8-5
「お兄ちゃん、遅いよ。江崎に聞いても知らないっていうし、連絡しても繋がらないし、どこ行ってたの?」
「ごめん、ちょっとな。それより、他の皆は?」
教室には冴香と花咲さんしか姿がない。
「帰ったよ。とっくに。片付けは後日だって。琴美ちゃんは実行委員の仕事がまだあるからってまだ残ってるけど」
「そうか。じゃあもう暗いし、終わるまで待ってようか。皆で帰ろう」
「当たり前じゃん」
「して覇王、古寺先輩と行動を共にしていたと風の噂に聞きましたが、何をしていたのですかな?」
「えっ? そうなのお兄ちゃん」
「生徒会の手伝いを頼まれてな」
暇なので教室の片付けをしながら三人で時間を潰した。この二日間、どんな体験をしたのかを話しながら。初めての栄華祭の話は尽きない。
外はもう暗く、まだ若干生徒は残っているが、校内は非常に静かだ。夏の終わり、秋の始まり。どこからか鳴り響く鈴虫の声がより一層静寂を引き立てる。
「あ、居た。立花君」
作業していると教室の入り口に古寺さんが立っていた。手には先ほどの花束と色紙を持っている。
「勝手にいなくなるから探しちゃった」
「すいません。折角の打ち上げに、部外者の僕がいるのも悪いかと思いまして」
「そんな事なかったのに……」
「生徒会の仕事はもういいんですか?」
「うん。三年の仕事はもう終わり。ここからは、後輩の皆が頑張ってくれるから」
何か憑き物が落ちたようにすっきりした表情で、柔らかい笑みを古寺さんは浮かべる。
「本当にお疲れ様でした」
「ありがと」
「もう帰宅されるんですか? よかったら僕らと一緒に帰ります?」
「えっ」冴香が短い反論をするが無視する。だが古寺さんはゆっくりと首を振った。
「ありがと。でも大丈夫。これから向田女史の家で打ち上げする事になってるから。今日は泊まりかな」
「そうですか」
短い沈黙が挟まる。古寺さんは少し逡巡した様子を見せた後、こっちを向いた。
「あのさ、少しだけ時間ある? 話したい事があるんだけど。すぐ終わるから」
「えっ? えっと……」待ってくれるだろうか。冴香達に視線をやると、顔を真っ赤にして冴香がこちらにやってくる。
「いえ、私達はもう帰る──」花咲さんが背後から冴香の口を手で塞ぎ、謎の愛想笑いを浮かべた。
「全然全然大丈夫です。どうぞごゆっくりお話してきてください」
「うぐぐ、うぐ」冴香は抵抗のそぶりを見せるが花咲さんは放す様子がない。
「覇王、行ってきなよ。冴ちゃんは私が見とくから」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
花咲さんに一礼をすると、僕達は教室を出た。
中庭に出た僕達は、外灯から少し離れた薄暗いベンチに座った。空には月が浮かび微かに星が瞬く。座ったベンチからは栄華祭の跡を眺める事ができた。
それは何だか、どこか物寂しく、それでいて心地よかった。
僕達はしばらく黙って目の前の情景を眺めた。
「向田さんがおっしゃってました。古寺さん、変わったって」
「そっか」
「今の古寺さんの方が良いとも、おっしゃってました」
「うん」
「もう、自分を飾らなくても、大丈夫そうですか?」
「うん。大丈夫」
古寺さんはスッと、遠くに視線を投げかける。
「あの日、屋上から落ちた時、もうダメだと思った。本当に死ぬって思った。それと同時に、色んな後悔が頭の中を巡ったの」
「後悔ですか」
「偽りまくって、何にも『自分』で勝負できてなかったなって。こんな事なら、変に気取らずに、ありのままの自分で生きておけばよかったって、そう思った」
「だから、今の古寺さんがあるんですね」
「まぁ瀬戸さんや宮崎先生に見られちゃってもう良いかなって思ったのもあるんだけど」
古寺さんはそこまで言うと僕の方を振り向く。
「一番の理由は、君かな。立花幸久君」
「僕ですか」
「以前言ってたよね。もう逃げる訳にはいかないって」
「はい」
「君は色んなものに向き合おうとしてる。でも私は、果たしてそんな人の横に胸張って立っていられるんだろうかって、疑問に思った。普通に学校に来れるようになっただけで満足してちゃダメなんじゃないかって」
彼女は立ち上がると、僕の方を振り向く。
「変わりたかった。変わって、君の隣で胸張っていられる私で居たかった」
そうか。
瞬間、僕は悟った。
だからあなたは──。
「古寺さん」
僕は立ち上がると、彼女に向き合った。
「わかりました。僕に任せてください」
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