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昼食を終えて時間があったので、少し校内を歩く事になった。僕がまだまともに学内を回っていないと知った古寺さんの配慮だ。
「うちは部室棟っていうのが別途あって、文化系の部活動はそこで主に活動しているの。運動部の部室棟はグラウンドにあってボックスとか呼ばれてるんだけど、それは知ってる?」
「ええ、体育の時に何度か見たので。でもすごい充実した施設ですね」
中学を卒業してすぐ、まだ進路も決めていなかった時は漠然と公立への進学を考えていた。
一度見学に行ったこともある。
広いグラウンドには小さな二階建ての部室棟があったが、ここの様にグラウンドに陸上トラックが付随する事はなかった。
「一応私立だからね。本当はグラウンドも天然芝にしたいんだけど、やっぱり管理が難しいみたいで」
「グラウンドが天然芝の高校なんてあるんですか」
「数えるくらいだけど一応。でも部活動が盛んで実績が出てないと実現は難しいかなぁ」
なんだか自分には想像しがたいとてつもない規模の話に思えた。
そもそも学校施設のあり方を変えようなんて、相応の費用が掛かるわけで。
それを生徒会から発信して実現へむけようなどとは、なかなか普通の考えない。
古寺さんの意識の高さは相当なものだ。
他にも校内には多目的室や理学室、軽音楽室なんて物もあり、学内設備は中学の頃とは比べ物にならなかった。
「最後は図書室に行きましょう」
「図書室ってなんか堅苦しいイメージがあるんですよね」
「あら、でも高校の図書室は蔵書数も多いし、漫画だって置いてるから結構楽しいのよ?」
「へぇ……」
説明する彼女は何だか楽しそうだ。
「こんにちは、古寺先輩」
図書室へ向かう道すがら、すれ違う生徒がこちらへ向かって挨拶してきた。
それは一人や二人だけではなかった。
最初は古寺さんの顔見知りかと思ったが、どうにも数が多い。
「さっきから挨拶してくる人たちは知り合いですか?」
「えっ、違うけれど?」
「生徒会活動で知り合いが多くいらっしゃるのかと思ったんですが」
すると彼女は少しおかしそうに笑った。
「確かに生徒会でいろんな人と話す機会はあるけど、さすがにそこまで知り合いはいないわ。三年生だから挨拶してきてくれるってだけじゃないかな」
「そうですか」
三年生に挨拶というよりは、古寺さん個人に挨拶していると言う感じだったが。本人は否定しているが、生徒会長としてやはり有名なのだろう。
納得して歩いていると、向かい側からやってきた男子達が僕に向かって深々と頭を下げた。
「立花さん! しゃす!」
「ああ、どうも」
そのまま会釈して通り過ぎる。
「……立花君も挨拶されてるじゃない。今の男子だから同級生よね。あんなにかしこまるなんて」
「僕はほら、浪人ですから」
しばらく校内を進むと校舎一階の奥側に図書室があった。
一般教室並の狭い部屋を予測していたが、いざ入ってみると中は公立図書館に近しいくらいの広さがあった。
蔵書数も多く、一部ではあるが最新人気コミックも置かれている。
室内にいる生徒も多い。
「意外と利用率も良いの。希望すれば新しい書籍も入れてくれるし。漫画はなかなか厳しいけれど、小説なんかはすぐ入るわ。立花君は本とか読む?」
「多少は。スポーツ力学とか、トレーニング関連、スポーツ物の小説も時々」
「だったらスポーツ医学の本も多いから良いかも。私、休み時間はよくここに来るの」
古寺さんはそっと室内に目をやる。その瞳はどこか遠くを見つめていた。
「本のある空間では誰もが自然と声を落とすの。本屋さんでもそうでしょ? もちろん、たまに騒ぐ人はいるけれど、基本的には目の前にある書籍に着目する。本に囲まれた空間は、どこか独特の空気感がある気がするの」
僕も彼女の瞳を追い、室内に目を走らせる。僕の背丈と同等か、それより少し高い本棚たち。そこにぎっしりと書籍が入り込んでいる。室内には多くの生徒がいるのにほとんど音がしない。水面が鏡の様に静まり返り、凪いでいる。そんな感じだ。もしかしたら本が音を吸っているのかもしれない。そんな錯覚すら抱きそうになる。
「まるで本の海ですね」
すると古寺さんはすこしうれしそうに僕を見上げた。
「面白い例えをするのね」
適当に言っただけだが、発言を拾い上げられるとなんだかむず痒い。
「生徒会長になって、プレッシャーを掛けられることもあるし、気を張って疲れる時だってある。でもここは、そう言う日常の、何ていうかしがらみ? みたいな物から開放してくれる気がするのよ」
「癒しの空間、みたいなもんですかね」
「そうそう」
そこで彼女はハッと表情を正した。
「あ、ごめんね。さっきから私のことばっかり話して。立花君聞き上手だから」
「いえ。こちらこそ、古寺さんの事色々知れてよかったです」
「それとね、私、立花君に言いたい事が──」
予鈴が鳴る。
「あぁ、もう時間なのね。行きましょうか」
「あの、今何て?」
「いいの。行きましょう」
刺す様な声で覆いかぶされ、それ以上尋ねる事は出来なかった。
教室に向かっていると、背後から「本の海か……」と呟く声が聞こえた。
拾わないで。
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