第34話 活気とクッキー
午後一時。エリスタの街はいつもと変わらず道行く人で賑わいを見せている。いや、いつもと、というと少し語弊があるかもしれない。この街は魔王軍によって解放された街だが、案の定事実が色々と紆余曲折して、他の街や国の者たちにはエリスタは魔王軍に支配されたままというズレた認識を持たれている。
まあ【百聞は一見にしかず】ということわざがあるように、実際のこの街の姿は前よりも活気に溢れた街になっていた。エリスタを脅威から守るよう守衛としての任務についたオークたちは、非番の時などは子供たちを肩に乗せたり両脇に抱え込むように持ち上げたりしてお守りにも似た感じで遊んでいた。見た目的にはゲームでのイメージとあまり大差がないのだが、人と変わらない知性を持っており、喜怒哀楽もしっかりと有している。オーク族は【騎士道を貫く】という素晴らしい教訓を掲げているのだが、なんとも見た目と合わない……と言うのは大変失礼だが、思わずそう思ってしまうほど見た目と中身のギャップが激しい。
そんなオークと子供の戯れを見つつ、俺が向かったのは鍛冶屋。修理に出していた鎧が直ったとゼルギスさんから聞いてやってきたのだ。俺は意気揚々としながら早速、鍛冶屋に入って修理した鎧を見せてもらった。
すごい、あれだけ傷だらけだった鎧がキラキラと輝いている。
「あとこれはあっしらのお節介なんですが、修理ついでに鎧に物理攻撃耐性のエンチャントもつけときやした」
「うぇっ!? マジっすか!?」
防具にエンチャントする場合、まずはエンチャントするために必要な素材を集めなければならない。ただ、肝心な必要な素材は、どれも超が付くほど入手が難しい物ばかりで簡単には手に入らないという問題点がある。その上エンチャント代にかかる費用も目が飛び出るほどの額になるため、一般冒険者ではなかなか手をつけることが出来ない代物だ。もちろん、それは俺も例外ではないわけで……。
「あ、でも今持ち合わせが……」
「気にしないで下せえ! あっしらのお節介なんで料金は修理代だけで結構ですわ! 貴方にはあの領主を追い出してくれた礼がありやすからね!」
あの領主、思った以上に嫌われてたんだな……。まあ鍛冶屋が汗水流して打った武器とかも流通の過程で横領されてたんだから当たり前か。
俺は持って来た白い袋に鎧を詰め込み、背中に背負うと料金を支払って鍛冶屋を後にした。
さて、これからどうしたものか。もう少しこの街を見て回りたい気分だが、背負っている鎧が重すぎて首が絞まりそうになってるし大人しく領主の館に戻るか。シャルもそこで待ってるし。
俺は流れる人の波に合流すると、それに添うように歩いて行く。昼過ぎということもあるせいか、大勢の人が行き交っていてその熱気に当てられてしまう。こういう時はアイスでも食べて涼みたいところだが、残念ながら俺はアイスを食べた翌日必ずおなかを壊すという体質のため、仕方なく我慢している。
一定時間、おなかを丈夫にするスキルとかあればなー……。
そんなピンポイントなスキルなどあるはずもなく、人々の熱気に当てられつつもトボトボと道を歩いて行く。数分歩いてようやく領主の館に続く道に出たが、それでも道行く人が少し減っただけでまだまだ熱気に当てられる。
しかし、ここらへんを歩いているのは見たところ冒険者ばかりだが、もしかして向かう先は俺と同じかもしれない。
ゼルギスさんが毎日のように館にやってくる冒険者を追い返しているようだが、それでも懲りない冒険者がこれだけいるということか。確かにこちら側についてくれるのはありがたいことだが、こいつらはそれがどういうことを意味するのか本当に分かっているのだろうか。あの戦いを見て「かっこよかった」という感想だけで魔王軍に入りたいと言っているのなら考えが浅はかすぎる。
