第38話 【ドライアドの真珠】をゲットせよ!(1)
フユスの森。ドライアドの数多くが住処としている森の名である。そこに生息する生命の輝きは太陽の光にも劣らず、森を覆う空気は何よりも澄んでいると言われている。
「ダメね、直接森の中に転移はできないみたいだわ」
俺たちは今フユスの森の入り口に立っていた。どうやら何者かが張った結界がこの森全体を覆っていて直接転移出来なくなっているようなのだ。これはエリスタの戦いの時と同じだ。あの時も何者か……おそらくイルの結界が街を覆っていたため、領主の館に直接転移出来なかった。相当な実力者でなければ広大な範囲を覆うということは出来ないため、この結界は十中八九ドライアドによるものだろう。だが入口に結界がないということは、森に入ってくる者を試そうとしているのだろうか。しかし向こうの魂胆がどうであれ、俺たちは森に入るという選択肢しか選べないのだから受けて立とうではないか。
「みんな、純粋な心は持ったな!? 行くぞ!」
悪しき者を寄せ付けないのであれば、せめて心から邪念を無くして行くしかない。二、三度深呼吸をしたあと、意を決して森の中へと足を踏み入れる。と、突然、環境が変わった気がした。先ほどまで何とも思わなかった空気が食べ物のようにおいしいと感じ、それを取り入れた体の内から力が溢れてくるような、そんな気持ちになった。さすがはすべての森を管理するドライアド。環境整備はお手の物といったところか。しかし、悪しき者を寄せ付けないという割にはすんなり森の中に入れたし、今のところ体に異常もなければ何者かが襲ってくるわけでもない。だんだんと昇ってきた陽の光を木々の葉が吸収し、日の光よりさらに眩い光を解き放っている。
「はわはわ、シャイニングリーフがこんなにー! 数多の願いか……射光の夢か……どちらも素晴らしい!」
お、珍しくパドラが自己解決したな。まあ木々を見るたび両手をあげて目を輝かせているのだから無理もないか。このシャイニングリーフは加工すればかなり長持ちする灯に使える。ただ、手に入れるのが容易ではないという問題点から値段は通常の灯よりも高い。シャイニングリーフは森を管理しているドライアドとの交渉でのみ、手に入れられるのだ。つまり、話術レベルが高ければ高いほど、多く持ち帰ることが可能ということである。
もし、この面子で交渉するとなると、やはりパドラだろうか。シャルはもうちょっと寄こせとか言いそうだし、エルハちゃんは遠慮しすぎてダメそうだし、アレクシアは言ったことをすぐに信じる癖があるから逆に丸め込まれそうだし。もちろん、俺の低いコミュニケーション能力を用いて交渉するなんて出来やしない。と、なれば魔道具店を経営しているパドラが適任だろう。元が魔物とはいえ、店を持てるくらいにはやりくりしているのだ。今回の任務はシャイニングリーフを手に入れるための交渉ではないが、別の交渉を持ちかけられた場合にはパドラに任せるとしよう。
「しかし魔物の気配が一切しないな。聖なる力で守られているというかなんというか」
「そりゃそうですよ。この森の中心にはあの真珠のなる木がありますからね。ボクも初めて見た時はビックリしましたよ」
アレクシアが自慢げに指を立てて言う。パドラが後ろで景色を見るたびに騒ぎ立てているが気にしてはいけない。今回の任務は他でもない、その真珠を手に入れるためだ。まずは森の中心部へ行ってドライアドに会わなければならない。真珠のなる木も見たことがないし、是非ともこの目で見てみたいものだ。
しばらく歩いて行くと、行く手に小さな泉が現れた。水面はキラキラと輝き、思わず目を細めるほど眩いものだった。だんだんとその光に目が慣れてくると、その泉の傍に小さな老人が立っているのを見つけた。まるで俺たちを待っていたかのように杖をつきながらゆっくりとこちらに歩いてきた。
「ふぉっふぉ、おぬしらを試せとドライアド様に言われたのでのう。今からワシが出題する三つの問題を全て解けたらここを通してやろう」
なるほど、ゲームでも定番の「ここを通りたくばワシを倒せ」的なイベントか。是非とも受けて立つところだが、肝心の問題がどのようなものなのか皆目見当がつかない。
「まず第一問じゃ。約三百年前、現魔王と当時最も名高かった勇者が戦い、熾烈な攻防の結果、勇者は敗北し命を落とした。しかし、その戦いのすぐ後にとても不思議な事が起こったのじゃが、さて、それは一体なんじゃろうか?」
現魔王ということはダスティア様が三百年前に勇者と戦ったということか。っていうか三百年前って、俺がこの世界に来たのが二年前だからはるか昔のことじゃん。いかん、俺にはさっぱりだ。ここは他の奴の知恵に任せるしかない。
チラッと他のメンバーを見やるとエルハちゃんとアレクシアは思いつめたような表情で悩んでいた。二人共俺と同じで答えにたどり着けていないようだ。しかしこの二人も知らないとなると、ダスティア様と勇者の戦いが伝承として現代に残されていないということになる。それほど大きな戦いであれば、日本でいう関ヶ原の戦いみたいに文書やら何やらでしっかりと記録が残されているはずだ。エルハちゃんはまだしも、勇者のアレクシアですら知らないとなるとこの老人の言う不思議な事というのが解明できない。
第一問目からお手上げか……パドラは相変わらず後ろで両手をあげて喜んでるし、シャルは両手を腰に当てたままドヤ顔で突っ立ってるし――ドヤ顔?
チラリと見やったシャルの表情はそれはもう自信に満ち溢れていた。フンと鼻を鳴らし、あたしに任せなさいと言わんばかりのその仁王立ちに、認めるのは悔しいが頼りがいを感じてしまった。
「なんだ簡単じゃない。答えはその戦いで赤ん坊が生まれたのよ!」
「えっ……!?」
思わず俺とエルハちゃんとアレクシアの声がハモってしまった。『戦いで赤ん坊が生まれた』という文字列を頭に浮かべれば浮かべるほど、シャルの言った答えがベールに包まれていく。
いったいどういうことだ。ダスティア様が妊娠していた? それとも勇者も女性でそっちが妊娠していた? いや、どちらにせよ身重の体でそんな戦いに出向くとは到底思えない。
老人は眉をひそめて沈黙を続けている。対照的にシャルはいまだに両手を腰に当ててやりました的な顔で仁王立ちしている。数秒の間の後、老人の口がようやく開いた。
「……正解じゃ」
正解だった。正直、説明してくれないと今の状況に頭が追いついていかない。確かに戦いの後に赤ん坊が生まれたのは大変不思議な事だが、では何故、どこから赤ん坊が生まれたのかという疑問が湧いて出てくるのは当然のことだろう。そしてシャルがその事を知っていたということは、ダスティア様から直接聞いたのか、はたまた当時その場にいたのか……。何だろうこのモヤっとした感じ。何かが喉につっかえた感じに苛まれるが、老人はそんな俺たちを気にも留めず、次の問題を俺たちに投げかけてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます