第41話 【ドライアドの真珠】をゲットせよ!(4)

 さて、腹筋崩壊のギャグをかましたところで話を整理しよう。この女性とダスティア様がどういう関係なのかは分からないが、知り合いというのならばお願いすれば貰えるはずだ。それなのに俺たちをわざわざここに派遣したのには理由があるはずだ。例えば、ドライアドの真珠を狙う輩がいてそいつらを退治してほしいとか。


「申し遅れました。わたくしはドライアドのグラシア。このフユスの森を管理する者です」


 再び手を前で重ねてお辞儀をするグラシアさん。上品な振る舞いを見ながら何故か頭にはダスティア様が浮かんだ。この礼儀正しさがダスティア様にも備わっていれば、俺も会うたびに毎度死にそうになることはないというのに。ため息が出そうになるのを必死にこらえてこちらも自己紹介をする。


「俺はタクトです。隣にいるのがエルハちゃんで、そっちがアレクシア。こっちがシャルでその横で落ち着きがないのがパドラです」


 一人一人指さしながらグラシアさんに紹介する。漫画やアニメを見ていた時も思っていたのだが、こんなに一気に紹介して相手は名前を覚えられるのだろうか。俺だったらまず無理だ。途中で誰かの名前を忘れてしまうだろう。それは単に俺がバカなだけかもしれないが、いらぬ気遣いを毎度してしまいそうになる。


「お噂はかねがね承っておりましたよ。特にタクトさん。貴方の名は魔王ダスティアの世間話にもよく出ていましたからね」


 なんだろう、会話の中身がとても気になるのだが、聞いてはいけないような気がする。心なしかグラシアさんも興味を込めた目でこちらを見ている。間違いなくダスティア様がいらないことを口にしたせいだろう。よし、出来るだけ目を合わせないようにしよう。失礼は承知の上だが、それ以上にダスティア様の件について深く突っ込まれる方が辛い。

 それとなく視線を泳がせてグラシアさんではなく、その奥にあるドライアドの真珠に視点を合わせた。


「さて、長話もなんですし、貴方方にここへ来ていただいた理由をお話ししましょう。モルムさん」


 グラシアさんの視線が小さな老人へと移り、ニコリと微笑んだ。モルムと呼ばれた老人は杖をつきながらグラシアさんの隣へと並んだ。


「あー、お主らの力でこの森を脅かす何者かを退治してほしい」


 ほらな、やっぱりそんな事じゃないかと思ったよ。グラシアさんとダスティア様が知り合いと聞いた時点で薄々は感じていたが、テンプレ通りの事の運びに少し苦笑してしまった。


「敵の正体は分かっておらん。分かっているのは敵は夜にしか現れないということじゃ。今までにも何度か奇襲があったようじゃが、この森を覆っている結界で追い返しておった。じゃが昨日、結界の一部が破壊された。おそらく、敵はもうこの森に侵入しておるじゃろう。確実にな」


 モルムさんは杖をついたまま至って真面目な表情で言葉を続ける。話を聞いた限りでは敵は夜にしか現れず、尚且つすでに侵入している。だが俺たちがここにやって来たときには魔物の気配は一切しなかった。つまり、敵は夜にしか行動できず、なおかつ日中は気配を消せる者。と、なると敵の正体は大幅に絞れるのだが……それだとおかしい。ドライアドの真珠は悪しき者を寄せ付けない力を持っている。それだというのに侵入者は結界を破り、森の中へと入ることが出来た。もしかすると変異種という可能性もあるな。

 こちらのメンツ的に十分な戦力が揃っているとはいえ、油断は命取りだ。敵の正体は十中八九だと思うのだが、奴の特性からしてこちらが不利な状況になる可能性は十二分にある。なんとか対策を練らなければ。

 太陽はまだ傾き始めたところで、日の入りまであと五時間ほどはあるだろう。その間に出来ることは今の内にやっておかなければならない。俺は皆を集めて敵の正体や対策、そして連携の仕方などを確認して夜になるのを待った。




