1-4

「冴香、どうして言ってしまったんだ」


 多目的ホールへ移動する最中に僕は冴香に尋ねた。まだ周囲の生徒達は単独行動している者が多く、冴香もその一人だったので話しかけやすかった。もしこの段階で既に友達を作っていて一緒に行動なんてされていたらどうしようもなかった。気を使って話しかけるどころではない。危なかった。


「いずれ分かる事じゃん」

「それはそうだけど、違うだろう」

「何が違うのよ」

「僕みたいな奴が兄って事が分かったら、あまり良い印象は受けない。そういうのは追々で良いんだよ。クラスに馴染んでからで」

「そうじゃないとまたイジメられるかもって?」

「そこまでは言ってないけど……。でもありえる話だ」


 すると冴香はンブッと世にも汚らしい笑い声を出した。ついでに鼻水も。それは本当に汚らしかった。聞くものを不愉快にさせる笑い声に僕は困惑した。その時僕が抱いた感情が現代用語で言う『ムカつく』と言う感情に近しいものだったからだ。


「お兄ちゃんは馬鹿だねぇ」

「何だって」

「考えすぎなんだよ。あと自分の事を下げすぎ。それに、万一そうなったとしても、今度はお兄ちゃんが私を守ってくれるんでしょ?」

「ん……それはそうだけど」

「じゃあそれでいいじゃん。そもそも、お兄ちゃんがクラスに馴染めば私がイジメられる事もないんだから。お兄ちゃんがさっさと友達作れば良いの」


 それはそうだが。しかし小、中とまともな友達がいなかった僕にいきなり高校浪人と言うハンディキャップを背負わせた上で友達を作れとはちょっとハードルが高いんじゃないだろうか。文句を言いたかったが、実際問題これからそうせねばならないことは事実だった。僕の生きる道と言うのは実に僕に優しくない。

 考えていると先ほど僕に話しかけてきた女子がこちらを見ていた。確か花咲さんだったろうか。少し前の方から、チラチラと視線を送ってくる。


「何か用ですか」

 声をかけると彼女はギクリと肩を震わせ、バツが悪そうにこちらに近づいてきた。

「いや、似てない兄妹だなぁと思ってさ」

「そうかな」と冴香は僕の顔をじっと見つめる「顔は結構似てると思うけど」

「顔は似てるけど、なんと言うか、美女と野獣ってテイストがプンプンするんだよ。本当に同じ親から生まれたとは思えないと言うか」

「お兄ちゃんがこんなにゴリゴリになったのは最近だよ。元々はヒョロヒョロだったんだから」

「そうなんだ。ゴリゴリになった経緯が気になるなぁ」


 僕がかいつまんで説明すると花咲さんは面白そうに笑った。


「そっか……イジメで登校拒否してその体に……。ブフッ」

 彼女はその場に崩れ落ちた。

「ヤバイ、ぐふっ、覇王半端ねぇ、ぶふひぃ」

「ちょっと、笑いすぎ」

 目を怒らせて前にずいと出た冴香の肩を僕はそっとつかんだ。目が合った冴香に僕は黙って首を振る。


「止めないでよ。怒ったって良いんじゃない。初対面だよ? 失礼じゃん」

「いいんだ。気を使われるよりこれくらい笑ってくれたほうが返って気が楽だよ」

 すると花咲さんが立ち上がった。

「あぁ……、ご、ごめんね。別に馬鹿にするつもりはなかったんだけど、ぐふっ、ぐふふ」

 彼女はそのまま痙攣したように再び地面に突っ伏すと動かなくなった。

「お兄ちゃん、友達が出来てよかったね」

 マグロみたいな目で冴香が言った。


 そっか、人生初めての友達か、これ。

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