第29話 勇者にも騙された!?

 さて、色々あったが残るはアレクだけか。アレクの性格からして「くっ……僕に勇者の資格なんてない! いっそ殺してください!」って言いそうな気もするが、残念だったな。くっころは女騎士専用なんだ。勇者であり、尚且つ男であるお前には不釣り合いなセリフなのだよ!

 俺は勝手な妄想をしながらアレクの扉をノックする。


「……どうぞ」


 中からの返事を聞いて扉を開けようとすると、その前に勝手に扉が開いた。どうやらアレクがわざわざ歩いてきて扉を開いてくれたらしい。だが少し俺と目が合うとアレクはすぐに踵を返し、テーブルへと向かって行ってしまった。俺もそのあとをついていく。


「今日はどういったご用件でしょうか」

「いや、今後どうするのか聞きに来たんだが……その前に身体検査をしないといけなくてな。服を脱いでくれ」

「えっ!?」


 女性の身体検査はあまりにも刺激が強すぎて中途半端な形で終わってしまったが、男となれば話は別だ。タリオの時なんて股間もしっかりチェックしたからな。いや別にそっちの気があるわけじゃなくて、男なら遠慮なく身体検査出来るよっていう確認だからな!


「はよ! はよ服脱いで!」

「え、いや、ちょっと風邪気味で服を脱いだら悪化してしまうのでそれはちょっと……」

「ええい! いいから……脱ぐんだよぉぉぉっ!」


 俺はアレクの穿いていたズボンに両手をかけ、一気に引きずり下ろした。


「――っ!?」


 アレクは声にならない叫びをあげていたが、俺には関係ない。男の身体検査などさっさと終わらせてしまい――たい?


「……あれ?」


 ズボンを足元まで引きずりおろしたのだが、その足は産毛ひとつ生えていないとても細く、綺麗なものだった。そのままゆっくりと視線をあげていき、やがて目に入ったのは白いパンツだった。だがこれはブリーフではない。中央に小さな赤いリボンのついた女の子が穿くようなパンツ。さらに視線を上にあげていくと、真っ赤になった顔を両手で覆い隠しているアレクが見えた。そんなアレクを見た俺の頭の中は混乱の渦で何が何やら分からない状態だった。

 アレクは女装好きだったのか!? 確かにあどけなさの残る顔は十分女の子に見えるが、勇者がそんな性癖を持っていたなんて……それも悪くな……じゃなーい! やばい、見てはいけない物を見てしまった時の対処法が分からないんだけど! と、とりあえずアレクに何かフォローの声をかけねば!


「……いいご趣味で」


 ってちがーう! どう考えても皮肉で言ったセリフにしか聞こえなーい! 俺はただフォローしようとしただけなんだー!


「いやその……なんだ。人には色々な嗜好を持ったへぶっ!?」


 突然のグーパンチに体が反応できず、俺は勢いよく尻もちをついた。これでもかと真っ赤になったアレクは怒りと恥ずかしさの両方をごちゃまぜにしたような表情で涙目になっていた。もちろん、ズボンはずりおろされたままで。


「ホントすまんかった! まさかそういう趣味があったとは思わなくて! 誰にも言わないから許して――」

「ち、違います! ボ、ボクは……ボクは元から女の子です!」

「……ああ、なるほど! 女の子なのね! はいはいなるほどなるほえええええっ!?」


 もう俺の頭はパンク寸前まで達しようとしていた。

 えっとアレクが実は女の子で俺が男で……待ってくれ、脳内処理が追いつかなくて考えるのもままならないぞ。つまり、その……なんだ。俺は女の子が穿いていたズボンを無理やりずりおろしたということか。


「……」


 それに気付いた瞬間、俺は硬直した。自分がしでかした反人道的な行いに思わず戦慄したからだ。ここが日本でなくて良かった。あっちの世界だと間違いなくタイーホされていた。アレクはパンツを隠すように両手を前にやり、赤面した顔で放心状態の俺を見やる。


「くっ……僕の秘密を知られてしまってはもう生きていけません! いっそ殺してください!」


 あれ、なんかこの部屋に入るときに妄想した通りの展開になってるな。内容がちょっと違うけど。

 とはいえ、「殺してください」と言われて「はい殺します」なんて答えられるはずもなく、急いで立ち上がるとアレクの肩を思い切り掴んだ。


「……とりあえずズボン穿こうか」


 急に近づかれて肩を掴まれたことに一瞬硬直していたアレクだが、ゆっくりと顔をおろして自分の下半身の状態を確認すると、再び顔を真っ赤にして素早い動きでズボンを腰まであげた。

 いったいなんなんだろうこの子は。戦闘中も俺が言ったこと全部鵜呑みにしてたし、今もさっさとズボンをあげればいいのにわざわざ手で隠してたし……もしかして天然?


