第31話 ラッキーハプニングは必然に

「あー疲れたー」


 俺は部屋に戻るなりベッドにそのまま倒れこんだ。あれからエレナ、イル、タリオの三人をシャルの転移で移動させたのだが、タリオだけ記憶を改ざんしたせいかずっと昏睡状態だったため、仕方なく俺がおぶった。エレナとイルは予定通り故郷の付近まで送ることが出来たのだが、タリオは帰る場所がなかったため辺境の小さな村へと転移し、そこの村長にところどころ事実を省いて、尚且つ筋の通った経緯を説明してなんとか村にタリオを置く承諾を得られることができた。

 無事三人を見届けることが出来たあとすぐさま魔王城に戻り、ダスティア様にそのことを報告した。そのあとは案の定ダスティア様に頭を掴まれて有無を言わさず胸へ押し付けられて死にそうになったり、エルハちゃんに戦闘の時のお礼をちゃんと言おうと扉をノックして入ると、メイド服に着替えている途中であられもない柔肌を見てしまったりと大変だった。何度も言うが、俺はラッキーハプニングを起こすスキルなど持ち合わせていない。そう、きっとどこかの誰かが俺の行く先をラッキーハプニングへと導いているに違いない。

 身体的な疲れと精神的な疲れが俺の体に重くのしかかり、それを受け止めているベッドの柔らかさがとても心地よく感じる。なんだか久しぶりに静かな時間を過ごしている気がする。

 そういえば、今も尚エリスタの領主の館に滞在しているゼルギスさんの下へ、数多くの冒険者たちが志願しに押しかけているらしい。なんでもエリスタを解放するために奮戦した俺たちの戦いを見て、これこそ正義だと確信したらしい。とはいえ、世界全体から見ればいまだに俺たちは魔王軍で人類の敵であると認識されている。たとえ少数でも俺たちの行いが認められたのは嬉しいが、おそらく冒険者を魔王軍に引き入れれば、事実がいたる所で紆余曲折して、最終的には魔王軍が冒険者を脅して強制的に戦わせていると結論付けるだろう。俺に関する例の噂がそうだったように、今回も事実に反した噂が流れるのが目に見えている。それゆえにゼルギスさんは毎日のように館にやってくる冒険者たちをきっぱりと断っているらしい。あの人も毎日大変そうだな。

 そして館の主であるシンラルはというと、父親がいなくなって滞っていた流通を再開させ、時には自分の足で街を見回り、問題がないかなどを調べたりして領主としての仕事をしっかりと行っていた。これはゼルギスさんから聞いた話なのだが、彼には一つ下の妹がいるらしく兄と同じで悪事を許すことのできない性格だったのだが、ある日のこと日に日に酷くなっていく父親の所業に業を煮やし、家を飛び出していったらしい。その日からもう二年ほど経つらしいがいまだに行方知れずだとか。兄としては妹の安否が気になって仕方ないだろうが、俺は一人っ子だったからシンラルの辛さがどれほどのものなのか理解するのは容易ではないだろう。でももしかしたらエリスタでの出来事を噂で聞いた妹が、再び帰ってくることも十分にありえるし、そう悲観することでもないのかもしれない。


「……風呂入って寝るか」


 もう今日は体を動かすのもダルいが、さすがにこのまま寝るのは気持ち悪いしせめて風呂には入ろう。

 魔王城の最上階に設備されている広く豪華な共同風呂は、特別な者にのみ入ることを許可されている。特別な者――すなわちダスティア様やシャル、それに魔王軍幹部といった軍を指揮する者たちのことだ。

 じゃあなぜ俺が入れるのかって? ――それは俺がダスティア様のお気に入りだから……らしい。とはいえその風呂を使えるのは俺だけではなく、エルハちゃんやアレクシアもその風呂を使うことが出来る。このように俺たちのように例外も何人かいるらしい。ちなみに先ほど共同風呂だと言ったが、俺はいまだ一度たりとも誰にも出くわしていない。というより、誰かが先に入っていたら静かに退散していたから当たり前っちゃあ当たり前なんだが。どうやら今日は運が味方しているらしく、この時間は誰も風呂にいないようだ。俺は鼻歌を歌いながら服を脱ぎ、念のためタオルを腰に巻いて風呂の扉を開ける。まるで露天風呂のように丸く作られた石造りの大きな湯船。そしてそこから立ち上る生暖かい湯気が風呂場全体に立ち込めている。

