第28話 続・話し合い
再び薄暗い廊下に出ると、タリオの部屋と向かい合うようにある真正面の扉をノックする。
「……入っていいぞ」
中から凛とした女性の声が聞こえてきた。扉に手をかけ、中の様子を窺うようにゆっくりと開けた。そこには褐色の肌に艶やかな黒髪を下ろしたエレナがイスに腰を掛けて紅茶を飲んでいた。俺の姿を見るなりカップを静かにテーブルに置き、そして立ち上がった。
「やっと来たか……まずは身体検査からだろう?」
何故かこちらの段取りを把握しているようだが、そんな淡々と言われても女性の身体検査とか思春期の男子にはかなりキツイのだが。俺は生唾をごくりと呑みこみ、目を瞑りながら肩や腰に手を当てていく。
「おい、目を瞑っていては身体検査の意味がないだろう」
「こうでもしないと俺には刺激が強すぎるんだよ!」
「……ふっ、あははははっ! お前は本当に優しいやつだな。私が道を譲った時に不意打ちを仕掛けたのも私を助けるためだったのだろう? 私が道を譲ったのではなく、お前が私を倒した……と他の者に見せつけるために」
そこまでお見通しだったのか。てっきり不意打ちを仕掛けたことに怒っているのかと思ったが、杞憂だったようだ。
「服の中も調べた方がいいのではないか?」
「……いや、女性にそこまで出来ない」
「甘いな、もし私が下着の中に武器を隠し持っていて突然襲い掛かったらどうするつもりだ?」
「そんなことしないだろう?」
数秒の沈黙。俺はエレナの瞳から自分の瞳を逸らさなかった。お互いに言っていることや思っていることが真意かどうかを確かめ合うように見つめ合う。だが、この静かな雰囲気に耐えられなかったのかエレナが視線を少しずらした。
「あまり見つめないでくれ……その……恥ずかしいのだが……」
戦場では終始凛とした態度だったが、案外かわいい一面も持っているようだ。……ってなんか俺も恥ずかしくなってきたー! 女性の瞳をあんなに長く見つめる機会なんてそうそうなかったから、なんか今になってめっちゃ恥ずかしいことした気分なんだけど!
頬に熱が灯り始めたところで、この部屋の気まずい空気の流れを変えるようにエレナにイスに座るよう催促し、俺も向かい合うようにイスに座った。
「え、えっと……これからどうするか聞きたいんだけど」
「……一度故郷に戻りたいと思っている」
エレナの故郷。すなわちダークエルフの国ウルファス。あまり外交的ではないが、仲間と同族に対しては並々ならぬ思いやりを持ち、不殺の誓いを立てている民族。たしかにそこならエレナの安全は確保されるだろう。
「少なからず懲罰は受けるであろうが、私の身から出た錆だ。潔く受けよう」
まあ死刑になるよりかは圧倒的にマシではあるが、それでも懲罰を受けなければならないとは、その事態に陥れてしまった当の俺としては面目ない気持ちでいっぱいになる。だが少なくともエレナには帰る場所があるし、身の安全も確保はできる。つまり時忘れの砂時計と魅了の瞳は使わなくてもいいということだ。
「んじゃ近いうちに転移でウルファスに連れて行くからそれまでここで生活してくれ。外には出れないが、居心地は悪くないはずだ」
「うむ、確かにここの暮らしは悪くはない。なんならここで暮らしてもいいくらいにな」
「えっ、それって――」
「おっと、勘違いしないでくれ。私は従う相手は選ぶ方でな。魔王に従うつもりはない」
うーん、ちょっと残念な気がするが、まあ魔王に仕えるなんて軽い気持ちで出来るもんじゃないしな。っていうか仮にも敵対関係なんだし裏切り行為とみなされる可能性も十分にありえる。
「さて、私との面談はこれで終わりだろう。私はこの暮らしも嫌いではないが、イルは怖がりだから今も不安で仕方がないはずだ。早く行って安心させてやってほしい」
「分かった」
俺はイスを引き立ち上がると、エレナに背を向けて扉へと歩き出す。ふと、後ろで何か聞こえたような気がしたが空耳かと思い、気にせず歩いた。扉の前まで来て何気なく後ろを振り返ると、再び紅茶を飲んでいるエレナがいた。
順応具合が凄いな。
少し苦笑いしながら俺は部屋を後にした。
