第27話 ×尋問 ○話し合い

「まあいいわ。タクトさんはいつでもパフ出来るし、今は報告優先ね」


 パフってなんだパフって。いや先ほどのアレというのは確かなんだがもうちょっと言い方とかないのだろうか。

 俺はダスティア様がベッドに腰を下ろしたのを見届けたあと、口を開いた。


「俺達は第十魔軍隊と合流後、勇者アレクのパーティと衝突。激戦の末勝利。その後エリスタ陥落。あの領主は、今後一切エリスタに近づかないことを条件に逃がしました」

「そうですか……まあもう知ってたんだけどね!」

「……」


 なんだあのテヘペロー☆みたいな表情で舌を出す人は。いまだにあの人がホントに魔王なのか確信を持てないこともあるほどマイペースというか軽いというか……。どうもこちらのペースを乱されてしまう。


「ということで物凄く頑張ったタクトさんには私と添い寝する権利を――」

「いりません」

「えーそんなー! 私寂しいー!」


 急にベッドに横になって転がり始めたぞ。あ、あれは子供が駄々をこねる時と同じ動きだ! やめてくれー! 貴方仮にも魔王なんだから威厳持ってくれよー!

 ダメだ、俺は子供のあやし方なんて知らない。よってこの場の流れを変える術すら俺は持っていない。いや、一つだけあるにはある。むしろこうなってしまってはその一つに頼るしかない。不本意ではあるが、これを言うしかない。


「分かりました。添い寝しますよ……」

「チョロいわねタクトさん!」


 その言葉を聞くや否や、ダスティア様はしたり顔で上体を起こした。 


「なっ!? 今のは演技!?」

「ふっふっふ……もう訂正は利かないわよ!」


 しまった、あれはダスティア様の演技だったのか。あまりにも子供っぽい言動だったから本気かと――いやあれ本気だっただろ絶対。本気だったうえであの言動を行っただろ。

 この人との対話はいつも俺が振り回される結果にしかいかないのだが、最初から分岐ルートなど配置されてないのだろうか。ダスティア様の真面目ルートがあるのなら今すぐに用意してほしい。って、そんなことを考える場合じゃなかった。


「話を戻しますよ! 今回、俺だけを呼び戻したのはあの件も関係してるんでしょう?」

「まあそうね。貴方なら……いえ、貴方にしか出来ないわね……全員と刃を交えたのは貴方だけなんだから」


 俺がここに呼び戻された理由。それはアレクのパーティ全員と個別の話し合いをするためだ。あの戦いからすでに一週間が経っているが、あれからアレクのパーティがどうなったのかと言うと、四人共ここ魔王城へと連れてこられていた。エリスタの街に連れてくることも考えたが、あの時はまだ街が混乱していたこともあり、そんな状況で魔王軍に捕らえられたアレク達を見せるわけにもいかなかった。よって身の安全を確保できるここに転移で連れてこられたというわけだ。ちなみにアレク達は無理やり拘束されているわけではない。逃げださないように部屋の扉と窓には特殊な結界をかけてはいるようだが、それ以外は自由に動ける。


「タクトさんには今から一人ずつ会って話してもらいます。いわゆる取調べね。テーブルに卓上ランプを置いてお前がやったんだろー!って言うアレよ」

「いや話し合うんですよね? それ尋問ですよね?」


 そんなことをすれば完全に刑事ドラマになってしまう。あくまで話し合いで解決するのであって、強制的に従わせるわけにはいかない。


「でも一応服に何か隠してないかチェックはしてね。武器は預かったけど身体検査まではしてないから」

「えー……四人の内二人女性なんですけどー……」

「あら、タクトさんなら喜ぶと思ったんだけど」

「ちょっと!? 俺をしれっと変態認定するのやめてもらえます!? もうただでさえ不本意な噂流れてるんですからね!?」


 過剰な反論だと思うだろう。だがしかし、実際に不本意な噂が広まって白い目で見られる苦痛を一度でも味わってみてほしい。ホント辛いからマジで。

 ダスティア様には悪いが、さっさと話し合いに向かおう。この部屋にいるとペースが乱されっぱなしでどうも調子が狂う。


「と、とにかく! 早速俺行ってくるんで!」

「あ、ちょっと待ってちょうだい。念のためこの二つを渡しておくわね」


 俺が身を翻して扉に向かおうとすると、ダスティア様が立ちあがりとある物を渡してきた。なるほど、いざとなったらこれを使えということか。俺はその二つをポケットに突っ込むと、ここから逃げるようにダスティア様に背を向け扉へと向かった。何やら背中に熱い視線を浴びているような気がするが、俺は気のせいだと脳に無理やり言い聞かせ廊下へと出た。

