第39話 【ドライアドの真珠】をゲットせよ!(2)
「第二問じゃ。これはありきたりな問題じゃし、よう考えれば余裕じゃろう」
ありきたりな問題と言われても問題のジャンルがフリーな以上、何が来るのか予想すら出来ない。無駄な緊張に思わずゴクリと唾をのみ、身を構える。
「ある森の中に夫婦と姉妹が住んでおった。彼らは移動手段として一人乗りのドラゴンを四匹飼っておってのう。全員日替わりで世話をしとったおかげで、それはもう固い絆で結ばれとった。じゃがある日、住んでいた家が野良魔物の襲撃を受けて、全員命の危機に瀕したのじゃ。彼らはただの村人じゃったから魔物に抵抗すら出来ん。そうこうしている内に飼っていたドラゴンが一匹殺され、残ったドラゴンは三匹になってしもうた。このドラゴンは一人しか乗れんから二人同時には乗れない。じゃが驚いたことに全員無事に生還することができたのじゃ。さて、どうしてじゃろうか?」
まずい、てっきり次も知識系で来るのかと思いきや、なぞなぞに類似した問題が出てきた。だがこういう問題は、テレビとかでもよく出題されていたひっかけ問題と大差ないに違いない。よく考えれば答えにたどり着くためのヒントを得ることが出来るはずだ。
一つ一つ整理していこう。まず、夫婦と姉妹がいたということは四人暮らしということ。対して飼っていたドラゴンも四匹。まあ人数分用意しているのは当たり前か。だが、野良魔物の襲撃を受けてドラゴンは一匹死んだ。四人に対して残ったドラゴンは三匹。だが、彼らに抵抗する手段はないと言っていたにも関わらず、四人はそんな絶望的な窮地から無事に生還した。
なるほど、さっぱり分からん。一人は走って逃げたのか? いや、冒険者ならまだしも村人が走って魔物から逃げられるはずがない。ドラゴンには一人しか乗れないとはいえ、姉妹がまだ幼かったとか赤ちゃんだったら乗れるのではないか……と、思ったが四人が日替わりでドラゴンの世話をしていたと言っていたからその線も消えるな。だとするとどういうことだ? 走って逃げるのは無理だし、二人乗りも無理となると残りの一人はどうやって逃げ延びた?
俺以外も考えることに必死になり、しばらくの間周りに沈黙状態が続いた。と、エルハちゃんが何か閃いたのか「あっ」と声をあげて老人を見つめた。
「分かりました!」
まるで綺麗な花が咲いたように満面の笑顔だった。さすがはこのパーティの癒し係だ。物凄く和む……って言ってる場合じゃなかった。この問題の答えがめっちゃ気になるからエルハちゃんの解答をしっかりと聞かねば。
俺はエルハちゃんの放つ言葉に自分の浮かんだ考えを照らし合わせながら聞き耳を立てることにした。
「まず答えを言うと、夫婦と姉妹は四人ではなくて三人ですね」
俺はエルハちゃんの思わぬ解答に自然と眉間にしわが寄った。
……んん? 四人じゃなくて三人? でも夫婦と姉妹って言ってるんだから四人のはずじゃ……んん!?
グルグルと回りまわる考えのせいで自分で自分を知恵の底なし沼に引きずり込むような気分に陥る。考えれば考えるほど、答えが分からなくなっていく。とにかく、エルハちゃんの解答の続きを聞くしかこの底なし沼からは這い上がれない。
「まずおじいさんが最初にありきたりな問題とおっしゃったのは、固定概念に囚われていては解けない問題だという注意みたいなものですよね。先ほどの問題はそんな前置きがなかったのに、今回はわざわざ言うなんて変ですよね。だから問題を客観的に見て考えてみたんです。そうすると一つのことに気が付きました。ドラゴンにはちゃんと四匹と明確な数字を表していたのに、夫婦と姉妹は最後まで明確な人数は出しませんでしたよね?」
エルハちゃんの言う通り、確かにドラゴンは四匹と明確に言っていたが、人に関しては明確な人数を言っていなかった。なるほど、俺は夫婦と姉妹と聞いただけで四人だと即決してしまったがそれが罠だったということか。エルハちゃんはその固定概念を取り払って問題と向き合ったことで答えを見つけ出すことが出来たのか。
感心しながらエルハちゃんを見る。
「私が三人と言った根拠は二つあります。まず一つは、人を指す言葉を言う時に『彼ら』または『全員』という言葉を使ったこと。これは正確な人数をうやむやにするために使ったんです。そしてもう一つ、夫婦と姉妹とは言いましたが親子とは言ってませんよね? つまり姉妹のどちらかが男性と結婚していたんです。そう考えれば、暮らしていたのは四人ではなく三人となり、ドラゴンが三匹になっても全員無事に生還することが出来たのではないでしょうか」
エルハちゃんの素晴らしい解答に俺は思わず拍手していた。その拍手が意味するものは、純粋に解答が素晴らしかったということと、自分の考えに囚われて抜け出せなくなっていた俺を底なし沼から助けてくれた感謝の意がこもっていた。
「……正解じゃ」
老人は小さく唸りながら返答するのを渋っていたが、ため息をつくと同時に自分の負けを認めた。結局今回も俺は何もしていないのだが、まあチーム戦みたいなものだから許されるだろう……許されるよね?
