために何人もの女性と関係を持ち、子を産む。その中でも力を持って生まれた子だけが魔王討伐に抜擢されるのだが、だいたいは堕落した生活を送っている。人々から徴収した税を使って、だ。おそらく今このときもエリスタに居を構えている堕落した勇者は遊んでいるのだろう。街の外で皆が戦っているというのに。


「確かに堕落した勇者はたくさんいる。それを良くないと思っている人だってたくさんいる。正直俺自身、そんな勇者は問答無用で斬り殺したいと思っている」


 本心だった。口を衝いて出た言葉は何にも包ませていない残酷な言葉。


「けど俺は勇者じゃない。強いていうなら……特異な冒険者ってところかな」

「ふっ……そうか。ようやくお前という人柄が見えたような気がした」


 そう言うとエレナは道をあけた。


「ふぇっ!? エレナさん!?」


 驚いたのは俺だけではなくイルも不意を突かれたように驚いたようだった。エレナは少しの間目を閉じていたが、決意とも取れる意思を秘めた目を再び開いた。


「行け、私の負けだ。私の矢はお前を捉えることはできない。そしてお前の後ろにいるエルフの者には弓を引けない。故に私ではお前たちを止めることはできない」

「おい、だけどそれじゃあんたは――」

「皆からは裏切り者と罵られ、最悪見せしめに死刑だろうな。だがエリスタには昔からお世話になっていてな。私もエリスタを我が物顔で支配する領主を許すことができなかった。勇者の仲間という立場上、殺すこともできない。だから私はお前の言ったことを信じよう。だがもし先ほど言ったことが嘘だった場合は、私が責任を持ってなんとしてもお前の額を射抜くぞ」


 道を譲ってくれるのは有難い。だが、人々を助けるためにこの戦いは行われているというのに、終わったあとに誰かが責任を問われ死ぬのであれば俺たちが行っているこの戦いに何の意味があるというのか。

 そんなことはさせない。

 今のやりとりでスタンロッドは再び使えるようになっているはずだ。ならば連合軍側に俺が二人を倒したという証拠を見せつけてやればいい。

 俺はエレナが話している途中で地を思いきり蹴り、最高速で二人の背後に回ると首筋に向かってスタンロッドを撃ちこんだ。


「なっ……っ!?」

「ふぇっ……っ!?」

「すまない、こうするしかないんだ……っ!」


 不意打ち。驚いた表情の二人を見た時は辛かったが、今はこうするしかなかった。死ぬのが分かっている者を見殺しにするほど俺は非情ではない。悪落ちしても心までは奪われなかった恩恵であり、弱点でもある。

 ダスティア様は俺の性格を分かってて心を悪に落とさなかったということか……?

 考えてもキリがない。とにかくこの二人を脇に抱えて一旦撤退しよう。これ以上は俺の体力も魔力も持たないし、何より後方に向かわせたシャルと勇者アレクの行方が気になる。

 俺がエレナとイルを倒したのをバッチリと見た連合軍は目を見開いていたが、俺が二人を連れ去ろうとしているのに気が付くと武器を携えて走り寄ってきた。


「エルハちゃん、イルの方は任せた!」

「え? ええ!?」


 小柄なイルであればエルハちゃんでも十分に抱えられる重さだろう。俺はエレナを背負って全力で魔王軍の部隊の中へカモフラージュするように走っていった。

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