 まずは誰のところへ行こう……まっ、戦った順番でいいか。しかし、さっきダスティア様も言っていたが身体検査をしないといけないのか。あいにく鎧は修理中だし、もし不意を突かれでもしたら――いや、考えるのはよそう。

 暗い廊下を歩いているせいかアレク達のいる部屋に近づくにつれ不安が徐々に募ってくるが、俺は首を振り迷いを断ち切る。


「……ふぅ」


 目的の場所に着くと、一つの深呼吸のあとに扉をノックした。


「誰だー!?」


 外にいるというのに思わず耳を塞ぎたくなるこの大きな声は間違いなくタリオのものだ。意を決して扉を開ける。


「俺だー!」

「誰だー!? ……って、お前かー!」


 出来るだけ平穏に事を進めたかったからタリオのテンションに合わせて入室したが、これが意外と疲れることが判明した。俺はタリオに危害を加えることはないと潔白し、続いてタリオの身体検査を行い、何も持ってないことを確認すると向かい合うようにテーブルを囲んだ。


「で、これからどうするのか聞きたい。魔王軍に負けたとなれば人々の目が冷たくなるのは当然のこと。言葉には出さないだろうが、影で蔑まれるのは回避できないだろう」

「がははーっ! それは困ったな!」


 ホントに困っているのかと思うほど、頭に手を当てて大笑いしている。一応こちらとしてもタリオの今後の生活に対して心配しているのだがあまり緊張感がないというのもそれはそれで困る。


「えーっと、笑ってる場合じゃないと思うんだけども」


 すると、タリオの表情が急に真顔になって喋り出した。


「……俺は今まで戦場で生きてきた。だが勇者のパーティとして戦い、魔王軍に負けたとなっちゃあもう戦場に立つ資格はない。かといって俺には帰る場所もない。両親はとうの昔に死んだんでな」

「……」


 戦場に立つ資格はない。その資格を奪ったのは紛れもなく俺だ。いつだって誰かが喜んでいる傍らで誰かが悲しんでいる。俺達がアレク達との戦いに勝ち、エリスタを解放できたことに対する喜びを覚えたのと対照的に、俺達に負けたアレク達は負けたという事実を突きつけられている。しかもエレナとイルに関しては確実に俺のせいでもあるし、この後会わなければならないのが正直辛い。でも逃げてはいけない。責任は取らなければ。


「だったらこの際魔王軍に従軍してくれたら俺的にも――」

「さっきも言っただろう。俺にもう戦場に立つ資格はない」

 

 分かっていた。分かっていてもどうしても聞いておきたかった。そして予想通りタリオはそれを拒んだ。俺は返答を聞いて少し考えたあと、残酷とも言える結論にたどり着くと先ほどダスティア様から渡された魔道具を二つとも取り出し、タリオに見せつけるようにテーブルに置いた。


「ん? なんだそれ?」

「ああこれか。ただの砂時計さ。時間を計らないと予定が狂うんでな」


 俺は取り出した魔道具の一つを掴むとタリオの目の前に差し出した。大きさ十センチほどのこの砂時計は【時忘れの砂時計】と言って、対象に指定した者がこれを見ると、自分が今まで何をしていたのか目的を忘れさせることの出来るとても希少な代物である。つまりただの砂時計というのは嘘で、これを使ってタリオにとって一番重要な『冒険者として戦う』という目的を忘れてもらう。誰がどう見ても俺のしていることは残酷極まりない物だろう。だがこれが今後タリオが生きていく上では最善の手段だったと俺は思っている。


「あ、あれ……俺は、いったい……」


 タリオの砂時計を見る目が虚ろになってきた。すかさずもう一つの魔道具を手に取り、タリオの目の前に差し出す。

 【魅了の瞳】。催淫効果を持つサキュバスの魅了の瞳をモチーフにして作られた義眼。これは対象に指定した者の記憶を改ざんできる危険な魔道具である。故に砂時計と同じで、滅多に出回ることのない超希少な魔道具なのだが、まあ魔王が持ってても不思議ではないな。


「お前は小さな村で畑を耕す農民だ……お前は小さな村で畑を耕す農民だ……」


 いわばこれは暗示をかけるやり方で何度も同じ言葉を刷り込めば対象の脳がそれを輪唱し、嘘の暗示が徐々に事実の記憶としてそれを認証してしまうのだ。


「お、俺、は……農民……」


 完全に術中に堕ちたタリオの目は虚ろなままで体が左右にユラユラ揺れている。そしてしばらくの間ブツブツと小言を言いながらただ座っていたが、やがて眠りに堕ちるようにテーブルに突っ伏した。

 これでタリオは冒険者として戦うという目的を忘れ、さらに自分は農民だと勘違いした。しばらくは起きないだろうし、あとでシャルに頼んでどこか静かな村に転移してもらおう。

 俺は足音を立てないように忍び足で歩き、扉をゆっくりと開けタリオの部屋を後にした。

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