「ふむ、まさか第三問を出さねばならんとはのう……じゃが、次は最後というだけあってかなり難しいぞ」
老人はしわの多い顔でニヤリと笑う。弧を描いた口元が意味するのは余裕か、それとも慢心か。出来れば慢心であってほしいのだが。
「では第三問。魔物についての問題じゃ。ダンジョンと言えば、廃墟や遺跡、または洞窟といった魔物が住みやすい場所の事を指す。そのダンジョンに生息する魔物の中でも知恵を持ち、宝箱に擬態して近づいてきた冒険者を襲うデッドリーボックスという魔物がおるが、奴の心臓とも言える核はどんな形じゃろうか。答えてみよ」
くそっ、よりによって魔物の心臓の形とかそんなの分かるわけ――あれ待てよ? 今デッドリーボックスと言ったか? 今俺たちの後ろで興奮しながら飛び跳ねているあいつの元の姿はなんだったっけ? 確かデ、デッド……デッドリーボッ……デッドリーボックスじゃん!
俺はすぐさま体を反転させてパドラに走り寄って両肩を掴んだ。
「あのあの、どうしましたか。パドラに御用でしょうか」
「パドラ、お前の心臓の形ってどんなだ?」
「ほうほう、パドラの心臓の形ですか。これですけど」
これ、と言って指を指したのは頭――いや、正確には頭の上に乗っかっている派手な色をした宝箱の上に金の王冠が乗った小さなオブジェを指していた。
あれ、ということはこいつ、心臓とも言える部分を頭に乗っけてんの? 弱点丸出しじゃね?
パドラの頭と顔を交互に見ている俺の疑問が彼女に伝わったのか、人差し指をピンと立てて説明を加えた。
「あのあの、これはあくまでオブジェであって本物の心臓ではないです。本物の心臓はタクト様と同じ位置にあります。驚愕の事実か……虚脱の思いか……どちらだと思いますか?」
「驚愕だわ!」
本当に心臓を頭に乗っけてるのかと思って一瞬ヒヤヒヤしたのは事実だ。しかし、デッドリーボックスの心臓がこんな形だったとは、世の中とは不思議なことが起こるものだ。とりあえずパドラをこのままあの老人の前に連れていこう。まさか最終問題が一番早く解決してしまうとは、これには老人もビックリだろう。こちらとしてはしてやったり感満載なのだが。
「答えはこれです!」
俺はパドラの後ろから背中を押して老人の前に連れてきた。そして、ちょっとドヤ顔でパドラの頭に乗っかっているオブジェを指さし、勝ち誇った顔で老人を見た。自分の手柄ではないと思うだろうが、そもそもこのクエスト任務にパドラを連れてきたのは俺なんだからちょっとくらい手柄あってもいいじゃん? ダメ?
パドラを板挟みにして俺と老人はお互いの目を見合ったまま、動かなかった。またしても数秒の沈黙。だがこの沈黙は、先ほどのように迷いを持ったまま過ごす不安な時間ではなく、絶対的確信を持ったいわゆる勝利へのカウントダウンみたいなものだ。
老人はそんな俺を見つつため息をついて口を開いた。
「……正解じゃよ」
結局、この三つの問いに何の意味があったのか分からないが、とりあえずこの老人の試練にクリアしたと思っていいだろう。やったぜ。
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