第30話 アレクシアの決意

 ――翌日。


「ねえタクトさーん? どうやってあの子をとしたのかしらー? まさか襲い掛かって快楽で支配したとかじゃないでしょうねー?」

「いやだからなんで毎回俺を変態扱いするんですか! してませんよそんなこと!」


 俺は今、ダスティア様の寝室にいる。出来ることなら避けたい場所だったが、どうしてもここに来なければならない理由があった。


「――書けました」


 テーブルで書類にサインをする彼女――アレクシアの付き添いとして俺はやってきたのだ。アレクシアが書類を書いている途中にダスティア様から色々な質問攻めをされたが、なんとか全ての質問を華麗に捌き、今に至る。

 アレクシアがサインした書類は二つ。エルハちゃんの時と同じ主従契約書とパーティ結成書だ。パーティ結成書にサインするのは分かるが、何故アレクシアは主従契約書にまでサインしたのかが俺には分からない。そういえば途中ダスティア様とアレクシアがひそひそと何かを話していたが、もしやその時に何かあったのだろうか。

 っていうか何か考えがあるにせよ、仮にも勇者がただの冒険者の下につくってどうなのよ。いやそりゃアレクシアをパーティに誘って万が一オーケーを貰えたら、俺がさらに役立たずになるのは覚悟してたよ? でもさ、それはあくまで対等な関係にあるから仕方ないと思うわけだが、主従関係で従より弱い主って俺もう立ち直れなくなっちゃうよ。何にせよ俺たちのパーティを一言で言い表すならば、無能な上司に優秀な部下の集まりと言ったところか。自分で言ってて悲しくなってくるな。


「――はい、契約完了よ。アレクシア、これから貴方の進む道は険しいわよ……とね」

「望むところです。タクトさんも一緒に居てくれると言ってくれましたから」

「うん? んん……あれ、そんな感じのニュアンスだったっけ?」

「ほらね、早速険しいわよ」


 ダスティア様がニヤニヤしているのが少し不気味だが、とにかくこれでアレクシアが新しく俺たちのパーティに加わった。というよりよくよく考えたら俺たちのパーティってすでに最強なのでは?

 魔王の娘シャルの遠距離魔法攻撃、エルフ族エルハちゃんの回復スキル、勇者アレクシアの類稀なる剣術攻撃、そして運良く転生して運良く強い剣を手に入れた運だけの俺。近距離職二人、遠距離職一人、支援職一人という何ともバランスの良いパーティがいつの間にか出来上がっているではないか。


「ただいまー! シャル様が帰ってきてやったわよー!」


 いきなり後ろの扉が開きビクッと体がはねる。振り返ると、愛用している赤い傘を手に、いつものワンピース姿のシャルが八重歯を見せながら部屋に入ってきた。その後ろにはエルハちゃんもいるようだ。

 しかしナイスタイミングで帰ってきてくれた。これからシャルにはタリオ、エレナ、イルをそれぞれ転移で移動させてもらわなければならない。


「ん? あれ、あんたアレクじゃないの。どうしてここにいんのよ」

「こらシャル。貴方の新しいパーティメンバーになる子なんだからちゃんと挨拶しなさい!」

「はぁ? お母様何を言って――って、なんであんたスカート穿いてんの?」


 ごもっともな反応ではある。昨日、全員と話し合いが終わったあと、話し合った内容を報告するためにダスティア様の部屋へ戻った。タリオには魔道具を使ったこと、エレナとイルは故郷に戻ると言ったこと、そしてアレクシアは――パーティには誘ったが揺らいでいるということ。それと実は彼女が女の子だったことも言ってしまった。

 このことについては言い訳をさせてほしい。俺は絶対に言う気はなかったのだが、報告したあとの俺の態度にダスティア様が不信感を抱いたらしく、「隠してることを吐くまでパフるわよー!」と脅してきたので、仕方なく白状してしまった。もうパフるというワードが怖い。

