第12話 エリスタの戦い(3)

 おかしい、間を置かずにエレナの第二撃が飛んでくるかと思ったが一向に飛んでくる気配がない。もしや連合軍の後方に回った魔王軍の部隊が足止めをしてくれているのだろうか。

 戦況は陣形を完全に崩した連合軍の敗色濃厚となっていた。

 ゼルギスさんの戦略では、こちらの二部隊がサイドを迂回して後方の支援部隊を倒すという作戦だった。その間に俺とタリオが戦場の真ん中でぶつかる形になり、両軍が一進一退を続けていたが、秘蔵のアイテムを使った俺がかろうじてタリオを倒したことにより連合軍の前線は後退。それによりこちらの部隊が破竹の勢いで前線を押し上げていた。だが、どうやら後方を突く二部隊はまだ到着していないようだった。となると何故エレナの攻撃が何故飛んでこないのかという疑問にぶつかる。

 頭上では赤い魔弾と黄緑色の閃光がいくつもぶつかり合っては散っていた。連合軍に向かって赤い魔弾を次々と撃ちこんでいるのはシャルだが、そのシャルに対して負けず劣らず同等の数の閃光で相殺している強者がいるということだ。

 タリオは先ほど倒したし、エレナは弓を得意とするため魔法を使わない。いまだに勇者アレクの姿は見えないが、あいつは剣術に絶対的自信を持っており己の誉れを剣に乗せてすべてを絶つ。それ故アレクも基本的には魔法は使わない。となれば選択としてあり得る人物はただ一人。そう、小柄なエルフの娘イルだ。

 イルのスキルはどれも畏怖する強さだと言われているが、おそらく俺の【炎宴】と同じ類のスキルだろう。敵味方が入り乱れるこの状況で使用するのは極力避けていると思われる。しかし、スキルも使わないでシャルと互角にやりあっているということは普段からこの強さであるという事実を俺たちに突きつけられている。近接戦闘主体の俺からしてみれば遠距離攻撃特化の相手は最低最悪の組み合わせと言ってもいいだろう。まあそういう相手の時にはヴァルジオが活躍するのだが、残念ながらこの剣にも弱点はある。

 もし勇者アレクとバッタリ出会い、弱点を見抜かれた時は生きて帰すことはできない……というのは言い過ぎだが、もしそれを言いふらされでもしたら俺が今後不利になるのは間違いない。

 しかしこれだけ魔王軍が前線を押し上げているというのに勇者であるアレクはいったいどこで何をしているんだ?

 噂では勇者にしては義に厚い男であると聞いた。本来ならば勇者とは、力を見込まれた者が王に魔王討伐を依頼されて旅立ったり、自分の出生を知って実は勇者の一族だった……みたいな感じで魔王討伐の冒険に出たりとさまざまな生い立ちがある。少なからず俺が前世でやっていたRPGゲームの勇者は皆人々からの人望が厚かった。

 だがこの世界にいる勇者たちは皆が魔王討伐という名目で冒険しているわけではない。ある勇者は、街から援助された資金を全てお酒に使って呑んだくれ生活を送っている。またある勇者は、勇者という権威を掲げて女性をはべらせ、全員を同じ高級な豪邸に住まわせて毎日遊んでいる。そしてある勇者は、人の家に勝手にあがりこんだかと思いきや、いきなりタンスを開けたり置いてあった壺や瓶を壊して中身を奪い去っていくという鬼畜の所業まで行っている。つまり、勇者という肩書を持っていたとしても大半は名ばかりの者が多く、奴らは魔王討伐に興味などないし自分さえよければいいという考えを持ったエセ勇者ばかりなのだ。

 だがアレクは違う。この戦況で仲間を見捨てて一人で逃げたりするような奴ではない。俺がまだ冒険者だった頃にもよくアレクの噂が流れていた。魔物に攫われた幼子を助けただとか貧民から尚も搾取しようとする闇ギルドを潰しただとか、その噂の内容はすべて善の行為であった。

 となると、もしやあちらも何か隠密に作戦を実行しているのだろうか。何を狙っているのか分からないがこの一抹の不安が杞憂で終わればいいのだが。

 頭上では今なお赤い魔弾と黄緑色の閃光が激しくぶつかり相殺し合っている。さすがにこれだけの爆発音を聞いていると耳がおかしくなってきた。

 それにしても先ほどから立ち向かってくる連合軍に対してスタンロッドを惜しみなく使っているが、倒しても倒してもキリがない。エリスタ所属のギルド総動員という情報は事前に知らされていたが、さすがに体力の限界がやってきていた。スキルを発動するための魔力も徐々に底を見せつつある。このあともまた勇者パーティの誰かと対峙するかもしれないし、ここは極力スタンロッドだけで潜り抜けて魔力回復をしたいところだ。

