第13話 エリスタの戦い(4)

 態勢を崩したダルギアの腹部にすかさずスタンロッドを打ちこもうとしたが、俺の視界が少し陰ったのに気付いた。


「っ!? 上か!」


 気配を追うように上を見上げるとウェイラが空高く飛び上がり、上空から落下する勢いに乗せて俺に向かって棍を突き出していた。天気が晴れていたおかげでウェイラの存在に早めに気付けたのが功を奏したようで俺が後ろに飛び退くことでその攻撃は容易に回避することができた。ウェイラは綺麗な着地を決めるとダルギアの隣に並んだ。


「ぬう、ことごとく攻撃を避けられる」

「あの速さは正直人外レベルだ。勇者でなければ出せないほどの速さだろう。見たところヒューマンのようだが魔王軍に加担しているとは解せぬな」


 この世には言いたくても言えない理由がいくらでも存在する。俺の場合、魔王に騙されて契約書にサインしてしまったという事実である。俺だってこちらにいる理由を明かしたいとは思っている。でも出来ないのだ、理由があまりにも恥ずかしすぎて。

 俺は口から出かけた言葉を呑みこみ、代わりに別の言葉を吐き出す。


「俺にも色々あったんだよ……」


 理由は明かせないが、遠回しに苦労してますアピールをしておけば相手にも伝わるだろう。

 いや、そんなところに気を使っている場合ではなかった。左手にはスタンロッド、右手にはヴァルジオを携えたいわゆる二刀流みたいな状態になっているが、これは決して効率のいいものではない。両手がふさがっているということは回避行動を取った時に地に手をつくことが出来ないという欠点があるのはもちろんのこと、持っている武器の重さが左右で違うためバランスが悪くなってしまうのだ。正直片手でヴァルジオを振るうのはかなりキツイが、あの二人の相手をするとなるとそんなことは気にしていられない。

 相手にはこの敏捷性がどれだけ脅威なのかはすでに理解されている。ウェイラの方は分からないが、ダルギアの方は俺より敏捷性に劣るとはいえ強化スキルの持ち主故に俺の速さを捉えることは出来るだろう。となれば先に倒すべきなのはウェイラの方か。

 エルハちゃんの【癒精の双子】のおかげで左肩の痛みはすでになくなっていた。治療を終えた双子の妖精もいつの間にか消えている。

 俺は【揺るがぬ体軸】を頭の中で唱える。今回は足だけではなく全身に力を付加した。敏捷性は下がるが、ダルギアの力に対抗するためにはこれしか手はない。


「来るぞダルギア」

「おうよ、止めてやらぁ!」


 俺は地を蹴り、躍動へと身を乗り出した。やはり俺の姿をダルギアは捉えられているのか、すかさずウェイラの前に移動すると同時に反撃とばかりに右拳が俺の顔へと突き出されてきた。しかしその行動は予想済みだ。右手に持っていたヴァルジオでいなしたあとにスタンロッドをダルギアの右脇に打ちこんだ。


「うぐっ……!」


 当たりが浅かったのかダルギアの体はよろけはしたが膝をつくだけで倒れはしなかった。だがこれでいい、俺の狙いはウェイラだ。強化している敏捷性の最大限を引き出して俺はまた地を蹴った。ウェイラの後ろを取ったが、彼女はまだ前を見たままだ。すかさず左手に持っていたスタンロッドで首筋を狙った。

 

 ――貰った!

 

 そう思ったのはほんの数秒だった。横から振り抜いたスタンロッドがウェイラの首筋に届くことはなかった――何かに遮られて。


「その速さについて来れないと睨んで先に私を狙ってくるのは無難な選択だ。だが、無難すぎたな」


 ウェイラは今も前を向いたままだった。スタンロッドとウェイラの首筋の間にあった物。それは彼女が武器として扱っている棍だった。

 前を向いたまま防御したというのか……!?

 ウェイラは防御していた棍でスタンロッドを弾くと素早く体を回転させて横に薙いだ。俺の左脇腹に棍が直撃する。


「いっ……!?」


 思わぬ反撃に俺の体は反応できなかった。鎧も着て全身強化しているとはいえその攻撃はしっかりとした痛みと認識され体は自然とよろける。ウェイラは攻撃の手を緩めることはなかった。まずは左肩に棍が振り下ろされ、同時に右のわき腹部分にもめり込む。右足、左足と多段攻撃されたかと思えば、トドメと言わんばかりに腹部に弾丸のような強烈な突きが打ちこまれた。

