3-2

 校舎を出て少し歩くとそこに広い階段があり、その先にグラウンドがある。陸上競技用のトラックが外周に設けられており、中心部分はグラウンドだ。一般的な高校としては珍しい。

「それじゃあお兄ちゃん、私ここだから」

「ああ、しっかりな」

「お兄ちゃんも早く部活決めなよ。今ならまだ間に合うんだから」

「わかったよ」

 手を振って冴香を見送る。一年生らしき集団がトラックの傍に集合しており、冴香はその中に混ざっていった。少し心配だが彼女なら大丈夫だろう。体育会系に見えて実は頭の方が良い。立ち回りが上手いのだ。

 申し訳ないが冴香の陸上部への誘いは黙殺しようと思う。僕の様な奴が入ってしまうと冴香に迷惑を掛けてしまうかもしれない。中学時代彼女の青春をつぶしてしまった。高校ではそうなりたくない。重荷になるわけにはいかない。

 正門へと向かっていると体育館傍にある掲示板を見つめる男子生徒がいた。うちのクラスの生徒ではない。少し長い髪の毛に、女子みたいに中性的な顔立ち。

 見た目はひ弱そうだが、僕には分かった。背筋が良くぶれがない。彼の体幹は相当なものだ。只者ではない。

 筋肉を分析していると、視線に気づいたのか彼がこちらを向く。目が合った。怒られるだろうか。懸念したがそれは杞憂に終わった。何故ならこちらに気づいた男子生徒はうれしそうに笑ったからだ。

「君、立花君だよね。立花幸久」

 不意に名前を呼ばれ、少し警戒する。

「そうですけど……何故僕の名を?」

「一年の中で、というよりはこの学校で君の名前を知らない人はいないんじゃないかな。目立つし」

「目立つ?」

 そうか、すでに僕が浪人であると言う噂は随分広がっているのか。

「まぁそうじゃなくても、僕は結構君を意識してたんだけど」

 どうして、と尋ねるより早く、彼は掲示板を指差した。体力測定の結果発表。その一位と、二位。

「そうか、君が江崎君」

「あれ、知ってた?」

「今朝方、僕も結果発表見ましたから」

「僕は君が一位だと思ったんだけどな。二十メートルシャトルラン、百回くらいで終わってたよね」

「体力不足です。これからは持久力も養わないと」

「それ以上鍛えるんだ」江崎君は愉快そうに笑みを浮かべる。「そんなに鍛えてどうするんだい」

 確かに。言われてみればそうだ。僕は闇雲に体を鍛えていて、特に目標を設定していない。一瞬答えに詰まったが、どうにか言葉を探り、口にする。

「強いて言うなら、力が欲しいんです」

「十分あると思うけど?」

「そうじゃなくて……負けない力を」

 上手く表現できない。

「無敵になりたいって事?」

「えっと、近いと思います。その意味合いに」

 ふぅん、と彼は頷くと「おもしろいね」と顔を綻ばせた。

「立花君はさ、部活入らないの? 今日から体験入部出来るけど」

「今のところは予定してないですね」

 答えてから、江崎君はどうですかと返せばよかったなと気づく。そうすれば自然と会話が繋がるのに。失敗してしまった。

「そっか。僕もそうなんだ。何せ男子の絶対数が少ないから」

 一クラスに四、五名程度しか男子が存在しない。状況だけ聞くとハーレムだが、実際は居心地の悪さを覚えるのが現状だ。

「吹奏楽とか、美術部とか、文系の部活は入っても面白いと思うんだけどね。団体競技が基本の運動部はちょっと厳しそうかなって」

「そうですね」

 よく話す人だ。会話の繋ぎ方が非常に上手い。僕の曖昧でつまらない返事を殺すことなく、話題にしている。

 なんだか少し冴香に似ていた。

「立花君帰るんだよね。折角だし、一緒に帰ろうよ」

「ええ」

 大変な事になった。まさか初対面の人間といきなり一緒に帰宅するなんて。僕にはハードルが高すぎないだろうか。内心緊張していたがそれを悟られるわけには行かない。相手まで萎縮させてしまうかもしれないからだ。僕は丹田に力をこめた。

「どうしたんだい、親の仇でも見つけたような鬼みたいな顔してるけど」

「えっ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る