第11話 エリスタの戦い(2)
さて、どうしたものか。戦うという結論に至ったもののタリオの懐に潜り込むのは相当難しい。スキルを使うのも一つの手だが、【炎宴】は対象にぶつかった時の威力が凄いため、この距離では間違いなく俺自身も巻き込まれる。自爆で自身を犠牲にするのはどこぞの岩石とかボールに担ってもらえばいい。かと言って【死の瘴気】を使うのも躊躇われる。これを使ってしまうと何のために敵の鎧をひん剥いて無力化したのか分からなくなってしまうからだ。敵を傷つけず、かつ武装を解くのがあくまで俺の目的であって死に至らしめる【死の瘴気】は使えない。
だがそんなスキル縛りの状態で勇者のパーティに属するタリオに勝てるのか?
答えはもちろんノーだ。奴の攻撃が鈍速とはいえ、一撃を振るうごとに暴風と化した風がこちらに襲い掛かってくる。タリオの唯一の隙である大きな斧を振りかぶったあとにこちらが反撃を仕掛けるという作戦を困難にしている要因だ。
こうなったら敵を慢心させるしかない。
俺はヴァルジオを構え直すと神経をタリオ一人に集中させた。
「魔王軍に与するヒューマンよ! 貴様の実力、いかほどのものかなー!?」
言い終えると同時にタリオがその場で斧を薙いだ。暴風が襲い掛かるが、咄嗟に【揺るがぬ体軸】を発動して足に込める力を倍増させて踏ん張る。目を開くことすら困難な状況で追い打ちをかけるようにタリオが飛び上がり、斧を振り下ろしてきた。それを察知した俺は力を倍増させた足で地を強く蹴り、横へと身をかわす。今までいた場所に斧が深く突き刺さり土が跳ね上がった。
ダメだ、反撃できる隙が見当たらないどころかこちらが回避行動で体力を消耗させられるような攻撃ばかりを繰り出してくる。
俺が浅はかだった。こいつは脳筋なんかじゃない。相手の体力の削り方を知り尽くしている戦闘のプロだ。
「逃げ回ってばかりではこのタリオは倒せんぞ!」
地面に突き刺さった斧を引き抜きながらもその表情は笑っていた。
だがそれでいい、もっと俺を見ろ。俺はもう相手の力量を見誤らない。だからこそ俺は力を抜いてお前に挑む。
「行くぞ!」
俺はヴァルジオを引きずるように走った。下から振り上げたヴァルジオを待ち構えるようにタリオの斧が上から振り下ろされる。火花が散ると同時に強烈な振動を覚えた俺は体の内側から揺さぶられているような感覚に陥った。それもそのはず。俺が【揺るがぬ体軸】を発動したのは足のみで腕には強化をしていなかったのだ。間を置かずに流れこんできた衝撃でヴァルジオを持った両手が痺れ始める。
「がははーっ! 俺様の一撃を受け止めきれるものかー!」
タリオの言う通り、俺はその一撃を受け止めきれなかった。下から振り上げたヴァルジオは弾き返されるように叩きつけられ、あまりの衝撃に俺の手からヴァルジオが離れた。タリオの表情が勝利を確信した物に変わる。
そうだ、俺はそれを待っていた。
人間は勝利を確信した瞬間、決着がついていなくても安堵することが多い。それが例え一瞬のものであっても俺にとっては隙と同じものに変わりない。
俺は痺れる腕を駆使し、懐にしまってあったある物を素早く取り出した。腕には強化スキルをかけてはいない。だが足には強化スキルをかけている。本来は全身にかけるスキルを。
タリオは俺が何かを取り出したのに気付いたようだがもう遅い。俺は地を蹴った。おそらくタリオからしてみれば俺が一瞬で消えたと錯覚してしまうだろう。今の俺はそれほどまでに敏捷があがっているのだ。
タリオが振り向いた時にはもう決着はついていた。
「あっ……がっ……!?」
タリオの背後に回り首筋に打ちこんだ物――それは強力な電流が流れるスタンロッドだった。どんな屈強な巨体でも首筋に直接電流を流しこまれてしまえば無事では済まない。
タリオは数秒ほど痙攣で細かく震えていたがやがて白目を向き、塔がゆっくりと倒れるようにタリオの体もまた地に倒れた。
