3章 一位と二位

3-1


 午後の授業を終え、帰宅するため立ち上がる。

「それじゃあ覇王、私はこれにて」

 花咲さんが僕に挨拶する。奇妙に思った。花咲さんとはいつも冴香と三人で下校していたからだ。

「今日は用事ですか?」

「何言ってんの。部活動だよ」

「部活?」

 言われてハッとする。そうか、もうそんな時期か。

「今日から体験入部開始なのだよ」

「お兄ちゃん知らなかったの? ホームルームで先生が言ってたじゃない」

 いつの間にか傍に冴香が立っていた。

「ああ、ちょっと考え事していてな。聞いてなかった」

 僕が言うと花咲さんが口元に手を当てて怪しげな笑みを浮かべた。

「あれ、ひょっとして古寺嬢の事を想っていたのでは? 校内デートしてその気になっちゃったとか」

「いや、そう言うのじゃあ……」

 否定しきれない。確かに僕は古寺さんの事を考えていたからだ。

「こりゃあ入学早々ビッグカップルの誕生かもね」

「春ちゃん、馬鹿言わないでよ」

 僕の変わりに冴香が否定してくれる。しかし花咲さんは「冴ちゃん焼きもちかな?」と止まる気配を見せない。

「覇王、もし付き合ったあかつきにはちゃんと報告してね。記事にするから」

「記事?」僕は首を傾げた。

「そ。私は新聞部に入部する予定なのだよ」

「へぇ、新聞部」

 確かに彼女は噂話や情報などに敏感だ。新聞部は花咲さんの性分を考えるとキャラ的にもピッタリだろう。

「それじゃあもう行かなきゃ。まったねぇ」

 トトトト、と特徴的な走り方で花咲さんは教室を後にする。

「全く、勝手な事ばっか言うんだから」

 白けた冴香がうんざりした様子で呟き、僕と目が合う。

「冴香は行かなくて良いのか? 部活」

「陸上部には行く予定。でもグラウンド集合だから、途中までお兄ちゃんと一緒に行こうと思って」

「そっか」

 僕は立ち上がった。

「ねぇ、お兄ちゃんも入らない? 陸上部。お兄ちゃんなら砲丸投げとか円盤投げとか槍投げとか、すごい活躍できると思うんだけど」

「考えとくよ」投げる系ばかりなのはどうにかならないのか。

 チームプレイや団体行動と言うものには苦手意識があった。今まであまり経験してこなかったからだろう。高校生活だってそうだ。これまでは上手くやって来ることができたけれど、今からはどうだ。冴香のおかげでどうにか花咲さんという友達が出来た。花咲さんは僕のキャラクターを上手く立ててくれて、僕をいじられキャラと言うクラスのマスコット的な存在にしてくれた。

 じゃあもし冴香がいなければ? 花咲さんがいなければ? 僕はどうなっていたのだろうか。誰からも話しかけられず、一人で孤独になるのでは。実際男子の中ではすでに孤立しているし、その可能性は非常に高いといえる。

 僕は昔、人の目を見て話す事が出来なかった。声が小さく、話しかけても相手が聞き取れない事も多々あった。誰かが僕に話しかけてきたと思いうれしくなって返事を返すと、実は僕ではなく背後にいた人に話しかけており気まずい空気を作ってしまった事もある。そんな幾度とない経験を得て僕は自分と言う人間が周囲からどう評価されているか、十分分かっているつもりだ。

 だから僕は思ってしまうのだ。

 僕みたいなのが目を合わせて話してもいいのだろうか。不愉快にならないだろうか。

 居心地を悪くさせてしまう属性的な何か。

 そんな物が、僕には常に付きまとっているのではと。


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