第10話 エリスタの戦い(1)

 さて、シャルの転移魔法で味方部隊の一番後方に転移したのはいいが、さっそく歓迎と言わんばかりに空を覆うほどの無数の矢が降り注いできた。


「動かないでください!」


 間を置かずにエルハちゃんが手を前に翳した。すると目の前に大きなつぼみ状態の五つ葉のクローバーが現れ、クルクル回転したかと思いきや宙に咲くように開いた。

 これがエルハちゃんのスキルの一つ、【風纏かぜまといの五つ葉】である。

 防御に特化したスキルで無数に飛んできた矢をすべて受け止める。


「助かったよエルハちゃん」

「いえ、これくらい当然です!」


 エルハちゃんの頼もしいサポートに俺も成果を出さなければという気持ちが湧いてきた。俺は背中に携えていたヴァルジオに手を伸ばし、一呼吸してから構えた。

 この状況を打破するためにはまずは敵の前線部隊を無力化しなければいけないな。そうなるとあの手しかないんだが……やだなあ……。

 体は努力次第で鍛えることができるが、『それ』はよほどのことがない限り鍛えることができないもの。俺もが弱かったせいでエルハちゃんを騙し通すことができなかった。

 俺はヴァルジオに対象、刀身の長さ、斬範囲を思念で送り込む。


【対象:魔王軍を敵と認識した者。斬対象:???】


 ヴァルジオが瘴気を纏ったのを確認し、俺はもう一度深呼吸をした。これは精神統一をするための深呼吸ではない。今から俺が相手にする出来事をしっかりと自分で受け止めるための覚悟を込めた深呼吸なのである。俺は覚悟を決め、ヴァルジオを横に構える。


「すまん……」


 俺はその一言と共に、ヴァルジオを横に薙いだ。宙を斬ったと同時に、透明になった刀身がソニックブームのように右から左へと俺の前にいる魔王軍の者の体をすり抜けていく。対象は魔王軍を敵と認識した者だから、もちろん味方には当たらない。だが、この軍勢の向こうにいる敵の連合軍にはこの刀身が反応し、確実に斬れているはずだ。

 その証拠として敵の悲鳴が次々と上がっているのが聞こえてきた。


「きゃーっ!?」

「うお!? なんだこれどうなってやがる!?」

「俺の……俺の愛用パンツがーっ!?」


 ……うん、ホントにすまん。俺が斬対象に指定したのは【敵が身に着けている物】。まあその……つまり鎧とか下着とかになるんだけども。だからさっき言ったなかなか鍛えられない『それ』っていうのは心のことなんだよね。まあいくらメンタルが強くても戦場のど真ん中で素っ裸にされるなんて予想できないし、思わず羞恥心が自身を襲うだろう。

 俺の狙い通り、素っ裸になった者は男女問わず股間や胸を隠しながら後方へと逃げ帰っているようだった。


「あんた……ド変態ね」

「おいやめろ、その言葉は今の俺にクリティカルで効く」


 いや、でも一番後方から攻撃を放ったし俺の姿は敵からは見えないはずだから誰の仕業なのかは相手に知られていないだろう。

 こんなことをしたのが敵にばれたらホントに悪名高くなっちゃうからな。変態の烙印を押されても文句言えないレベルだし。

 しかし俺の決死の覚悟のおかげで魔王軍が巻き返し始めたようで前線が徐々に上がり始めた。さっきの俺の攻撃をなんらかの方法で躱した者も結構いるのか前方で砂塵が吹き荒れたり、光の斬撃が飛んだりしている。一際目を引いたスキルが味方のスキルと思われるもので、敵の体が後方からでも視認できるくらい高く浮いたかと思いきやそのまま何かに吸い込まれて消えていくという恐ろしいスキルだった。共存の道を目指すためとはいえ、やはり戦いで犠牲が出るのは仕方のないことだ。


「とりあえず俺は前線に出る! エルハちゃんは安全な位置で支援を! シャルはどうする!?」

「あたしも前線に行くわよ。あたしの力を見せつけりゃ敵の戦意も削げるでしょ」


 ごもっともである。俺は魔王軍に紛れながら前線へと走った。シャルは漆黒の翼を広げ、地を蹴り空へと飛びあがった。

 っていうか翼あったんかい。ちくしょういいなー!