「……魔王には従うつもりはないさ……」
それが俺が聞き取ることのできなかった、エレナの呟きだった――。
「ふぇっ!? だ、誰ですか!?」
扉をノックした音に驚いたのか部屋の中にいる人物の声は裏返っていた。俺は驚かさないようにゆっくりと扉を開け、ひょこっと顔を出した。
「あ、貴方は……不意打ちの人!」
思わず肩をガクッと落としてしまった。エレナには真意が伝わっていたが、どうやらこちらには伝わっていなかったようだ。まああの瞬時の出来事で真意を汲み取ることの方が難しいのは当たり前なのだが。
「いやちがっ……ちがわないけども! ……正直あの時はすまんかった」
「卑怯です! 卑劣です! 外道です!」
おお……言葉の一つ一つが鋭い棘になって胸に突き刺さってくるこの感覚。それでも俺は目を閉じてすべてを受け入れる態勢に入っているからそのくらいの暴言なら屁でもない。
「むー……すっとこどっこいです!」
俺が平然としているのを悔しがっているのか、良くわからない野次まで飛んできた。俺からは何も言ってないのに、イルの目には涙が溜まっているのが見えたため慌ててなだめに入る。
「ほら、俺が悪かったから落ち着いて? な?」
「ふぇー……く゛や゛し゛い゛の゛て゛す゛!」
もしかして俺がイルを子ども扱いしてると勘違いしたのか、今にも泣きそうな表情で睨みつけられた。
なんだろう、エレナの時はすんなりと話し合いが終わったからイルもすんなりといけるかな、と思った俺が浅はかだったのかもしれない。くそう、とりあえず身体検査をしなければならないというのに、この状況では出来る気がしない。なんかこれ以上変な真似をするとマジで嫌われそうな勢いだし、しょうがない。身体検査は諦めよう。
「えっと、とりあえず座ってほしいなー……なんて」
「……分かったのです」
あれ、案外すんなりと応じてくれたな。まだしょんぼりした顔をしているが、まあ質問には答えてくれそうな雰囲気だし大丈夫そうだな。
「それで、キミはこれからどうするの?」
「……故郷に帰るのです」
ふむ、エレナと同じか。確かエルフの国イリアーデはダークエルフの国ウルファスと三十キロほど離れた場所にあるはずだ。エルフ族もダークエルフ族同様に仲間や同族を何よりも重んじ、国の安全面に関しても何一つ問題はない。ただ、エレナと違い、イルを国に帰すことによって一つの不安要素が浮かび上がってくる。そう、イルと同族であるエルハちゃんのことについてだ。エルハちゃんがエルフ族だということはイルにもすでに見破られている。なんとしても口止めをしておかなければならない。
「あのさ、俺の傍にいたエルフ族の子の事は黙っておいてほしいんだ」
「……では一つだけ聞いてもいいですか?」
「ん? 何?」
「何故その方は魔王軍に身を置いているのです?」
なるほど、やはり同族としては気になるところだな。でもどうやって伝えよう。俺のことが好きでついてきたと正直に言うべきか? いやでも自分で言うとナルシストみたいで気持ち悪がられそうだし……ああでも他の言い方というものが見つからない! ええい、こうなったらままよ!
「俺が彼女の事を好きだからさ!」
「ふ……ふぇーっ!?」
俺の目の前に座っているイルはそれを聞いた瞬間のぼせたように顔を真っ赤にし、口元が小刻みに震え始める。
……あれ、俺今なんつった? ちゃんと「彼女が俺の事を好きだから」って言ったよな……あれ、あれあれあれ? もしかして……逆にしちゃった?
「あ、あ、あ……愛の……愛の為せる技……なのですぅぅぅっ!」
「うおおおおおい!?」
イルがいきなり鼻血を噴射しながらイスから転げ落ちた。急いで抱きかかえるとイルはプルプルと体を震わせながら気絶していた。ただ、表情は物凄い笑顔だったことに俺は驚かざるをえなかった。
……エルハちゃんの件について返事を聞くことができなかったが、気絶してしまっては仕方ないな。
俺はイルを抱きかかえるとそのままベッドに寝かせて部屋を後にした。
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