第40話 【ドライアドの真珠】をゲットせよ!(3)

 やったぜ、と言ったはいいものの、結局のところ他人任せで終わった事に関しては触れないようにしておこう。あたかも自分も貢献しました的な顔で過ごせば大丈夫だ。


「なんであんたがドヤ顔してんのよ。終始何もしてないでしょ」


 ダメでした。くそっ、シャルのヤツめ。そこは気づかないフリをするのが常識ってもんだろう。あとで体育座りしながら落ち込んでやるからな、見とけよ!

 どうでもいい覚悟を決めつつ、俺は拳を握った。目の前に広がる小さな泉の水面がキラキラと輝いているのは、今の俺の悲しみを表しているのだろうか。もしそうであるならば、俺の感情はこんなにも純粋で綺麗なモノなんだぞってパドラに言ってあげたい。そしてシャルにはこう言ってやりたい。パンツ見えてるぞ、と。

 シャルは俺に一言投げかけたあと、小さな泉に向かって小走りしていた。そして泉の近くまで行くと、すぐさま屈んで両手で水をすくい上げた。


「凄く透き通ってて綺麗ね……まるであたしみたい」


 思わず「はっ?」と言いそうになったが、慌てて両手で自分の口を塞いだおかげで堪えることが出来た。確かにシャルは可愛いか可愛くないかで言えば断然可愛い部類に入るのだが、本人が自分のことを可愛いと言ってしまうと思わず否定したくなる。だがそれを口に出してしまうと、再び宙をローリングしながら吹っ飛ぶ気しかしないし、自分の身のためにはツッコミを入れない方がいい場合もある。そもそも俺はツッコミ役ではない。だから俺は言わない。黒パンツが見えていることも。


 ――いやそれは言えよ俺! パンツ見えてんのに教えないとかただ見たいだけの変態になっちゃうだろ!


 あいにく、エルハちゃんとアレクシアは老人と談笑していて、パドラはいまだに景色を堪能しているようでシャルのパンツが見えていることに気付いていない。俺は意味のない忍び足でシャルに近づいて耳打ちした。


「パンツ……見えてんぞ」


 ハッとした表情に変わったシャルを見た瞬間だった。視界の左から物凄い速さで何かが飛んできた。


「へぶぅんっ!?」


 左頬に強い衝撃を感じた瞬間に俺の首が九十度以上曲がりながら体が勢いよく飛ぶのを感じた。空は晴天。穏やかに雲が流れている――のではなく、俺が物凄い勢いで宙を飛んでいるせいで雲が流れているように見えているのだ。

 なんでいつもこのパターンのオチになってしまうのか。俺はただ親切心で「パンツ見えてますよ」って言っただけじゃん。ワンピースだからって水底を見るように屈んだらそりゃ見えますよ。むしろ今回に至っては完全にシャルの不用意な行動のせいであって俺のせいではない。

 そんな理不尽極まりない仕打ちに疑問を抱きつつも俺は静かに目を瞑った。

 でもいいんだ。俺の今の気持ちをこの水面の輝きが代弁してくれている。その水面の輝きに身を預けるのも悪くないだろう。

 そして俺の体は、背中から飛び石のように何度か水面を跳ねて着水した。

 ――って俺鎧着てるから溺れる溺れる!

 全てを悟ったような気持ちから一変、プチパニック状態に陥った俺はもがくように手と足をバタバタさせた。


「た、たす……助けてぇっ!」


 何とも情けない声が出てしまったが、今は四の五の言っている場合ではない。しかし、あがけばあがくほど口に水が入り、体はどんどん水底へと沈んでいく。

 も、もうダメだ……俺の異世界生活はここで終わる……!