俺はあえて素の速さでタリオに駆けていき、素の力でヴァルジオを振るうことによってタリオが競り合いに勝つように誘導した。スキルをかけた足であれば一瞬でタリオに近づけるが、それでは相手の警戒が解けていないままの状態で突っ込むことになってしまう。そこであえて普通に駆けていくことにより、タリオにこれが俺の精一杯の速さだと見せつけ、勘違いを生じさせる。下からヴァルジオを振り上げたのもタリオが鍔迫り合いで優勢になるように仕向けた作戦だった。もちろんその時に生じる衝撃を生身の状態で受ける覚悟はしていたが、予想以上の衝撃に思わず涙が溢れそうになったことは口が裂けても言えない。だが俺の予想通り奴は一瞬だけ慢心した。勝利を確信してしまった。それが俺の狙いだとも知らずに。
「タ、タリオさんがやられたーっ!?」
それを見ていたエリスタの連合軍が悲鳴ともとれる叫び声をあげ、混乱に陥っていく。
とりあえずこれで敵の前線は突破したか……。
そう思った矢先だった。
「っ!?」
こちらに向けられる一瞬の殺気を俺は逃しはしなかった。
俺の視線の中で何かがキラリと光り輝いたかと思いきやそれはすぐに俺の目の前にまで到達していた。無意識に顔の位置を少しだけずらして避けることが出来たが俺の頬を掠めたそれは、後方にいた味方に突き刺さるや否や爆発した。
掠めた時にできた頬の切り傷から血が滲んでゆっくりと流れ落ちていく。俺は今、間違いなく死と対面するところだった。顔をずらしていなければ確実に射抜かれていた。
俺からは視認できないが、向こうからは俺を視認できている。ということはこの矢を放ったのは他でもない、勇者のパーティの一人、ダークエルフのエレナだ。
マズイな、またあの速度の矢が飛んできたら次こそ射抜かれる。
と、その時だった。
「タクトさん、お怪我はありませんか!?」
「あれ、エルハちゃん!? なんでここにいんの!?」
予想外の出来事だった。安全なところで待機していたはずのエルハちゃんが前線まで出てきている。
「さっき前線から爆発する音が聞こえて……それでタクトさんのことが気になって、居ても立ってもいられませんでした」
今すぐエルハちゃんには安全なところへと戻ってもらいたい気持ちでいっぱいだが、彼女の【風纏の五つ葉】ならエレナの矢を受け止めてくれるかもしれない。
いざという時は俺の体を盾にして守ればいい。
俺は一種の賭けをするようにこのまま前線を押し上げることにした。
「この私が狙いを外しただと……?」
盛り上がった丘の上で長い黒髪を揺らし、弓に矢を番える彼女はダークエルフのエレナ。彼女は矢にエンチャントスキル【
おかしい、この私が……なんだこのモヤモヤした感情は……私が標的を射抜けなかったことは今まで一度もなかったのに。
「何者なのだ、あいつは……」
再び矢を番え、標的に狙いを定めているとその隣に新たな敵を視認した。白いフードを被り、顔を見られないようにアイマスクを着けた軽装のバトルスーツを着た者。
あの雰囲気……イルに似ている?
エレナは生まれながらにして人から発せられるオーラを視ることができる。種族によって色が異なり、また喜怒哀楽の変化によりその色がさらに変化する。エレナの目には、白いフードを着た者から発せられる黒ずんだ黄緑色のオーラと喜を意味する黄色のオーラが映っていた。
あの者のオーラは黒ずんではいるものの黄緑色のオーラを発するのは二種族しかいない。一つはダークエルフ、そしてもう一つが――
「エルフ……っ!?」
彼女は気づいてしまった。標的の隣に立つ者がエルフだと。そしてあの者のオーラが黒ずんでいるのは魔王軍に身を置いているからだと。
「なんということだ……私はいったいどうすれば……」
魔王軍は我々に害を与える者だ。容赦なんてする必要はないだろう。
頭では分かっているもののやはり同じエルフとしてはどんな理由であれ、同族殺しをするのは嫌だった。
もしかしたらあの者は理由があって魔王軍に身を置いているのかもしれない。
エレナは丘の上で一人、矢を番えたまま葛藤と戦うのであった。
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