 結局、ダスティア様にアレクシアが女性であるとバレてしまい、その後、ウキウキしたダスティア様によって彼女の部屋に用意されていた衣類がすべて女性物に変わってしまったのだ。で、アレクシアは仕方なくスカートを穿いてここにいるというわけである。


「可愛いでしょ? これ私のコーディネートなんだから」

「お母様、豆腐の角に頭でもぶつけたわけ? なんで男に女装させてんのよ」


 シャルよ、確かに言いたいことは分かるぞ。俺も最初は男だと勘違いしていたからな。だが違うんだ……彼女は女性だ。


「あ、でも確かに可愛いですね! 私も今度真似してみようかなー」


 エルハちゃんは純粋だなー。やっぱり癒し枠が一人いるかいないかで心の平穏を保てるかどうかの確率はかなり変わってくると思う。

 俺は他の皆のやり取りを聞きながら一人黙々と心の中でツッコミを入れていく。


「よく見ればあんたの足細くてツルツルじゃない! きーっ! 悔しい、悔しいわ!」

「え、お前の足もじゃもじゃなのぐおぉぉぉっ!」


 しまった、心の中でツッコミを入れるつもりが声に出てしまった。

 案の定俺の太ももにシャルのローキックが飛んできた。パーンという音と共に痛みが全身を駆け巡る。声にならない叫びをあげるのはこれで何回目だろうか。


「あんたあたしの足をよく見なさいよ! この艶めくようなツルツル感! こんなに素晴らしい足なのに……また男に負けるわけにはいかないのよ!」

「……いつにも増してムキなのは分かるが、そんなにワンピースをたくし上げるとパンツが見えるぞ」

「はぁっ!? あたしがいつムキになったのよ!?」


 今、と言ってしまうともう一度理不尽なローキックが飛んできそうだしここは我慢しよう。

 俺は興奮するシャルを宥めるように両手を前に出し、制止のポーズを取る。


「まあ落ち着けって。――改めて紹介するが、これから俺達のパーティに加入することになったアレクシアだ。と仲良くしてくれよ」

「ちょっと待ちなさいよ……あんた今なんて……?」

「えっ、まさかアレクさんって……」

「そうだ、彼女は女性だ」


 それを聞いたシャルとエルハちゃんは驚愕の声を五秒ほど部屋中に響かせた。

 男性かと思っていたら女性だったパターンにいざ遭遇すると、全員同じリアクションになるのは当然と言ったところか――いや、ダスティア様は違ったな。アレクシアも長い間女性の恰好をしていなかったせいか、慣れないスカートを両手で押さえるようにモジモジしている。


「あ、あの……ボ、ボク……やっぱり恥ずかしいです……っ!」

「あらダメよー。貴方素材が良いんだからもっと女の子っぽくならなきゃ!」


 逃げるように部屋へと戻ろうとするアレクシアをダスティア様がニコニコ顔で抱きつくように捕まえる。これだけの人数を前にして慣れない服装をしているのだ。彼女にとっては一種の拷問と言っても過言ではない。しかし案の定ダスティア様に捕まえられたアレクシアは涙目になり、体をプルプルと震わせ始めた。


「……い……て」


 おっと、拳を握りしめたぞ。さすがのアレクシアも怒ったか?


「おっぱいなんてえええええっ!」


 ……ダスティア様を無理やりほどいて出て行ってしまった。

 ああ、なるほど……体を震わせていたのは背中に当たっていたダスティア様の胸があまりにも柔らかすぎて思わず自分のと比べてしまったからか。いくら男らしく生きてきたとはいえ、やっぱりそこは気にしてたんだな。


「お母様、男女見境なく凶器になるんだから気を付けてよね」

「まあ、失礼しちゃうわ! タクトさんにとってはご褒美よねー?」

「……凶器です」


 「何度も死にかけてるんで」と言ってもあの過剰なスキンシップをやめてくれるとは思わないし、口には出さなかった。兎にも角にも、ちょっと天然な仲間が増えてさらに賑やかにはなりそうだ。

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