第37話 街づくりのためのクエスト

「人が住める街を作るわよー!」


 突然、謁見の間に呼び出されたかと思いきやその一言である。


「なんかゼルギスの下に絶えず冒険者が来てるらしいじゃないー? 何度断っても来てるようだし、だったらもういっそのこと仲間にしちゃいましょー!」


 ここに呼び出されたのは俺を含め四人。そのうちの二人は俺とゼルギスさんなのだが、あとの二人は初対面だ。一人はオークで、普通のオークよりも少し体が大きく片目を黒い眼帯で隠している。彼はオークキングのオルガという名で、オーク一族をまとめる長であり、第九魔軍隊リーダーでもある。そしてもう一人はボロボロになった紫色のローブを纏ったボーンで、キュド、ビルヒ、エルギの長でもあり、第五魔軍隊リーダーでもあるボーンキングのボルニウスである。

 急に街を作ると言いだしたダスティア様を見て俺たちは当然困惑した。しかし、ダスティア様が言うことはだいたい本気であると分かっているため、困惑しながらも俺は思考をフル回転させて意図を探り当てる。とりあえずダスティア様がここに集めた人物を使って街づくりをさせようとしているのは確かだ。力もあり、人数も多いオーク族。多種多様な職を持ち、オーク族以上に人数の多いボーン族。そしてエリスタで冒険者との交流があるゼルギスさんの人望力。街づくりにおいてこの三人の役割はだいたい把握できるのだが、俺は一体何故ここに呼ばれているのだろうか。建物造りの知識なんてないし、人を集める人望があるわけでもない。むしろ去っていく。


「あの、ダスティア様。街づくりをしようとしているのは本気だと思うんですが、俺なんでここに呼ばれたんですかね?」

「タクトさんにはある物を手に入れてもらいたいのよ」


 ある物――それは何かと聞き返すととんでもない代物であるということが判明した。


 【ドライアドの真珠】。


 世界にあるすべての森を管理していると言われているドライアド。森や木を傷つけた者には誰であろうが死の懲罰を与える精霊。そのドライアドが宿った木にはとても綺麗で大きな真珠がなるらしく、その真珠は聖なる力によって悪しき者を拒み、近づけさせないという。つまり、ダスティア様がこれを手に入れてこいと言う理由は、街の外壁にこの真珠をいくつもはめ込んで、野良の魔物から街を守ろうとしているのだ。で、そのためにもその難易度の高いクエストを俺に請け負わせようとしているわけだ。

 無理じゃないかな。まず何より悪しき者を寄せ付けないってなると、悪堕ちした俺じゃ近づけないんじゃないか? いや、身体的な部分ではアウトだが心は堕ちてないしいけるか?

 ひたすら自問自答を繰り返していると、玉座に座っていたダスティア様が不意に立ちあがり、指令を出した。


「オルガは木材や石材の切り出し係! ボルニウスは運搬係! ゼルギスはエリスタに戻って人材確保係! タクトさんはパフられる係!」


 おおさすが、指令を出すときはしっかりして――最後なんて言った?

 聞き間違い、と思うにはあまりにも無理があるし、何より特殊な言葉が織り交ぜられていたから聞き間違いではない。とはいえ、また死にそうになるのはごめんだし、俺は誰よりも早くこの場から逃げる用に退散した。後ろからダスティア様の制止の声が聞こえたが、そんなものに反応した瞬間捕らえられるのが目に見えている。少しでも早くこの場から離れるため、歩幅は大きく、腕の振りも大きくして走った。正直余計に疲れただけなのだが、命を取られるよりマシだ。なりふり構わず走っていたら、いつの間にか自分の部屋の前にたどり着いていた。

 クエスト任務はドライアドの真珠を手に入れること。これほどの高難易度のクエストとなると、やはりパーティ全員で行かなければ達成は出来ないだろう。おそらく今回のクエスト成功のカギを握るのはアレクシアだ。彼女は仮にも勇者だし、知名度もそこそこある。ドライアドと話し合いが出来れば、もしかしたら簡単に手に入れられるかもしれない。