 そう覚悟した時だった。足の裏に何か柔らかい感触が当たったのを感じた。俺は確認するようにもう一度足でそれを踏みしめる。


「……」

「その泉は浅いぞ」


 俺の叫び声を聞いて、何事かと振りむいた老人が泉の中でもがいている俺を見ながら呆れた表情でそう言い放った。実際、老人から言われる直前に気付いていた。足の裏に感じた柔らかい感触の正体が水底に沈んだ砂であるということを。普通に立てば、腰のあたりの位置までしか水位がないということも。


「……いっそ殺してくれ」

「何を言うとるんじゃおぬし」


 やめて。冷静なツッコミは時に人を傷つける鋭利なナイフと化すから。さっきまで必死に助けを呼んでいた自分を思い出して死にたくなるから。

 俺を吹っ飛ばした当の本人は俺を指さしながら腹を抱えて爆笑している。


「プーッ! た、たす、助けてぇっ! だって! プフーッ!」


 あいつぅ……! あとで酷い目に合わせてやる! いやエロ同人のようにではなくて。

 俺は全員からの視線を受けつつ、俯き加減で泉の中を歩いて抜け出した。陸に上がると大量の水が足元に滴り落ちる。これだけ全身びしょ濡れだと動きにくいし、何よりとても気持ち悪い。一刻も早く乾かしたいところだが、今はクエスト任務中だ。そちらを優先しなければ。


「……おじいさん、貴方の問題に全部解答出来たんだからドライアドのところまで案内してくれるよな?」

「……仕方ないのう。ついてくるがよい」


 老人は俺たちに背を向けると、杖をつきながら更に森の奥へと歩き始めた。俺たちは黙って老人のあとについていく。森の中心部に近づいているはずだが、一向に景色は変わらない。変わった所といえば、鮮やかな光を放つ岩が現れたくらいだろうか。おそらくこれは五照石という名前の岩で、武器や防具の素材となるはずだ。五照石は硬さに定評があるのだが、加工の仕方を間違えれば五照石から放たれる光がすべて失われてただの脆い石と化してしまう、いわば鍛冶職人の実力が問われる素材となっている。失敗すれば面目丸潰れのため、五照石の加工を進んで請け負う鍛冶職人は少ないらしい。その分、加工に成功した武器や防具の頑丈さは、他と比べて並外れたモノになる。

 そんな五照石の輝きに目を奪われながら歩くこと数分。急に視界が開けたかと思いきや、そこにあったのは真珠のなる木。そして、その木の前に佇む女性が俺たちを見ていた。薄緑色のシルクのような布を纏い、頭には蔓で出来た髪飾りを付けている。そして何より目を惹いたのが、彼女の周りを漂う空気の色だ。本来ならば、空気とは目に見える物ではないのだが、何故かあの女性の周りの空気だけは鮮明に澄んで見えるのだ。あのおしとやかそうな雰囲気の中にしっかりとした威厳を感じる風貌は間違いなく只者ではない。そして只者ではないということは、彼女の正体はもはや一つしか浮かばない。


「思ったより遅かったですね。お待ちしておりましたよ」


 片方の手の甲を包むようにもう片方の手のひらを重ねて、軽くお辞儀をする女性。彼女こそがこのクエスト任務を完了させるために欠かせないドライアドの一人だ。

 俺たちも彼女のお辞儀に対してペコリと頭を少し下げて返すと、彼女は微笑んだ。


「ご用件は伺っております。この真珠をお望みなのですよね」


 先ほどから気になっていたのだが、彼女の『お待ちしていた』とか『用件は伺っている』といった言葉に違和感を覚える。まるで誰かからここに俺たちが来ることを知らされていたかのような物言いだ。


「あの……どうして俺たちがそれを欲しがっていると知ってるんですか?」


 思わず聞いてしまった。

 女性は一瞬、戸惑いの表情を見せたが、すぐに口角をあげて微笑んだ。


「それは魔王ダスティアから連絡が入ったからですよ」

「えっ!? ダスティア様から!?」


 つまりそれはどういうことだ? もしかしてダスティア様とこの女性は知り合いか?

 木になる真珠を見ながら俺は思った。二人の関係がとてもと。

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