 息をするのも辛かった。熱が意思を持ったかのように全身を駆け巡っている。

 気付いた時にはスタンロッドとヴァルジオから手を離し、膝と手を地につけていた。伸びた影が俺に近づいてくる。


「その速さは見事だ。だが私の目はその速さをも捉えることができる」


 俺は体の痛みを噛みしめがら頭をあげウェイラの目を見た。その目は青みがかった黒色で見た者を釘づけにして動けなくするような、そんな目だった。


「貴様を捕らえて連れ帰り尋問する。もちろん情報を全て吐き出したあとは貴様には死が待つのみだ。しかし冥土の土産を持たせないのは失礼だな。困惑しているようだから冥土の土産として私のスキルを教えてやろう」


 自らスキルをバラすなんて何を考えているのかと思ったが、満身創痍状態の俺をさらに絶望のどん底に突き落とすような言葉がウェイラの口から飛び出してきた。


「私のスキル【猛隼もうじゅん目時めどき】はあらゆる物の速さが通常よりも遅く見えるという代物だ。故に貴様が飛び抜けた敏捷性を持っていたとしても、私にとっては捉えられない速さではないということだ」


 なんということだ……まさかそのようなスキルを持っていたとは。これでは敏捷性を利用した攻撃が通用しない。

 俺はだんだんと鼓動が早まっていくのを感じた。心臓が耳の横についているのではないかと錯覚するくらい大きな音でドクンドクンと脈打っている。

 捕らえられれば死ぬ。その事実は満身創痍の俺の体を奮い立たせるのに十分な言葉だった。何度も棍で打たれた両足を踏ん張り、震える両手で地に転がっていたスタンロッドとヴァルジオを拾い直し立ち上がる。


「ほう、それを聞いてもまだ立ち上がるか。心を折るために言ったつもりだったのだがな」

「うるせぇ……まだ負けてねえぞ……っ!」


 ウェイラの後方では、スタンロッドで受けた痺れから回復したダルギアが魔王軍のオークやゴブリンの足止めをしていた。ダルギアがこちらの援護に来ないのは助かるが、裏を返せば味方もこちらの援護に来れないということだ。つまり俺は今孤立した状態で尚且つ瀕死という過去最悪の絶望の淵につま先で踏ん張っている状態である。

 しかしここで俺はあることに気付いた。あれだけうるさかった魔弾と閃光の応酬が止んでいる。

 そして俺は目があった。ウェイラの頭上で腰に両手を当てて仁王立ちしているような態勢の誰かと。

 その影はウェイラにも存在を気付かせた。


「何者だ!?」


 ウェイラは空を見上げるが、太陽の光が眩しくてその者の顔をしっかりと見ることができなかった。ただ、その者が手にしている物の先端がこちらに向けられているということだけは理解することができた。そしてそれがどういう意味なのかも一瞬遅れて理解した。


「くぅっ!」


 ウェイラは顔をしかめつつその場から飛び退いた。次の瞬間、その者が手にしていた物の先端から赤い魔弾が放たれた。


「がぁ……っ!?」


 なんと、回避行動を取ったはずのウェイラの背中に魔弾は直撃した。ウェイラが回避行動を取ることを先読みして回避先に魔弾を放ったのだ。ウェイラは目を白黒させ、うつ伏せになりながらそのまま地に倒れた。

 直撃したら気絶するレベルの攻撃とはなんとも恐ろしい。


「感謝しなさいよタクト! あんたがボコボコにやられてるを見つけて助けに来たんだから!」


 シャルが俺の近くに降りてきた。あれだけの魔弾を撃っていたというのに疲れた表情一つ浮かべていない。


「ホントすまんかった」


 それ以外返す言葉がなかった。やはり前に思っていた俺が足を引っ張るのではないかという不安は大いに的中した。自分の実力不足に歯がゆい気持ちでいっぱいになったが、ここはまだ戦場だ。反省ならあとでいくらでもできる。


「次はダルギアをなんとかしないと――」

「倒したわよ」

「え゛っ?」

「あのでかい傷だらけのおっさんでしょ? 後ろから一発ズドーン!って撃ちこんだら気絶したわよ」


 俺の苦労はいったいなんだったのか。いや待て、そもそもただの冒険者と魔王の娘の力量を比べる方が愚かな行為だ。結論としては当たり前のことなのだが、それでも俺はなんとも言えない気分になった。とはいえシャルのおかげで俺は命拾いしたのだからしばらくは頭が上がらないことだろう。

 十中八九、助けたことをチラつかせてまた何か要求してくるだろうな……。

 そんなことを考えながら俺は今後の立ち回りについて思案する。

 残りのエレナ、イル、そして勇者アレクを倒せばこの戦いに勝利できる。

 その道のりはまだまだ長い――。

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