 無我夢中で次々と襲い掛かってくる連合軍を蹴散らしてきたが、いつの間にか閃光魔法の発動者の近くまで攻め入ることに成功していた。だがその前に凛として立ちふさがる二人の男女が行く手を阻んだ。男は顔に大きな傷があり、その下に構える巨躯も傷だらけだった。手にはトゲのついたナックルが装備されている。もう一人の女は体格は普通ながらも長身で切れ長の目をしており、中華服に似た服装に身を纏って背丈と同等の長さの棍を持っていた。

 うーん、あのふとももの部分のチラリズムがこれまた……って言ってる場合じゃなーい。


「よくもウチのモンを痛めつけてくれたな。ダルギアギルドリーダー、このダルギアが皆の敵を取ってくれるわ!」

「落ち着けダルギア。相手はタリオ殿を打ち負かした者だ。私とお前でも勝てるか分からん」

「うぐっ……そうだな……すまんウェイラ。俺としたことが熱くなっていた」


 なんだあの二人の威圧感は。タリオから感じ取った、覇気にも似た空気をあの二人からも感じる。

 確かギルドリーダーと言っていたな。皆の上に立つ者ということは実力も相当なものであると容易に理解できる。隣にいるウェイラという女はサブリーダーといったところか。しかし、今ここで上位クラスの二人を相手にするのはかなりキツイな。エルハちゃんがいるとはいえ彼女はあくまでサポート役であり、戦闘が不得手なことは火を見るよりも明らかだ。

 どうしようか悩んでいる暇もないまま、向こうから二人同時に仕掛けてきた。


「っ!?」


 一瞬目を疑った。巨躯であるダルギアの体が俺のすぐ前に移動してきたのだ。


「おらぁっ!」


 右手を振り下ろしたダルギアの腕をよく見て、瞬時に回避行動を取る。俺は自分の反射神経の良さに心底感謝していた。

 身を躱したすぐ横でダルギアの拳が地を砕く。しかしそれを見ている余裕すら俺にはなかった。間を置くことなく避けた先で俺の額に向かって棍が突き出されていた。ダルギアの巨躯でウェイラという女の姿を見えなくしていたことが俺の反応を鈍らせたのだ。俺はパフォーマーのようにバク転や側転などできないし、回避時にそんな超人じみた回避行動を取ることはできない。なんとか地についた片足で体を捻るが、ウェイラが突き出した棍は俺の左肩に直撃した。


「ぐぁ……っ!?」


 声にならない叫びが漏れ出たあとに痺れるような感覚が全身を駆け回ったかと思いきや、休む暇もなく激痛が走り抜ける。まるで左腕がなくなったような、そんな感覚だった。

 

「タクトさん!? 待っててください今治療します!」


 後方でエルハちゃんが肩を押さえている俺に向かって手を翳した。

 すると直撃を受けた肩の周りに二匹の緑の妖精が現れ、そのまま手を俺の肩に置いた。

 これがエルハちゃんの二つ目のスキル【癒精ゆせいの双子】である。スキル効果は妖精が対象に触れている間、傷が回復し続けるという便利な回復スキルである。ただし妖精自身にも当たり判定があるため攻撃を受けると消滅してしまう。


「まさか回復魔法か!? くそっ、ならば先にあの術者を叩いた方がよさそうだな!」


 しまった、敵の目の前で回復魔法を使ったら敵の対象がエルハちゃんに移るのは当然のことじゃないか!

 ダルギスが地面から拳を引き抜き、エルハちゃんに標的を変えた。

 くそっ、魔力の残量がどうとか言ってる場合じゃねえ!

 俺は即座に【揺るがぬ体軸】を発動させると、敏捷をあげてウェイラを蹴り飛ばしダルギアに向かって地を蹴った。同時にダルギアの姿も消える。

 やはりそうか! 奴も強化スキルを使っている!

 消えたと思われたダルギアの体は一瞬のうちにエルハちゃんの前に到達していた。


「死ねえええええええ!」


 ――ガキィン!


 エルハちゃんに向かってダルギアの振りかざした右拳が途中で止まった。いや、俺が止めた。俺は限界まで引き上げた敏捷を使って二人の間に割って入り、背中に携えていたヴァルジオを取り出して刀身でその拳を受け止めた。


「ほう、俺より早く動けるとは大したものだ」


 拳とヴァルジオの鍔迫り合いが続く中、ダルギアが俺の目を見て言った。やはり力勝負ではタリオと同じくこちらが不利か。徐々に押されつつある俺はダルギアを見たまま叫んだ。


「エルハちゃん下がるんだ!」

「は、はい!」


 そう言ったと同時にダルギアの左拳が今度は下からボディブローのように飛んでくる。この状態では下からの攻撃には対応できない。俺は咄嗟に鍔迫り合いの続いているヴァルジオの刀身をずらすと、ダルギアの右拳を火花を散らしつつも刀身の上を滑らせるようにいなして態勢を崩させた。

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