第7話 主従契約とパーティ結成
「んん……めっちゃ柔ら……はっ!?」
目が覚めた俺が最初に見たのは、両手を突き上げて宙で何かをわし掴むように動かしていた俺自身の手だった。まだ視界のぼやけた目をこすりながら垂れていた涎を袖で拭う。黒いカーテンを開くと太陽の日差しが燦々と降り注いでいた。
ここは魔王城の内部にある一室。魔王との契約のあとに用意された俺専用の自室だ。シャルが魔王にエルハちゃんの事も伝えてくれたようで、彼女にも別の部屋を用意してくれた。
俺の今までのイメージだと魔王城と言えば、空には暗雲が立ち込めて、城の周りには枯れた木や生命の息吹が感じられない死に覆われた大地が這いつくばるようなものを勝手に想像していた。だが、実際はどうだろう。西洋風の造りをした魔王城の周りには緑の木々が立ち並び、快晴の空をさまざまな生き物が自由に羽ばたいていた。
しばらくの間綺麗な景色を堪能したおかげか眠気などとうにどこかへ飛んでいっていた。うんと背伸びをしていると扉をノックする音が背後から聞こえた。
「タクトさん、入ってもいいですか?」
エルハちゃんの声だった。
「ああ、いいよ」
ガチャリと扉が開くと黒と白を織り交ぜたメイド服を着て、フリルのついたカチューシャを頭に着けたエルハちゃんが顔を出した。朝食を持って来たと言うので俺はテーブルに食事を運ぶ手伝いをする。
あの日から三日経った。エルハちゃんが俺についていくと言ったあの日から。この三日間、色々なことがあった。
まずエルハちゃんの処遇についてだった。魔王軍に従事するということは今まで関わってきた人達と敵対するということ。その覚悟があるのかと直々に魔王の口から問われた。それでも彼女は物怖じせずに魔王の目をしっかりと見ながら「あります」と間を置かずに答えた。
エルハちゃんの横にいた俺ですら魔王から向けられてくる目に見えない圧迫感に思わず体が縮こまりそうになっていたというのに、凛としたその姿勢を崩さないあたりやはりこの子のメンタルは尋常じゃないな。
揺らぐことのない意思の強さはちゃんと魔王にも伝わったようで、棚にしまわれていた書類を二枚取り出してペンと一緒にテーブルの上に置いた。
パーティ結成書と主従契約書だろうか。パーティ結成書の方にはすでにパーティメンバー一覧のリーダー名のところに俺の名前が大きく書かれているのが見えたが、それとは別に誰かの名前が書かれていたのだがよく見えなかった。
「貴方にはこれからタクトさんの専属メイド兼パーティメンバーになってもらいます」
んー、専属メイドという響き、悪くな……って違う違う。
てっきり俺は魔王と主従関係を結ぶのかと思っていたが、俺との主従契約書とはまさかのまさかだ。
エルハちゃんは覚悟を決めたように歩き始め、テーブルの前でペンを握った。俺はただ後ろで見守るしかなかった。
二枚ともに名前をサインしたエルハちゃんはペンを置いた。魔王が書類を手に取って中身を確認する。記入に間違いがないことを確認すると、人差し指を書類に近づけた。ポワっと小さな赤い光が発生する。
「はい、これで貴方も直接ではないけどタクトさんと同じこちら側に身を染めた存在となったわ」
魔王は書類をこちらに見せて契約が完了したことを伝える。
しかし直接ではないというのはいったいどういうことだろう。
俺の疑問を察知したのかどうかは分からないが、魔王は言葉を続けた。
「直接ではないというのは言い返れば間接ではあるということ。貴方の主、つまりこちら側に身を堕としたタクトさんと主従関係を結んだことで貴方もこちら側に身を堕としたということよ」
ああ、なるほど。確かにそれなら直接身を堕としたわけではないな。しかもそのおかげかエルハちゃんの外見は今までと何も変わっていない。体のどこかにはすでに瘴気が染みこんでいるのだろうが、感知スキルを使わない限り瘴気を検出できないレベルだろう。