「えーっと、アレク……さん?」

「……アレクシア」

「はい?」

「アレクシア……それがボクの本当の名前です」


 なるほどそういうことか。アレクと聞けば男性の名前だと勘違いしやすいが、アレクシアと聞けば逆に女性を連想させる名前だ。だがアレクの一人称といい、その言動や振る舞いといい、まるで男を意識しているような気がする。そういえば刃を交えた時に父親がどうとか言っていた気がする。あくまで予想だが、父親がアレクを立派な男として育てあげようとしていたのかもしれないな。


「アレクシア……いい名前だな」

「あ、ありがとうございます、初めて言われました。……って本当の名前は隠してきたから当たり前なんですけどね」


 ううむ、戦闘の時からずっと男だと思って見てきたから急に女の子と言われると見る目が変わってくるな……変態的な視線でという意味ではないぞ。


「それで、これからどうする? アレク……シア」

「……ボクは亡き父上と約束したんです。誰よりも強く男らしい勇者になれ、と。でもボクは貴方たちに負けた。誰よりも強くならなければならないというのに」


 アレク……いや、アレクシアは静かに肩を震わせていた。いわばそれは言葉の呪いのようなものだろう。死んでいった父親の呪縛とも言えるその教えがアレクシアを急がせた。ひたすら父親からの教えだけを掲げ今まで戦ってきたが、その呪縛は俺たちに負けたことによって解かれた。ではそう見えた。だが、アレクシアにとってはきっと違う物が見えているのだろう。父親との約束を果たせなかった自分の不甲斐なさを自分で責めている。だから先ほどの「殺して」というのはある意味本心なのかもしれない。


「ボクはもう勇者じゃありません。魔王軍に負けたボクを受け入れてくれる人はもうどこにも――」

「おいおい、目の前にいる奴を忘れてねーか?」

「えっ……?」


 アレクシアはひどく驚いたように顔をあげた。目の前にいる人物、すなわちそれは俺のことだ。居場所がないのはタリオもそうだった。だがあいつは自分の信念に基づいて戦場から身を引くと決意した。しかしアレクシアは違う。自分の意思ではなく、父親の残した呪縛の下で自らを否定し、生きていくことさえ否定しようとしている。そんな彼女をこのまま放っておくわけにはいかない。


「アレクシア、俺のパーティに入って一緒に戦ってくれないか」

「なっ!? 何を言って――」

「俺は本気だ!」


 俺はワザと声を荒げるようにして言葉を放った。こうでもしないとアレクシアの弱っている心が呪縛によって押し潰されてしまうかもしれない。自分の信念は自分で見つけなければいけない。彼女は今までひたすらに信じてきた他者の信念を失い、さまよっている。俺が彼女に道を示さなければ。


「お前は今悩んでいるんだろう? これから何を思って生きていけばいいのか、死ねば楽になるのか。自分じゃどうしていいか分からないんだろう? だったら俺についてこい! お前がもう勇者じゃないと言うのなら、俺と一緒だ。俺もただの冒険者でお前もただの冒険者。冒険者が今日という日を手探りで冒険するのは当たり前のことだ。だからお前も手探りながら自分だけの信念をゆっくりと見つけていけばいい。なあに、もしもの時は俺も一緒に見つけてやるさ」

「ボクの……信念……」


 アレクシアはまだ揺らいでいる。だが俺の言ったことは決して無駄ではなかったと思いたい。

 しっかりと言葉を伝えることが出来た俺はおもむろにイスから立ち、扉へと向かった。しばらくの間、一人にした方が考えもまとまるだろう。彼女も自分の気持ちを整理しなければならないだろうし、俺がいると気が散るだろうしな。


「あ、あの!」


 扉に手をかけようとしたとき、アレクシアがこちらに声をかけてきた。呼びかけに応じて振り返ると彼女もイスから立って両手をテーブルにつけていた。


「どうしてそんなにボクの心配をしてくれるんですか? 仮にもボクは敵ですよ?」

「んー……俺がそういう性格だから……としか言えないなー。あっ、強いて言うなら、お前が可愛い女の子だって分かったからかな」


 と、ものすごい恥ずかしい冗談を言ってみたが、真に受けられたらどうしよう。女好きの最低男と思われないだろうか。

 俺は心底不安だったが、アレクシアがクスリと笑っているのを見て安堵した。

 その時の彼女の笑顔は、本当に可愛らしい一人の女の子の姿だった――。

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