 頭上でシャルが持っていた傘の先端を相手に向けるように構える。いったい何をしているのか気になったが、すぐに答えが分かった。


「歯ァ食いしばらないと痛いわよ!」


 傘の先端から射出される赤い魔力の弾丸。それはまるで機関銃のように物凄いスピードで撃ち出されていた。辺り一面が赤色に彩られる中、俺はようやく前線にたどり着こうとしていた。

 いや、ちょっと待て。いくらなんでも前線にたどり着くのが早くないか? 押し返しているなら前線はもっと先のはずだろ?

 俺は前線の手前で何かが宙に巻き上げられたのを見てすぐに悟った。魔王軍の兵が宙を飛んでいる。ボーン、ゴブリン、オークなど種族を問わずに。そしてこの横から叩きつけられるような暴風にも似た風を感じた時、この先に待ち受けている者の正体をすぐに察した。


「うははーっ! 魔王軍とはこんなにも脆弱なものか!」


 鍛え上げられた肉体に見合った大きな斧を振り回し、周りの魔物たちを一掃する様はまさに一騎当千に値する輝きを放っていた。

 間違いない、こいつは――




「タリオか……!」


 大きな斧を軽々と振り回し、遠心力を利用して身の周りの風を暴風に変えて魔王軍の兵士を巻き込む。足に込めている力を少しでも緩めれば俺の体もすぐに持っていかれそうな勢いだ。これでは前線が下がるのも仕方ないが、誰かが食い止めなければまた押し返されて形勢が逆転しまう。正直、力比べの時点で俺が圧倒的不利なのは目に見えている。しかもこいつ、俺の攻撃を受けてもはや破れて千切れそうになったパンツしか穿いてないのに、全然気にしている様子が見受けられない。

 こりゃ脳筋野郎ってヤツだな……。だがしかーし! こんなこともあろうかと魔王城にある魔道具屋にお願いしてある物を作ってもらったから対策はバッチリだー!

 そう、俺は自分より格上の相手に万が一遭遇した時用にある物を持って来ている。この世界には本来存在しない、異世界転生者であるが故に思いつくオリジナル魔道具を。

 俺はヴァルジオを地面に突き刺し、暴風に吹き飛ばされないようにしながらタリオの前へとたどり着いた。

 タリオが俺に気付くや否や、大きな斧を振り回すのをやめて怪訝な表情を浮かべた。


「おい、お前。ヒューマンだろ? 何やってんだ?」


 さすがは脳筋。この状況でも察することはできないか。だがそれでいい。アレを使うのは卑怯だがこいつにはここで退場してもらう。


「実は魔王軍に捕らえられていたのですが、命からがら逃げてきたのです! 助けてください!」

「なんだと!? よし、俺の後ろに来い! そうすれば安全だ!」


 単純な奴だ。

 俺は満身創痍のフリをしながらタリオの横を通り過ぎて後ろに回ろうとした。突然の殺気が俺の体を走り抜ける。本能に身を任せ、急いで体を地に伏せるとその上を大きな斧が振り抜かれていくのが分かった。


「がははーっ! あと少しだったんだがなー!」


 見誤った。こいつ……脳筋かと思ったが意外に考えを張り巡らせているタイプか。あと少し伏せるのが遅れていたら首を持ってかれていた。


「脳筋かと思ったが、引っかからなかったな」

「無傷のまま魔王軍の兵士をかき分けてやってきた奴が逃げてきたなんていう嘘誰が信じるんだ?」


 うーん、やっぱり俺嘘つくの下手だなー。

 羞恥心もない、だまし討ちも効かないとなるともはや残る手段は一つだけ。奴と戦って隙を見つけ出し懐に入ってアレを首に打ちこむ。こちらが扱うのは剣で、かたや向こうは大きな斧。武器の相性的に有利なのは向こうでまず間違いない。となると狙うのは大きい故の攻撃速度の鈍さ。タリオが斧を振り抜いた時にできる隙が唯一の突破口だろう。

 あとは俺の実力次第か……。

 俺とタリオは武器を携え、睨み合った。

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