第42話 【ドライアドの真珠】をゲットせよ!(5)

「パドラ! 例のヤツを頼む!」

「はいはい、承りました」


 パドラは背負っていたリュックの中からある物を取り出し、勢いよく前方に投げた。それが地に着いたと同時に発光し、強烈な白い光が辺り一面を覆う。パドラが投げたのはフラッシュボールと言って、要は閃光弾みたいな物だ。シャドウグールが苦手とする光を直接ぶつけることによって力を弱める作戦だ。あらかじめ練っておいた作戦のため、俺たちは瞬時に両手で目を覆い隠して閃光を回避したが、シャドウグールたちはそうはいかなかった。群れの前列にいた三体が強烈な光によって視界を奪われ、その場で動けないでいた。残りのシャドウグールも閃光を浴びはしたが、咄嗟に地に溶けて致命傷を回避した。


「シャル! アレクシア! 今だ!」


 うろたえた前方の三匹を仕留めるようシャルとアレクシアに呼びかける。すぐさまアレクシアが地を蹴り、シャルが魔弾を撃ち出す。アレクシアとシャルの魔弾は相手との距離をすぐに詰め、ひるんでいる隙にその体を穿った。シャドウグールは低いうなり声をあげ、穿たれた部分から黒い瘴気を漏れ出させながら霧散するように飛び散り、完全に消滅した。だが休んでいる暇はなかった。視力を回復させようと地に潜んでいたシャドウグールの一体がアレクシアの後方から浮き上がってきた。だがアレクシアはすでに気配を察知していたようで、すぐさま振り向いて額を突き刺した。


「シャル! 飛び上がった奴らを撃ち落としてくれ! 俺は――」


 叫びながら俺は後ろを振り向いた。振り向いた先には地から浮かび上がってくるシャドウグールが数体ほどいた。さすがは群れで狩りを行うだけのことはある。俺をこちらに向かせることで他の者の援護が出来ないように誘導しているのだ。


「――こっちをやる!」


 出来るだけ森の木々を傷つけたくはないのだが、予想以上にシャドウグールの数が多い。どうやら森を気にしながら戦っている余裕はなさそうだ。

 俺は手のひらをシャドウグールたちに向けた。手のひらの前に小さな火が灯ったかと思いきや、それは大きな火の玉に変わり、やがて龍の形となった。炎の龍はそのまま俺の腕に絡み付いて火の粉を散らす。【炎宴】がヒットすれば、たとえ瞬時に地に逃げたとしても助からないだろう。


「これでも……くらえっ!」


 俺は腕を振り、こちらに向かって走って来ているシャドウグールに向かって、炎の龍を飛ばした。シャドウグールの低い雄叫びと炎の龍が燃え盛る音がぶつかりあい、そして突風にも似た衝撃へと変わる。俺は飛ばされないように地を強く踏みしめつつ、エルハちゃんの腰に手を回して吹き付ける暴風から守る。【炎宴】の直撃をくらったシャドウグールは為す術もなく、昇天する炎の龍と共に塵となって空へと消え去っていった。

 ここまでは順調だ。予想よりも数が多かったとはいえ、事前に敵の正体を知れたのが大きかった。そのおかげもあってかこの時点でシャルとアレクシアが四体撃破して、俺が三体撃破した。二十体の内すでに七体撃破したということだ。それでもまだ半数以上いることを考えると余裕が出来たなどとは到底言えない。何よりもあの変異種が気になる。今はまだこちらの様子を窺うように離れたところでジッとしているが、パドラのように知性があるはずだ。何も考えていないということではないだろう。

 残りのシャドウグールたちが俺たちを囲うような陣形を取る。そして間を置かずに鋭い牙をむき出しにして飛びかかってくる。まるで俺たちに考える暇を与えないように。


「くそっ!」


 シャドウグールの左右からの同時攻撃にヴァルジオだけでは防ぎきれないと咄嗟に判断した俺は、すかさずスタンロッドを取り出し、噛みつき攻撃を受け止める。ギラリと光る牙がカチカチと音を鳴らして近づいてくる。両手持ちになると、片方それぞれに力を入れないとならないため、敵が飛びかかってきた時の勢いに乗じてだんだんとこちらへと押し返されてくる。


