1-3

 体育館まで足を運び、長椅子に座った。どうやら席に座るのも男女別らしく、全クラスの男子だけまとまったスペースが用意されている。僕達五組が一番最後だった。

 男子の数が本当に少ない。全体で二十人もいないではないか。

 長椅子に座ったが、どうあがいても僕が三人分も場所を取ってしまうため特別にパイプ椅子に座らされる。座高はこの場では僕が一番高い。

 クラスの男子は僕を除き三人。まだ彼らと会話した事がないが、顔と名前はもう一致する。ドレッドヘアーの色黒が安藤隼人。中性的な顔立ちで女子からモテそうなのが水沢夕、大人しそうな眼鏡が山本拓也。自分を含め四人しかいないクラスの男子なんてすぐに把握できる。僕もあの輪に入れないだろうか。

 

 中学時代の僕は友達がおらず、小学生の頃も冴香に助けてもらってばかりで友達らしい友達はいなかった。

 あの頃の僕は、自分の弱さが人を寄せつけない原因だった。

 筋肉をつけ、メンタルも相当にトレーニングした今の僕は、昔とは比べ物にならない力を手に入れた。

 でも今も、僕は人を寄せ付けないでいる。

 自分には何が足りていないと言うのだろう。

 やがて始業式が始まった。体育館にいるのは保護者と新入生、そして生徒会役員と思われるわずかな上級生だけと教員だけだった。

 祝辞を読む間ずっとこちらを凝視してくる生徒会長。

 浪人はやはり目立ってしまうと言うのか。


 始業式を終えて教室に戻ってきた。

 自分の席に座って次の行動を確認していると不意に机をバンバンと叩かれた。

 見ると猫の様な大きな目をした女子が一人、こちらを覗き込んでいる。

「でかいよね。身長何センチあんの?」

 まさか急に、しかも女子から話しかけられると思っておらず一瞬面食らう。しかし緊張を悟られる訳にはいかない。

 丹田に力を注げ。

 燃やせ、心を。


「ひ、百九十五です」

 腹から絞るように声を出すと彼女はくっくっくと笑った。

「やべぇ、怖すぎる」

 怖いのに笑うのか。それとも怖すぎて笑っているのか。と言うか僕はそんなに怖いのか。

「あ、ごめんね急に。私、花咲春(はなさきはる)。よろしく」

「立花幸久です」

「なんで敬語? 確かさっき廊下で並んだ時留年したって言ってたよね」

「浪人です」

「浪人か。と言う事は年上だし。尚更タメ口でいいじゃんよ。覇王はタメ口じゃないと」

「覇王?」

「君のあだ名だよ。既にクラスに浸透してる」


 随分なあだ名だ。敬遠されていたのはそのせいか。周囲を見ると色んな人々がサッと目線を逸らす。


「まぁ君は三年間ずっとその席だと思うから、とりあえず今日から私が隣人だ。よろしく、覇王」

「立花です」

「覇王」

「立花」

「覇王」

「立花」


 それ以降あだ名が覇王立花となった。


「それではこれより自己紹介をしてもらいます」

 えぇ、と教室から声が上がった。みんな嫌そうだ。当然か。

 自己紹介。クラス始めでは最早定番の行事となっている。何を言おうかみんな頭を悩ませる嫌な行事の一つだが、意外と人の自己紹介なんぞ誰も聞いてはいないし覚えてもいないものだ。

 中学の頃、僕の自己紹介なんて聞く人間はいなかった。周囲がうるさすぎて先生が注意しても話し声は止まず、僕はその中での自己紹介を余儀なくされた。嫌な思い出だが、今となっては過去の一ページだ。


「じゃあ誰からにしようかしらね……」

 先生は言いながら既に僕に視線を止めていた。かなり目を細めてこちらを見ている。僕はその視線を逸らす事が出来ず、ただ真っ直ぐに受け止めた。真正面から、真っ直ぐに。

「あんた」

「はい」

「GO」何故英語。


 仕方なく僕は立ち上がった。教室が一瞬で静まる。痛いくらいの静寂だった。全員がこちらを見ている。そんな馬鹿な。誤算だ。

 ここまで視線を浴びた以上生半可な事は出来ない。教室の端まで結構距離がある。小さな声で入り口側の生徒たちに全く聞こえないなんて事が起こらないようにせねば。

 僕は肩幅まで足を開くと、後ろで手を組み、斜め上を見上げて腹から声を出した。


「立花幸久ぁっ、十六歳ぃっ! 身長百九十五センチぃっ、体重百三十キロぉっ! 趣味は筋肉トレーニングぅっ、特技は……」

 はっとした。特技。勢いで言ったがなんだそれは。

「と、特技は?」隣の花咲さんが先を促す。

 そう言えば以前ベンチを握りつぶした事があったな。これにしよう。

「物を砕く事です」

 真顔で答えると教室の隅々から「覇王、覇王だ」と声が上がる。なんだか居たたまれなくなって「以上!」と言うと僕は席についた。


「す、スゴイ個性的ナ特技ダネー」


 ロボットみたいな口調で前嶋先生が表情を固くした。非常に申し訳ない気持ちになった。

 そこから順に自己紹介が始まり、やがて冴香の番になった。

 いずれバレる事かもしれないが、僕はあえて自己紹介で冴香の兄である事は言及しなかった。すでに僕は浪人生と言う事でクラスから浮いてしまっている。冴香は僕の肉親だと気付かれないほうが良いだろう。


「立花冴香です。率山中学校出身で、陸上部に入るつもりです。あと、それと」

 冴香はこちらを見て一瞬不敵な笑みを浮かべた。

 嫌な予感がした。

「そこにいる立花幸久の妹です。よろしくお願いします」


 えぇ、とクラスからざわめきが起こる。

 冴香は悪戯っぽくこちらを見て微笑んでいる。どう、と言わんばかりだ。


 どう、驚いたでしょ? お兄ちゃん。

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