 とりあえず、さすがに今からすぐ出発するには準備が足りてないし、全員に話をつけなければならない。今日は皆に伝達するだけにして準備を整えてから明日の早朝に出ることにしよう。




 ――翌日。


「ふぁぁ……はい、じゃあ点呼取るぞー」


 俺たちは日の出と共に眠い目を擦りながら魔王城の玄関先に集まった。何事も遠征する時は点呼が大事ということで手をあげて確認をする。


「じゃあまず俺ー」

「あたしー」

「は、はい!」

「ボクもちゃんといます」

「いやいや、ドライアドの真珠を手に入れるクエストですか。飛んで火にいる魔王軍か……火もまた涼しなタクト様か……どちらでしょうか」

「後者だな。はいじゃあ全員集まったところで――」


 あれ、気のせいかな。四人のはずなのに一人分返事が多かった気がする。もしかしてまだ寝ぼけているせいで幻聴でも聞こえたのかな。しかも気のせいか俺の目には四人の姿が見えるぞ。ひらひらしたワンピースを着てるのがシャルでしょ。軽装型バトルスーツを着てるのがエルハちゃんでしょ。首に赤くて長いマフラーを巻いているのがアレクシアでしょ。ビキニの上から前が開いたパーカーを着てるのがパドラで――。


「パドラァァァァァッ!?」

「はいはい、パドラです」


 別に呼んだわけではない。なぜお前がここにいるんだという意味を込めた叫びだ。このクエスト任務のことについてはパドラに一切喋っていない。だから俺たちがここに集まることも知らなかったはずなのに、どうしてここにいるのだろう。


「おやおや、どうしてパドラがこの事を知っているのかというような顔をしていますね。はいはいそれはですね、昨日パドラの魔道具店にゼルギス様がやってきまして、魔道具を買うついでにポロッと愚痴を吐いていたからなんです。タクトたちの任務も大変だが、ワシの方がもっと大変だ、とね」


 なるほど、ゼルギスさんがつい口を滑らせてこのクエスト任務の事を言ってしまったのか。ゼルギスさん、毎日毎日冒険者たちを追い返してる苦労が溜まりに溜まってるんだな……。エリスタが解放された代わりにゼルギスさんが解放されなくなってしまったとは……。あ、今のはなかなか上手いことを言えたんじゃないか。

 なんてくだらないことを考えている場合ではなかった。パドラは準備万端とばかりに背中にそこそこ大きなリュックを背負って待機している。さてどうしたものか。そもそもパドラがこのクエスト任務についてこようとする理由はなんなのか。

 その一、魔道具屋店主としてレア素材の確保。

 その二、新しい魔道具作りのためのヒントを得るため。

 その三、目覚めてしまった感情の更なる高みを夢見て。


「あのあの、どうしましたかタクト様? 早くドライアドがいる森に向かいましょう」


 何故か息を荒げ始めたパドラを見て俺は確信した。こいつがついてくる本当の目的はレア素材の確保でもなく魔道具作りのためのヒントを得るためでもなく、ただ目覚めた感情を満たすためだということを。


「ねえタクト。どうするの? 連れてくの?」


 シャルがしびれを切らしたように手を腰に当てて言う。パドラのこの調子を見る限り、連れていけないと言えば即刻噛みついてくるだろう。そして俺がそれを拒否すればするほど、おそらくパドラは高みへと至っていくだろう。そうすると全員から白い目で見られるのは間違いなく俺だ。……ダメだ、連れていく他ない。だが今回は四人もいるわけだし、たとえパドラが暴走しても誰かが止めることは出来るだろう。っていうか出来ないと任務に支障が出て困る。

 俺は不安を払拭できないままシャルの体に触れ、ドライアドの住処と言われている森へと転移したのだった。

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