「タクトさんから離れてくださいーっ!」


 運良く標的にされなかったエルハちゃんが、俺のピンチを見るや否や持っていた杖でスタンロッドに噛みついているシャドウグールの頭を殴った。思わぬ衝撃に甲高い悲鳴をあげながら背中から地面へと落ちるシャドウグールを横目に、すかさず空いたスタンロッドをもう片方のシャドウグールへと叩き込んだ。


「グッガァァァァァッ!」


 強い電流に曝されたシャドウグールはハイエナの形を保つことが出来ず、本来の姿へと戻る。全身もやのかかったような黒い瘴気で形成され、二メートルほどある巨躯に赤い瞳が二つ浮かび上がっている。元の姿に戻ったシャドウグールは体をくねらせながら必死に苦痛に耐えていた。それならば今すぐ苦痛から解放してやろう。

 俺はヴァルジオを構え、苦痛で体をくねらせているシャドウグールを一閃した。斬られた箇所から黒い瘴気が流れ出し、ゆっくりと上空へと消えていく。その間にエルハちゃんが殴ったシャドウグールがいつの間にか四つん這いになって態勢を整え直していたが、エルハちゃんのがむしゃらな杖捌きに近づけないでいた。だがそれでも十分な時間稼ぎになった。俺はスタンロッドをしまって、両手でヴァルジオの柄を持った。


「エルハちゃん、下がって!」

「は、はい!」


 がむしゃらな攻撃を中止したエルハちゃんは小走りで俺の背中に回り込み、代わりに俺が前に出る。シャドウグールは相手を食らうことしか頭にないのか、間を置かずに飛びかかってきた。涎を垂らしながら迫り来る口に向かって俺は迷いなくヴァルジオを薙ぎ払った。大きな口を開けて飛びかかってきたシャドウグールの口元が裂け、血の代わりに黒い瘴気がとめどなく溢れ出してくる。


「ガッ……アアアアアッ!」


 悲鳴をあげながら悶え苦しむシャドウグールは、ハイエナの姿を保つことが出来ずに中途半端に歪んだ体のまま膝をついていた。俺はゆっくりと近づいていき、そしてヴァルジオを振り下ろした。せめて苦しみが長く続かないように。


「……ふう」


 怒涛の攻撃に少し疲労感が溜まってきたが、一息ついている余裕はない。敵は闇のスペシャリストだ。次はどこから現れるか分かったものではない。

 俺は再び振り返るとアレクシアとシャルも交戦を続けていた。シャルは翼で空を飛んでいるため、一方的に攻撃出来ているようだが、アレクシアはそうはいかない。振り返った時にはすでに五体ほどのシャドウグールに包囲されていた。


「敵は残り何体だ……っ!?」


 数えている暇はない。すぐにアレクシアの援護に入らなければ!

 そう思った次の瞬間だった。何者かに足を掴まれた。


「なっ!?」


 驚きつつも自分の足元に目をやると、地面から黒い手が両足を掴んでいた。

 くそっ、俺を引きずり込むつもりか!

 すかさずヴァルジオを地面に突き刺し、呑みこまれないように踏ん張る。シャドウグールが触れている物はすべて地面に呑みこまれてしまうのだが、触れていない物は呑みこまれない。よってヴァルジオを地面に突き刺しているおかげでなんとか引きずり込まれてはいないのだが、これでは時間の問題だ。なんとか対処して潜っている奴を逆に引きずり出さなければ。

 湧いてくる焦りを抑えながらパドラを見やった。やはりパドラも例外ではないようでシャドウグールに襲われている。パドラは身のこなしが軽いようで、まるで踊るように攻撃を回避している……いや、たまにくらっても対してダメージのない攻撃は受けている……わざと。

 そうだった、あいつは目覚めてはいけないものに目覚めてしまったんだった。そしてわざと攻撃を受けている理由――それは間違いなく俺がツッコミを入れるのを待っているのだ。お仕置きされることを望むように――。

 人が地中に引きずり込まれそうになっているというのに、あんなに楽しそうなパドラを見るのがこれほど腹の立つことだとは……だが怒ってはダメだ。パドラが喜ぶだけからな!

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魔王に騙されて悪堕ちしたんですが! ライファイ @lifizexion

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