いまだに世界は魔王軍を絶対的悪だと認識している。言い方は違うにせよ、エリスタを襲ったという事実が魔王軍にはある。そんな魔王軍に従事しようとすることが、どれほど危険な行為なのか分かっているのだろうか。従事しようとしたことがバレてしまえば個人の問題ではなくなる。家族、友達、恋人にまで影響は及び、最悪死刑になるだろう。ちゃんとそこまで考えて領主の館を訪れているというのなら俺に何も言う権利はないが……。
数々の冒険者たちの背中についていくと、案の定領主の館にたどり着いた。玄関先ではゼルギスさんが困り果てた顔で冒険者たちの応対をしている。
正直、面倒事に巻き込まれるのはごめんだし、冒険者たちに紛れてバレないよう玄関に入ろう……。
「――だからお主たちを魔王軍に入れることは出来ないと言っておるだろう! 何度来ても同じだ! さあ、帰った帰った!」
怒声にも似たゼルギスさんの声が玄関前に響き渡る。しかし、冒険者たちはそれでも果敢にゼルギスさんを包囲するように詰め寄っている。毎日ああやって詰め寄られているのかと思うと、なんだかかわいそうな気もするが、俺は良心を噛み殺して気配を察知されないように扉を静かに開けてその場を退散することに成功した。
扉を閉めた俺の背後では、ゼルギスさんに詰め寄る冒険者たちの声が響いているが、もはや俺には関係のないことだ。そして、外とは対照的に館の中は誰もいないのかと勘違いするほど静まり返っている。俺は足音を響かせながら中央にある階段を登り二階へと向かう。
「帰ったぞーっと」
一室の扉を開け、俺は中にいた人物と目を合わせた。
「あらおかえり。案外早かったのね」
愛用の傘をテーブルに立てかけ、イスに座ってクッキーを頬張りながらシャルはこちらに視線を移す。テーブルの上をよく見ると、空になったクッキーの箱がすでに三箱も置かれているではないか。俺は驚きのあまり、思わずひたすらクッキーを頬張るシャルを見続けた。そして、それに気づいたシャルは何を勘違いしたのか知らないがクッキーを急いで抱きしめるように隠した。
「あげないわよ!」
違う、そうじゃない。誰もクッキーを食べたくて見ていたわけじゃないんだ。お前のその飽く事なき食欲はどこから湧いてくるのか疑問に思っただけだぞ。
キッと睨みつけてくるシャルの目は本気だ。アレに触れようものなら動物みたいに急に噛みついてくるだろう。だがあいにく、先ほど多くの人波に揺られたせいもあって今は食べ物すら見たくない気分だ。俺はその場で背負っていた袋を下ろし、両手を静かにあげて抵抗の意思がないことを示した。そしてその意思を理解してくれたのか、シャルは抱きしめていたクッキーを再び頬張り始めた。
「よくそんなに食えるよな……」
「むぐむぐっ……当たり前じゃない。あたしを誰だと思ってんの?」
「過食女ふごぉっ!?」
突然俺の腹部に衝撃が走った。シャルがテーブルに立てかけていた傘を取り、俺に向かって魔弾を撃ってきたのだ。
「安心しなさい。威力は抑えたわ」
そういう問題ではない。確かに生身で魔弾を食らったのに、体に穴が開いていないことを考えると威力を抑えているという証拠にはなる。だがもう一度言うが、そういう問題ではない。不意を突かれた痛みは、たとえ一瞬でも悶絶するほどのものだ。膝の皿をぶつけた時のように、タンスに小指をぶつけた時のように……。その時の痛みとほぼ同じ痛みが俺の腹部に襲いかかっている。
そんな俺を横目にシャルは何事もなかったかのようにクッキーを頬張り続けている。
好物に対する執着はこんなにも人を変えてしまうのか……。
俺はその場で丸くうずくまりながら、痛みがじわじわと和らいでいくのを待つしかなかった――。
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