ともあれこれでエルハちゃんの処遇については解決したわけだが……。俺はさっきからもう一人のパーティメンバーが気になって仕方がなかった。こうなったら俺も書類の中身を見てやろう。
魔王から書類を譲り受けてさっそくパーティメンバーに目を通した。
「――っ!?」
それは息を呑みこみながら発した声にならない叫びだった。俺とエルハちゃんの他にもう一人の名前が確かに記載されている。その名は――
「シャルゥゥゥゥゥ!?」
魔王の娘、シャル。なぜあいつが俺のパーティメンバーに加入しているのか。そもそもいざという時には戦場の前線に赴くことになるであろう俺のパーティに魔王の娘が加入するのは色々な意味でまずいのではなかろうか。
「大丈夫よ。あの子ああ見えて私並みに強いから」
魔王はあっけらかんとして笑っているが、もし俺が今冒険者の立場だったら恐怖で足が震えていただろう。もしかしたらチビることも可能性の一つとして示唆しておくレベルだ。そもそも魔王の実力なんて一般冒険者だった俺に計り知れるものではない。
そうだ、俺は魔王のことを何も知らない。そもそも魔王軍とはどういう管轄や統制の下に成り立っているのかすら俺は知らない。
っていうか魔王魔王って言ってるけど魔王の名前すら知らないな?
俺はどこかに魔王の名前が書いてないか目を通した。
――あった。一番下にある承認サインに魔王の名前が記入されていた。おそらく先ほどの赤い小さな光はここにサインをしたときに発生したものだったのだろう。
『ダスティア』
それが魔王の名前だった。
「あの、一つ質問いいですか?」
俺は手を挙げて発言の機会をもらう。別に手を挙げる必要はないのだが、これは前世での癖と言うかなんというか……義務教育で染みついてしまったものだから仕方ない。
「何かしらタクトさん?」
「あの、これからなんてお呼びすればいいのかなーと思いまして」
そう、俺のトップに君臨する魔王だ。逆らった態度はもちろんご法度だが、呼び方にも気を付けなければならない。
手を挙げたままの俺を見ながら魔王は何故かイタズラな笑みを浮かべ、そのまま俺に抱きついてきた。
「もうタクトさんったらそういうとこまで遠慮しちゃってホントに可愛いわねー。なんならダスティアって呼んでもいいわよー?」
俺はおもちゃか何かと勘違いされているのだろうか。とりあえず二つの双丘に挟まれた俺が今一番必要としているものは大量の酸素である。双丘の間には俺がもがきつつ吐いた生暖かい空気が充満している。
「ひ……ひぬぅ……っ!」
「ひゃんっ!」
俺は生き死にを左右する事態になりふりなど構っていられるはずもなく、魔王の豊満な双丘をがっしりと掴んで自分の顔を救出した。
酸素だ、酸素が俺に吸収されていく――。
「ふふっ、タクトさんもやっぱり男の子なのね。こんなおばさんでよければいつでもいらっしゃい?」
酸素不足の頭ではツッコミを入れる余裕すらない。結局、なんて呼べばいいのか答えを得られることはなかったが、とりあえずこれからはダスティア様と呼ぶことにする。
というかシャルが俺のパーティに加入した件については、もう話は終わったみたいな展開になってるんだけどホントにいいのか? ダスティア様はああ言っていたが、俺は選ばれた勇者なんかじゃないぞ。そりゃ俺はこの世界へ転生してきて、死因のおかげで珍しいスキルを覚えてるし、ちょっとしたハプニングで特別な剣を手に入れはしたが、それはただ単に運に運が重なっただけのことだ。俺自身の実力はよく見積もって上の下くらいだ。そんな俺がいざという時にシャルを助けられることができるのだろうか。いや、シャルだけでなくエルハちゃんだっている。下手すりゃ俺が足を引っ張ることになるかもしれない。今の俺には荷が重すぎるぞ……。
考えれば考えるほど頭が痛くなってきた俺は、ダスティア様にエルハちゃんの件についてお礼を言って彼女と共にダスティア様の部屋を後にしたのだった。
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