 ――五時間後。


 辺りは仄かな太陽の光で薄暗くなっていた。やがてその太陽の光が消え、月の光に変わった時が勝負開始の合図となる。


「暗闇では俺たちが不利だ。出来るだけお互いの位置が分かるように戦おう」


 再度、立ち回りに関して注意を促す。悪堕ちしたときに俺の目が黒色から黄色に変わった影響で夜でも見えやすくはなったのだが、元々闇に生きる者を相手にする場合は、以前に比べて毛の生えた程度にしか変わらないだろう。

 呼吸を整えている内に辺りがゆっくりと暗くなっていく。それと同時に奴は姿を現した。


「グルルルルル……」


 闇に浮かぶ二つの赤い点。ユラユラと揺れ動いているそれは容易に目であると分かった。鋭い歯が見え隠れする口からは涎を滴らせ、四つん這いの足でしっかりと地を踏みしめながら歩いていたが、立ち塞ぐ俺たちを見つけるなりその足を止めた。

 月の光に照らされたその体はまるでハイエナの姿だ。そしてその姿を見た俺は敵が何者なのか確信した。

 【シャドウグール】。

 闇に潜み、姿かたちを変えて血肉を食らう者。ある時は人間に化け、ある時は闇に引きづりこむ。たいていは俊敏に動くことの出来るハイエナの姿をしているため、もし夜に出会った場合はシャドウグールだと断定してよい。


「タクトさんの言った通りですね……」


 エルハちゃんが俺の隣で杖をギュッと握りしめる。まだ戦闘慣れしていないエルハちゃんの緊張がひしひしと伝わってくるのが分かる。だが彼女は俺がなんとしても守って見せる。シャルとアレクシアは自由に動いてもらった方が立ち回り的にも効率の良いモノになるだろう。パドラの実力がいまだ未知数なのが気になる所だが、このメンツでエルハちゃんの傍で戦えるのは俺しかいない。ヴァルジオの無距離絶斬によってオールレンジで戦えるし、効果が現れるまでに時間のかかる【渇望せし孤独】もすでに発動している。これによって敵が闇に潜んで近くに来たとしても爆発的に上がった反射能力によって危機をいち早く察知出来るようになる。

 問題なのは――。


「グルルルルル……」


 闇に浮かぶ赤い点がどんどん増えていっている。それも想像していた以上に。


「おいおいマジかよ……ざっと二十匹はいるぞ……」


 シャドウグールは集団で狩りをする。奴らがハイエナの姿を借りているのは、本来の姿では隠せない黒い瘴気も隠せるし、その足の速さを活かして獲物に気付かれる前に仕留められるからだ。本来の姿でも人並みの速さで動くことが出来るのだが、体がそこそこ大きく、尚且つ黒い瘴気を隠すことが出来ないため、遠く離れていても獲物に気付かれやすいのだ。だからこそハイエナの姿が一番効率が良いのだろう。ただ、その中にひときわ目立つハイエナの姿があった。体は他と比べて一回り大きく、ハイエナの姿であっても纏っている黒い瘴気が外に漏れ出している。

 そもそもシャドウグールが二十匹の群れを作るなど聞いたことがない。せいぜい五匹が限度だ。何故なら群れが多ければ多いほどリーダー競争が激しくなり、まとめられなくなるからだ。逆に言い換えれば群れの数が多いほどリーダーの実力が計り知れる。それでも五匹が限度と言う事実がある以上、二十匹をまとめているあのシャドウグールは間違いなく変異種に他ならない。


「予想以上に数が多い上に変異種が混じってる! 全員気を引き締めろ!」


 月が雲に隠れて光を弱める。そして闇が濃くなったのを合図にハイエナの姿をしたシャドウグールがこちらに向かって一斉に走り出してきたのだった。

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