 俺はその中を歩いていき、いつものように髪を二回、そして体と顔を素早く洗ってお湯に浸かる。数少ない至福の時だ。すでに疲労が溜まっている状態でいい湯加減のお湯に浸かっていると眠気が一気に襲いかかってくる。

 あー……気持ちいいわー……。

 心地よい気分の中で少し目を瞑っただけで、俺は眠りに堕ちていった――。




「……ねー!」


 ――ん? 誰かの声が――って、俺風呂場で寝ちゃってたのか。ちょっとのぼせちゃったしそろそろ上がるか……っ!?

 お湯から出ようとした時、俺は扉の向こうで蠢くいくつかの黒い影を見た。

 しまった、眠ったせいでブッキングしてしまったのか! まずい、隠れるところなんてないぞ!

 この湯気の濃さならばあるいは――と、一瞬考えたがいくら広いとはいえ見つからずに切り抜けるなんて無理に決まっている。ならば逆に来るのを待ってたみたいな感じでクールを装うか。やあ、待ってたぜ……みたいな感じで――うん無理。

 色々と打開策を考えているうちに扉がガラガラと開いた。入ってきたのはタオルに身を包んだエルハちゃんとシャル、そしてアレクシアの三人だった。

 なんで俺は毎回こういうお決まりの展開に遭遇するんだー!? いやー! もう誰か助けてー!

 俺はバレないように急いで潜った。正確に測ったことはないが、おそらく一分ほどは潜れる。っていうか気合いでなんとかする。そう思ったが、よくよく考えたら一分程度で彼女たちが風呂からあがるはずもないし、この行為に何の意味もないことに潜ってから気が付いた。だったらいっそのこと交友関係を深めるために挨拶しよう。ほら、裸の付き合いが一番だってよく言われて――男性と女性じゃ絶対別の意味に捉えられるなこれ。いかん、別の事を考えたせいで息を止めることに集中できなくなってしまった……もう無理。


「ぷはぁぁぁぁぁっ!」


 俺がお湯から顔を出した瞬間だった。湯気の合間を縫って彼女たち全員と目があった。それもお湯に足を浸けようとしているその時に。


「……やあ、待ってたZE!」


 その後、シャルとアレクシアにフルボッコにされた俺は湯船にケツを晒して浮かんでいた。不可抗力だというのにやりすぎではないだろうか。


「タクトさん、大丈夫ですか?」

「ばびびょうぶ……(大丈夫……)」


 俺の安否を心配したエルハちゃんが近くに寄ってきてくれた。その優しさに感動しつつお湯をブクブクさせながら受け答えをする。


「まったく……いるならいるって言いなさいよね! 変質者かと思ったじゃない!」

「ボ、ボクの裸まで見られてしまいました……」


 正確にはタオルで隠しているから直接裸を見たと言うわけではない。むしろ俺の今の状態の方が裸を見られている。って言うかやばい、そろそろ息が持たない。


「ぶあっ!」


 息苦しさに耐えられずお湯から顔を出し思い切り立ち上がると、必要な酸素を取り入れるために息を大きく吸い込む。見ると、シャルは腕を組んでそっぽを向き、アレクシアは真っ赤になった顔を隠すように両手を当て、わなわなと震えている。隣にいるエルハちゃんもある一点に視線が釘付けになっており、顔を真っ赤にしながら口元に手を当てていた。

 ――あっ、タオルがない。

 俺のタオルは、先ほど立ち上がった衝撃で発生したお湯の波に揺られ、遠くに流されていた。つまり今立ち上がっている俺はすっぽんぽんである。すっぽんぽん……すっぽんぽん……すっぽん、ぽん……?


「すっぽんぽーん!?」


 頭が真っ白になった俺は湯船から上がると全速力でその場から逃げた。脱衣所でパンツだけ穿いて。そして俺はこの世界で誰にも真似出来ないような所業をやってのけた。


 ――魔王城をパンツ一丁で走り回るというド変態な所業を。


 後日、三人に土下座したのは言うまでもない。

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